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ランドリー他、日常に棲む奇譚集  作者: うみたたん


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2/6

リサーチ

BLが始まるのかと思ったと言われました……。

1


ずぶずぶと、まるで波が引いた砂浜の上を歩いているようだった。足が鉛のように重い。

 灰色のタイルカーペットの上をゆっくりと歩いている。


 和希は真っ暗なオフィスを出た。


 唯一輝いているのは自分のパソコンだけ。誰も見ない売れ残りのデータ入力。

 途中から視界がぼやけ、やめることにした。


 非常口の灯りが眩しい。灯りに誘われる羽蟻ように非常口に進む。

 手前のエレベーターが和希のいる階で止まっている。


 あれ? ああ……。


 自分が1時間前にコンビニに出かけたためか……。

 エレベーターに足を一歩踏み入れた。気晴らしに屋上にでも行ってみようと思った。


 屋上に出るには、最後は階段を上がらなければならない。コンクリートがむき出しの階段はすぐに足が重くなった。

 缶コーヒーの空き缶が数個、階段に置かれている。


「誰だよ……」


 重い屋上のドアを開けると、風が一気に入ってきた。それと同時になにか下の方で落ちる音がした。

コーヒーの缶が下へ転がったようだ。


「寒っ……あぁ、綺麗だなぁ」


 12月の冷たい風に当たって、和希の体は一気に冷えた。ワイシャツ一枚で来てしまったのを後悔した。

 煌びやかな夜景は自分とは無関係な世界だと感じる。近いのに遠く、遥か彼方の世界。


「同感。本当に綺麗だよな!」


 急に後ろから声をかけられ、驚いて振り返った。


 背の高い男-

 警備員ではない。スーツを着ている。和希は男を見上げた。彫刻のように整った綺麗な顔。紺のスーツも爽やかで似合っている。


「あ……すみません。気分転換したくて」

 そう言って、和希は耳を軽く掻いた。背の高い男は凛としていて、和希を見つめてくる。


 じっと見られて恥ずかしくなった。自分はこの男にどんなふうに映っているだろう? まるで正反対。

 いつ床屋に行ったっけ? ワイシャツも皺だらけだし……。


 この彫刻男はきっと彼女もいるだろう。羨ましい。いや、そんなことより、こんな時間に屋上にいたなんて密告されても困る。


「あの、こちらのビルにお勤めですよね?」

「 そう。デザイン部の柳川友也、よろしくね山岸和希」


 いきなりフルネームで呼び捨てにされ、和希は驚いた。

「……よろしくお願いします」


 お辞儀をすると、友也は笑った。

「同い年だろ? 敬語を使うなよ」


「そ、そうなんですね」


 ふふふと男は笑った。

 柳川友也。普段なら決して仲良くなりたいとは思わない人種。しかしなぜか和希は不思議と惹かれてしまった。


2


 和希にとって、友也は会社で一番親しい友人になった。部署は違うが、屋上で一緒に昼ごはんを食べるようになった。


 和希は会社で誰からも必要とされていなかった。

 しかし友也と親しくなっなってから、友人もできた。この前は屋上で四人で、バレーボールをした。


「また和希がミスった〜」


 すかさず友也が助け舟を出す。

「今のは鈴木のパスが強すぎるんだよ。試合じゃないんだから」


「はいはい、わかったよー」


 友也は後輩や同期を大事している。間違ったことを言う上司には毅然と意見も言える。


「友也はすごいな。僕には真似できないよ」

 和希はいつも心から思う。売れ残りの玩具のデーターを入力をしている自分とは全然違う。



 いつも早めに来る友也が、今日はまだ来ていない。一人で屋上のベンチに座っているのは退屈だった。


 そろそろ嫌気がさしたのだろうか? 

