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ランドリー他、日常に棲む奇譚集  作者: うみたたん
学園の追憶

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14/14

炎上

これは奇譚というより……。

 私はこのとき、まだなにもわかっていなかった。今日とんでもないことが起きるってことをー


 私は安田澄江。

 南中学校、二年二組の給食配膳係の目立たない生徒。


「みんな急いで、次は理科だよ! 実験だよ」


 学級委員長の声かけもあって、みな焦ってはいたけれど、科学室に早めに移動し着席することができた。


 理科の矢崎先生は南中学で一番恐れられていた。少しでも遅れたら、全員廊下に正座し、教科書で叩かれる。もしくはお手製のハリセンで叩く。

 前の時間になにがあっても、だ。


 この間は前の授業が体育で、科学室への到着が一分遅れてしまい、ガスバーナーのホースで全員頭をひっぱたかれた。二年二組全員、一人残らず。


 実験道具を鞭代わりですか? 

 道具は大事に扱えと矢崎先生、あなた仰ってましたよね?


 理科に実験はつきものだけど、本当に大変なの。生物で顕微鏡を使う授業は楽しかった。これがアメーバーですとかそんな授業のときは。


 でも火を使う実験はまずい。矢崎先生の授業は本当に恐ろしい。水を沸騰させるときにはガスバーナーを使う。


 三脚の台の上に網を置いて、ビーカーの水をその上に置いて温める。一年生のときはアルコールランプから始めたけど、二年生はガスバーナーだ。

 

「私が当番なの? ガスバーナーの?」


 そうだった。私たちの班で火を点けたり消す係は、順番で私だったのだ。

どうしよう……よくわからない。

この前、風邪で休んだのだ。班長、記録、道具係など役割が一人ずつ決められていた。


「おい、そこの眼鏡。お前はここの班なのか?」


 矢崎先生は隣の班の谷口明夫に質問していた。谷口は何も言わない。黙って座っている。見ていてこっちがヒヤヒヤする。


 私は谷口明夫が嫌いだった。空気が読めなくて集団行動ができないやつ。ぼそぼそと話す言葉は聞き取れない。

 

「そこ四人だな。眼鏡、隣に移動しろ」


 私たちの班の一人が、今日欠席していた。そのせいで谷口明夫が私たちの班に動いてきて、なにも言わずに座った。優しい女子が声をかけてあげる。


「私と一緒に記録係でいい?」

「はい」


 即答。先生に聞かれても黙りこくっていたのに……こいつやっぱり嫌い。


 準備は順調に進んで、どの班もガスバーナーの火をつけ、ビーカーの水を温めていた。

 緊張はしていたけど、私はなんとか火をつけることができた。

 

 しばらくして、あと少しで沸騰するというときーー


「火を小さくしろ!」


 矢崎先生の大きな声が響いた。この声のせいで毎回寿命が縮まりそうになるのだけど。


 どの班も一斉に火を小さくする。私は手前にガスバーナーを引いて、絞りを回そうとした。でもガスバーナーの絞りがかたくて、すぐに火を小さくすることができなかった。


「安田、早く小さくしないと」


 班長に急かされる。言われなくてもわかってるわよ。結構かたいの。右にも左にも回らない。さっきはよくわからなかったけど。


 と言うか、実は同じ班の子に手伝ってもらったのだった。私は焦ってきていた。それで絞りを思いっきり回してしまった。


 火がまさかーー

たちまち大きくなった。それで、いつもはぼそぼそ話す谷口が太い声で言った。


「逆!」って。


 私はパニックに陥って、早く消したくてとにかく絞りを力いっぱいひねった。

 ゴォーっとガスバーナーの火がさらに大きくなってしまった。横にあるビーカーくらい高く火が燃え上がった。


「きゃぁぁ」


 今度は私が言った。そのとき谷口は後ろに下がって椅子をひっくり返した。近くの班だけじゃなく、科学室にいる全員が私たちを見ていた。


「火を消せ~!」


ものすごい勢いで矢崎が叫んだ。私もそうしたい。だけど火に近づくのが怖いし、体がこわばってどうしていいのかわからない。


「火を消せ!」


 もう一度声が聞こえたけど、わけがわからなくなっていて、私は矢崎先生のほうを見た。


 矢崎先生は凄まじい形相だった。燃え上がるガスバーナー。


 私は震えながら腕を伸ばし、ゴーゴーと燃えているガスバーナーから顔をそらしてなんとか回した。

 でも絞りを回しても回しても、火は小さくならない。


「あれ、どっち?」


 みんなの声も全然頭に入ってこない。右に回せば消えるのか、左に回せば消えるのか、回していてわからなくなってきた。


 もう誰かに八つ当たりしたくて、逆! なんて言ってきた谷口明夫のせいにしたくなった。


 もういっそのこと科学室から逃げ出したい。帰りの会も出ないで家に帰りたいなんて無責任なことを考えた。


 ついに矢崎が歩いてきて、私をどついてさっさと火を消した。魔法のように簡単にそれは消えたの。


 これはホースで殴られるって思ったけれど、矢崎は私をキツく一瞥し、そのまま歩いて行ってしまった。


 これで終わりならまだマシだった。悪い事はたたみかけて起こるんだね。

 私は放心状態だったのでよく覚えてないけど、実験は無事に終ったようだった。


そして片付けの時間。これが最悪だった。


 私はなぜか谷口明夫と二人でビーカーなどを洗っていた。本当は彼には近づきたくなかったけど、そんなことを言っている場合でもなかった。


 そして、谷口が洗ったビーカーを、私が受け取ろうとしたそのときーー


 私は上の空だったのでしょうね。ビーカーは濡れた私の手から滑り落ち、ゆっくり床に落ちていった。こういうときスローモーションになる映像が映るでしょ? 映画とかだと。


 このときも本当にスローモーションになったの。取れそうにも見えた。なのに私の手は、絶対にビーカーには届かない。


 ガラスの割れる音は小さかったけれど、科学室によく響いた。

 

 カシャン……と。


 この先の人生で一度だけ時間を自由にできるなら、もうここで使ってしまって、ビーカーをキャッチしたいと思ったわ。


「安田!」


 先生に呼び止められた。矢崎先生がゆっくりと近づいてくる。谷口は無表情で立っている。こいつのせい。こいつのせいよと叫びたかった。


 でもそうじゃない。私が雑に谷口からビーカーを受け取ったからなのはわかっていたの。


 終わりよ……女子でも容赦しない先生。今度こそひっぱたかれるーー


 ガッシャーン!!!


  そのときガラスの割れる大きな音がして、鼓膜が破れそうになった。



*****



「お母さん、一体なにが起こったの?」


 母の昔話を聞いている私。

 不安そうに話しているお母さんの顔に急に微笑みが浮かんだ。


「谷口明夫はね、箱に入った新しいビーカーを無言で箱ごと床に落としたの。それで四つのビーカーがめちゃくちゃに割れたの」


「えぇっ! そんなことするの? 」


 矢崎先生はすぐそっちに向かって歩き出し、何発がわからないけど、谷口明夫を何度も叩いたらしい。


 このとき、私の母、谷口澄江は口下手な父に一瞬で恋に落ちたんだって。


 恋の炎はガスバーナーよりも、もっともっと高くて昇ってしまったんだって。

          

            

             

             おわり

 



こらはまさか!に出したものでした。だめでしたが。

だけどみなさんが面白いと思ってくれたら嬉しいです。

奇譚集ではなくラブストーリーでしたね。


お気に入りです。

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