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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

虐げられた令嬢の秘密スキル

虐げられた令嬢の秘密スキル‥→青年の秘密スキル<愛する人にもう一度会いたい>

作者: 龍 たまみ

「虐げられた令嬢の秘密スキル」の続編になります。

暴力的な部分、戦争描写が含まれます。

中盤は少し切ない部分がありますが、ハッピーエンドになります。

 シトロン国に住むトールは、幼馴染のエレナと結婚したばかり。

 幼い頃より「大きくなったら結婚しようね!」と言っていたのが本当の誓いになった。


 毎日、一緒に朝食を作り、トールは出勤前の「行ってきます」のキスは絶対忘れない。

(キスしないと、一日頑張れないかもしれないもんな)


 二人はいつも愛を囁き合って、それだけで十分幸せを感じている。


 平凡だけれど平和な一日が終わり、仕事でどれだけ疲れていてもエレナの笑顔を見るだけでトールは癒される。寝る前にお互いギュッと抱きしめ合い、頬を寄せ合うことができるだけで満足だった。


 ある日の夜。


 トールは不思議な夢を見た。めずらしく朝になっても夢の言葉が頭から離れない。


「ふあぁ~」


 寝台の上でトールは妻のエレナを起こさないように気を付けながら、大きく伸びをした。


「あ~、なんだか不思議な夢だったなぁ」


 休日なのに夢のせいで早く目が覚めてしまった。

 トールはキッチンまでやってきてコップに水を注いでゆっくりと飲み干す。


「えっと……夢の中で女の人が同じ言葉を繰り返し言っていたなぁ。なんだったっけ?」


 さきほどまで夢の中で繰り返し聞いていた言葉がすぐに浮かんでこない。


「あ! 思い出した! ステータスオープンって繰り返していたよな。あれはなんだったんだ?」


 トールがその言葉を口にした瞬間。

 目の前に四角い光が浮かび上がる。驚きのあまり、危うくコップを落としそうになったくらいだ。


「な、何だこれ?! モニターか?」


 トールは恐る恐る手をその四角い光にかざしてみる。


「譲受人 トール・フォレスト…… なんで俺の名前が書いてあるんだ?」

 トールは声に出してモニターに表示された自分の名前を読み上げてから、指でそっとなぞってみると、画面が切り替わる。


「えっと……所有者履歴 マリー・サナーム → ダニエル・テイラー → オットマン・パスト(ダニエルと同一人物)→ キャサリン・トレール → トール・フォレスト。 俺は5番目の所有者ってことか? 一体何の所有者だ?」


 トールは、画面を触って中の記載内容を確認する。


「えっと……何かポイントを貯めて、それが交換できるってことかな? ん? こっちは何だ?」


 トールは、一番目のマリー・サナームが譲渡する時に選んだ内容を見て目を丸くする。


「虐げられている人に譲渡ってどう意味だ? 困っている人に渡したってことだよな? じゃあ、俺の前の所有者は譲渡先になんて書いたんだ? なんで俺のところに回ってきたんだ??」


 疑問符ばかりが頭に浮かんでくる。

 トールは画面をゆっくり読みながら、指をスライドさせていく。


『①譲渡人 マリー・サナーム  譲渡先 今、虐げられている人に譲渡+譲受人の言語に自動翻訳

 譲受人 ダニエル・テイラー 


 ②譲渡人 ダニエル・テイラー 譲渡先 来世の自分+譲受人の言語に自動翻訳

 譲受人 オットマン・パスト(ダニエルと同一人物)』  


「この二人目のダニエルは来世の自分にこの……所有している物を譲渡して……オットマンとしても、もう一度これを所有していたってことだろう? 生まれ変わってまで、所有したい物なのか?」


 トールは更に指をスライドさせて、四番目の人が何て書いていたのか気になって読んでみる。


『譲渡人 キャサリン・トレール 譲渡先 このスキルが必要になっている、もしくは必要になる人物

 譲受人 トール・フォレスト』


 何度読み返しても、意味が理解できない。


「四番目のキャサリンは、このスキルが必要になる人物に譲渡したんだよな? なんで俺なんだ? ってか、スキルって何だよ?」


 トールは、目の前に浮かび上がる画面の意味がわからなくて、ひとまず画面を閉じた。

(よくわからない物は触るべきじゃないよな)

