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移ろい

作者: 舞茸 満
掲載日:2026/02/28

「物」に感情があるか。


 この国では「大切にしないとバチが当たる」という、半ば教育的観点からこの考え方を指導をされてきた。物には魂が宿っているという考えだ。しかし、最近はどうだろう。何でも答え、悩みまで打ち明けられるAIの急速な発展。指導以前に人間側から、「物には感情がある」と錯覚を起こしそうだ。


 私は高度なAIを備えているわけではないどころか、一ミリも自分で動くことが出来ない。遠い異国の地で生まれ、仲間とともに段ボール箱に詰め込まれ、船でこの国へ渡ってきた。


 箱の蓋が開けられ、人の手によって私も取り出され、隙間無く棚に並べられた。そこは家族連れやカップルで賑わう遊園地。皆一様に何の憂いもない、幸せそうな表情だ。


 次第に棚の空間ができてきた。去っていった仲間たちと会うことは二度とないだろう。


 スタッフが鐘を鳴らす。

「おめでとうございまーす」


 1等の景品として、私もまたある家族の元へ引き取られた。これからどんな人生になるのだろうか。


 それから20年…ライバルが増えつつも、主人は今も私を大切にしてくれている。昔はどこに行くにも一緒だった。私の身体についた汚れが、それを示している。喜びも悲しみも、私はともにしていた。


 幼稚園から帰った主人とままごとの相手として。怖い夢を見た夜には、守護神として。旅行のお供に公園への散歩。何時ぞやは、雨の中で路上に落ち、ずぶ濡れになった。早くも人生の終焉かと思った瞬間、主人は走って私を探しに来てくれた。タイミングが悪ければ、とっくに私は消えていた。


 私は大切にされている。


 あらゆる価値観が混在する世の中だ。

そしてそれは、時代とともに、年歴とともに変化する。


 私の主人はどうだろう。成人し、社会人になってからは、私の出番はなかなか無い。いや、私を振り返る余裕がないのだ。忙しい一週間を過ごし、週末は友人や彼とのお出かけ。でも、それで良いのだ。私はAIと同じく、自分から動くことはしない、いや、出来ないのだ。


 人間の世界では、人の仕事の一部は、AIに取って代わられるのではと恐れられているそうだ。AIは自然界で出来たウイルスではない。人間が作ったものなのに、それが人間を滅ぼす…悪い冗談だ。


 少なくとも私達は、互いを潰し合うことはしない。争いもしない。新入り・古株の違いはあれど、それだけのことだ。人に必要とされることが、最大の任務なのだから。


 必要がなくなれば、棄てられるだけだ。


 私たちの誇りは、人生のある一時、主人の相棒となり、友人となり、守護神となることだ。任務完了の時は、私が決めることではない。


 AIは進化していく。私たちは汚れていく。どこに姿があるか分からないAI。物理的に存在がある私たち。


 優劣ではない、役割の違いだ。


 私には、主人と過ごした歳月が身体に刻まれている。傷も、汚れも、主人が必要としてくれた証であり、誇りだ。


 私の主人の「彼」と呼ばれる男性が、主人の部屋に来た。スーツを着て、緊張の面持ち。私は主人を子供の頃から知っている。彼よりずっと付き合いは長い。


 歳月を経て、埃という名の毛布を被り、手垢で黒ずんだ私の身体。更には窓から入る西陽の光で、元の色は一部が褪せ始めた。もう主人を悪夢から守ることも、一緒の外出もない。私の役目はここまでだ。


 時間は残酷だ。姿も形も、心さえも移ろいで行く。


 それでも良い。

 私は大切にされていた。


 私は大量生産のぬいぐるみ。

ネットオークションに出されても、売れ残る自信がある。


 ある朝、主人は棚から私を取り出し、おもむろに箱に詰めた。いよいよ私も終わりの時が来た。


 そうだ、これで良いのだ。

 役目は十分果たしたのだから。


 箱の蓋が開き、光が眩しく差し込んでいる。天国に着いたのか?


「この子は、ここに飾って」


 箱から出されて見た景色は、見慣れない広い部屋だった。しばらくすると、大勢のお洒落に着飾った男女が目に入った。


 ここはどこだ…


 照明が落ち、大きな音で音楽が流れる。視線の先の大きな扉に照明が当たると、割れんばかりの拍手を浴びて、私の主人が表れた。隣には、いつかの緊張していた男性。


 主人のハレの日に、私が居た。


 時は移ろいだ。

 心は移ろわなかった。


 私は大切にされている。



 終


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― 新着の感想 ―
なんだかハートウォーミングなお話しですね。ずっとぬいぐるみの独り言で話が展開していくのは面白い試みだと思います。
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