第04話:孤児院の「なまはげ」
「ああ、セレスティア様! お越しいただけるのを心待ちにしておりました!」
公爵家が支援する王都外縁の孤児院。
馬車から降りたセレスティアを、院長が涙ながらに迎えた。
セレスティアはこの日、並々ならぬ決意を胸に秘めていた。
(今日こそ……今日こそは『嫌味な特権階級の女』を完璧に演じてみせるわ!)
目標は明確だ。子供たちに「あんな怖い女が王妃になるなんて絶対に嫌だ!」と泣き叫んでもらい、そんな阿鼻叫喚の地獄絵図を視察に来た役人に目撃させる。
そうすれば、彼女の評判は地に落ち、婚約破棄への道が開けるはずだ。
「ふふっ……皆さん、元気にしてらして?」
セレスティアは渾身の「極悪スマイル」を浮かべた。
三白眼気味の鋭い瞳に、獲物を定める鷹のような威圧感を上乗せする。
何より鏡で確認した本人が戦慄するほどの威力だ。(何と戦っていらっしゃるのでしょうかね)
それを見た年少の子供たちは、ひとたまりもない。はしゃいでいた空気から一転、動きを止めて瞬間的に顔を強張らせた。
「ひっ……!」
「うわあああん! 怖いよぉ!」
あちこちで子供たちが泣き出し、中には腰を抜かしてその場に座り込み、「……ひ、ひいぃ」とあとずさりしながら逃げ出そうとするような少年まで現れた。
股間の辺りの布の色が変わっているところから察するに、恐怖のあまり粗相したようである。
(よし! 来たわ! これよ、この反応を待っていたのよ!)
少年にトラウマを植え付けて、セレスティアは内心でガッツポーズを決めた。それもどうなのよと思うのだが、目的のためには少々の犠牲(ショタっこの精神的外傷)は仕方ないらしい。
そんな怯えている彼らにさらに追い打ちをかけるべく、彼女はわざとらしく鼻を鳴らし、泥遊びをしていた少年たちの前で仁王立ちになる。
「あら、汚らしい。そんな泥だらけの手で私のドレスに触れようものなら、ただではおきませんわよ。……いい? 規律を守れない者に、食事を摂る資格なんてありませんわ。命が惜しければ、ただちに、今すぐ、ジャストインタイムに(?)、自分の犯した罪を今すぐに数えなさい」
これだ。かつて闇の芽(物理)を引っこ抜いた時に培った「生命への危機感」を込めた視線。
まったく、あの悪意に満ちた闇の芽(物理)御するのに苦労しましたわ。(彼女は特殊な訓練を受けております。常人および常識人にはとても出来ないので真似しないで下さい)
「あわ、あわわわ……」
次々と撃墜マークが少年達の股間に刻まれていく。
それは悪童として有名だった年長の少年たちの心を、へし折るに十分な威力だった。
魔王の欠片すら御する力。
その殺気すら感じる溢れ出る力と、死神に頬を撫でられにっこりと微笑まれたような錯覚すら覚える。
少年たちは、その鋭い視線にまさしく蛇に睨まれた蛙の様にその場で直立不動になった。
「……お、おい。あの目、見たか? 『次やったら消すぞ』って言ってるぞ……」
「ああ……。俺たちが昨日、厨房のパンを盗み食いしたのを、あの人は全部お見通しなんだ……」
「逆らっちゃダメだ。あの人は本物だ……!」
ガクガクブルブル。振動ベルトで腰のシェイプアップに励むおばちゃんより震えながら少年達は己の罪を告白していった。
(ふふふ、計画通りね。さあ、私を呪いなさい、恐ろしい女だと触れ回るのよ!)
傲慢不遜、子供たちにすら容赦ない血も涙もない令嬢としてつまはじきにされる。そんな夢をこの時は見ておりました。
数日後。公爵邸に届いた孤児院からの報告書を読み、セレスティアは口にしていた紅茶をヒールレスラーの毒霧攻撃ばりに勢い良く吹き出した。
『……セレスティア様の圧倒的な威厳に触れ、手が付けられなかった悪童たちが、今では模範的な少年のように大人しくなりました。
「大人の恐ろしさと、法を守ることの大切さ」を、一瞬の眼光と少ない言葉のみで教え諭してくださるとは……。
院の子供たちは、セレスティア様を「真の規律の守護者」として崇めております。
粗相してしまった子供も「あれで憑き物が落ちたようだ」と清々しい顔をしております。
これこそが公爵令嬢様の御威光。これこそ間違いなく聖女の導き、感謝の言葉もございません!』
「……。私、なまはげかなにかか?」
報告書を放り投げ、セレスティアは虚空を見つめた。
「悪い子はいねがー」と叫んだつもりはない。ただ「悪役令嬢」(彼女の脳内ではそうなっております)らしく振る舞っただけなのだ。
だが、世間はどうしても彼女を「高潔な教育者」というカテゴリーに押し込みたいらしい。
「どうして……どうして誰も私を、ただの性格が悪い女として見てくれないの……!?」
そんな彼女の傍らで、協力者のクリムローズが、報告書の内容を確認して呆れたように肩をすくめた。
「お嬢、それはもう諦めな。あんたの『睨み』は、素人から見れば『真実を見透かす目』みたいなもんだ。悪いことしてる奴ほど、あんたに睨まれただけで勝手に自白を始める始末だよ」
「そんなの、悪役令嬢じゃなくて、ただの凄腕の取調官じゃないの……!」
セレスティアは、鏡に映る自分の「悪い笑顔」をまじまじと見た。
やはり、どう見ても邪悪だ。なのに、なぜ世界はこうも自分に都合の良い解釈を押し付けるのか。
「……次は、もっと強力なボロを出さなきゃ。そうだ、例の『聖女』……リリアーナとかいう娘を使えば……」
セレスティアは、まだ見ぬヒロインに最後の望みを託すことにした。
彼女なら、自分の本性を暴いてくれるはずだ――そんな淡い期待は、のちに現れる「変態聖女」によって、より無残に打ち砕かれることになるのだが。
「だから……諦めなって」
決意するセレスティアの後ろでクリムローズが重ねて呟いた。
オーホッホッホッホッ、あなたの罪を数えてさしあげますわ!(ちょっと気に入っているらしい)……続きますわよ。




