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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ロールキャベツ

「大丈夫? キッチン暑くない?」

「大丈夫だよ」


安澄(あずみ)が晩御飯のロールキャベツを作り始めた。

キッチンまで冷房の風がいってるかな、と思いながらサーキュレーターを持ってきて空気をかき混ぜて冷気を届ける。


「ありがとう。ほんとに大丈夫だよ、(けい)

「それならいいけど」


安澄はすぐ『俺は平気』って言うから心配。


「今日、泊まってく?」

「うん。泊めて」


安澄の部屋は居心地がよくて好きだ。

俺の住んでるアパートより新しいからかな。

自分の部屋もそれなりに気に入ってるんだけど、安澄と仲良くなってからは留守にしがち。

大学の一般教養で安澄と講義がかぶっていて、よく隣の席になるので話しかけてみたらすごく話しやすくてすぐ仲良くなった。


安澄はすっごい目立つ。

誰も近寄れないくらい“近寄るなオーラ”の漂う、イケメンというより“美形”という言葉がぴったりな男。

でも本人からするとそんなオーラ出してないって言う。

なんでか誰も話しかけてくれないし、自分から話しかける勇気もないし…と沈んでいた。

俺も最初は話しかけづらそうだと思っていたけれど、講義前とかに友達と喋ってる人を見て羨ましそうにしているように見えて、なんとなく話しかけてみた。

同い年なのも、すぐ仲良くなれた理由のひとつかもしれない。


安澄のアパートは大学から近いから入り浸っていて申し訳ない。

でも本人は『嬉しいから気にしないで』って微笑む。

ただの人見知りなんだよな…こいつ。

それがなければ今頃男女に囲まれてるだろう。

俺の入る隙間がないくらいに。


「安澄、友達作らないの?」

「景がいればいい」

「………」


いつもこれだしな…。

だけどそれが嬉しい俺も心の奥にいる。

安澄をひとり占めできてることを喜んでるとか、俺もどうなんだ。


その安澄は今、水に浸けておいた干し椎茸をみじん切りにしている。

次に玉ねぎ。

鍋を出してお湯を沸かしている。


「なにか手伝おうか?」

「うん。遠慮する」

「なにそれ」

「美味しいもの食べたいでしょ?」

「悪かったな、料理下手で」


俺は料理が下手だ。

なんでも焦がすくせに目を離す癖がある。

何度か安澄に教えてもらったり、一緒に作ったりしたことがあるけど、ことごとく食材を無駄にした。

だから俺が手出しをしないのが一番の手伝い。

キャベツ茹でてる。


「キャベツだけで茹でるの?」

「生のままじゃタネが巻けないからね」

「へえ…」


そういうものなのか。

なんとなく安澄の隣に立つ。


「どうしたの?」

「ううん。なんとなく」

「景が怪我したら大変だから向こうで座ってて」

「しないよ」

「俺が心配なの」

「じゃあちょっとだけ。だめ?」


安澄を見上げると、すーっと視線を俺からずらして溜め息を吐く。

呆れられた?


