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海上都市スイートピー

☆☆☆


私とフェイクールミー・ジェミニとの出会いから五年ほどが経った。

あれからお互い色々あり、(主に剣術の訓練とか騎士団に入ったりなど)

私たちは現在、王国騎士団五番隊に配属されて騎士としての仕事に励んでいる。


しかもフェイクールミー・ジェミニ。

彼は聖騎士見習いということもあって現在は五番隊隊長を任されている。

そのため、私も彼を隊長という呼称で呼ぶことがある。


というか、その呼称が自分の中で定着してしまっており、愛称などで呼ぶと何となく気恥ずかしくなってしまう。


あ、一応言っておくと恋とかではない。

本気で、マジで、こいつだけはない。


因みに隊長とは協力関係ということもあって初めて会った高台で訓練の後に話すような間柄になった。

……今も


「はあ」


私がそんな風に考えていると隣からため息を吐く声が聞こえる。

しかも、あからさまに話を聞いて欲しいとばかりに方を竦めて、腕を組みながらチラチラとこちらを伺ってくる。

自己主張激しすぎだろ。

しかも、めんどくさいタイプの


「どうしましたか?隊長。」

「いやさ、この前、盗賊の討伐が終わった後に多少時間が空いただろ?」

「ええ、まあ」

「その時間を使ってヴィル先生に会いに行ったんだけど、なんと、なんと‼」

「なんと?」

「リリが俺のリリが出稼ぎのためにパン屋で働いているそうだ」

「そうですか。それは良かったですね。」

「な、なにが良いんだぁぁぁぁぁぁぁ‼ リリの可愛さが世界に、他の奴らに広く知られることになるんだぞ⁉

きっと、今頃看板娘になって、毎日、パンを買いに来た男たちに求婚されてるんだ~。

俺の、俺だけのリリなのに~。

しかも、あれから五年程たってるし、きっと色々成長してバインバインになってるんだ。

バインバインで街を練り歩いてるんだ。

下卑た男たちはそれを見てゲヘへへへへとか言ってるんだ。」


…いや、バインバインって女性に対して使う言葉じゃないだろう。

デリカシーの欠片も無いのか?

母親の腹の中に置いてきたのか?


「まあ、色々、言いたいことはありますが、リリさんって私たちと同い年なんですよね?

