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ランドリー他、日常に棲む奇譚集  作者: うみたたん
放課後の追憶

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夜の転校生 後編

 リネン室のドアの隙間から、二つ目がこちらをじっと見ていた。


 子供だ……。


 だけどこれ以上、失態は見せられないので落ち着いて反応したつもりだ。


 佐々木さんがそっとドアを開ける。

 誰もいなかった。


「ごめんごめん。夜だし怖いよね、門野君。多分ほら、向こう側の棚にいろいろ乗っているから……それが光ったのかな?」


 ドアを開けると、正面にいろんな物が載った棚があった。古い布、マット、洗濯洗剤の缶やなにか空の瓶。乱雑に置きっぱなしになっている。


 でも……目が合った気がした。あれば誰かの目だったと思う。


 佐々木さんと僕は、シーツ類を半分ずつ持って廊下に出た。そこから大きな業務用のエレベーターでフロアに上がった。


「3階に上がりますよ。このエレベーターは、普段は生徒は使えません。シーツとかシャンプーとか、生活用品を取りに行くときだけです」


「はい。わかりました」


 佐々木さんが鍵で重たい扉を開けると、広くて優雅なラウンジが目の前にあった。そこでくつろいでいる男子生徒達が、おおげさな歓声を上げて僕を出迎えてくれた。


「こんばんは! よろしく」

「これからよろしくな! 仲良くしよう」

「門野涼太君、俺の隣の部屋だよ」


「珍しいな……夜の転校生」


 ラウンジの少年たちは僕に興味津々だった。


  3階フロアは、通ってきた廊下とは全く別の建物のように全てが明るかった。


「佐々木っち遅いわー! なにやってるん?」


ごめんね。ちよっとハプニングがあって……僕の顔を見て、にっこり微笑む佐々木さん。僕が影に驚いてパニックを起こしたことを言うつもりじゃないよね?

 子供が覗いていたとか……。


 今更だが、なんて僕は怖がりだったんだろう。こんな姿、玲花には絶対見せられない。


 ていうか佐々木さん、男同士の約束はどうなった?

