さゆり
絹子さんと繋がりがあるので、絹子さんも読んでください。
1
同情されるのが1番嫌いなの。
そのお姉さんはいつもおどおどしながら入ってくる。
他のおばさんからはなんの感情も感じられない。おばさんたちはスタスタ、さっさと入ってくる。
つまり仕事だとは割り切って、なんとも思わないで奥の部屋まで入っていくの。
だけど、そのお姉さんは……。
うわわぁぁぁぁ……。
みたいな顔で毎回入ってくる。怖いなぁぁと、声が漏れ出ていたときもあった。
こっちがうわぁぁぁだってば。
怖いならいいの。怖がってくれるのは面白いから。何人か今までも怖そうにしていた人はいた。
だけど同情されるのはまっぴら。本当に嫌。
そのお姉さんはいつも、扉が壊れて外された子供部屋を横目でちらっと覗いていく。
他の人は子供部屋なんて興味もなくて、全然見ないのに。
長い廊下の奥には、ほぼ寝たきりのお婆ちゃんがいる。みんなそのお婆ちゃんのお世話をするために来ているヘルパーさんだ。
ちなみに掃除は半月に一回、大家さんの代わりをしている親戚が来て、掃除機をかけている。
子供部屋のことも台所のことも、増築された屋根裏のことも、誰もなんとも思わないのに。
だけどそのお姉さんはいろいろ気になるみたい。
あるときお姉さんが、頭で考えていることが急に聞こえてきたの。
こんなに家を大きくしちゃって……お子さんもみんないなくなっちゃったのにねえって。
ああ、そうだった。
あたし死んだんだって久しぶりに思い出したもの。
もともと心臓が弱くて、外で元気に遊んだりできなかった。家の中にはたくさんの絵本やぬいぐるみ……電子ピアノ、小説とかいろいろあった。それがそのまま今も置いてある。
あたしのお父さんお母さんは、私の思い出を捨てることができなかったの。私がいなくなっても、しょっちゅう子供部屋に入ってきていた。あたしのおもちゃやピアノとかを愛おしそうに触っていたわ。
最初は不思議だった。あたしが隣にいるのに気づかないから。
それで玄関の外に出ようとすると、出れなくて。窓とかどこからも絶対に出れないの。
それで死んだんだって、ようやく理解した。やっぱりあたしはこの家に棲みついているお化けなんだなぁって、わかった。
このお姉さんは、なーんにも知らないで気持ち悪いみたいな顔をしながら、同情しているの。なんで片付けないんだろうとか思ってるのよ。
なんかムカついたから、怖がらせてやろうと思った。それで玄関で背中を向けていたから、蹴っ飛ばそうと思って-
「えいっ」
だけど足はスコーンと空振り。それでお姉さんを通り抜けて、玄関のたたきにつんのめってしまった。
そのお姉さんは仕事を終えて帰るところだった。玄関を開けて「失礼しまーす」なんて言っているのだけど、あたしも一緒にそのままでんぐり返しをして外に出てしまったの!
あれ? あたし外に出れた?!
なんてタイミング!
と思ったのも束の間、外の太陽の日差しがめちゃくちゃ眩しくて、だけどなんか寒くて……うぅぅ……って苦しくて必死にお姉さんにしがみついたら、なんと触ることができた。
お姉さんは車に乗り込んだから、私も振り落とされないようにして、その車に同乗することができた。
人間、死に物狂いになればなんとかできるものなのね!
いや、お化けだって死に物狂いなれば、できるってことよ。
2
幽霊になって、初めて話しかけられた言葉。
「こんにちは〜 やっぱり外は寒い?」
うっ……。
この絹子さんておばあちゃん、あたしのこと完全に見えてる。あたしを見ながらにっこりと微笑んじゃってる。
……そうなの絹子さん、外は寒いよーなんて、お姉さんはわざわざ戻ってまた言ってる。
違う違うお姉さん。あたしに話しかけてるの、このおばあちゃん。幽霊のあたしが見えちゃってるの!
あぁ……なにこれ。自分の家では誰も私の存在に気づかなかったのに。
こ、怖い……。
……あれ?
