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エピソード12

鐘が鳴った。

低く、重く、街全体を震わせるような音。

その音を合図に、広場のざわめきがざっと割れた。

鎧の擦れる音。

重く響く靴の音。

冷たい命令の響き。

「―集会を解散せよ」

王国衛兵が、列を組んで広場に踏み込んでくる。

銀色の槍先が夜の灯を受けて、ぎらりと光った。

空気が凍りつく。

カイルがゆっくりとリュートを下ろした。

その目に映るのは、恐怖ではなく、ただ確かな光。

「待って!」

エリアーナが一歩前に出た。

足元の石畳が冷たい。

でも、それよりも心の奥にある熱が勝っていた。



「お父様の命令でしょう?」

衛兵たちは応じない。

ただ槍を構え彼女の方を向く。

「やめて」

声が震えていたが、エリアーナは決して逃げなかった。

「彼らはただ―自分の名前を言っただけ」

ざわっと小さな波が起きた。

人々の中にかすかな光が灯る。

それを見た衛兵の一人が、わずかに目を伏せた。

「エリアーナ、下がれ。危ない」

カイルが低く囁く。

彼女は首を振った。

「いいえ。私は決して下がらない」


その瞬間、背後の塔の鐘が再び鳴る。

金属がきしむような音。

空が裂けるような音。

彼女の足元から、光が生まれた。

それは花ではなかった。

形を持たない、無数の声のような光。

ひとつ、またひとつと空へ昇り、夜の空気の中に、言葉の粒を散らしていく。

「名前を……呼んで」

誰かが呟いた。

その声に別の声が重なる。

「私はリアン」

「僕はトム」

「私はマリナ」

ひとつずつ、名前が溢れていく。

長い沈黙を破って、街が息を吹き返すように。

その光景を衛兵たちも見ていた。

槍を握る手が震えている。

誰かが口を開いた。

「……俺はダリウス」

その名が、鎧の隙間から光になって漏れ出した。

もう止まらない。

名前が呼応して、広場全体を満たしていく。

カイルが目を見開いた。

「……見ろ、エリアーナ。これは……!」

光が彼の肩に降り注ぐ。

その光を受けて、彼の輪郭が淡く(にじ)んだ。

まるで存在そのものが歌になっていくように。

「みんな…思い出して。あなたたちの名前を声にして」

エリアーナの叫びが、夜空に響く。

それはもう祈りではなく、命令でもない。

ただ、心の奥からあふれた願い。

街中が反応していく。


老いた男が、少女が、母親が、子どもが、次々と名前を呼ぶ。

「私は―」

「俺は―」

「わたしたちは―」

無数の声が重なり、ひとつの光の奔流になった。

それは王城の方角へと向かい、閉ざされた窓を突き抜けて、玉座の間を貫いた。

遠くで、誰かの怒号が響く。

だが、もう誰も止められない。

光が広場を包み、すべてを金色に染めた。

そしてその中心でエリアーナは、初めて自分の名前を叫んだ。


「エリアーナ・ルシェル!」


その名が夜空に放たれた瞬間、塔の封印紋(ふういんもん)が砕け、遠くの王城で、ロウェンの水晶盤が眩い閃光を放って爆ぜた。

世界が音を取り戻した。

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