なにかの五階 前半
配送の仕事は大変ですよね。
西暦2055年-
いろいろな分野で研究、開発が進んでいた。世界は管理され、さらに便利になっていた。
必要のない物は容赦なく淘汰され、処分され忘れさられていく。そのスピードも凄まじい。
中でも画期的な進化を遂げたのは配送業だった。
どのようなシステムかわからないが、携帯などの端末で欲しい物と住所を入力し、入金手続きをする。
すると勝手にその者の部屋に、品物が現れるのだ。まるで魔法だった。日本中がパニックになった。
人の手はいっさい借りない。勝手にその物が出現するシステム。これはQ社独自の発明であり、いまだ極秘。キングオブシークレットな方法である。
そのため皆がQ社から品物を買った。
ガソリンや人件費がかからないので、空気が綺麗になり、渋滞が発生しなくなった。価格も安い。
配送業界がバタバタと過労死した時代は終わりを告げたのである。
*****
101号室の男は、もう未来に何の希望もなかった。会社でずっと虐げられていて、心が壊れてしまった。
死のうと思った。ずっと先延ばしにして頑張ってきた。でももうだめだ。
決めた!僕は死ぬ。今死ぬ!
死ぬと決めたら、早く準備をしないといけない。男は臆病だった。血を見るのは絶対に嫌だし、高所恐怖症なのでビルからも飛び降りれない。
部屋は1階なので、他のビルに行っている間に気が変わっては意味がない。
首吊りしかない。
「くっ……ロープがない」
携帯の広告にひっきりなしに入ってくるQ社のCM。そうだあの宅配を使おう。まだ一度もも使ったことがなかった。初回は半額でロープが手に入る。ラッキー!
あ、僕死ぬのだった……。
死ぬのだから半額もクソもないのだけども。男はさっそく登録を始める。
*****
701号室の男は猟奇殺人鬼だった。
昨夜、捕まえてきた女を拘束し、自分の好きなアイドルと同じ衣装を着せたりして喜んでいた。
長い綺麗な女の髪をざくざくと切る。
「めぐめぐはショートカットにしないとねぇ」
女には手鎖と、足枷が付いている。
「や、やめてぇ……」
「黙ってろこの雌豚!」
銀縁眼鏡をくいっと持ち上げるスーツ姿の男。この男がまさか猟奇殺人鬼だとは誰も気づいていなかった。
「助けて。逃がしてくれたら、誰にも言わないから。ほんとよ……絶対警察に言わない」
「嘘つけぇーー、この売女ー!」
殺人鬼はは女に蹴りを入れた。
「痛っひぃぃ……やめて」
殺人鬼はノコギリを両手で構える。
「今夜お前をバラバラにして殺す。でも汚れるのは困るんだ。僕はお外では真面目な営業マンだからねぇ。ついでに獲物も見つけてるんだけどね。風呂場で殺すのは排水溝を全部調べられるからなあ。ルミノール反応がでるなぁ……」
女は震えてボロボロと大粒の涙をこぼしている。
「そうだ! 久しぶりにQ社で殺人道具を……大きなビニールプールを買おう。その中でお前をバラバラにするんだ! 楽しそうだなぁ」
「ひぃぃぃぃ」
*****
501号室のカップルはニートだった。
男はリストラされ、朝から晩までごろごろしていた。ベッドの周りにはカップラーメンのカップやポテトチップスの袋が散乱していた。
隣にぼうっと座っている女は怒るでも片付けるでもなく、テレビに釘づけだった。どこか外国のドラマを見ている。
「俺の仕事はダンボールを作る仕事だったんだ。作っても作っても足りなくてさー。儲かりまくってたのに」
「100回聞いたよぉ……な、わけないよね、この展開……」
女はテレビを見ながらシャツの中に腕を突っ込んで、胸のあたりを掻きながら言った。ブラジャーはしていないようである。
「あっくん…………セックスしようか?」
「はぁ? いやだよ、めんどくせえな」
「…………ケチね」
「そんなことよりよぉ、Q社のせいで仕事がなくなって、あっさりとリストラだよ。こんなことってあるかよ」
