移ろい
「物」に感情があるか。
この国では「大切にしないとバチが当たる」という、半ば教育的観点からこの考え方を指導をされてきた。物には魂が宿っているという考えだ。しかし、最近はどうだろう。何でも答え、悩みまで打ち明けられるAIの急速な発展。指導以前に人間側から、「物には感情がある」と錯覚を起こしそうだ。
私は高度なAIを備えているわけではないどころか、一ミリも自分で動くことが出来ない。遠い異国の地で生まれ、仲間とともに段ボール箱に詰め込まれ、船でこの国へ渡ってきた。
箱の蓋が開けられ、人の手によって私も取り出され、隙間無く棚に並べられた。そこは家族連れやカップルで賑わう遊園地。皆一様に何の憂いもない、幸せそうな表情だ。
次第に棚の空間ができてきた。去っていった仲間たちと会うことは二度とないだろう。
スタッフが鐘を鳴らす。
「おめでとうございまーす」
1等の景品として、私もまたある家族の元へ引き取られた。これからどんな人生になるのだろうか。
それから20年…ライバルが増えつつも、主人は今も私を大切にしてくれている。昔はどこに行くにも一緒だった。私の身体についた汚れが、それを示している。喜びも悲しみも、私はともにしていた。
幼稚園から帰った主人とままごとの相手として。怖い夢を見た夜には、守護神として。旅行のお供に公園への散歩。何時ぞやは、雨の中で路上に落ち、ずぶ濡れになった。早くも人生の終焉かと思った瞬間、主人は走って私を探しに来てくれた。タイミングが悪ければ、とっくに私は消えていた。
私は大切にされている。
あらゆる価値観が混在する世の中だ。
そしてそれは、時代とともに、年歴とともに変化する。
私の主人はどうだろう。成人し、社会人になってからは、私の出番はなかなか無い。いや、私を振り返る余裕がないのだ。忙しい一週間を過ごし、週末は友人や彼とのお出かけ。でも、それで良いのだ。私はAIと同じく、自分から動くことはしない、いや、出来ないのだ。
人間の世界では、人の仕事の一部は、AIに取って代わられるのではと恐れられているそうだ。AIは自然界で出来たウイルスではない。人間が作ったものなのに、それが人間を滅ぼす…悪い冗談だ。
少なくとも私達は、互いを潰し合うことはしない。争いもしない。新入り・古株の違いはあれど、それだけのことだ。人に必要とされることが、最大の任務なのだから。
必要がなくなれば、棄てられるだけだ。
私たちの誇りは、人生のある一時、主人の相棒となり、友人となり、守護神となることだ。任務完了の時は、私が決めることではない。
AIは進化していく。私たちは汚れていく。どこに姿があるか分からないAI。物理的に存在がある私たち。
優劣ではない、役割の違いだ。
私には、主人と過ごした歳月が身体に刻まれている。傷も、汚れも、主人が必要としてくれた証であり、誇りだ。
私の主人の「彼」と呼ばれる男性が、主人の部屋に来た。スーツを着て、緊張の面持ち。私は主人を子供の頃から知っている。彼よりずっと付き合いは長い。
歳月を経て、埃という名の毛布を被り、手垢で黒ずんだ私の身体。更には窓から入る西陽の光で、元の色は一部が褪せ始めた。もう主人を悪夢から守ることも、一緒の外出もない。私の役目はここまでだ。
時間は残酷だ。姿も形も、心さえも移ろいで行く。
それでも良い。
私は大切にされていた。
私は大量生産のぬいぐるみ。
ネットオークションに出されても、売れ残る自信がある。
ある朝、主人は棚から私を取り出し、おもむろに箱に詰めた。いよいよ私も終わりの時が来た。
そうだ、これで良いのだ。
役目は十分果たしたのだから。
箱の蓋が開き、光が眩しく差し込んでいる。天国に着いたのか?
「この子は、ここに飾って」
箱から出されて見た景色は、見慣れない広い部屋だった。しばらくすると、大勢のお洒落に着飾った男女が目に入った。
ここはどこだ…
照明が落ち、大きな音で音楽が流れる。視線の先の大きな扉に照明が当たると、割れんばかりの拍手を浴びて、私の主人が表れた。隣には、いつかの緊張していた男性。
主人のハレの日に、私が居た。
時は移ろいだ。
心は移ろわなかった。
私は大切にされている。
終




