第一話 雨の日
目覚ましの時計の音は非常に不快なものだ。
そんなことを考えながら吉沢幸史郎は布団から起き上がり、部屋のカーテンを開く。
とっさに目に入り込んできたのは土砂降りの雨。空から落ちてくる雨はかなり強く、学校へ行くことすら面倒に思えてくる。雨が降らずとも登校というものは幸史郎にとって面倒なのだが。
幸史郎は階段を下り、一階の洗面所で顔を軽く洗って鏡を見た。
少しパーマのかかった茶色い髪。目はとても鋭く、結構な長身である。
そのまま彼は台所へと着く。朝食の用意だ。
朝食を作る際はいつも二人分。自分の分と姉の薫の分だ。
毎朝早く起きて人の分まで作るのは苦ではない。今まで自分も母親に朝早く朝食を作ってもらったからだ。しかも四人分だから、その負担と比べれば自分の仕事はかなり軽い。
しかし、そんな生活も彼が五歳になる前に崩れ去った。
家族旅行に出かけたとき、交通事故に巻き込まれて幸史郎の父と母、そして妹が命を落としてしまった。
だが、幸史郎だけが幸いにも生き残ったのである。ただ右手首には金具が埋められたせいで曲げられる角度がかなり制限され、そして腹部と左腿には二度と治らないであろうピンク色に変色しまった。交通事故の呼んだ傷跡である。
家族の腐乱した死体に最も近く、そして最も長くいた幸史郎は身体と共に精神面でもかなりやられていた。時々、当時の事故を夢で見るのである。やたらと鮮明に。
狭苦しい中で充満したオイルの臭いと腐った肉の臭い。そしてそれらの臭いに我慢できず、嘔吐してしまったものの臭い。身体は気持ちの悪い脂汗とベタベタした血で包まれ、口の中は細かな砂利。今それを思い出すだけでも吐き気を催す程だ。
そして幸史郎は亡き父の兄である幡坂圭祐に預けられた。
彼には当時九歳の薫と、十四歳の圭次という子供がいた。彼の妻はそのときにはもう離婚していたらしい。
それから十二年が経った今、圭次は既に結婚して家にはいなく、薫は働かずに一日中家にいる。しかし、急に家を抜け出しては全く帰ってこないときもある。圭祐は日が昇る前に適当に食事を済ませて家を出ていき、そして真夜中に帰ってくるという幸史郎には理解しがたい生活。
幸史郎は手早く卵焼きと味噌汁を作り上げ、見計らったように炊き上がったご飯を茶碗の中に入れる。ふっくらと蛍光灯の光を反射する白米はとても綺麗だ。
そして自分の分をテーブルの上に置いた。薫は後から自分で食べているので、いちいち彼女の分をテーブルへは持っていかない。
幸史郎はテレビのリモコンを使い、ニュース番組を眺める。
相変わらず陰鬱なニュースしか流れない。女子高生や女子児童を狙った誘拐、海外で起きた食人習慣を持った男、子供たちだけで起きた謎のテロ、子供が泣きやまないという理由で五階のマンションから我が子を落とした親。
朝なのだからもう少しニュースを選んでほしいものだ。
そんなことを考えつつ幸史郎は朝食を終え、学校へ行く支度をする。
学校に行く気はそんなにないのだが、行かなければ薫の説教。つまらない説教を聞くくらいならまだ学校に行った方が時間の有効活用になるだろう。
幸史郎はテレビで時間を見てから、すぐに家を出てバス停へと向かった。
バス停は小さな小屋の様な造りになっているので、雨の日にはちょうど良い。
幸史郎は傘に付いた滴を落とすと、屋根の下にあるベンチに腰を下ろす。
もう夏に近づいているのだが、まだどこか肌寒さが残っていた。
このまま夏が過ぎ去ってしまえば幸史郎は嬉しいのだが、そうはいかない。基本的に熱い日々が苦手な彼には夏は天敵である。
高校に入り、もう第二学年。未だ新しい環境には慣れていないが、友人と呼べるような相手は出来た。それからは少し学校も楽しくなったけれど、まだ退屈さが残る。
最初から幸史郎は高校に進学する気はなかったのだが、圭次と薫は反対。圭祐は面倒事に首を突っ込む気はないようなので、どちらでも良かった様だ。
そんな時、幸史郎の待つバス停に一人の少女がやってきた。
短い黒髪、半袖の袖から伸びる透き通るような白い腕、そして何よりも印象的なのは赤い眼鏡の奥に光る碧眼だった。彼女は幸史郎と少し距離をとって座ると、腕時計で時間を確認。そして深く溜め息をつく。
そういえば、同じクラスだっけ……。
幸史郎は彼女に気付かれない程度に横顔を眺めながら記憶を辿った。
同じ教室で過ごす人間に幸史郎はそんなに興味がないので、ほとんど名前と顔が一致していない。ただ彼女の碧眼だけは妙に印象が残っていたおかげで、顔だけは覚えている。
そのまま少女とは何も話すことなく、バスが到着したので二人はバスへと乗車。
バスは徐々に加速をし、雨の中へと消えていった。
久々に長編小説に挑戦。
まさか恋愛とは程遠い自分がこんな小説書くなんて……、自虐ですね。ええ、本当に。
それと「雨色」ってどんな色? と質問されても答えられません。
自分の考える雨の日のイメージを色に表してください。
あと自分の周りは絵が下手な人が字が上手く、字が下手な人が絵が上手い人が多いです。
だからこれを設定の一部に組み込んでみました。
ちなみに私は両方下手です。
それと途中で失踪する可能性が結構高いです。
なので遅筆な、凄く遅筆な作者として見てください。
この言い訳は前作の長編でも言いましたが、気にしないでください。