「……ちょっとだけだよ」

「うん」


人参のみじん切りを見ていると、安澄がなんかぶつぶつ言ってる。


「なに?」

「なんでもない」

「教えて?」

「あんまり見ないで欲しいってだけ」

「顔赤いけど、暑い?」


そうじゃない、と安澄はなんとも言えない表情をして俺を見る。

なんだ。

じっと見ていると安澄の頬が赤くなっていくから、やっぱり暑いのかもしれない。

風を送るためにサーキュレーターの位置を移動させる。


「…だからそうじゃないって」

「なに?」

「なんでもない」


ほんとになんだろう。

でも、これでちょっとは涼しくなったかな。

安澄はボウルを出してひき肉とかみじん切りにした野菜とか色々入れてる。

ひとつひとつの手付きが綺麗だ。

ビニール手袋をはめてボウルの中身をまぜてるのを横で見る。


「……」

「……」

「…景」

「なに」

「やっぱり向こうで座ってて」

「まぜてるだけなら怪我しないじゃん」

「それはそうだけど…」


はぁ、と大きな溜め息。

あんましつこいと怒るかな。

安澄が怒ってるとこって見たことないけど、どんな怒り方するんだろう。

めちゃくちゃ怖そう。


「……もういいよ。好きなだけ見てて」


あ、ほんとに怒ったかも。

なんか投げやりな言い方になってる。

顔を見ると、また頬が赤くて相当お怒りなご様子。

まずいな。


「ごめん…向こうにいる」


もうちょっと見ていたかったけど、そんなに怒るならやめとこう。

邪魔なのかも。


「そうして」


やっぱり邪魔だったんだ。

落ち込みながら椅子に座って、離れた位置から安澄を見る。

手元が見えないけど、たぶんすごく手際よくやってるんだろう。


「今なにしてる?」

「タネをこねてる」

「どのくらいやるの?」

「粘り気が出るまで」


そうか。

料理ってやっぱり大変そう。

毎回安澄に作ってもらうの申し訳ないな。

今度から途中のコンビニかスーパーでお惣菜を買ってくるようにしよう。

そっか、その大変な作業をしてるところを邪魔されればそりゃ怒るよな。


「…ごめん、安澄」

「え?」


安澄が顔を上げてこちらを見る。


「これからはなにか買ってこような。大変な思いさせてばっかりでごめん」

「は? え、なに言ってるの?」

「だって料理するの大変そうだし、でも安澄がなにしてるか気になっちゃうから俺は見たくて邪魔することになるし…」


料理下手なだけでなく待ち下手とは…最悪。

安澄がまた赤くなってる。


「景は、俺がしてること気になるの?」

「うん。安澄のこと、色々知りたいから」

「っ…」


すごい真っ赤になってる。

暑いんだ…。

どうしよう、寝室から扇風機持ってくるべきかも。


「…景、そういうのずるい」

「は?」

「ずるい…」


安澄がぷいっとそっぽ向いてしまった。

なんで?

それからパスタの容器を手に取るので『?』と思っていると。


「景が爪楊枝で怪我したらいけないから」

「??」

「巻いたキャベツをパスタで止めるの」

「へー…」


俺は爪楊枝で怪我すると思われてるのか。

すごい過保護だな。

ガタガタ音がする。

なんか出してるっぽい。


そういえば安澄って好きな人の話とかしない。

いるのかな。

いるだろうな。


「安澄はさー」

「うん」

「好きな人とかいるの?」


ガチャガチャガッタン


「…大丈夫か?」

「……」

「安澄?」

「…………大丈夫」


ほんとに大丈夫かな。

でもまたキッチンに行ったら怒られそうだし。


「……好きな人、いるよ」

「へえ、誰? うちの学校の人?」

「そう」

「そっか…そうなんだ……」


なんだ、これ。

すごくもやもやする。

安澄が好きになるんだから、めちゃくちゃ可愛いとかかな。

いや、見た目で判断するタイプじゃないから、優しかったり素直だったりするのかな。

……俺とは正反対。

俺は平凡って言葉が服着て歩いてるようなもんだし、優しくも素直でもない…むしろ、かなりひねくれてる自信がある。


「景?」

「えっ?」


安澄が目の前に立っている。

なんで?

もうできたの?


