シーと亡き王女のためのパヴァーヌ(改訂版)
《序章》
すべてのまことのひかり……
森の奥の樹の枝に、ひとつのクロアゲハ蝶の蛹が……
朝陽が眩しい……
細い枝に……
帯蛹の形態。
腹部先端を枝につけ、胸部に帯糸をかけ頭をのけ反せます。
黒い翅とオレンジ色の斑点が、透き通っています。
もうすぐ羽化が始まります……
背中が裂けました。
ぱりぱりという音とともに、触角や脚が引き出されます。
口を伸び縮みさせ、翅が伸び始めます。
脈のある透き通った翅が、朝陽に白く煌めきます。
まことに小さなひたいには、クローバーの模様が浮かんでいます……
すると、どこからかピアノの音色が聴こえて来ました。
儚くも美しくかなしい曲です……
しばらくしてクロアゲハ蝶は、見果てぬ光の中へ飛び立ちました……
《第1章》
まだ16歳の少女ハルナの自慢は、生まれつきのクリーム色の長い髪です。胸まである細く美しいクリーム色の髪……
時々、白い花形のヘアリボンを飾ります。すると、どこかの上級家庭のお嬢様のような気品が生まれます。誰もハルナが、家もない孤児だとは思いません。
鼻筋が通った卵型の輪郭に、長い睫毛の少し大きめの透き通った碧い瞳……
アゲハ蝶が人に姿を変えたなら、こんな美しい顔立ちになるでしょう。
しかしハルナには、生まれつきひたいの真ん中にクローバー模様のアザがありました。それは、痛々しくハルナの生い立ちを物語ってもいるようです。
今日も、ミモレ丈の少しふんわりした白いスカートにデニムのGジャンです。とても洗練されたセンス……
しかしいつもの服装というより、ハルナはこの服しか持っていません。もっとオシャレをしたいと思いますが、買うお金もありません。
ハルナの寝床は、仙台駅西口前の青葉通りに面した昨年閉店した老舗百貨店さくら野の西口玄関です。ちょうど玄関と連動して仙台市地下鉄駅へと通じる入り口があるため、百貨店の自動ドアは建物のいくぶん奥にあります。そのため雨を凌げるスペースが生まれ、ハルナはここを寝床にしていました。
ピンク色とオレンジ色の傘を広げて衝立として、鮮やかなグリーンの寝袋に潜り寝ています。それはまるでアゲハ蝶の蛹のようです。
朝、ハルナが寝袋から姿をあらわすのは、まるで朝陽を浴びながら羽化するアゲハ蝶のような美しさです。
《第2章》
太陽がビル群を、オレンジ色に染め始めました。ビルの窓ガラスが反射して、キラキラ派生しては煌めきます。
ハルナは、仙台の中心街の中央通りアーケードにやって来ました。スケッチブックを小脇に抱え、スカイブルーのショルダーバッグを肩から掛けて……
仕事を終えたサラリーマンやOL、授業を終えた学生などの若者で賑わっています。さまざまな雑音が、街の賑わいを誇張します。
ハルナはいつもの藤崎デパートの玄関から少し離れた場所に、ピンク色の花柄のバスタオルを敷いて座り、何枚かの画用紙を並べます。
それはハルナが描いたパステル画です。似顔絵が色鉛筆で描かれています。そして中央に、文章を書かいた画用紙を置きます。
《似顔絵描きます! 1枚300円。 ハーモニカによる1曲もサービス中!》
ほとんどの通行人は、ハルナに目もくれません。ときおり一瞥するだけです。中には蔑み、憐れみの薄笑いを浮かべて通り過ぎます。
女子高生たちの囁きも聞こえます。
──似顔絵って? 300円だって。
たくましー! なんかヤダー。
しばらくすると、1人の中年男が立ち止まりました。すでにやや縮れ気味の髪がほんの少し側面に残るだけの、銀縁メガネをして小太りでお腹も出ています。
ハルナを、じっと見つめます。
──おい! 1枚300円か? 高いな─。
まあいいや。1枚描いてくれ!
本日、最初のお客様です。
──はい、ありがとうございます!
