第06話:聖女リリアーナ、降臨(変態)
王立学園。
ここは乙女ゲームのメインステージであり、私、セレスティア・ヴァインベルクが「破滅」へと向かうはずの舞台だ。
(……ようやく。ようやくこの日が来たわ!)
新入生が並ぶ講堂で、私は気合を入れて身形をチェックした。
『学園デビューですことよ、オホホホホッ』と叫びそうなほど浮かれポンチにはなっていないが、いよいよ乙女ゲーの領域まで入ってしまったことを実感していた。
ゲームで見た、入り口、庭園、銅像。
今更ながらではあるものの、しみじみとあれも見たことありますことよ、とばかりに既視感を噛み締めている。
入学直後のこの時期、本来なら『平民出身の聖女』がその類まれなる魔力と純真さで注目を集め、それを気に食わないとばかりに傲慢な公爵令嬢である私が彼女をいびり倒す……というイベントが発生する。
「見てなさい。今度こそ、誰の目にも明らかな『嫌な女』になって、殿下から愛想を尽かされてみせるわ!」
私は周囲を威圧するような「悪役令嬢ウォーク(※クリムローズ直伝の隙があるようでないようなあるような歩法)」で中庭へと繰り出した。
狙うは、噴水の前で戸惑っているであろう、『か弱きヒロイン』だ。
のっしのっしと歩き回り、猛禽類の目つきで獲物……ではなかった本来のヒロインを探す。
いた。いましたわー、キマシタワー。
ピンクブロンドの髪を揺らし、いかにも「頭の中もピンクです……じゃなかった、清楚でございます」というオーラを放つ少女。
彼女こそがこのゲームの主人公、聖女リリアーナだ。
彼女は今、上級生たちに囲まれている。平民だから生意気だのマナーがなってないだとけちをつけているのだろう。
あいのり糾弾のチャンスだ。
「あ~っ、テステス……うんよし」
ここはガツンと決めるところである。一応、粗相のないように発声テストを行ってからにする。
さすがに「あめんぼあかいよあいうえお」とかまではしませんでしたが。
「……あら? そこな平民。学園の美観を損ねるような、みすぼらしい身なりで何をしていまして?」
私は扇をバサリと広げ、鼻で笑った。
周囲の学生たちが「ひっ……ヴァインベルク様だ!」とざわつく。
YES! これだ。
この「理不尽に身分を笠に着る傲慢さ」
完璧、ぱーぺき、パーフェクツですわ~、と思っていたのだが……。
「いまどき登校時から扇を広げるような酔狂……やはり噂は本当だったか」
「あれが、格好いいとか思ってらっしゃるのかしら」
あ? 悪口じゃねーか。
思わず目からビームが出せるものなら出したいところですけれども、孤児院の子供達を震え上がらせ粗相をさせた殺気すら感じる威圧程度で勘弁しておきますことよ。
「ひ、ひぃっ……」
「う、あっ……お助け」
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う生徒。
たかが威圧程度で尻尾を巻いて逃げるのだったら、最初から陰口など叩かなければよいですのに……。
まあいいですわ、本命はこちらじゃございませんことよ。
ピンキーモモこと(誰も言ってません)リリアーナ様のほうですわ。
「……」
だが、彼女……ピンクの聖女の反応は、私の想定していた「涙目での反論」とは全く違うものでした。
「……ッ!!」
リリアーナはまるで弾かれたかのように、いきなり私の方へ身体ごと振り返ってきましたわ。
その瞳は恐怖に震えている……とかではなく、たとえるなら火山の噴火のごとき熱量を帯びて見開かれている……というか、かっぴらかれていると表現するのがふさわしいくらい爛々としていた。
「……い、今。私に、話しかけて……。しかも、『みすぼらしい』って……ゴミを見るような目で……」
身体を震わせながらリリアーナが何やらぼそぼそと呟いている。
俯いているために髪で目の辺りが隠れてしまってよく表情が見えないが、たぶん怖がっている? のだろう。
先ほどの言葉を反芻しているようでしたので、私は頷いて見せた。
「え、ええ、そうですわよ。わきまえなさいな、この……」
震えている……身体を震わせているけれど、何処か私の心の中で警鐘をならすような不穏な空気を纏っている聖女にやや気圧されてしまう。
「あああああ……本物だわ! 生セレスティアたんだわぁあああ!!」
「……は?」
予想外の反応に呆気に取られる。
が、それも一瞬のこと。
来るっ……このプレッシャー、シャアか! と叫びたくなるような異質なオーラを纏った聖女。
次の瞬間、彼女、聖女リリアーナは「物理法則」を無視した加速度を見せ私に肉薄してきましたことよ。
それは、クリムローズさんとの特訓で身につけた回避術を持ってしてもかすることを許してしまうほどの鋭さでした。