幽霊が人間を怖がってどうするの? しかもおばあちゃんだよ。
こっちから脅かそうか?
いや……お年寄りには親切にしなさいってずっと言われてたし。
あぁ……私のことじっと見てる。ショートカットの可愛らしいおばあちゃん。
もしかしてあたしのことヘルパーだと思ってる?あたし、まだ16歳だからね!生きていたら高校一年生なんだけど。
私はどうすることもできないで、絹子さんがいるその部屋でただ立っていた。
お姉さんは違う部屋を掃除している様子。掃除機の音がする。
それにしてもここに来るまでが大変だった。
まず、ちょっとしたハプニングで外に出てしまった。何十年と出れなかったのに。それは嬉しいことでよかったのだけど……。
そしてヘルパーのお姉さんの車で、次のお宅に行った。もう恐怖すぎた。
玄関を開けたら、廊下の真っ暗なところになにかがいたの!
大きな目玉がぎょろぎょろって動いた。そしてあたしを見つけると眼玉がすぅーっと走り寄ってきて、急に大きな口が『ガァーーー』って。
ひええぇ!
まるで俺のテリトリーだ!って叫ばれたみたいだった。
お姉さんは全く気にせず、またしても「失礼いたしまーす」なんて呑気に言って一人で入っていった。化け物がいたのに怖くないのかな?
私は外に追いやられた。玄関はあきらめて、お庭を見に行ったら……そこもビリビリするの。
あたしはこの家と相性が悪いとわかった。仕方なく通りをふらふらしたけど、やはり日差しが眩しい。車の陰に座り込んでお姉さんを待ったわ。結構早めにお姉さんは戻ってきたから助かった。
次に着いたのは、絹子さんというおばあちゃんの家。気が抜けるほどすんなり入れて、お姉さんからも離れることができた。きっと私のライバルはいないのだ。
そう安心していたのに………なんて今日の出来事を思い出していると……霊感のある絹子さんは呟いた。
「大変だったんだねぇ」
立ってるあたしに再び話しかけてきた。なんて言ったらいいの? あたしの思考を読まれたの?
まさか……。でもなにか反応したほうがいいかも。あたしはこっくりと頷いた。
「ほぉー」
ビクッと肩を震わせてしまう。絹子さんの変な相槌。やっぱり怖くなって、私は襖を開けて部屋から出た。
お姉さんは忙しそうにあちこち動き回ってから絹子さんの部屋に戻った。あたしも後ろから付いて行く。
帰りの挨拶のやりとり。
やっと帰るのか……。
「今日はありがとう」
また……絹子さんがあたしに言った。
お姉さんはさすがに不思議そうに対応していた。2度目のありがとうを。
会社に戻ったお姉さんは、秋山と言うらしい。
「同じこと繰り返してたし、認知が進んだってことですかね? なんか上の方を見てるんですよ。なにかいるの? なんて……」
「そうなの? 絹子さん結構しっかりしてると思ったけどね」
秋山さんは会社の人と話をしていた。
事務所では、所在なくうろうろとした。すべての物が珍しくて、部屋に飾ってある折り紙やちぎり絵、短歌の書いてある短冊、写真などを見て回る。ここは老人が集まってきているのかもしれない。
綺麗な建物。埃っぽい私の家とはだいぶ違う……。
ふと気づいたらお姉さん、秋山さんはいなくなっていた。帰ってしまったみたい。
どうしよう……。
一人残った年配の女の人も、鍵をかけて帰るところだった。一緒に外に出れるかな?
でもそう上手くはいかなかった。
バーン!と、私はその年配の女の人からは弾かれた。さっさと帰って行く強そうな女の人。幽霊など1ミリも信じなそうね。
私は事務所に閉じ込められてしまった。
真夜中、こじんまりとした綺麗な建物に一人きり……外は強く風が吹いていて、轟々と音がした。
怖い……幽霊なのに怖い。
ヒッ。
お、おばけ!