なら、まだ十歳じゃないですか。その………胸はそこまで育っていないのでは?」

「いいや、リリならおっきくなってるね。おっぱいも尻も、もうぼっきゅぼーんなグラマラス美女になってるね。

く~、リリに言い寄る彼氏面した勘違い野郎が出たら俺が叩き斬ってやる」

「やめてください。聖騎士の名に傷がつきますよ?」

「そんなもん、いくらでもつけてやる。

そんなことより、このクソッタレな騎士団から抜け出した暁にはリリのぼっきゅぼーんな体を……へへ、ゲヘへへへへへ」


ゲヘってるのはお前じゃないか


……盗賊よりも先にこいつを討伐すべきかもしれない。


私は無意識に抜刀しそうになるのを正義感と嫌悪感の中に残った僅かな理性で押しとどめる。

危ない、危ない、こいつはこれでも聖騎士見習い。切り殺したら責任を取らされて、最悪死刑になってしまう所だった。


まあ、こんな奴だから、正直恋愛対象としてはなしだ。


……こいつがこんな態度ながらも一途であり、その恋を何だかんだ応援してやりたいっていうのもあるけど。


「そう言えば次は海上都市の近くを根城にする盗賊の討伐だっけ?」

「そのようですね。海外から輸入しても輸送の途中で盗賊に強奪されてしまうので、解決が急務だとか」

「今まで王都から出たことないから、不謹慎だけどちょっとドキドキするな」

「そんなものですか?」

「ああ、そんなもんだ」


命のやり取りをするのにこう言ったマイペースな所があるのは彼が聖騎士の血を引くからなのか、それとも隊長本来の気質か……


どっちにしても中々の胆力を持っているということに違いはないため気にしないことにした。


気にした所で意味もないし。


「さて、私はそろそろお暇しようと思います。」

「あれ? もう行くのか?」

「ええ、騎士団の訓練が終わってから相当時間が経っているようですし、お父様に何をしていたか聞かれた際に誤魔化すのが面倒ですので……」

「ふ~ん、お前も大変だな。俺の所は騎士団として仕事してれば特に何も言われないからな~。」


あっけらかんと言っているけど、それって……


いえ、私が口を挟めることでは無いですね。

仮に私に出来ることがあるとすれば、それは隊長が騎士団を抜ける際の手助けや後処理だけ……


「そう言えば、隊長。お金の方はちゃんと貯めてますか?屋敷の人間に預けてませんよね」

「ああ、勿論。隠れ家をいくつか用意してそこに分割して貯めてるよ。

聖騎士の奴も屋敷の奴も俺にそこまで興味ないから、そこは上手くやれてる。

後はショコラが騎士として確固たる地位を確立するだけだぞ」

「ええ、精進していきます」


私は隊長の言葉に頷く。


聖騎士見習いの人間が騎士を辞めるなんて容易なことでは無い。

聖騎士が頑なに自分の娘たちを聖騎士見習いにしようとしなかったのはそれが原因の一つでもあるだろう。


隊長とて例外ではない。

むしろ、娘たちの代わりとして聖騎士は否が応でも体調を聖騎士にしたがるだろう。


だからこそ、私たちはフェイクールミー・ホーリー・ジェミニという男を一度殺すことにした。

勿論、物理的に殺すわけではない。

書類上で殺すのだ。


そのために、私がいる。


筋書きとしては、関係が良好であり、お互いに行動することが多い直属の部下である私と共に休日に街の見回りをしていた所、覆面をした男たちに囲まれ応戦するも破れ、隊長は命を落とす。