「なんで荷物が部屋に出てくるんだろうねぇ……それにしてもQ社はすごいな」
「あんな会社褒めんな! クソッ、Q社に嫌がらせしてみっかあ」
やめてよーと乾いた笑いをする女。
「おっ、なんだこれ…… Q社って、こんなもん届けるのか?! あのエロじじいに送り届けてみよう。上の階の……お前に色目使う601号室のエロじじい」
高くつくけど、あのじじい……いやらしい目で俺の女を見てくる。ちょっとびびらせてやろう。
*****
601号室の老人は死にかけていた。
高齢で癌があちこち転移していて、手術はもちろんできない。
悪いのは病院ではない。長い間、病院嫌いで定期検診も受けていなかった。自業自得である。
病院に行くぐらいなら、アダルト配信を観てたほうがいいと、快楽に負けていた自分が情けない。
そうだ! 死ぬ前くらい、たくさんのエロにまみれてみたい。そして昇天したい。
話題のQ社を検索してみた。出てくる出てくるいろいろなアダルトグッズ。どうもQ社は、アダルトグッズに関してはかなりマニアックで、量も膨大だった。
「これはすごい。これだけ世間が買っているというわけだな。いやらしいのう」
人の手を煩わせないQ社は、アダルトグッズを買うのにうってつけだった。このジャンルだけでもQ社は大儲けしていた。
その中にお気に入りのAV女優を見つけた。
「あ、桃香ちゃん……」
桃香ちゃん……501号室の若い女に似ている。気怠い雰囲気の女。
甲斐性なしの男と住んでいる。窓から見ていても、男が働きに出ている様子がない。昼間に二人でコンビニに行ったりしている。だらしないジャージ姿で。
私が30……いや40歳若ければ、力ずくで押し倒し、あれやこれや……。
老人には変な性癖もあった。
くそぉと言いながら、次から次へと購入ボタンをピコピコ押していく。
*****
ここはQ社の極秘VIPルーム。中にいるのは悪魔のQ助と、役員の男と秘書。
Q助は紫色で頭に角があり、長い尻尾の先端はハートの様なかわいい見た目なのだか、悪魔なので性格はキレやすかった。
「忙しい忙しい。次から次と注文が……やってられるかぁーー! 俺はやめるぞ!」
「Q助様、そう言われても悪魔の契約が」
「ああっ! そうだった。魂……たくさん食べちゃった。でもこれはブラックだろ。もうふらふらだぁ」
「頭に念じた物を、本当に目の前に出すなんて……人間にはできません。あなた一人にかかっています。なのでこうやってフォローはしていますから」
スーツの男が秘書を指差す。
セクシーなバニーガールの格好をした秘書がQ助のほっぺにキスをして、全身を撫で回す。
「おぉ、おぉ! いいぞいいぞ」
さらに秘書が悪魔の尻尾をなでながらキュッと引っ張る。
「おおぉ! 気持ちいい〜。そこそこ!」
「Q助様、このマンション、今同時に四部屋から注文が……」
「うぐぅ……どれ見せてみろ、俺の千里眼で……(最近老眼が急に進んできて見えづらいがな)これは……701か。ロープ……つまらん! そんなものホームセンターで買ってこい」
「お待ちくださいQ助様……701ではなく101号室がロープと表示された気が……」
「いや、101号室はビニールプールだぞ。もう捻出しておいた。次!」
「そうでしたか。流石です(見間違いか?まぁ、いいか。ただのロープだし)ではどんどんいきましょう。今日だけで1000件も溜まってますから」
「ええぇー、死ぬー。ここは地獄かっ!」
「悪魔は死なないですぅ。Q助様〜。かわいい〜大好きぃ」
バニーガールの秘書がベタ褒めをしつつ、虹色のカクテルを悪魔に差し出す。
「おお、ありがとう。501は……なんだなんだ、この大量のグッズは……おいおいおいいかれてる! いい加減にしてくれ!」
*****
101号室の自殺願望の男は唖然とした。
大きな丸いビニールプールがリビングを占拠している。そして一向にロープが現れない。
どう考えてもロープを出す方が楽なのに……。誤配かな?
