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『悪役令嬢の私が「嫌われよう」と頑張るほど、聖女は崇め、王子は鍛え、知者の眼鏡が曇り――なぜか国が平和に爆進していく』  作者: 踊りまんぼう


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第01話:鏡の中の悪女、現実に絶望する




「……完璧だわ。この三白眼に近い鋭い目つき、そして相手を蛇のように射貫く冷徹な視線。どこからどう見ても、私は救いようのない悪役令嬢ね」


 セレスティア・ヴァインベルクは、学園への入学を目前に控えたある日、自室の大きな鏡の前で、自身の映り映えに深く満足していた。


 鏡に映るのは、鋭く吊り上がった紫の瞳に、傲岸不遜な笑みを湛えた薄い唇。

 これぞ乙女ゲームの悪役令嬢という、攻撃的で気品あふれる美貌だ。


 彼女が「ふんっ、身の程というものを知りなさい! オーホッホッホッホッ」と練習用の高笑いを上げれば、あまりに邪悪な響きに、自分でも背筋が凍るほどだった。


「これなら、きっと役目を果たせるわ。本来のシナリオにあったような『悲劇による闇落ち』は、私の血の滲むような努力で回避したけれど……代わりに、この圧倒的な『悪役としてのスペック』を手に入れたのだもの!」


 セレスティアは、自分がこの国の破滅を招く「悪役令嬢」であることを、五歳の時に思い出した。


「この顔……名前……あたち、悪役令嬢にてんちぇいした……ううっ頭が……」


 以来、彼女は必死だった。


 ……本来のゲームシナリオ。

 母・ノエリアが病死し、それまで優しかった父・ヴァインベルク公爵は権力欲に憑りつかれた狂犬へと変貌する。

 後ろ盾を失い、愛を失ったセレスティアは、その歪んだ情熱を第一王子エリオットへの執着へと変え、最終的にはヒロインを害して破滅する――。


(そんなの、たまったもんじゃないでちゅわ!)


 五歳の彼女は、書き溜めたメモを握りしめ、魔導書を読み漁り、薬草学を極めた……極めすぎた。

 結果として、伝説の花を手に入れて母の病を完治させ、母が健在であることで父の闇落ちも未然に防いだ。

 それどころか、魔王復活の鍵となる「闇の芽」(物理)を引っこ抜いた上で、それを庭の肥料に変えてしまい、公爵家の庭園を「農業の聖地」にまで変えてしまった。


「全ては、この私自身が『悪役』として殿下に嫌われ、婚約破棄を勝ち取るため。そして領地で平穏な隠居生活を送るための布石なのよ……!」


 そんな固い彼女の決意をよそに、部屋の扉が控えめにノックされた。


「お、お嬢様……失礼いたします。お、お茶の準備が整いました」


 入ってきたのは、最近配属されたばかりの新人侍女の少女だ。

 彼女はセレスティアの鋭い視線に晒された瞬間、ガタガタと膝を震わせ、持っていたトレイを危うく落としそうになった。


「な、何かしら、その不格好な所作は。ヴァインベルク家の侍女として、恥ずかしくないのかしら?」


 セレスティアは精一杯の「冷徹な声」を出した。新人いびり、悪役の基本である。

 侍女は顔を真っ青にして、今にも泣き出しそうだ。

 悪役令嬢本人が鏡の中の自分の高笑いで戦慄するくらいなのだ。精一杯の「冷徹な声」など致死量だろう。


「も、申し訳ございません! すぐにやり直します!」


 セレスティアの咎めを入室からだと解釈したのだろう。一旦部屋から出ようとする新人侍女。


「……待ちなさい。今更やり直してどうにかなるものでもありませんわ。ほら、お貸しなさいな」


 セレスティアは、音もなく優雅に立ち上がると侍女の手からトレイをひったくるように奪った。

 そして、流れるような無駄のない動作で、乱れたティーセットを整え、それから優美にテーブルへと配置していく。

 呆然としていた新人少女にその所作を見せ付けながら、手早く済ませる。


「いいかしら? 視線は常に先を読み、重心は揺らさず、よ。あなたの今の動きは、無駄が多すぎて美しくないわ。……そんな顔をしていても、仕事は減りませんわよ。一度で覚えなさい」


 セレスティアは、わざと目を細めて彼女を睨みつけた。

(これでよし! 『なんて怖いお嬢様なの!』と厨房で噂されるに違いないわ!)


 だが、新人侍女の反応は、予想外のものだった。

 震えていた少女の瞳に、じわじわと涙が溜まっていく。


「お嬢様……私のような新人のために、わざわざ自らお手本を……。それに、私が緊張で足を震わせていたことまで見抜いて、叱咤激励してくださるなんて……」


「……は?」


「私、最初は怖かったんです。その、お嬢様の目つきが鋭くて。でも、分かりました。お嬢様は理不尽に叱るのではなく、私たちがプロとして自立できるように、あえて厳しく接してくださっているのですね! 私、お嬢様についていきます!」


「ちょっ、待ち……」


「お嬢様がこっちを睨んだのも、私の欠点を見逃さないっていう『愛の鞭』だったんですね! 頑張ります!」


 新人侍女は、さっきまでの恐怖が嘘のように、キラキラした瞳で深々と頭を下げて退出していった。

 後に残されたのは、完璧な悪役を演じたはずなのに、なぜか「慈悲深い主」として崇められてしまったセレスティアだけである。


「……どうして。私、今の、どう考えても性格の悪い女だったでしょう?」


 セレスティアは再び鏡を見た。

 そこには、やはり邪悪なほどに美しい悪女が映っている。


「にやり……うわっ、怖っ」


 しっかり悪役の笑みに浮かべた本人が引くくらいである。


 だが、その背後から聞こえてきたベテラン侍女たちのひそひそ話が、彼女の心を粉砕した。


「あら、あの子もお嬢様の『高潔な指導』を受けたのね」

「お嬢様は本当にお優しいわ。厳しそうに見えて、実は誰よりも私たちのことを考えてくださる。あの方こそ、この国の未来の王妃にふさわしいわ……」


「…………」


 セレスティアの隠居プラン、第一段階。

「侍女たちに嫌われて評判を下げる作戦」は、開始五分で「新人教育の女神」という伝説に書き換えられた。



 ……オーホッホッホッ、続きますわよ。

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