 そう判断して、しばらくその存在を忘れて過ごしていた。


 それから1か月後。

 急に隣国マーテル国が戦争を始めた。


 十八歳になったばかりのトールにも、軍隊に入って自国の為に戦うようにと召集状が届き、出兵することが決まった。エレナが離れてしまう悲しみに明け暮れていても、出兵する日は刻一刻と迫ってくる。


 そしてついに明日、出立する日となった。


「エレナ。今日は一緒に料理をしてお酒でも飲もうか」

「そうね、そうしましょう、じゃあそっちのジャガイモを切ってもらおうかしら」


 トールとエレナはキッチンに横並びに立ち、時々頬にキスをし合いながら二人だけの甘い時間を満喫する。


「あ! 指切っちゃった」 (ピコン!)

「大丈夫? トール。あっちで消毒してきたら?」

「ありがとう。そうするよ」


(俺、……明日の出立で動揺しているのかもしれない。エレナに不安なんだと気付かれてしまったかなぁ。彼女を一人残して、戦地に赴くのは……辛すぎる。それにしても、さっきの音はなんだったんだ?!)


 トールは、消毒薬を取りにリビングの薬箱の前まで来る。

(ん? さっきの音、ひょっとして前に所有者がどうのこうのって書いてあった、あの画面の音か?)


 トールは小さな声で「ステータス オープン」とつぶやくと、以前と変わらぬ四角い光が目の前に表示された。


『ダメージ 70  ポイント交換しますか?』


(あぁ、さっき指を切ったからダメージを受けたってことか。ん? それでポイントがついたってことか? じゃあ、このポイント交換っていうのは何なんだ?)


 トールは試しに『治癒 50ポイント』と書いてある部分を指で触って『実行』を押す。


 パァーーーーー


 左手の人差し指を切って血が出ていたはずなのに、綺麗に傷口が塞がっていく。


「う、嘘だろう?! 傷口が治せるなら、俺、必ず生きて帰って来られるじゃないか!!」

 トールは、戦争に行っても必ず帰ってくる自信がついて、少し気分も前向きになることができた。


 ■■■


 戦場に出て三か月。


 一進一退を繰り返しながら、敵に侵略されないように昼夜問わず前線を守ってきている。

 多少の傷なら秘密のスキルで治してしまっていた。

 ただ、トールは自分は傷を負っていないのにも関わらず、近くにいる兵士が負傷した時にポイントが入ってしまうことが逆に辛かった。


 毎日ピコンピコンと、トールにだけ聞こえる音が鳴り続けるのだ。

 誰かが今、負傷したのだと理解してしまう度に、心が(えぐ)られるようだった。


 それでも貯まったポイントを使って、まだ息がある治せそうな人が周りにいたら銃弾が飛び交うのが落ち着いた時にこっそり治したりもしていた。トールは、助けられる命はできるだけ助けようと試みていた。


 そんな、ある日。

 トールは敵軍マーテル国に捕まり捕虜として連れて行かれてしまう。


(先日、エレナからの手紙に「妊娠していたのよ!」って書いたあったのに、なんでこんな時に捕まってしまうんだ。俺もこの不思議なスキルがあるとはいえ、いつ死んでもおかしくないな)


 こないだ書いたエレナ宛ての手紙には……トールの切った髪を少しだけ手紙に挟んでおいた。

(万が一、命を落としてもお父さんの遺髪だということと、「エレーナと俺に愛されて生まれてきた命なんだよ」と子供が認識してくれたら……いいんだけどな)


 トールは狭い部屋に十人が座って眠れるほどの収容所に入れられている。横になって寝る事ができない。

(生きて……帰りたいが……どうなるかわからないな)