「煮込んでる間はこっち来てもいいよ」

「あ、そ、そう…」

「でもIHには近付いちゃだめ。火傷したら大変だから」


今、あんまり顔見ないで欲しいな。

安澄から目を逸らして、椅子を持ってキッチンに行く。

いつの間にか使った調理器具などは綺麗になっている。

キッチンでふたつ椅子を並べて座ると、またもやもやがひどくなってきた。


「…景は好きな人、いるの?」

「……」


その話題、俺から振ったけど嫌だな…。


「いない」


素っ気ない答え方をしてしまった。

もやもやが心の中でぐるぐるしてる。


「安澄は…………なんでもない」

「なに?」

「だからなんでもないって」

「中途半端に言われるの気持ち悪いから言って」


その気持ちはわかるけど、今なにか言ったら一緒にもやもやが飛び出しそうだ。

どうしよう。


「……安澄はどんな人が好きなのかなって」

「それは…」

「いや、別に答えなくていいから」


ていうか答えて欲しくない。

俺、おかしい。


「可愛い人」

「あ、そう…」

「それから優しくてお人好しで、ちょっとおバカなところがあるとたまらない」

「………」

「あと」

「もういい」


言葉を遮ってしまった。

でも聞いていられない。

だって苦しい。

全部俺には当てはまらない。


「景?」

「…俺、帰る」

「えっ!?」


悲しい悔しい苦しい辛い。

安澄の顔が見たくない。

立ち上がる俺の手を安澄が掴む。


「帰るってどうして? 泊まってくって…」

「もうやだ。嫌になった」

「なにが? 俺、なにかした?」

「……」


安澄はなにもしてない。

ただ俺がおかしいだけ。

安澄の好きな人の話を聞くと喉がぐっと詰まって胸がぎゅっとなる。


「……安澄の馬鹿」


馬鹿は俺だ。

なんで八つ当たりしてるんだ。

ひねくれてる俺はもうここにいたくなくて、安澄を置いてキッチンを出る。


「景!?」


安澄が追いかけてくるのを無視して荷物を取って玄関に向かう。

なんだよ、もう。

安澄は俺なんかいらないんじゃん。

ちゃんと好きな人がいて、俺はあっという間に邪魔者になるんだ。

安澄と安澄の好きな人が付き合ったら、俺がいる必要なんてないんだから。


「景!」


鍵を開けようとする俺の手を安澄が掴む。

顔が見られない。

手を振り払って鍵を開けてドアノブに手をかける。

でも鍵をまたかけられた。

カチャン、と金属音が妙に大きく聞こえる。


「景、こっち向いて」

「……」

「景」

「………やだ」


もう一度鍵を開けようとしたら、両手で肩を掴まれて安澄のほうを向かされた。

俯いて顔を隠すと、肩を掴んでいた手で今度は頬を包まれて顔を持ち上げられる。

それでもまだ抵抗しようと視線をずらす。


「景、どうしたの?」

「……」

「教えて?」

「……」


なにも言いたくない。

口を開きたくない。

開いたら最後、嫌な言葉が飛び出しそうだ。


「景」


安澄の声がちょっと強くなり、思わずびくっとしてしまう。


「……安澄の好きな人…誰?」

「…それは」

「俺…相手が誰でも、ふたりが付き合ったとき祝福できない」


もやもやがぐるぐる渦巻いて竜巻みたいに心の中で暴れてる。

顔が歪んでしまって、鏡のように安澄の表情も歪む。


「どうしたの、景」

「…俺、安澄の好きな人、嫌いかもしれない」

「なんで?」

「気に入らないから」


しゃがみ込むと、安澄もしゃがんで目線を合わせてくる。


「なんで気に入らないの?」

「……」

「景?」

「……安澄が、その人のこと好きだから…気に入らない」


醜い心がそのまま飛び出してしまった。

安澄がびっくりした顔をしてる。


「それって…どういうこと?」

「……わかんない」

「わかんないことないでしょ?」


わからないんだ。

安澄が誰かを好きなのが気に入らない。

他の誰かのものになるのが気に入らない。

全部全部気に入らない。


「景が今思ってること、言ってみて?」

「……言ったら安澄は俺のこと嫌いになるから言わない」

「ならない。言って?」


言いたくない。

だってあまりに自分勝手な思いだ。

こんなの聞いたら安澄は絶対俺を嫌うに決まってる。


「景。聞きたい」

「……」

「景」


またちょっと強く名前を呼ばれる。

この呼ばれ方、さっき初めてされたけど、なんていうか…言うとおりにしないとって気持ちになる。


「……安澄が誰かを好きなのが、気に入らないだけ」

「なんで?」

「安澄が俺から離れてっちゃうから、だと思う」


口に出したらどんどん苦しくなってくる。

言葉にしちゃいけない気持ちってあるんだなと知った。

絶対嫌われる。


「俺は景から離れないよ」

「嘘だ。彼女ができたらその人が一番になるに決まってる」

「彼女っていうか…景だけど?」

「は?」

「俺が好きなのは景なんだけど」


………俺?