ただ、こちらも手傷を追わせ、仲間の何人かを道連れにしたため、相手は隊長の亡骸を抱え逃走した。


これを上に報告すれば、隊長は死亡扱いになるだろう。

勿論、私自身、自分で自分の体に多少の手傷を負わせる必要はあるだろうが、殆どの敵を隊長が引き受けてくれたことにすれば大丈夫だろう。


このシナリオから相手は聖騎士の一族の肉体を狙っていたことはわかるだろうし、それなら自ずと聖騎士を標的にしたがるはずだ。


何故なら、聖騎士から目を離せば、命の保証はない。

彼らのことについて知っている人ほどそのことを痛いほど感じているだろう。


ただ、だからと言って私たちを相手に悟られずに接近するには少人数で行動するしかない。

つまり、聖騎士の難攻不落さ、絶対性が私たちの嘘を本当のように錯覚させるのだ。


勿論、聖騎士を少人数で倒せる人間など本当にいるのかは分からない。

国の上の人間も聖騎士の強さを信じ切っているだろう。


……もう、そこら辺は名家として培ってきたラヴコールの持つ信頼で何とか押し通すしかない。


「……後、少しだな」


隊長も同じようなことを考えていたのだろう。

感慨深そうに呟いた。


「ええ、そうですね。ただ、今は……」

「ああ、海を全力で楽しもう」

「いえ、任務ですので真剣にお願いします。

ここでうっかり、盗賊に殺されましたなんて、笑えませんよ?」

「ああ、そうだな。まずは盗賊、その後遊ぶ、どっちも全力だ‼」


不安で仕方ないが、多分、大丈夫だろう。

この人はこんなことを言っておきながら何だかんだ何とかしてきているのだ。


「では、失礼しますね」

「ああ、次は遠征でな」


今度こそ、私と隊長は別れた。


☆☆☆


あれから二日ほどが経ち、私は衣服など、必要最低限の荷物を持ち、王国騎士団の訓練場に来ていた。

「よし、集合時間に全員、間に合ったようだな。それではこれより、盗賊と接敵しない経路で一度海上都市スイートピーに向かう。

言いな‼」


隊長の言葉に合わせ、私たちはその言葉にただ静かに騎士の礼を取る。

その様子に隊長は満足気に頷く。


因みに余談ではあるが、これからの予定は一度、海上都市により、海上都市を納める貴族に話を聞き、盗賊団の規模と特徴について話すこととなっている


「では、補給係はワゴンに騎士たちの荷物を入れてくれ。

それと、既に確認済みだとは思うが、ワゴンに遠征用の備品が全て積まれているか、再度確認してくれ」


「はッ‼」


私と新入り数人が隊長の言葉に返事をし、ワゴン、運搬用の馬車の中の備品の確認と先輩の騎士達の荷物を馬車に積んでいく。


こういった雑務は基本的に新入りである私たちの仕事であり、実際の所、二日間の休みに関しても、遠征のための買い出しやワゴン及び馬を借り受けるための手続きで潰れていたりする。


まあ、手続きや買い出しには隊長も付き合ってくれたので大分楽ではあったが…、特にあの腕力は買い出しにおいて便利すぎる。


今後も是非付き合って欲しいくらいだ。



そんなことを考えながらも作業は終わる。

備品漏れはなし、先輩たちの荷物も積み終えた。


「備品問題なし、先輩たちの荷物も全て積み終わりました」


私がそう告げると隊長は頷く。


「それでは厨車で馬を借り受け、移動を開始する」


「はッ‼」

私たちは厨車に向かい馬を借り、町全体を覆う城門を抜けて海上都市スイートピーを目指し、進んでいく。



☆☆☆


あれから、幾つかの街で補給などを続けながら、私たちはスイートピーを目指した。

道中は特に何もなく進んでいたため、予定通りの道程と言えるだろう。


まあ、騎士の遠征のトラブルなど戦時でもなければ自然災害か他国の工作員からの襲撃しかないだろう。

ただ、工作員に関してもこの時期は襲撃を仕掛けてくるとは考えづらい。

というのも、現在のフェアリレスト王国は聖騎士の他に聖騎士見習いという自由に動かせる強力な駒を持っている状態であり、手を出そうものなら逆に難癖をつけられ、侵略される恐れがある。


他の国もそれを恐れるため、この時期は他国も比較的、静かになる。


しかし、私が周囲を警戒していると不意に不思議な匂いが鼻腔をくすぐる。

嫌な臭いという訳ではない。本当に不思議な匂いとしか言い表せない。

もしかしたら、


「隊長。何か不思議な匂いがします。もしかしたら、何らかの薬品が使われているのかもしれません。」

「ん? ああ、潮の香じゃないか?」

「しお?」

「海の匂いってことだな」

「海は、匂いがするのですか?」

「おう、ほら、見えてきたぞ」


隊長が指を指すと一面に広がる水溜りが見えてくる。

ただ、水溜りと違って常に水面が揺らいでいる。

……もしかして、水たまりの下に巨人がいて、水を揺らしているのだろうか?

私はそこまで考えて首を横に振るう。

いくら何でも馬鹿馬鹿しい考えでした。

巨人はおとぎ話の存在。

そんなものがいるはずありません。


ただ、不可解な点がもう一つある。

それは海がとても青いのだ。

水溜りであるなら水は透明化、泥の色である茶色でなくてはおかしいと思うのだが、何故青い色をしているのだろうか?