 トールは同じ部屋にいた仲間が連れ出された後、二度とこの部屋に帰ってこなくなることが度々起こっている状況と、ピコンピコンと頭の中で音が鳴り続けていることから、何かしら罰を与えられたり、処刑されているかもしれないと考えていた。


 トールは、自分にも残された時間がないと判断して、夜中にこっそり壁際に向かって「ステータス オープン」と唱える。


(やはり『オプレスト(虐げられた)ポイント』と『デス()ポイント』が明らかに増えているな。ここから生きて出られる可能性は極めて低いということか……)


 部屋の一番奥に座って隠れて作業しているから、敵にも気づかれることなく操作ができる。


(えっと……ポイント交換は……)

 項目を見ていくと『殺人』『殺戮(さつりく)』にも交換できそうだ。


(こんな『殺人』なんて繰り返したって、憎しみの連鎖しか生まれないのにな……)

 トールは、敵国であっても彼らにも同じように家族がいて愛するべき人がいるし、同じ人間なのだと『殺人』『殺戮(さつりく)』を選ぶことはしない。


 トールが考えている方法は別のやり方だ。

 他のポイント交換の欄を探す。


(やはりないか……。ん? 備考欄がある。ここに入力すればできるかもしれないな。あとは、スキル譲渡の欄が確かあったよな……)


 トールは、自分の思っていた内容をそこに入力しておく。


『スキル 譲渡人 トール・フォレスト  譲受人 来世の自分』

 備考欄にも細かく指示を入力しておく。


 (本当は、もう一度使いたいなんて烏滸(おこ)がましいってわかっているんだけど、すまない。今までこのスキルを受け渡してくれた人にも申し訳ないけれど、今のままじゃだめなんだ。頼む! もう一度、俺に機会を与えてくれ!)


 トールは入力を続けながらも、来世でもこのスキルを使いたいと強く願ってしまう。

 他にも必要としている人がいるかもしれないのに、自分が持ち続けてもいいのか悩んだけれど……来世にもう一度自分がこのスキルを使うことを選択する


『ポイント交換 俺の死んだポイント+全てのポイント交換 → 戦争を終結させて平和条約締結+来世もエレナの傍にいられる確約』


(これで……この肉体でなくても、エレナの元に帰れるだろうか。俺が死んでも悲しまないでって伝えておけば良かったかな。生きて絶対帰ると約束したのに、果たせそうない。ごめんよ、エレナ)


 ■■■


 翌朝。


「おい、お前。こっちに来い!!」

 トールは縄で手足を拘束されたまま、別の場所に移動させられる。

 人として扱われていないことは、相手の殺気立った目を見ればすぐにわかった。


「ここに座れ!」

 指示通りに座ると、すぐに尋問が始まった。

 どこに弾薬庫があって、これからどういう作戦を立てていたのかなどだ。


「俺に聞かれても下っ端だから、そこまで知らない」

 正直に答えていても、白状しろと強要されて爪を一枚ずつはがされる。

 苦痛に顔が歪むトールの耳に「ピコンピコン」と音が聞こえる。

(オプレスト ポイントが貯まっている音か……)


 しばらく拷問に耐えたが、トールから何も情報が聞き出せないことがわかると、次は別の場所に向かうように言われて体中を(むち)で叩かれる。


 敵国マーテルは起爆装置をトールの身体に巻きつけて、シトロン国の陣地に何食わぬ顔で戻るように指示を出す。

(はっ。俺ごと陣地を吹き飛ばすってわけか。こんな危ない物を持って仲間の場所に戻れるわけないだろう。俺ができることは……一つしか残されていない)


 トールは昨晩、ステータス譲渡の手続きをしておいて良かったと心の底から安堵した。

(虫の知らせってやつかな)


 爆弾を巻き付けられたトールは、ゆっくりと味方の待つシトロン国の方面に歩いていく。

 もちろん、後ろからは敵が俺がきちんと役割を果たすか、ずっと銃口を向けたまま監視している。


(エレナ……本当にすまない。君の元に戻れることはないけれど……俺の命と引き換えに戦争が終わるなら……君が安全に暮らせるなら……許してくれないだろうか)