ではこのイスに腰掛けて、しばらく動かずじっとしていてください。
ハルナは、簡易な折りたたみ式のイスを置きました。頭の薄い中年男は、面倒臭そうに座ります。
──時間がないから早くしてくれ!
──はい、かしこまりました。
ハルナはスケッチブックを取り出し、色鉛筆で素早く描き始めます。
その間、中年男はハルナの全身を舐めるように見定めます。細い身体のデニムのGジャンの奥の胸の膨らみ具合、ミモレ丈の少しふんわりした白いスカートに包まれた細い脚……
男は、銀縁メガネの細いひとえ眼に薄っすらとニヤケた表情を浮かべます。
5分ほどでハルナは、パステル画を完成させました。
──はい、お待たせいたしました! こちらでございます。
ハルナは精一杯の笑顔を浮かべて、画用紙のパステル画を頭の薄い中年男の前に差し出しました。
──なんだこりゃ? オレはこんな顔ではない。なんでこんなに髪がないんだ!
──そ、それは、
お、お客様の特徴でございますので。
ハルナは、焦ってしまいました。しどろもどろです。
中年男は、そんなハルナを見てニヤリとします。
──おい! こんな絵じゃお金は払えない。
しかしオレと付き合うなら、1万円払ってもいい。
こんな絵なんか描いていないでオレと付き合え!
1万円払うから。
へへへ、ホテルへ行って楽しもうぜ!
中年男は強引に、ハルナの細い腕を掴みました。
──!!!
しかしその瞬間、ハルナは腕を激しく振って振りほどきます。キッと中年男を睨みます。
──お客様!
気に入っていただけなかったのならお金はいりません。
わたしは、あなたのような心を持った男と、付き合う気持ちはさらさらありません!
ハルナのやや大きな声と強い口調に、そばを通る人たちが振り返ります。頭の薄い中年男も、嫌悪な周りの気配を感じました。
──ちぇ! ブスのくせしてエラそうに。
こんな下手な絵描きやがって!
中年男はハルナから画用紙を奪うと、くしゃくしゃに丸めて投げつけました。ハルナの頬をかすめ路上に転がります。
頭の薄い中年男は、素早く立ち上がると加齢臭を残して、そそくさと雑踏に消えました。
《第3章》
しばらくすると今度は、若いカップルが立ち止まりました。ブランドらしいベージュのワンピース姿にカラーの髪をアップした20代の女が、グレーのスーツ姿のポマードたっぷりのコームオーバーヘアの男に囁きます。
──似顔絵だって、ギンちゃん描いてもらったら?
女は男の腕を取り、甘えた声を発します。しかしスーツ男は、一瞬ドキリとしました。
ハルナの顔が、とても美しかったからです。しばらくじっと見つめてしまいます。
女はすぐに察しました。
─ギンちゃん何見てるの?
こんな貧乏臭い女、なんだって言うの!
こんな下手な絵に300円ですって、誰が描いてもらうのかしら?
それよりもお腹が空いたわ。
ギンちゃん早くご飯を食べに行きましょう!
着飾った女は、ハルナを勝ち誇った蔑んだ目で一瞥します。そしてスーツ男の肩に頭を傾け、ふっと薄ら笑いを浮かべました。
ハルナは、そんな女を黙って見送ります。
女のCHANELの香水が漂います……
《第4章》
しばらくハルナを一瞥しては、薄ら笑いを浮かべたり、蔑んだりする人たちが通り過ぎるだけで、誰も立ち止まってくれません。
ハルナのお腹が鳴りました。今日はまだ何も食べていません。お気に入りの小さく古ぼけた蒼いサイフに、もういくらもお金は残っていません。
このまま1人も客が立ち止まってくれなければ、駅の洗面所で水を飲むだけでしょう。
そんな思いがよぎった時、1人の背の低い女性が立ち止まりました。じっとハルナを見つめます。
ハルナは、びっくりしました。
その女性が、とても変わった顔をしていたからです。黒人のように縮れた短い髪に極端に大きなひたい、肌は焦げ茶色でとても日本人には見えません。背も子供の身長ぐらいしかありません。
しかしその大きなひたいに埋もれるようなしかし大きな瞳は、とても澄んだ目をしていました。
ハルナは、また焦ってしまいます。
──い、いらっしゃいませ!