 言わないでって伝えたのに。


「実はね……」


 そう言って含み笑いをする佐々木さん。僕は冷や汗が出てきた。


 影を怖がってパニックになった失態をみんなに話してしまうのか。約束は10分ももたないじゃないか……。


「私がマスターキーを落してしまってね」


 佐々木さんは嘘をついた。僕と目が合うと、彼は一瞬ウインクした。それはあまりに自然で素早かったので、僕にしかわからなかったと思う。


「えー、やばいな佐々木さん。始末書だ」


 一番ノリが良さそうな生徒が、深刻な顔で言った。もちろん深刻なフリをしているだけだ。


 佐々木さんは遅れた理由を内緒にしてくれ、しかも自分のせいにした。これは後でちゃんとお礼を言わないといけない。


「鍵はすぐ見つかりましたよ」


「なんだぁ。つまらないの」


 二人の会話や周りの雰囲気から、普段から皆が仲がいいことがわかる。僕は背負っていた大きな赤いリュックを、肩から外し床に置いた。


「では私は下に戻ります。門野君、わからないことは……あっ、なにこれ? 門野君のリュック、濡れてます」


「えっ、いつの間に? これ洗剤かな?」


 リュックの底を触る。ベッタリと一面濡れていた。石鹸のいい香り。

 リネン室以外考えられなかった。薄暗かったし、壁に寄りかかった気がする。


「あー、リネン室かぁ。これはまたまた私の失態です」


「佐々木っち〜」


 生徒達が笑う。なにやってるの〜と、佐々木さんは総ツッコミされる。


「門野君、すみません。すぐ中身を出してください。洗わないと!」


「あ、中は洋服なんで平気です。これも荷物を運ぶ用だし。姉のリュックですけどね」


「服が濡れますよ。さぁ、こっちに来て」


 慌てて僕の部屋に案内され、扉のところでリュックの中身を全て出した。


「洗ってから返しますね! 後は寮長さんたちが教えてくれるから」


 空っぽになった赤いリュックを持って、佐々木さんはフロアから出ていった。


「門野君、お姉さんいるんだ?」


「うん。姉っていうか、双子なんだ」


「双子?!」


 みんなが驚いて僕を見つめる。


「双子の姉は海外で叔父夫婦と暮らし始めてるんだ。体がずっと弱かったけど、急に海外で手術の空きができて……成功したらしいよ」


「ええー、すごいなぁ。よかったなぁ」


「すげー」


 今、会ったばかりなのに、ラウンジにいるみんなも喜んでくれる。僕はここで楽しく暮らしていける気がしてきた。


 双子の姉、玲花にも手紙を書いて、この学園のことを教えたい。今夜のことも笑い話になればいい。


 僕は人見知りだけど、みんなと仲良くできそうだ……。



*****



 事務員の佐々木はエレベーターで一階に戻ると下駄箱に戻った。


「驚いた。よくこの花に気づいたな」


 門野涼太の下駄箱から、遠く離れた下駄箱に付いているうす紫の花。佐々木はその花を剥がして、ポケットに突っ込んだ。


 その下駄箱は療養ユニットの子供たちのものだった。三週間前に転入してきた子の下駄箱。そこに書いている名前は……。



〈 門野 〉


 そっと名前のプレートを外して、中の紙を折り曲げた。

 名前を読まれなくてよかったと安堵したのも束の間、背中に強い寒気を感じた。


 振り返ると、影が目の前に立っていた。



 影は力を増したかのようだった。確実に濃くなっている。

 肩で切り揃えられた髪、スカートからのぞく細い足までよくわかる。

 佐々木の体にビリビリと異質な存在が伝わる。


「門野玲花さんだね……弟の涼太君に会いに来たの?」


 女の子の影には目があった。顔の中心が二つ窪んでいる。それはほぼ白目だが、ぐるぐると動いているのがわかる。

 リネン室の扉の隙間からじっと覗いていたのは玲花だった。


「君は一昨日、容態が悪化して死んでしまったんだ。それからは大変だったよ」


 足元に置いてある赤いリュックを佐々木は手にした。


「涼太君に近づかないでほしい。彼は怖がっている」


 影は不気味に微笑んで長い手を伸ばし、佐々木の首を絞めようとする。

 佐々木はリュックの口を広げた。


 オオオォォォと声をあげ、歪む影。白目が倍の大きさになって佐々木を睨む。


 佐々木は涼太から無理矢理回収したリュックに御神塩を入れていた。玲花の残穢が強く残っていたからだ。

 もちろんリュックの底に洗剤を付着させたのは佐々木だった。


 影はリュックを避け、佐々木を両手で弾いた。


「あっ」


 佐々木は地面から浮き上がり、勢いよく壁に叩きつけられた。


「ぐぅぅ……」


 佐々木は四つん這いで、転がっているリュックを取りにいく。影は落ち着かなく左右に揺れ、ゆらゆらしながら佐々木の目の前にやってくる。


「玲花ちゃん、やめて! 君はもう転入できない」


 リュックの前に立ち塞がる玲子。そのまま佐々木に覆い被さって首を絞めつけてくる。

 物質的な感触はないのに、佐々木は徐々に苦しくなってくる。


「苦し……玲花ちゃ……やめて」


 ふと、玲花の影が片手を離した。玲花は佐々木の頭の横に手を伸ばす。なにかを取ろうとしているよう。


 その隙に佐々木は体を横に滑らせリュックを掴み、玲花に被せようとした。


 瞬間ーー


 玲花は掴んでいた。

 うす紫の小さな折り紙の花を……。


 佐々木のポケットからこぼれた小さな折り紙。玲花の影は、両の手で優しくその花を包んでいた。


玲花ちゃんーー

とても優しくて、弟思いの子だった。下駄箱の飾りの花を気に入ってたっけ……。


『これ、小さくてかわいいね。勿忘草(わすれなぐさ)の花みたい』



 玲花はあっという間にリュックの中に飲み込まれていった。泣き声のような呻き声と共に。


 完全に玲花が中に入ると、リュックの口を閉めフックをかける。

 佐々木はそのリュックを更に分厚い布袋に入れた。

 隠し扉を開け、暗い階段を下りる。



 門野玲花の病気は完治することはなかった。自然に囲まれた紫苑学園でゆっくり過ごすと決めた矢先、病状が急変した。


 もし双子の姉が亡くなったとしても、そのことを弟には絶対隠してほしい。姉は元気になり、幸せに暮らしていると装ってほしい。


 母親はそれが条件で、紫苑学園に玲花を転入させた。残った涼太もなに不自由なく暮らしていけるようにすること。それが母親の最期の望みだった。


 薄暗い地下室。いろいろな大きさの木箱が並ぶ。

 手前には「門野」と書かれた御札の貼られた木箱があった。鍵を開け、玲花の影を閉じ込めた袋を入れる。


 そこにはもう一つ、ひとまわり大きな布袋が入っていた。

 佐々木は鍵を再びカチャリとかける。


 名家、門野家は財産全てを紫苑学園に寄付していた。


 大きく息を吐く佐々木。

 

(それにしたって、私の仕事は危険過ぎるのではあるまいか? これでは身体がもたない)


 明日の朝、退職するか……給料を倍にしてもらわないと割に合わないなと佐々木は思った。


 ふと、長い廊下を門野涼太と歩いたことが頭をよぎる。あどけない、まだ小学生のような少年。危うくて……。

 

(彼を見守っていく義務があるか)


 今夜は二人の転入手続きを行なった。


 給料を倍にしてもらおう。佐々木は疲れた顔で笑った。



               


             おわり

  


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