「ひっ……!」
思わずたじろぎ悲鳴を上げてしまう。くっ、ノットエレガントでございますことですが、それほどまでに本来のヒロインであるはずの彼女の動きは異様で気持ち悪かったのですわ。
例えるなら、G。
そう『G.U.N.D.A.M.』……Guardian Unit of Numinous divinity Destined Affective Maiden(神聖なる神威の守護個体 ― 宿命を纏いし慈愛の乙女)。
ロボットアニメが好きな方がそんな風にこじつけて、乙女ゲーなのに、ヒロイン紹介文にそんなアクロニムをぶっこんでいらしたようですが、そっちの方でない黒いやつの方ですわ。
「早いっ……」
私が身を引くより早く、かさかさかと気持ち悪い動きで這い寄ってきた上でリリアーナは私の足元にダイブした。
そのまま私の靴に頬ずりせんばかりの勢いで伏せ、ハァハァと荒い息を吐き出す。
「尊い……! その冷徹な視線、高圧的な態度、そして隠しきれない『暴力的な美しさ』……! ゲーム画面越しに見ていた百倍は輝いてます、セレスティアたん!!」
「ちょっ、何を……ていうか、『たん』って何!? あなた、聖女でしょう!?」
「聖女? そんなのどうでもいいんです! 私は、あなたに罵られたくて、あなたに踏みにじられたくて、この世界への転生を勝ち取ったんですからぁああ!」
リリアーナは顔を上げ、恍惚とした表情で私を見上げた。
その瞳の奥には、信仰心ではなく、どろどろに溶けた「限界オタク」の情熱が渦巻いている。
「さあ! もっと蔑んで! 『豚』って呼んで! なんならその美しい靴で私の指を踏んで、骨の折れる音をBGMに紅茶を飲んでくださいまし!!」
「………………」
私は、手に持っていた扇を落とした。
周囲の学生たちも、あまりの光景に石のように固まっている。
(……助けて。このヒロイン、私よりもずっとヤバい奴だわ)
私が「悪役」になろうと必死に牙を剥けば剥くほど、この聖女(という名の変態)はそれを「ご褒美」として摂取してしまう。
これでは、いじめが成立しないどころか、私がただ「熱狂的な信者? 狂人?に付きまとわれている哀れな公爵令嬢」に見えてしまうではないか。
「セレスティア様ぁ! とりあえず私の服を破いて、『こんなボロ布、雑巾にもなりませんわ!』って言ってくださーい! さあ、私を公衆の面前で辱めて!」
女性が肌を晒すというのは屈辱である。
しかもこんな目立つところでそれを懇願するとか、何を考えているのこの娘。
それを私が実行したら「こんなに酷いことを」なんてことを考えている顔でもないというかそもそもこれだけ注目を集めている中で行動を示唆している以上、後からの取り繕いなど鼻で笑われるだけだ。
つまりは……本気ですわ、この娘。
「嫌よ! 何よそれ、私がただの変態の片棒担いでるみたいじゃない!!」
学園入学初日。
私の「婚約破棄への第一歩」は、ヒロインの「スロットル全開の性癖」という巨大な壁にぶち当たり、粉々に粉砕された。
おかげで彼女が口にしていた重要情報も一緒に記憶の彼方に飛ばされてしまっていた。
あまりにこの世界に馴染みすぎて、彼女と同じという事実……いえ、何というか、同じであってはならないと何処か心の防壁が重要な情報をシャットアウトしたのでしょう。
限界オタクとか、転生とか……正直、それを上回るインパクトをぶちこまれるとは思ってませんでしたわ。
「……ねぇ、殿下。私、転校していいかしら」
騒ぎを聞きつけたのか、いつの間にか傍らに立っていたエリオット殿下に挨拶もなしにそんな言葉を浴びせてしまう。
「セレスティア……あの聖女、かなりの『強者』だな。私も負けていられん、今すぐ共にスクワットをしよう!」
失礼かと思ったが、殿下も人の話を欠片も聞いていなかった。
やっぱり嫌ですわ、この筋肉王子。
「……もう、どうなっているの、この学園は! 一度合ったら友達で、とか言い出さないわよね?」
そんなセレスティアの叫び。
そしてリリアーナの「ああ、セレスティアたん……尊死」という悶絶しながら溢す発情した牝の呟き。
「さすがセレスティア様……すでに聖女様を屈服されているとは」
「聖女の専横はゆるさない厳格な態度、さすが未来の国母ですわ」
そして評価は積まれていくのであった。
おかしいとは思うが、おそらく乙女ゲームの主人公力がセレスティアたんはぁはぁというリリアーナの心を実現しようと世界に干渉しているためにこのような異様な光景にも関わらず騒ぎ立てることもなく、冷静に受け止められているのかもしれない。
……いくらおふざけとはいえ、過度にしすぎているのではなくって。次はもっと真面目にされますことを、続きにて確認してくださいませ。