奥の倉庫に人間そっくりの人形が、車椅子に乗って置いてあった。
人形怖えぇ。驚かせないでよ。
読みたい本もないし……。
私はベッドを見つけてそこで眠ることにした。幽霊だって疲れるし、眠くもなるのだ。
3
朝の8時過ぎ、会社は急に賑やかになった。壁際でじっーと観察し、あたしの家に行くヘルパーを探す。すぐにわかった。あの強い人ではなくてほっとしたわ。
秋山さんではないけど、一緒に外に出ることに成功する。
家に着いて、門から家の外観をあらためて見る。
うそ?
これがあたしのうち? ここまで古いの?
確かに不気味かも……。
そうか。あたしが死んで40年くらい経っているんだっけ。お母さんもおばあちゃんになるわけだ。
ヘルパーさんが帰ると、珍しいことがあった。男の人と親戚のおばさんがやってきた。台所でお茶を入れ、話を始めた。なんだか深刻そうな話……。
その後、あたしはずっと泣いていた。どれくらい泣いたのだろう。夜がきて朝がきて、また夜がきて朝がきた。
おずおずとしたお姉さん、秋山さんが久しぶりにやってきた。あたしは決めていた。一緒に外に出ることを。
****
絹子さんは目をぎょっと見開いて、あたしを見つめた。
具合悪くないの?と聞かれた秋山さんはとても驚いている。
秋山さんはさっきお店で薬を買って飲んでいた。頭を抱えていたし、とても辛そう。
絹子さんと秋山さんが話している。
ピキッと家鳴りがした。あたしのストレスが家に伝わったのだと思う。
「ヘルパーって大変よね。いろんな家に行くからねぇ」
絹子さんのその言葉で、秋山さんはパニックを起こした。そりゃぁ怖いよね。
「き、絹子さん? 今ここに……なにかいるのですか?」
「おんぶしてるよ。秋山さんに肩にしがみついてるよ」
部屋に響く秋山さんの悲鳴。
とてもうるさかった。
そう。あたしは怖い顔で秋山さんにしがみついて乗っかっているのだ。そのせいで秋山さんはずっと具合が悪い。
でも仕方ないじゃない。あたしはずっと混乱していて、どうしても家から出て行きたかったのだから。
絹子さんから離れるように言われて、あたしは秋山さんから降りた。
絹子さんは彼女に冷蔵庫のプリンを取りに行かせると、あたしに話しかけてきた。
「あなた、お名前は?」
『……さ"……ゆり"……あ"……あぁ"』
久しぶりにの声は、なにかに轢かれたような潰れた声だった。ずっと使っていないとこんなふうになっちゃうのか。
震えているヘルパーの秋山さんを、絹子さんが帰るように促す。
絹子さんと二人きりでプリンを食べた。味はよくわからないけど、冷たさが喉を通った。
気がした。
『うちが……なく"なる。お母さん"施設に入るの。家を壊す……』
「それは悲しいねぇ」
男の人と親戚のおばさんたちの話を聞いていたとき、初めて物を叩き落とすことができた。
わざとではない。私はとても悲しくて、寂しくて……心で叫んだのだ。
その瞬間、たくさんの本が本棚がバサバサって落ちた。
親戚のおばさんが驚くことを口にする。
「……さ、さゆりちゃん? いるの?」
その声は優しくて。でも悲しくて……恐怖と後悔、そして同情。
「ごめんね……」
なににごめんね? 1番聞きたくなかった言葉。かわいそうに……もかなり嫌だけど。
おばさんはちゃんと掃除にきてくれて、あたしは感謝してるよ。伝えることはできなかったけど。
いろいろな感情がごちゃごちゃになってあたしはその場から逃げた。
それからはずっと、長い時間泣いていた。
『家が壊れる……』
「見たくないのね?」
あたしは頷く。
「ここにいるかい?」
絹子おばあちゃんは優しく聞いてきた?
……ここにいていいの?
「話し相手になってくれたらいい。ボケ防止になるかもねぇ。息子たちは東京と北海道に行っちまったから」
「さひ"しい?」
「私? 寂しくはないよ。実はね、北海道に来ないか? って言われているんだよ」
あたしは黙って聞いている。
「でもねぇ。この家……簡単に手放すなんてできないのさ」
その気持ちがわかった。この家は、おばあちゃんが子供たちを育てた家だもの。
私もあの家がなくなるのが辛い。私が16歳まで育った家。その後40年間、幽霊として棲みついた。
急になくなるって……どこに行けばいいの?