似顔絵を描いています。よかったら1枚どうですか?
異様な容姿の女性は、微笑んだはずです。あまりに巨大なひたいは、表情さえかき消します。
──は、は、はい!
ぜ、ぜ、ぜひ、お、お、お願いします。
こ、こ、こんな私でよければ。
どうやら、この異様な容姿の女性はひどい吃りのようです。
しかしハルナは、満面の笑みを浮かべました。
──はい! ありがとうございます。
ほんとうにありがとうございます!
思わず上ずった声で、簡易なイスを置きました。
女性は頷くとゆっくりとイスに腰掛けて、ハルナに微笑んだはずです。
──は、は、はい。
と、と、とても、え、え、えがおじょうずですね!
ハルナは、改めて女性の顔を見つめました。やはり黒人のように縮れた短い髪に、極端に大きなひたい、そして焦げ茶色の肌……
一瞬、ハルナは迷いました。このままの姿を描いていいものかと。
しかしハルナは、すぐに見たままの姿を描くことに決めました。真実こそが1番美しいからです。
──ハ、ハ、ハーモニカ。ふ、ふ、ふいてもらえるのですか?
異様な容姿の女性は、おそるおそる質問します。
──はい! さようでございます。
サービスとして、とても美しい曲を、吹かせていただきます!
ハルナは、ふたたび満面の笑みで応えます。アーケードの天窓から、最後の夕陽の赤い筋が二人を照らします。
《第5章》
ハルナは懸命に描きました。
女性の顔を、そのまま描きました。黒人のような縮れた短い髪、巨大なひたい、焦げ茶色の肌、そして澄んだ瞳……
──できました。お待たせいたしました!
いかがでしょうか?
ハルナは、おそるおそるパステル画を女性の前に差し出しました。女性の異様な顔はそのままに、しかしどこか透き通った表情が浮かんでいます。
女性は、熱心に見つめます。そして巨大なひたいの頭を、ゆっくりと下げました。
─あ、あ、ありがとうございます!
と、と、とても素敵な絵です。
ほ、ほ、ほんとうにありがとうございます!
ハルナは安堵するとともに、喜びに満ちました。ハルナと女性は見つめ合います。
──さて、それではお約束のサービスとして、1曲ハーモニカを吹かせていただきます。どうかお聴きください!
ハルナはスカイブルーのショルダーバッグから、使い古されたハーモニカを取り出しました。はち切れそうな笑顔を女性に向けると、立ち上がってハーモニカを静かに吹き始めます。
ゆっくりとしたメロディ……
それはそれは儚くも美しくかなしい曲……
ハルナがまだ小さかった頃、いつも森の中で聴こえていた曲……
いつの間にか覚えました。
ハルナは、ハーモニカを吹きながら軽くステップを踏みました。ミモレ丈の少しふんわりした白いスカートが揺れて、まるでパヴァーヌの舞踏のようです。
──Ravelの「亡き王女のためのパヴァーヌ」──
Ravelが、ベラスケス作のマルガリータ王女の肖像画からインスピレーションを受けて作曲したという儚くも美しくかなしい曲……
そして、ハルナが小さな頃から森の中でずっと聴いていた曲……
商店街のアーケード内に、儚くも美しくかなしいハーモニカの音色が響きました。何人かの人たちが、足を止めます。美しい音色に聴き入ります。
ゆっくりとゆっくりとした音色が、仙台の雑踏の街を清浄な世界に蘇らせます……
《第6》
紺碧色の夜空にはたくさんの星たちが、はるか彼方から何億年もかけて光を届けています。ハルナは、夜空を見上げます。
星たちの囁きを聴こうと思いました……
今日はとても嬉しい1日でした。
黒人のような縮れた短い髪に巨大なひたいの女性が、ハルナの似顔絵を買ってくれました。しかもハルナのハーモニカの音色に涙を流し、お礼にと1万円札もいただきました。
ハルナは久しぶりに銭湯で髪と身体を洗い、定食屋で白いご飯を食べました。
温かい味噌汁に、涙が溢れました。
今日はお腹がいっぱいだし、ぐっすり眠れそう……
ピンク色とオレンジ色の傘を広げ、鮮やかなグリーンの寝袋に潜りました。ビルの隙間から、ほんの少し紺碧色の空に煌めく星たちが覗いています。
そう言えば、あの異様な容姿の女性は、最後に不思議なことを言いました。
──ハ、ハ、ハルナさん! あ、あ、あなたはもうかれこれ3年も似顔絵を描いて来ましたね。
つ、つ、つぎが100枚目の似顔絵になるはずです。
そ、そ、その100枚目の似顔絵を描く時、あなたに必ず奇跡が起こります。
け、け、けっして忘れでください!
