心地よいひ
仄暗い闇の底からくぐもった声が聴こえる。
耳を澄ますと、声は段々と輪郭を帯びてきて、助けて助けてとうめく少女のものだとわかった。
ちょうど両の手を輪にしたくらいの穴が、古ぼけた洋館の床の隅に空いている。
部屋はからからに乾いており、床板が足元でキィと音を立てた。
色褪せた見事な織りの絨毯の上にも、もう何十年も火を入れていない暖炉の上にも、その上の豪奢な金縁の写真立てにも、埃がこんもりと雪のように積まれている。
ほとんど自然に還ったようなボロのビロードの隙間から、陽光が差し込んでいる。風の全く無い日で、日に照らされて埃がキラキラと静かに蠢いている。
キレイだ、と思った。
少女を穴に突き落とした華奢で真白な自分の両手をかざして、肌が赤く透けるのを眺めていた。
自分がやってのけた事と、世界の素朴な美しさとの対比にクラクラしていた。どこか他人事のような気持ちで。
ずっと彼女のことが目障りだったのだ。
床板に大きな亀裂が入っていた。
少しくらい痛い目を見たらいい、彼女の背中を押したら、床板が抜けてずっと下まで落ちていったんだった。
窓の外が暗くなった。
あたりは無風なのに、上空は風が強いんだろう。雲がすいすい流れていく。大きな雲の陰に入ったんだ。
そのうち微かなうめき声も聴こえなくなった。