レイブン学園の魔女 ー17時の夕焼け
次の日から、出席簿を届ける仕事はニールの担当になった。ニールが僕を行かせてくれなかったのだ。
念の為、ニールは中央の階段で下りてもらうことにした。僕はニールに頼むのは本当に嫌だった。
「ねぇ、ニール。二人で職員室に行ったらどうかな?」
「ダメだ。ボクが一人で行くから」
自分の日課が変わってしまったのは戸惑いがあった。そして何より、ニールに危害が及んだらと……待ってる身としてはもどかしい時間になった。
一週間が経過した。
「ニール、あの用務員に会った?」
「いや、会ってないよ。奥の廊下を使ってみようかな。それで文句を言ってやるよ」
「ダメだよ。ニールは小さいし、かわいいから……何かあったら困る。用務員が君に抱きついてきたりとか」
「ハッ、まさか! まぁ、そんなことしてきたら、ぶん殴ってやるからさ」
「ニール、そこまでしなくていい」
本当に殴りそうで怖いな。
◇ ◇ ◇
しかし危害は、全く予想しない展開をみせた。
若い用務員が獣道で殺されていたからだ。その殺され方は酷いものだった。
裏庭の奥を進むと獣道があり、山に続いていく。若い用務員がたまにその獣道に入っていくのを、何人かの生徒が目撃していた。
全寮制の学校なのだし、そこに入る生徒はもちろん一人もいなかった。
僕たちは運動場や庭園など、屋外に出ることをしばらく禁じられた。
「用務員さん、八つ裂きだって」
「狼の仕業だってさ。引きずられた跡もあったみたい」
「熊じゃないよね?」
「熊がそこまで来てたらまずいだろ? 僕らも帰省しなくちゃ」
「でも生徒じゃなくてよかったんじゃない?」
生徒たちは言いたいことを各々言って盛り上がっていた。知り合いだと話していたルシアは職員室に呼ばれた。
戻ってきたルシアに僕は尋ねた。
「ルシア、大丈夫だった?」
「あぁ、別に。彼のことや家族について聞かれたよ。……なぁ、先生たちが話してたのを聞いたんだけど、人間の仕業とは思えないってさ。手足が引きちぎられてたし、顔も判別するのがやっとー」
ニールが僕たちの目の前に立っていた。いつの間に?
僕は話すのをやめた。
ニールは無表情で何を考えているかはわからなかった。少し怖いと思った。
「おう、ニール……なんだかおかしなことになったな」
「なぁ……ルシア、先生に話した? 用務員が最近ジャンユに声をかけてきたこと」
「いや、話してないけど。ほとんど家族のことを聞かれただけだし」
「ならよかった。面倒なことになるから、言わなくていいから」
「ああ、そうだな。言わないよ」
「……ルシア、僕からもお願いするよ」
僕もそう思っていたところだった。ニールは黙って僕たちから離れた。
それからまた数日が経ち、いつの間にか、変な噂が立ち始めた。ルシアがだいぶ話を盛っている気もした。
「あの用務員さ、生徒を獣道に連れて行こうとしたらしいよ」
「小さい一年が引っ張られたんだって」
「綺麗な男の子が好きらしい」
「うわっ〜本当に? 怖いなぁ」
そして誰かが言い出したーー
「ねぇ、レイブン学園に伝わる掟あったじゃん? 魔女伝説みたいなの」
「なんだっけ?」
「魔女に『魔女ですか?』って尋ねると、バラバラにされて食べられるってやつ」
「あぁ……そんなのあったな。忘れてたけど。確か……食われたような痕があったみたいだぞ」
「殺したのって魔女だったりして」
「怖っ! じゃあ誰が魔女なんだ?」
盛り上がっている生徒たち。本当か嘘か。話は尾ひれがついて広がっていった。決して自分たちが被害に合うとは考えてないようだ。
「魔女伝説……」
僕はその会話を聞いて、無意識に呟いていた。
◇ ◇ ◇
真夜中の相談室。
一人月明かりでノートを見ていた。そのノートは日記帳にしていて、学園での出来事が書いてある。
最近書いているのは、主に用務員の若い男が八つ裂きにされて殺されたことについて。
それに関係しているかわからないが、不思議なことがあった。僕のブレザーの袖のボタンが発見された。
それはなぜか僕のブレザーのポケットに入っていた。
ボタンをどこかで落としたと思ったら、ここに最初からあった……そう思わせるためだろう。そんなことをする人物は一人しかいない。
ニール……。
『あの日、袖にボタンがないと気づいたとき、目の前にニールがいた。
僕の不審な動きで、ボタンがないと気にしているのが、ニールならわかったはずだ』
ノートを読み返し間違いないと思った。
用務員から名前を呼ばれて、袖を掴まれた恐怖。あの日、ニールは何か決意したのかもしれない。
なぜならニールは僕のことが好きだからだ。
じゃあ、どこでそのボタンを見つけたのか。それを考えるとどうしたって、恐ろしい考えが浮かんでしまう。
ニヤついて話しかけてきた用務員の顔が頭をよぎった。
ボタンはあの用務員が持っていたのではないか。それにニールも気づいていた。だからニールは取り返しに行った……。
背後で扉がゆっくり開く音が聞こえた。
「うわっ!」
ニールの小さな叫び声。
「なんだよ……ジャンか。びっくりした」
「こっちの台詞だよ」
僕のために……。
ニール、ありがとう。僕も君が好きだよ。君が想うよりもね。
どんなことがあっても君の味方だし、君を永遠に忘れないから。
僕は窓枠に置いていた眼鏡をかける。
「残念……眼鏡を外したジャンユをもっと見たかったのに」
ニール、たとえ君が残酷な人間……もしくは人間じゃなくても、僕は全く構わないんだ。
◇ ◇ ◇
「おじいちゃん? また聞いてないや……ジャンユおじいちゃん、泣いてるの?」
祖父は椅子に腰かけ、涙を流していた。なにか思い出しているのだろうか?
「そこにある古いノートを取ってくれるかい?」
「ノート? あぁ、これか」
僕は、テーブルにある古びたノートを祖父に手渡した。ついでにタオルで涙も拭き取った。
「なにが書かれているの?」
見ると中は白紙だった。表紙は色褪せて汚れているのに、中はそれと合わないくらい白かった。
パラパラと祖父がめくっているが、どのページも何も書いていない。やっぱりボケてきているのかな?
「大事な思い出なんだよ」
「……へぇ。そうなんだね。ねぇ、もう日が暮れるよ。おじいちゃん、夕焼けを見ようか。綺麗だよ」
僕は祖父の手を取って、ベランダに出た。養護施設の目の前の山が真っ赤に染まっていた。
「綺麗だね」
「本当だな……ニール」
祖父は僕の名前を、誰かと間違えて呼んだ。
けれどそれはとても心地よかった。
読んでくれてありがとうございます。ジャンユサイドはどうでしたか?
元の話は「磨いた成果を試すとき」という長編です。同じく男子寮が舞台ですが、そこから派生した別の話です。