あの異様に巨大なひたいの女性は、澄んだ瞳を潤ませて話してくれました。次の100枚目に奇跡が起こると。
ハルナは、いつの間にかうとうと眠りにつきました。今日はいろんなことがありました。
まだわたしは生きています。
すると1人の男が、さくら野百貨店の西口玄関前で眠るハルナの寝袋を、道路の向かいから、獲物を見つけ出したオオカミのような目つきで見つめていました。
どうやら、ハルナの跡を追って街中を探し回っていたようです。スーツ姿の男は人気が途絶えた隙に、道路を渡りハルナの寝袋に近づきました。
僅かに星明かりに浮かび上がる鮮やかなグリーンの寝袋を、見下ろします。
──フフフ、 今晩はこの女と楽しませてもらおうとするか。とびきりの上玉だったからな!
星明かりに、グレーのスーツ姿が浮かびます。
なんと夕刻、ハルナを小馬鹿にしたベージュのワンピースの20代の女性に、ギンちゃんと呼ばれていたポマードたっぷりのコームオーバーヘアの男です。ブランド女性と都合のよい理由を見つけて早めに別れ、ハルナを狙っていたのです。
スーツ男は、ふたたび周りを見渡し人気がないことを確認すると、静かにグリーンの寝袋に卑しく跨ります。
ハルナはもうすっかり熟睡しています。男の存在に気づきません。
息を殺し頭にある寝袋のジッパーに手をかけ、開けようとします。
その瞬間!
──ウー、ワンワンワン! ワンワンワン!
暗闇の玄関の奥の方から、犬の激しく吠える声です。
大きな身体の茶色の毛並みの犬が、激しくスーツ男に向かって吠え続けます。今にも跳びかかる勢いです。
──ひぇー、なんだこの犬は!
スーツ男は、恐れをなして寝袋からすぐに立ち上がります。一目散に駆け出しました。すぐに躓きよろめきながら……
大型犬は、スーツ男の姿が見えなくなるまでじっと見届けます。けっしてふたたび戻ることがないように……
ようやく見えなくなると、ブルっと身体を大きく震わせ暗い玄関下に戻ります。うつ伏せになり、ハアハアと長い舌を出して息を整えます。
この大型犬は、あの異様に巨大なひたいの女性が自分の愛犬を、野宿をするハルナを心配して用心棒としてそばにおいてくれたのです。
星明かりが、僅かにグリーンの寝袋を照らします。ハルナは、何も気づかずにアゲハ蝶の蛹のようにじっと深い眠りのままでした。
《終章》
アゲハ蝶が蛹から羽化したように、ハルナが鮮やかなグリーンの寝袋から身体を出しました。
もうすっかり朝陽は登っています。
薄暗い玄関下では、茶色の毛並みの大型犬がうつ伏せに寝ています。ハルナは、スカイブルーのショルダーバッグから飼い主である異様に巨大なひたいの女性からもらった犬用のドライフードを、丸いステンレス製の容器に移しました。
ようやく大型犬も、顔をもたげてハルナを見つめます。
──おはよう! お腹空いたかな?
今すぐに朝ご飯にするからね!
ハルナの弾んだ声が響きます。山盛りのドライフードのステンレス製の容器を、大型犬の前に置きました。
大型犬は、ブルっと身体を大きく震わせるとゆっくりと食べ始めます。
──さーて、今日は日曜日! 昼間から営業開始。
ついに、100枚目のお客様に会える日!