その夜は絹子さんが用意してくれた布団に入って寝ることにした。
次の日、絹子さんはすでに朝ご飯を食べていた。あたしも台所に座る。
「さゆりちゃん、あなたお茶入れることってできる?」
4
絹子さんとの生活はなかなか楽しかった。絹子さんといろんな話をした。お母さんとは意思疎通がまったくできなかったけど。
たまに来客もあった。
あたしは絹子さんのお茶を入れたり、家事をして、洋服を選んであげたりした。
子供たちが読んでいた漫画や本を読むことも多かった。
しばらくして、絹子さんは北海道に行くことが決まった。
「ここ……どうなるの?」
「もうね〜買い手がついたらしいのよぉ。子供がいる夫婦でね」
「……新しい人がくるの?」
「そうなの。ごめんねぇ、私もプライドがあったから断ってたんだけど……私、忘れっぽくなってるでしょ?」
確かに……。でもそれはそれで、かわいいなと思う。
「家を売ればかなりのお金になるからね。子供たちもお金が必要みたい。さゆりちゃんどうする?」
「いつか……北海道に行きたい」
「そうだね。いつか来てほしいねぇ」
次の週に絹子さんの子供がやってきた。子供と言ってもおじさんだったからびっくりした。
荷物を整理して数日後、絹子さんは旅立ってしまった。
「ここにずっといてもいいと思うし、疲れたら……神社とかに行くのも……いいかもしれないね」
絹子さんとは握手をして、抱き合って離れた。あたしの長い髪を何度もなでてくれた。
あたしは傷心に浸った。
とても寂しかった。
この後、寂しかったことも忘れるくらい大変なことになるのだけど……。
でもまだあたしは知らない。
5
そうだった。忘れていた。
あたしは忌み嫌われる存在だった-
大変なことになった。
見える人は存在する。絹子さんみたいに。
見えなくても、くっつくと体調が悪くなる人もいる。秋山さんみたいに。
全く気にしないで私を弾く人もいる。
新しい住人たちは……。
「ねぇ、玄関に女の人が立ってるよ。長い髪の女の人」
「りく? な、なに言ってるの?」
「こっち見てる。なんだか怖い顔」
母親の大きな悲鳴。
困った。私は別に怒ってはいない。ただぼーっと立ってるだけなのに、怖い顔だって……かなりショックだった。
どこに逃げても、リクという男の子は面白がってあたしを探す。気配は感じるらしく、すぐに見つかってしまう。本当に迷惑だ。
リクは幼稚園の年長らしい。
小学校三年のお姉ちゃんは全く感じないみたいだ。
「いたいた!」
和室の奥に座っているあたしを指差す。
「お母さんー! 女の幽霊、あっちの部屋にいるよー」
最悪だ。
やってくるお父さんとお母さん。
「あー、確かにこの部屋寒くないか?」
「やめてよパパまで! なんにもいないじゃない……」
「いるよー! 下向いてる」
子供って素直すぎて怖い。デリカシーがない。
「どうするのよ? 買っちゃったじゃない」
「お祓いしてもらうか?」
あっけらかんと言うお父さん。
ここにお祓いをする人が来るのか……。
あたしはどうなるの? 祓われるの?