 トールは、溢れ出る涙をぬぐうこともできず、ゆっくりと味方のいる陣地に歩いていく。


(このトールの声で、エレナにもう一度「愛している」って伝えたかった。もう一度強く抱きしめて、キスしたかった。……生まれてくる子供に「お父さんだよ」って言って、抱っこしてあげたかった……)


 トールは、エレナと彼女のお腹の中にいて、これから生まれてくる子供とやりたいことが山ほどある。

 なぜ人と人が殺し合わなければいけないのか……この馬鹿らしい戦争を一刻も早く終わらせたかった。


(エレナ……どうか俺の死を嘆かないで。すぐに行くから。すぐに飛んで行くから……泣かないで待っていてくれないだろうか)


 病弱なエレナの出産に立ち会えないことが歯がゆい。

 エレナの両親も早くに病気で他界してしまっているから、彼女には身よりがないのだ。


(彼女を一人残して……逝くことがこんなに辛いとは思わなかったな。本当にすまない。愛しているよ、エレナ)


 俺はそう心の中で、エレナへのメッセージを伝えてから、シトロン国の陣地と敵との中間地点で起爆装置を自ら作動させて、命を散らした。


 ■■■


「オギャーオギャー」


「生まれましたよ! 男の子ですよ!」


 トールが命を()して行った、ポイント交換の効力で戦争はすぐに終結して平和な世の中に戻りつつある。


 トールは、命を散らせてしまったが、戦後すぐに新しい生を授かりまた同じ世界に戻ってくることができていた。



 トールが六歳になった時、念願だったエレナの横の家に引っ越してくることになった。

 前世と変わらない景色と街並みを見ながら、本当に戦争があったのだろうかとすら思えてしまう。


(よし、やっとエレナの元に帰ってくることができたな。スキル譲渡の備考欄に入力したことは、きちんと叶えてもらえて本当に良かった!! 素晴らしいスキルに感謝だ!!)


 トールは生まれ変わっても、偶然なのかわからないが「トール」と名付けられていた。


「初めまして~。隣に引っ越して参りました~」


 両親とトールは、エレナの家のドアをノックする。

(懐かしいな~。何も変わっていない! 玄関横の一緒に植えた木はずいぶん大きくなっているけれど。エレナに会うのは……六年ぶりだ!!)


 トールは、生まれ変わっても愛し続けていたエレナに再会できる喜びで胸がいっぱいだった。

 玄関の扉が開く前から涙がポロポロとこぼれてしまう。


「はーーーい! 今、行きます!!」

 元気なエレナの声を聞いただけで、我慢していた涙がとめどなく溢れてくる。

 もう待ち続けて積もり積もった感情を制御できそうにない。


(エレナの声だ!! 元気に……生きていてくれた!!)


 ガチャ 


 扉を開けて出て来たのは、トールと同じ背格好の男の子だった。

(あー!! 俺の子供か!! 同じ六歳だもんな!)


 初めての我が子との対面なのに、涙で視界がぼやけてよく見えない。

 トールは、急いで袖で涙を拭うと、目の前にある可愛い表情をよく見る。

(前世の……俺の子供の頃の顔によく似ているな!)


 その子供の後ろから、一番会いたかったエレナがひょこっと顔を覗かせる。

(少し痩せたのか……再婚したのかはわからないけれど、もし再婚していないのなら、女手ひとつで子育てしているのかもしれないな……でも、元気そうでよかった!!)


 トールは、再びエレナの顔を見ることができて、喜びを噛みしめている。

(隣人の子供という立場になってしまったけれど、見守ることができる場所に帰って来ることができて本当に嬉しい!)


「なんで泣いているの?」

「ちょっと目に砂が入ったんだよ」


(俺の初対面の印象は良くなかったかもしれないけれど、素直な子に育っているようで安心した!) 


