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エピソード11

窓の外に光が見える。

窓辺にただ立ち尽くすエリアーナ。

息ができない。

広場が輝いている。

まるで朝露に濡れた花のように。

人々の唇が動いている。

言葉を交わしている。

この国ではありえないことだ。

誰かが、他の誰かに声を向けている。

それだけで、胸が熱くなった。


そして、その中心に彼がいる。

カイル。

彼がリュートを抱え、歌っている。

音は届かない。

それでも分かる。

やわらかくて、まっすぐで、温かい。

涙が勝手にこぼれた。

頬を伝う雫が光に触れて、淡く弾ける。

その瞬間、胸の奥で何かが震えた。

痛みのようでもあり、懐かしい鼓動のようでもあった。


窓辺の花瓶。

白い花がゆっくりと開いていく。

蕾のままだったはずの花弁が、音もなく広がる。

光を受けて、透けるように揺れた。


エリアーナは息を呑んだ。

共鳴している…。

下の広場の光と、塔の上の彼女の魔力が、目に見えない糸で結ばれていく。

カイルの音が空を渡り、胸を震わせる。

まるで心臓が歌っているみたいだった。

「もう……止められない……」

呟いた声が風に溶ける。

扉が静かに開いた。

白衣の侍女が一歩、踏み込む。

光を捉えた瞬間、硬直した。

「姫様!それは―」

「違うの」

エリアーナは慌てて花に手を伸ばす。

「これは違うの」


でも、もう遅かった。

花は完全に開ききり、やわらかな光を放っていた。

侍女の声が震える。

「報告いたします……覚醒反応を確認」

エリアーナの胸が、きゅっと音を立てるように高鳴った。

光がすっと消える。

胸の奥に残響だけが残る。


あの人が歌っていた。

それだけで何かが生まれ、変わったのだ。

窓の外。

広場ではもう、兵士たちが動き始めている。

光は散り風だけが残っていた。

「……カイル」

名を呼ぶ声は、誰にも届かない。

だがその名が唇を離れた瞬間…塔の外壁に走る古い紋章が、淡く光った。

封印の刻印。

それはかすかに揺らいでいた。

エリアーナは胸の鼓動に導かれるまま、広場へと走り出していた。


その頃、宰相ロウェンが水晶盤に静かに手を置いた。

淡く光る文字列が、無数に浮かび上がる。

青白い光が室内を染める。

外のざわめきも、風の音も、ここには届かない。

ロウェンの指先が走る。

魔力波形、音波干渉、共鳴指数。

すべてが異常値を示している。


「……観測誤差、2%。実測値として有効」

短く呟き、視線を一点に固定する。

塔の上。

王女の居室。

そこから、光が上がっている。

下層…広場から発生した波動と、正確に共鳴している。

ふたつの波形がぴたりと重なり、数値が跳ね上がった。


共鳴率 0.87

臨界値を超過。

ロウェンの瞳が、淡い青に揺らめいた。

その揺らぎを誰も見てはいない。

「……ありえない」

この国の人間は、誰一人として他者と共鳴できない。

それが王の命令であり、国の安定を保つ前提だった。

…そのはずだった。


指先が止まる。

水晶盤の上で、ひとつの光点が脈動していた。


ELIANA(エリアーナ)


システムが王族固有の魔力を自動検知している。

波形の合間に微弱なノイズが走った。

音だ。

誰かが誰かの名を呼ぶ声。

ノイズ除去を行おうとして、ロウェンの動きが止まった。

聞き覚えのある声。

《……カイル》

光が強くなる。

装置の針が限界値を振り切り、薄い煙が上がる。

ロウェンは即座に補助結界を展開した。破損した水晶盤がぱきりと音を立てて割れる。

床に散った欠片に青い光が走った。

数値はすべて途絶えた。

だが、空気の中に残った微かな温度だけが生きていた。


ロウェンは微かに震えている体を落ち着かせるため、静かに息を整えた。

「王に…報告をしなければ」

ロウェンは立ち上がり、通信の魔法陣を起動した。淡い赤の紋が浮かぶ。

「報告します。王都中央広場において、大規模な共鳴現象を確認。原因は外来者カイル・ラヴェル及び、王女エリアーナ・ルシェル。共鳴率、臨界値を超過。これをもって封印条約が破られたと判断します」

一瞬の沈黙が通信越しに流れ、次の瞬間、重苦しい声が返ってきた。

《わかった。すぐに鎮圧部隊を動かす》

「……承知いたしました」

魔法陣が消える。

暗闇の中にロウェンの影だけが残った。

彼は胸元の水晶片にそっと触れた。

熱い。

まだあの光の余韻を帯びている。

「…あれが『幸福』というものか」

誰に聞かせるでもなく呟いた声は、闇に吸い込まれていった。

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