第3章 円筒形セルの進化とこだわり
前書き
本書は、電池の歴史や構造、安全性の課題について整理したものですが、専門書や事故報告書のような厳密な技術資料ではありません。筆者自身が調べ、考え、感じたことをまとめる「自分の満足」のために書いた部分も多く含まれています。
特にスマートフォンや工具用のリチウムイオン電池に関しては、技術資料や論文、事故報告などを参照しつつも、筆者の主観的な解釈や見方を交えています。そのため、ここで示す内容は「唯一の正解」ではなく、あくまで「ひとつの視点」として受け取っていただければ幸いです。
「こんな見方もあるのか」と気軽に読みつつ、必要に応じて事実の照合や最新情報を確認しながら進めていただくと、より深く楽しめると思います。
1. 設計構造の違い
円筒形セルは、外装が堅牢な金属缶で覆われており、圧力を均等に分散させる構造を持つ。円形断面は力学的に安定し、外部からの衝撃や圧迫に対しても強い。角形やパウチ型のように局所的なストレスが集中せず、セル内部の膨張も外装全体に逃がすことができる。そのため、熱暴走や内部短絡のリスクが低く、安全性の点で有利とされる。
また、円筒形は製造工程でも均質性を確保しやすい。電極をロール状に巻き込む「ジャリロール構造」によって、内部抵抗が安定し、セル寿命が長い。こうした構造上の堅牢さが、円筒形セルを産業用途やプロ用機器での「定番」にしている。
2. プロ用工具における採用理由
代表的な例が、マキタをはじめとするプロ用電動工具メーカーである。現場で使用される電動ドリルやグラインダー、インパクトレンチは、高出力かつ連続使用が前提であり、衝撃や落下も日常茶飯事だ。こうした環境で角形やパウチ型セルを用いると、わずかな圧迫や衝撃で内部損傷を招き、事故につながる可能性が高い。
その点、円筒形セルは十数年にわたりプロの現場で使用され、発火や短絡の事例がほとんど報告されていない。セル外装自体が金属シェルとして「一次バリア」として機能し、内部の化学反応を封じ込める役割を果たしているからだ。実際、充電式工具は過酷な使用条件下でも長期にわたり信頼性を維持しており、その実績が円筒形に対するメーカーのこだわりを裏付けている。
3. 円筒形セルの進化
円筒形セルもまた、リチウムイオン技術の進化に合わせて改良が重ねられてきた。初期は容量1,500mAh前後の18650型が主流であったが、現在では3,000mAhを超える高容量品や、高出力型のセルも存在する。加えて、セルごとの安全弁や内部短絡を防ぐ設計が標準化され、安全性と性能の両立が実現している。
さらに近年では、EV分野でも円筒形セルが再評価されつつある。特にテスラは大量生産に適した円筒形を選び、最新では「4680セル」と呼ばれる大径タイプを採用し始めている。これは従来の工具用18650セルの発展形であり、円筒形構造の強みを大型化・高出力化の方向に発展させた事例と言える。
4. 円筒形にこだわる理由
結局のところ、円筒形セルにこだわる理由は「信頼性と再現性」である。角形やパウチ型は形状効率や薄型化には優れるが、安全性の余地を削ってしまう。一方、円筒形はサイズ的な制約はあるものの、堅牢性・製造安定性・長期実績という点で他の形式を凌駕する。
特に「道具」として酷使されるプロ用工具や「交通インフラ」として社会に直結するEVでは、事故が社会的信頼の喪失に直結する。そのため、メーカーはリスクを最小化する設計思想を貫き、円筒形セルという「保守的だが確実な選択」を維持しているのである。
5. 章のまとめ
円筒形セルは、構造的な堅牢さと長年の使用実績から、プロ用工具やEVといった「信頼性が最優先される領域」で採用され続けている。角形・パウチ型のような形状効率はないが、安全性と再現性を優先する現場では、依然として円筒形が選ばれる理由がある。
この章で明らかになったのは、電池の形状選択が単なるデザインやスペース効率の問題ではなく、「どのリスクを受け入れ、どの信頼を守るか」という社会的判断であるという点だ。次章で扱う全固体電池の未来は、こうした形状選択のジレンマを乗り越えられるかどうかにかかっている。
あとがき
前書きでも触れたように、ここからは筆者自身の解釈や感覚が強く入っている。事実の裏付けというよりは、電池という技術を通して感じた「見方」を書き残したい。
もし自社製品だけのためなら、必ずしも円筒形セルにこだわる必要はないだろう。スマホで主流となったパウチ型を構造化し、堅牢な密閉型として設計することも技術的には可能かもしれない。しかしそれでも円筒形が主流であり、今も進化を続けているのは、円筒形というフォーマット自体が「最低限の安全性」を担保しているからではないだろうか。
円筒形セルは、特許を無視して複製されたとしても、一定の安全性を確保しやすい。これは「参入障壁を抑えつつ、安全性を底上げする」という産業全体の仕組みを暗黙のうちに支えているとも言える。
一方でスマートフォン用バッテリーは、安全性を高めようとするほど重量や厚みが増し、携帯性と相反する。結果として交換不可能な構造が当たり前となり、むしろバッテリーの脆弱さが製品寿命を規定し、スマホ本体の価値を高めるという逆説を生んでいる。
その対極にあるのが、マキタの充電式バッテリーだ。堅牢な円筒形セルとシンプルな3端子構造で安全を実現し、信号線すら不要にした設計は、誤接触の余地を排除し、現場での信頼を担保している。複雑な電子制御に依存せず、構造そのものの強さに依拠する――そこに円筒形の哲学がある。
理想的には球体セルの方が圧力分散に優れているかもしれない。しかし、現状では内部構造の配置や量産性の課題があり、円筒形が最適解となっている。
それでも技術が進めば、球体セルの実現も不可能ではない。特に自動車用途では、高出力・大容量の安全管理が求められるため、球体セルが不可欠になる場面が出てくるだろう。さらに、セル自体を複合化してモジュール化し、セル単位で交換可能になれば、電気自動車の安全性と利便性は大きく向上する。球体セルの形状により、外観や変形から異常を見ただけで判別できるような設計も将来的には可能かもしれない。
円筒形セルは現時点での最適解であり、安全性・信頼性・量産性のバランスに優れているため、今もなお多くの用途で進化を続けているのだ。