自分にはなんの取り柄もないし。一緒にいてもデメリットしかないよなぁ……。和希は友也がいないと、途端に卑屈なことを考えてしまう。


 和希はもう一度、携帯電話を確認してみる。とくに誰からも連絡はない。携帯を適当に触っていると肩にそっと手を置かれた。


「おまたせ、和希。あぁ、疲れた」

 友也はいつものように隣に座った。


「今日さ、僕が設計したデザインがデータごと紛失してね、取引先に謝罪に行ったんだ」


「えっ、大丈夫?」


 設計したデザインのデータごと紛失なんて……。

 慎重な友也にしては珍しいトラブルだと和希は思った。


「うん、ヤバかったけどもう大丈夫。多分今年一番の大きい取引になるんじゃないかって」

「そうなの? すごいな!」


 本当にすごい……ピンチをチャンスに変えるなんて……。

 和希はさらに引け目を感じた。


 弁当も半分食べ終わった頃、和希は疑問を投げかけた。ずっと思っていたことを。


「僕と一緒にいて楽しいの? 友也は」


「えぇ? 楽しいから一緒にいるんだよ」


「でも僕は取り柄もないし」


友也はふっと含み笑いをした。

「和希のその謙虚なところが良いところなんだよ」


「謙虚って……。そんなんじゃないよ。誰からも見られない売れ残りのデーター入力なんてしてるんだよ。かっこ悪いだろ?」


「あー、そうだよねぇ」

 友也はうんうんと首を縦に振る。


「ほら。やっぱり友也もそう思ってるんじゃないか」


「なら、一番売れてる商品のリサーチしたら? 流行りの傾向とかを調べるんだ」


「そんなことしたら今の仕事サボってるのばれるよ」


「あれ? 誰からも見られないんじゃ、バレないんじゃないの?」


 あ……それもそうだ。僕らは顔見合わせて笑った。


 友也と出会って、本当に心強い。

一人で苦しかった日々が嘘のようだと和希は思った。



3


 鼻歌まじりで機嫌良くエレベーターを降りた。灰色のタイルカーペットの上を軽やかに歩く。

 真っ暗なオフィス。唯一輝いているのは一台のパソコン。

 

 今夜も電気をつけずに残業をしている人間がいるようだ。


 男は煌々と光る非常口の灯りに誘われて、コンクリートのむき出しの非常階段を一段抜かしで屋上に向かう。


 手前のエレベーターはRの表示で止まっていた。


 屋上付近の階段に缶コーヒーの空き缶が並んでいる。


「まだ置いてある〜。ゴミ箱へシュート」


 そう言って男は、缶を一つ蹴って下へ落とした。缶は甲高い音を立てて階段から転がり落ちる。風が上の階から吹いてきて、髪の毛をさらっていく。

 男は軽いステップで階段をかけ上がり屋上に出る。


「みぃつけた」


 スーツを着た背の高い男はそう言ってふふふっと含み笑いをした。


 視界の先に一人の青年がいる。フェンス越しに夜景をじっと見つめている。その姿は浮世離れしているような、どこかおかしかった。


 ニュースでは寒波の影響により、今夜は極寒だと報じていた。それなのにワイシャツしか着ていない。寒さの感覚がないのだろうか?


 背の高い男はすぅっと音を立てずに近づいた。


「同感、本当に綺麗だよな!」



 友也はそう言って、今にも意識を失いそうな目のうつろな青年を屋上から放り投げた。



 和希は落下しながら友也を見上げた。彫刻のように整った綺麗な顔。天使のように微笑んでいる。

 紺のスーツも爽やかで似合っていた。




 エピローグ



 屋上から転落した和希は、下に止まっていた貨物トラックの上に落ちたため、一命を取りとめた。


 テレビでもネットでも、和希の転落事故は大きく取り上げられた。自殺未遂か不慮の事故かと連日報道された。

 たまたま動画を撮っていた若者が、和希が落ちるところをSNSで投稿してしまい、瞬く間に拡散された。

 

 会社もブラック企業だと騒がれはじめ、これがきっかけで、過重労働などを見直すことになった。


 和希は退院すると柳川友也について調べた。友也は3年前、会社のお金を横領して消息不明になっていた。


「どうなってるんだ?」


 3年前? じゃあ一緒にいたやつは誰なんだ? 友也ではないのか? 

 

  とても信じられなかった。和希は会社に復帰し、一人で当時のことを調査し始めた。


 写真や資料を確認する。自分とずっと一緒にいてくれた男は間違いなく柳川友也だった。 


 友也の言葉が頭をよぎる。


……楽しいから一緒にいるんだよ……和希のその謙虚なところが良いところなんだよ。


 

 友也と一緒に過ごしたことは一度もなかった。

 和希はずっと病院で昏睡状態だったのだ。

 

 だけど僕の心の中にいた-

 和希は僕になにか訴えていた。


 一番売れてる商品のリサーチしたら?


 そうか……。



 柳川友也は、会社の先輩に殺されていた。

犯人は3年前、一番売り上げの良かった製品をデザインした男だった。

 もちろんその男がデザインしたわけではないだろう。さらに調べればわかることだ。


「ありがとう友也。君が生きていたらきっと、僕にもあんなふうにアドバイスをくれたんだろうね……」


 和希は屋上で一人、晴れた空を見上げた。






 


エレベーターの階は……

コーヒー缶の音は……

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