「キッチンに戻ろう。ロールキャベツが煮詰まっちゃうかも」

「あ…」


手を引かれてキッチンに戻る。

安澄の言葉が頭の中をぐるぐる回る。

好きなのは景って言ってた。

景って俺だよな。

安澄は鍋の中を確認してる。

味見してちょっと水を足してるから煮詰まってしまったのかもしれない。


「安澄…?」

「やっぱりちょっと濃くなっちゃってた」


優しく俺に微笑む笑顔はいつもの安澄なのに、見慣れてるのに、どきどきする。

安澄が俺の手を取る。


「俺、景が好き。俺の好きな人は景だよ」

「………嘘だ」

「なんで嘘だと思うの?」


なんでって…。


「だって俺、いいとこなにもない…見た目も普通だし、勉強だって安澄に見てもらってなんとか追い付いてる感じだし、性格悪いし…」

「景はいいところだらけだよ。ひとりでいる俺に声をかけてくれたり、いつも笑っていてくれたり、俺が作るもの喜んで食べてくれたり…ちょっとおバカで抜けてるけど」


安澄が言う俺は、俺が知ってる自分とは違う。

疑問符がふわふわしてる。

それ誰のこと?って。


「景、俺の恋人になる気はない?」

「こっ……!」


えっ!?

なにそれ。


「いびと……って、なに?」

「だから俺と付き合ってくださいって言ってるんだけど」

「安澄は俺が好きなの?」

「何度もそう言ってる」


困ったように笑う表情が優しくて、安澄に握られている手をじっと見る。

それからもう一度安澄の顔を見る。


「…俺でいいの?」

「景がいい」

「俺、安澄のこと好きかわからないよ?」

「さっきの様子を見てたら、景が俺を好きなのははっきりしてると思うけど」


そう、なのかな。

言われてみれば、そうかも。

じゃあさっきのもやもやは……嫉妬?

顔が猛烈に熱くなってきた。


「だめだ! 絶対だめ!」

「なんで?」

「俺なんかが安澄を好きとかだめだ!」

「そんなことない。景が俺を好きじゃないのにあの態度だったら、俺落ち込むんだけど」


本当にしゅんとする安澄。

どうしよう、可愛く見える。


「ねえ、景は俺が好きなんでしょ? 好きって認めて?」

「…それ、は…」

「大丈夫。俺しか聞いてないから」

「……」


安澄が聞いてるから恥ずかしいんだって言っても聞いてくれないだろうな。


「……好きでも、怒らない?」

「俺が景に怒ることなんてひとつもないよ」

「でもさっき怒ってた」

「さっき?」

「肉と野菜まぜてるとき、見てていいかってしつこくしてたら、『もういいよ』って」


顔が赤くなるくらい怒ってた。

そう言うと。


「あれは……景に見られてるのが恥ずかしくて」

「?」

「あんまりじっと見られて、その…変な気分になっちゃって」


また頬を染める安澄。

変な気分ってなんだ。

問い詰めていいのかわからない。

だって安澄が今まで見たことのない顔をしてるから。


「…景を食べちゃいたいって思ってた」

「!!」

「色々、したいな…って」

「……」


それは、そういう…こと?

なんで?

俺、そんな態度も言葉もなかったよな?


「もう正直に言うけど、景に見られてるだけでめちゃくちゃ興奮する」


手を引っ張られて安澄の腕の中に収まってしまう。

心臓がものすごい暴れ方をして、優しいにおいにくらくらする。


「ねえ、泊まってくでしょ?」

「……」

「嫌って言っても帰さないから」


耳元で囁かれた後に、耳にふっと息を吹きかけられる。


「みっ…みもとで、しゃべるな…!」

「どうして?」

「だって…」


頭おかしくなる。

顔が熱過ぎて恥ずかしい。

でも安澄は俺の顔を覗き込む。


「真っ赤だね。ほんとに今すぐ食べたい」

「ロールキャベツ…」


俺が鍋をちらりと見ると、安澄がIHを切る。


「先に景をいただこうかな」

「え」

「ねえ、俺が好き?」

「………嫌いっていったら食べない?」

「食べ尽くして強引にでも好きって言わせる」

「……」


それってもう選択肢ないじゃん。

と思ってたらまた手を引かれて寝室に連れ込まれてしまった。

パタン、とドアが閉まって安澄と向かい合う。


「景、好きだよ」

「………うん、俺も…あ」


唇が重なって言葉の続きは呑み込まれてしまった。

せっかく素直に言おうと思ったのに。

ロールキャベツを食べるのは明日、だったりするのかな…。

どきどきが激しくて心臓が爆発しそう。




END


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