とりあえず邪魔だ。外に出すしかない。玄関からだと大きすぎて出ないので、ベランダから出すことにした。
もし、誰のものでもなければ、これに水を張って溺死するのもいいかもしれない。
*****
701号室では猟奇殺人鬼が、女を殺したくてうずうずしていた。
「なぜだ! なぜビニールプールが来ない!」
ノコギリを構えて仁王立ちをしている殺人鬼。
「ロープが送られてきただけだ。クレームだなっ。絞め殺せとでも言うのか……」
ロープを持ってじりじりと女に近づいた。
「や、いやぁぁぁ……やめて……」
ベランダの方に追い詰められた女。殺人鬼は女を捕まえ、ロープでぐるぐると縛った。
「キツく縛ってやる」
そのとき、女の足元でなにかが動く音がした。
カサカサカサカサ…………。
「おい、おお、お前の足元…… は?! ギ、ギャアアアァーー!」
「ひっいいいー! なに? なに?」
殺人鬼が女の足元を指差す。
「キャァーー。な、なんでこんなのがー」
女も叫ぶ。そう言ってるうちに、女の身体にカサカサとよじ登ってきた。
「ギ、ギャァ! ……も、もういい! 俺はお前を二度と触れない。そのままベランダに出るんだ! 出てゆけ!」
「ううぅ……」
女は恐怖で声も出ず、気絶する寸前だった。ロープは巻かれている途中だが、手と足は動くので窓を開けてベランダに出る。
そのとき、窓が少し開いていたことに気づいた。ここから入ってきたのだろうか?
「今すぐここから飛び降りろ! そいつがベランダに放たれないうちに」
「無理です……私、死にますよ」
「だからそいつと死んでくれ! お、俺はアラクノフォビアなんだ!」
よくわからないことを叫んでいる殺人鬼。女は自分の腹まで登ってきた《それ》について、殺人鬼の方が自分より恐怖していることを確信した。
よし、怖いけどやるしかないわ!
女はロープを少し外して腕が上がるようになると《それ》を両手で包み込んだ。ふわっとした感触。
キショー! 無理無理無理!
呪文のように頭で唱える。窓を再び開け、それを部屋の中にぶん投げた。
「こんちきしょーーー!」
「おっ、お前、ギギァァーーー」
「ざまあみろ!」
女はロープを解き、柵に縛った。いける! この下の階の人に助けてもらおう。
それにしても高すぎて、目がくらくらする。ここは7階。でも殺されるなんて真っ平だ。
女は柵を越えた。
*****
501の男女はわけがわからなかった。
大量に降ってきた……これら……。
「あっくん……さっきQ社に頼んでたわよね」
「いやっ、違う。こんなの頼んでない!」
大きなセクシードールを抱え、男は首を振る。巷で大人気の商品だ。見た目も人間そっくり。質感もしっとりしている。
「あたしとエッチするより、その人形とするするのね……それにたくさんのアダルトDVDにドロドロローションって!」
「俺じゃないっ! 本当に違う……ん? なんだこの桃香って女。見てみろ、お前にそっくり!」
ビターンと、女から張り手をくらう男。
その下からも変なグッズがたくさん出てくる。ぬいぐるみ、哺乳瓶………赤ちゃんの洋服やスタイ。
「なんだこれ……哺乳瓶?」
「………」
女は急にうううと声を殺して泣き始めた。
後半へ続きます。
闇金ウシジマくんに出てきそうな人たち……大丈夫でしょうか?