 それからトールは我が子と仲良くなり、毎日一緒に遊ぶようになった。

 子供の名前は、マイケルという。エレナも再婚はしていなくて二人で生活しているのだと教えてくれる。


(せめて一緒に名前を考えてつけたかったな……)

 時々、父親としてできなかった経験を思い出して、少しばかりの残念な気持ちが蘇ってくる。

 ピーマンが苦手でスポーツが好きだけれど、かなりやんちゃな性格だということもすぐにわかってきた。


 トールは公園にマイケルと行くときも、


「危ないから道を渡る時は車がきていないか確認しないと!」

「ほら、女の子の髪をひっぱったら痛いからダメだよ!」

「人の家の塀に上ってはいけないよ」


 とついつい細かく注意をしてしまう。

 いい子に育って欲しいと願い、悪いことは悪いと理由も伝えながら、エレナの子育ての手助けになればいいと思っていた。


 そんなある日のこと。


 いつものようにトールはエレナの家の玄関扉をノックする。

 何だか家の中が騒がしい。


「お母さん! ねぇ、お母さん!!」

 マイケルが泣きながら母親の名前を呼んでいるのが、ドア越しに聞こえてきた。


 ガチャ


「マイケル! 中に入るよ!!」


 トールは、前世で住み慣れた家の中に入って、声のした部屋に走り寄っていく。


「トール! お母さんが倒れて動かないの!!」

(持病の発作か?)


 トールは、幼い頃からエレナと一緒にいたから、彼女が発作を起こすと倒れることを知っている。


「マイケル! エレナの薬を持ってきて!! 早く!」

「薬? 何の事? どこにあるの??」


(エレナは最近、発作が起きていなかったのか? マイケルに持病の話をしていないのか!)

 トールは、リビングの薬箱のところに走っていき、エレナの薬を探す。


「あった! これだ!!」

 トールは、見つけ出した薬を手に持ってエレナの傍に行く。

 彼女は苦しそうだけれど、意識はあるようだった。


「エレナ、はい。薬。今、水持ってくるから待ってろよ!!」


 トールは、エレナの口に薬を入れるとゆっくりと水を飲むように伝える。


「よし、よくできた。今から救急車呼ぶから、ちょっと待っていてくれ」


 トールは電話を手に持つと、住所を伝えて救急車に来てもらうことにした。

 すぐに到着した救急隊員に、エレナの持病、症状、生年月日、血液型など細かく伝える。


 エレナに身よりがなくて子供はマイケルだと伝えると、マイケルと状況の説明ができるトールも救急車に乗り込んで病院に向かうことになった。


 ■■■


 診察と検査が終わると、エレナの持病に合併症があることがわかり、入院手続きをすることになる。


「トール……お母さん、死んじゃったらどうしよう……」

「大丈夫。必ず助かるから」


 トールは息子であり、同級生でもあるマイケルの背中を優しく撫でる。

 病室に入ってマイケルが飲み物を買いに行っている間に、トールはエレナの横たわっている寝台に腰かけた。


「エレナ……二人っきりになったのは……久しぶりだね。こうして会えて……本当に幸せだよ」

 するとエレナの指がピクピクと動く。


(しまった! 俺が話しかけたせいで、エレナを起こしてしまったようだ)

 エレナの瞼がゆっくりと持ち上がり、ぼんやりした頭で六歳のトールを見つめてくる。


「あなた……トールなの? トール・フォレストなの??」

 どうやら、救急車の中でエレナの生年月日や血液型など、近所の子供が知るはずもない情報をスラスラと口にしていたのが、エレナの耳にも届いていたらしい。


「あぁ、戦地で……死んでしまって肉体は無くなってしまったけれど……こうしてまた戻って来られて嬉しいよ。ずっと愛しているよ。苦しい時に傍にいられなくて……本当にごめんね」


 トールは自分が死んでからの処理や、出産、女一人で働いて子供を育ててくれているエレナに謝罪をする。


「あなたに……もう一度会いたい、会いたい、会いたいって何度も何度も思っていたの。……たとえ姿が変わっても、私の愛するトールにもう一度会えて……本当に嬉しいわ!」

 興奮したエレナが、そこまで想いを口にすると咳き込んでしまった。


「さぁ、身体が辛いだろうからあまり話さなくていい。今、俺がエレナの病気を治してあげるから」


(そう。俺が来世にスキルを持って行きたかったのは……エレナを治すためだ。彼女の家系は病気にかかりやすくて短命だからな)


 トールは、生まれ変わった後、一度も使ってこなかった自分のスキルを発動させる。


「ステータス オープン」


 六年ぶりに四角い光が浮かび上がる。

(このスキルのおかげで生まれ変わることも……エレナに再会することも……彼女の病気を治すこともできる!!)