この人たちを追い出そうと思った。本や食器をいっぺんに落とせば出ていくだろう。それくらいはできる。
でもだめだ。大騒ぎだし面倒なことになる。それに……約束もあった。
きっと次に来る人も、多かれ少なかれこのパターンだろう。これが普通なのだ。
絹子さんみたいにすべて許してくれる人なんていない。
*****
朝の8時20分。
幼稚園に行く準備を終え、絵本を読んでいるリクに近づいた。
リクは隣にいるあたしをじっと見つめる。
「なぁに?」
あたしは人差し指を自分の唇に当てる。
静かにするジェスチャー。リクは真似をして、自分の唇に小さな指を当てた。
あたしはゆっくりうなずいた。もう一度、人差し指を口に当てた。
「りくー! バスが来ちゃうよー。出るよー」
リクとお母さんの後ろから、私もついて行く。距離を取った。ぴったりくっつくと、なにしてるのー?と言われそうだし。ドアを開けた瞬間、あたしは小走りでドアを押さえた。
「あー!」リクがあたしを横目に叫ぶ。
あたしはそのまま勢いよく、外に出ることができた。
やった!外に出れた。閉じ込められていたけど、やっと出れた。
「お母さん、幽霊の女の人が外に出てったよ!」
「なっ、なに言ってるの……恥ずかしいわ」と母親。
リクがあたしに手を振る。あたしも振り返す。あたしが戻らないこと、あの子、知らないわね。でもこれでよかった。
やっと、お互い解放された……。なんか寂しいけど。
6
「おい! おい! なぁ、あんた。俺のこと見えるのかぁ?」
バスに乗ると先客がいた。学生服を着た少年。短髪で日に焼けて、とても爽やか。
だけど顔の半分は血まみれだった。目も少し飛び出しているように見えた。
「俺さぁ、一人っ子なんだよ。親不孝だよなぁ。朝練に遅刻しそうで急いでて、自転車で車抜かそうとして、このバスとドーンて」
「いつ? 死んだの?」
「ついこの前。この子、同じ学校の生徒……見たことある。学年は違うけど。全然見えないみたいだなぁ、俺のこと」
少年はしつこく、女の子の前に顔を突き出している。
あたしたちは一番後ろの席に座った。
「これからどうするの?」
「わかんないよ。ずっとこのバスにいるんだよ」
「あんたはどうしてバスに乗ったの?」
「……わからない。ちょっと疲れちゃったから」
「物騒なこと言うなよ。死にたいとか? いや、もう死んでるっつーの」
少年がケタケタと笑って、私も一緒に笑った。死んだばかりの少年……多分ハイになっている。悔しくて寂しくて、受け入れたくない。だから明るく振る舞っている……そんな気がする。
あたしが死んだばかりのときと似ている。
「次は〇〇神社前でございます」
ハッとした。バスのアナウンス。
誰も押さない。バスが信号に引っかかる。まだ誰も押さない。
バスのブザーを素早く押す。
「ええ? 押せるの? 俺なんて全部スカスカだよ。あんた降りちゃうの?」
バスがゆっくりと停まる。
「君、どうする? 一緒に降りる?」
「だから、降りれないんだ」
「あたしとなら降りられるから」
そう言って、彼の手を取った。瞳をじっと見つめる。
「わかった、降りる。降りたい」
あたしたちは、いっしょにバスを降りた。
バスの運転手が声をかけている。降りる方はいらっしゃいませんか? 降りる方?
バスのドアが閉まった。
「神社に行ったらどうする? お参りするのか?」
呑気なことを言う。あたしたちは成仏すると思うけど……伝えた方がいいか?
道の脇に小さな祠を見つけた。これって?
神社の役割もある? 豊作を祀るのもあると聞いたことがある。
「あ、これなんだっけ?」
少年が祠に触りそうになった。
「触らないで!」
あたしは叫んでしまう。先にそっと触れてみる。なにもおこらない。
「なんだよぉ、驚かせるな-」
少年が祠に触れる-
少年は白い光に包まれて、体が浮いた。
「あっ!」
少年の血まみれの顔が、綺麗になっていく。両目とも、きらきらした濁りのない瞳。少年はあどけない顔で微笑んだ。
少年は消えていた。
嘘……。
今知り合ったばかりなのに。名前も聞かなかった……。
だけど悪いことをしたとも思えなかった。少年の笑顔。もちろん良いことをしたとも思ってない。不可抗力……。
踵を返した。あたしは神社には行かない。
なぜあたしは消えなかった?
あたしはまだこの世界にいたい。まだやりたいことがある。
やりたいことがわかった。
絹子さんとの約束……人を怖がらせてはいけない。イタズラをしてはいけない。呪ってはいけない。
誰かを助けたい。助けられた分だけ、助けたい。
あたしは死んでいる。でも誰かの役に立つかもしれない。
そう思ってあたしは、一人雑踏に紛れ込んだ。
おわり
さゆりの成長はどうでしたか?
さゆりの旅は続きます。