レイブン学園の魔女 ー8時45分の日課
僕は少し融通が利かないところがあった。
例えば、文房具や本はいつも同じ位置に置かないと落ち着かないし、同じ手順でする作業はその通り実行しないと気が済まない。
もちろんそれは人には強要はしない。これは自分自身の問題だからだ。
学級代表は職員室に出席簿を届ける仕事があった。毎朝8時45分に教室を出て、同じルートで戻ってくるのが僕の日課だった。
ロボットみたいで怖いと、ニールにからかわれたこともあった。そう言われても仕方ない。変えることは簡単にはできない。
そして、8時50分に職員室を出て、同じルートで教室に戻る。その行き帰りはあまり人が使わない奥の階段を使っていた。それが一番行きやすいし、人に会う煩わしさがなかった。
いつからだろう……。
僕が階段を下りて一階の職員室に行くと、用務員さんが廊下の掃除をしていたり、花の手入れをしていることに気づいた。
(鉢植えなんて廊下に置いてあったかな?)
最初は一週間のうち、2、3回見かけた。それが最近では毎日見かけるようになった。
僕は毎回「おはようございます」と挨拶をして素早く通り過ぎていた。
「おはよう」と、用務員さんも優しく言ってくれる。いつも背中越しで顔はよく見えなかった。だけど用務員さんというものは、僕のお父さんくらいの人だろうと思っていた。
ある日、いつものように階段を下りようとすると、階段の途中の踊り場に用務員さんがこちらを向いて立っていた。
僕はハッとした。用務員さんは僕が思っていたよりだいぶ若かった。そして僕の顔をじっと見つめて笑っていた。その顔はなんとも不気味だった。
「おはよう、ジャンユ」
えっ?
すれ違う瞬間、僕の名を呼びこっちに手を伸ばしてきた。階段は狭いので避けることもできない。手首を掴まれそうになる。
「やめて!」
用務員は僕の袖を掴んでいた。僕は激しく手を振り払って、慌てて階段を駆け下りた。
扉をノックをするのも忘れ、勢いよく職員室に飛び込んだ。近くの教師に怪訝な顔で見られる。
どうして? なんで名前を知ってる?
なんで急に触ってきた? 心臓がありえないほどうるさく波打つ。
先生たちに聞けば、生徒の名前なんてすぐわかるだろうし、怪しいことはない。
男同士だし、洋服の袖を掴まれることくらいどうってことない……。
(いや、やっぱりおかしい)
さすがに帰りは、中央の階段を上がって教室に戻った。広い階段は数名の生徒が出席簿を持って行き来していた。
「どうしたの? ジャンユ」
「……なんでもない」
「なんでもないわけがない。汗がすごい」
ニールが僕の額に手を当てる。僕は袖で汗を拭こうとした。
そのとき、袖についているブレザーのボタンが無いことに気づいた。
(袖を掴まれたときに取れたんだ)
大袈裟に咳払いをして、ニールが話し出した。
「いつも後ろの階段から職員室に行って、後ろの扉から教室に戻ってくるジャンユがなぜか……前の扉から顔面蒼白で戻ってきた。しかもいつもより一分遅い。なぜかな?」
ニールのやつ、探偵にでもなるつもりか?
「ニール、よく見てるな……」
問題児のルシアが話に割り込んできた。
「メガネの学級代表さん、みんな知ってるぜ。毎朝お前は同じ動きをしてるからな」
ルシアまで……。
用務員のことを言ったら笑われるだろうか? 先生に相談しようなんて真面目に返してくるか。それとも……。
ルシアがいるのが気になったので、全ては言わなかった。
僕は用務員さんに名前を覚えられて怖かったこと、そのせいで中央の階段から戻ってきたことを簡潔に話した。
「あの若い用務員? 俺の家の近所に住んでるやつだよ」
「ルシアの?」
「ああ。今もそこにいるのかは知らないけど。上の兄貴と同い年なんだ。この前、俺が話しかけたら無視したけどな」
ルシアは顔をしかめ、細い目をさらに細めた。
「ちょっと……変わった奴だったぜ。上手く説明できないけど」
「そうなんだ。ルシアと知り合いなら、少し安心したよ。今度は話しかけてみようかな」
「やめろよ!」
ニールが声を荒げて、僕を睨む。
「ルシアの知り合いなら、余計に心配だろ」
ニールは半分本気のような冗談を言った。そして僕の肩をそっと叩いた。怒鳴ってごめんという意味だとすぐにわかった。
そのとき、始業のチャイムが鳴った。僕たちは話を切り上げて席に座った。