でも奇跡って、いったいどんなことなんだろう?
ハルナは、大型犬の頭をそっと撫でながら澄んだ青い空を見上げました。今日は雲ひとつない快晴です。爽やかな風が頬に触れます。
ハルナは、お気に入りの白い花形のヘアリボンをクリーム色の髪に飾りました。できる限りのオシャレがしたかったのです。こんなわずかなオシャレでも……
ハルナと茶色の毛並みの大型犬は、いつもの藤崎デパートの玄関から少しは離れた場所に着きました。
ハルナは、いつも通りピンク色の花柄のバスタオルを敷いて座り、大型犬もその横にうつ伏せになります。
画用紙を並べて準備完了です。日曜日とあり、いつもより通りは混雑しています。
なんだかとてもドキドキして来ました。
──100枚目のお客様はどんな方だろう?
奇跡ってなんだろう。
こんなわたしにも幸せが訪れるのだろうか?
今日は何となく、すぐにハーモニカを吹いてみたくなりました。
スカイブルーのショルダーバッグから使い古したハーモニカを取り出し、立ち上がって静かに吹き始めます。ミモレ丈の少しふんわりした白いスカートをなびかせてステップを踏みます。
いつものあの曲……
儚くも美しくかなしい曲……
午前の日差しがアーケードの天窓から降り注ぎ、ハルナと茶色の毛並みの大型犬を包み込みます。道行く人には、ハーモニカの調べと相まってそれは眩しく美しく見えました。
すべてのまことのひかり……
その時です……
茶色の毛並みの大型犬が、ムクッと立ち上がりました。混雑する通りの東の方を、じっと見つめます。
──ウー、ワンワンワン! ワンワンワン!
ついに大型犬が、我慢し切れず吠え出します。
人混みの中から、白とゴールドの毛並みの小型犬とリードを握るひとりのおとこが見え隠れします。
小型犬も吠え出しました。
──ワンワンワン! ワンワンワン!
ライトブラウンの髪にTiffanyのsilverのサークルピアスのおとこが、小型犬とともにハルナの目の前で立ち止まりました。
やわらかに微笑んでいます。おとこは、ハルナのひたいの真ん中のクローバー模様のアザを見つめています。
ハルナは、緊張しながら長い睫毛の透き通った碧い瞳で見返しました。自慢のクリーム色の長い髪が、風になびきます。
──この犬の似顔絵を描いてください!
シーズーのシーといいます。
──はい、ありがとうございます!
ほんとうにありがとうございます。
ならシーちゃんが、わたしの似顔絵の100枚目のお客様になります。
ハルナは、躍る思いで急ぎスケッチブックを取り出しました。おすわりをしてピンク色の舌をちょっとだけ出した、シーの似顔絵を描き始めます。
シーはハルナの姿を、つぶらな瞳でじっと見つめます。ハルナは、シーの表情にニコッと微笑みかけました。
──シーちゃん! じっとしていてね。
すぐに描き終わるから!
するとライトブラウンの髪にTiffanyのsilverのサークルピアスのおとこが、静かに話し始めます。
──ハルナさん!
まだ君はとても小さかったから、覚えていないと思うけど……
俺はユッキーといいます。
君を探し出すのに、とても時間がかかってしまいました。ほんとうに申し訳ない。
君のお父さんとお母さんには、とてもお世話になりました。今日はご両親との約束を果たすために君を迎えに来ました。くわしいことは、ゆっくり時間をかけてお話しします。
森へ帰りましょう!
君のお父さんとお母さんが暮らしていた森へ……
森には、ご両親が暮らしていた家が残こされています。もう野宿をする必要はありません。
ずいぶん苦労をかけてしまいましたね。
つらかったでしょう!
申し訳ない。ほんとうに申し訳ない。
ユッキーのやや大きめの瞳が潤んでいます。シーもつぶらな瞳でハルナを見つめたまま、めいいっぱいしっぽを振ります。
ハルナは、シーの似顔絵を描き切りました。シーの丸い顔とピンク色の舌をちょっとだけ出した得意の表情です。
ただこの絵には、ハルナの涙の雫が夜空の星のように煌めいていました。
すべてのまことのひかりです……