『ポイント交換 治癒』


 トールはずっと思い描いてきたエレナの治療を、やっと行動に移せる日が来たことを嬉しく思い、震える手で『実行』を押す。


 パァーーーーー


 エレナの身体が一瞬光ったと思ったら、すぅっと光は消えていった。


「もう大丈夫だよ。全て病気は治ったはずだから」


 トールは、横たわるエレナの頬に手を添えて、彼女の美しい瞳と視線を交わす。


「ありがとう。助けてくれて。ありがとう。会いに来てくれて」


 涙を流しながら言葉を紡ぐエレナの頬にキスを一つ落として、トールはその場を離れた。


 ■■■


 それから、十二年の月日が流れ、マイケルとトールは十八歳、エレナは三十六歳になった。

 トールはエレナの治療を行った後、すぐにスキルを譲渡を行った為もうスキルは使えない。

『このスキルを必要としている人+譲受人の言語に自動翻訳』と入力して手放した。


 誰がスキルを手にしたのかは、トールにはわからなかったけれど、自分のように苦境に立たされている誰かが幸せになることを強く願った。




「本当にいいのかい?」


 再び大人になったトールはエレナに確認をする。


「すごい年の差婚だよ?」

「トールじゃないとダメなの。あなたがいいの!」


 エレナはマイケルが十歳の誕生日を迎えた時に、「隣に住むトールは前世で、あなたのお父さんだったのよ!」と打ち明けた。


 マイケルは、「何、冗談言っているの!」と最初のうちは本気にしていなかったが、エレナの事もマイケルの事もいつも一番に考えて、困った時には必ず助けてくれる。


「親みたいに口うるさいなぁ」と同じ歳のトールに何度も感じたことがあったから、エレナに真実を聞いた時、「本当にお父さんだったのか……」とストンと心の中にあった違和感が消えていくのを感じた。



「ほら! 今日は結婚式なんだから。二人とも笑って!!」


 マイケルはカメラ片手に、もう一度夫婦になる二人に声をかける。


「ほら、写真撮るよ!」


「エレナ、ずっとずっとずっと愛している。また会えて……また愛せて、また伴侶にしてくれて本当に嬉しいよ」

「私もよ。愛しているわ」


 トールの涙を、白い花嫁衣裳のグローブをはめたままエレーナはそっと拭うと、二人は長い長いキスを交わした。

 もう絶対に離れない。トールは愛するエレナを強く抱きしめて心に誓った。



お読みいただきありがとうございます。


途中、悲しい部分もございましたがいかがでしたでしょうか。作品を楽しんでいただけましたら、

↓の★★★★★の評価、ブックマークをしていただけますと嬉しいです。


執筆の励みになりますので、どうぞ宜しくお願い致します。


この続きのお話もいくつか構想はあるので、今、書いている連載版が完結してからになるとは思いますが、連載版として書いてみたいなぁとぼんやり考えております。

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― 新着の感想 ―
前世トールがちゃんと死んだのも良いし、来世トールがちゃんと全うしたのも良かった。
このシリーズ好きです。たまったポイントをどう利用するのかの部分が面白いだけでなく、譲渡のところが特に良い…便利なものを自分や自分の周りだけでずっと持ち続けたい独占したい、ではなく、必要な誰かにと手放せ…
良質な読み応えでした。 ------------------------------------------------------ 戯れ言ですが。 手放すにしても、その前に、年齢差をスキルでどうにか…
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