誰かが絵の具を落としてしまったのだろうか。

大量に落としてしまったなら、そう言うこともあるのかもしれない。


「どうだ、夢みたいだろ?」

「ええ、そうですね。」


もしかしたら、隊長は私が首を横に振ったのを何か勘違いしたのかもしれませんが、夢みたいと感じたのは本当です。


じゃない、本当だ。


「盗賊を討伐した後、何日か滞在する予定だから、この街一緒に見て回ろうぜ」


まあ、悪くないだろう。

荷物持ちには丁度良いし、一人で回るよりは気晴らしになるだろう。


「そうですね。別に良いですよ。ついてきても」

「な~んで、お前はそんな偉そうなんだよ」


隊長はやれやれとばかりに首を振る。

何でそんな態度何ですか、男所帯の騎士団で働く女とは言え、一応名家の出なんですよ⁉


いや……名家の出なんだぞ?だろうか


…………どうでもいいことか、隊長なんかに思考が乱されてしまうとは私もまだまだ鍛錬が足りないらしい。


私が再度、首を振ると隊長がこちらを見て「大丈夫か」と言ってきた。


そんな隊長の頬何となく引っ張った。


「いたっ、何で引っ張るんだよ‼」

「すいません。何となくです。」

「ちっ、隊長、ショコラ、ちゃんと周囲の警戒してくれませんかねぇ~」

「あ、ああ、すまない」

「すいませんでした。」


五番隊の中でも最古参であり、次期隊長と言われていた男が私と隊長に苦言を呈する。

本来は上官に対して苦言を呈するなどよっぽどなことがなければしないのだが、あの男からすれば隊長は入ってきたばっかりの新人が家の威光で自分の上官になったのだからさもありなんといった所だろう。


後、私に関しては当然だ。

後輩が先輩を差し置いて警戒を行っているのだから……



そんな一幕もありながら、私たちは順調に進んでいき、遂に海上都市スイートピーに辿り着いた。


☆☆☆


海上都市スイートピーはとても賑やかだった。

王都も人が多くいるため、賑やかではあるのだが、スイートピーは何というか活気があるというか、生き生きしているというか、とにかく、毎日同じことの繰り返しである王都とは違う感じがした。


隊長が領主と話している間、領主が王国騎士団のために用意してくれた宿の窓からスイートピーを眺めていると、隊長の声が耳に届いた。


「帰ったぞ。今から盗賊に関しての情報の共有を始める。全員集合しろ。」


私は私のために用意された個室の戸を開け、隊長の下に向かう。

因みに、私は女騎士であるため、他の平騎士と違い個室を用意されている。

そのため、あまり他の騎士との仲は良くなかったりする。

まあ、それだけではなく、名家の出というのも多分に関係はするのだろうけど……


だからこそ、情報に関しては聞き逃しをしないようにしている。

勿論、聞き逃しても隊長に聞けば教えてくれるだろうけど、それは私のプライドが許さないのだ。


私はそんなことを考えながらもしっかりと階段をおりて、隊長のいる食堂に向かう。

スイートピーでは全員が集まれる食堂で作戦会議をすることになっているのだ。


「お待たせしました。隊長。」

「おお、早いな。ショコラ」


その言葉に周りを見渡せば、食堂は伽藍洞であり、まだ私以外誰も来ていないことが分かる。

他の騎士たちはまだ部屋の中だろうか?


「どうだったんですか?領主との話合いは?」

「ん、ああ、盗賊の話以外は自分と領地の自慢話だよ。

次期剣聖に名前を覚えてもらいたかったんだろうな。」


心なしか何時もよりぐったりした様子で隊長はそう答えた。

元々、市井で暮らしていた隊長からすれば領主の話なんて酒の肴にもならないくらい下らない話だったのだろう。

生まれたときから騎士の名家で育った私からしても退屈な話だろうし……

何より相手は隊長本人ではなく、隊長が持つ次期剣聖の肩書きにすり寄って来ている。

それもまた隊長を微妙な気持ちにさせているのだろう。


ただ、商人やちゃんとした貴族ならそう言う話から自分の利益になる話を探し出したりして有意義な話合いにするんだろうけど。


「では、盗賊の話はどうだったんですか?」

「ああ、その話は……。」


隊長はそこまで言うと私から目を離し、上を向く。

私もその所作につられて上を向く。

どうかしたのだろうか?


「隊長?どうかしましたか?」

「いや、盗賊に関してはみんなが来てから話そう。

それより、そっちはどうだ?

待機中は何してたんだ?」

「待機中ですか?待機中は窓から外の様子を見てました。」

「へぇ~、退屈はしなかったのか?」

「はい、王都とは活気というか、街並みというか雰囲気でしょうか?全然違って見入ってしまいました。」

「そうか、確かに俺もこの街の様子にはびっくりしたな。」

「そう言えば、隊長は海に行ったことがあるんですか?」

「え、いや?何でそう思うんだ」

「いえ、私が海の匂いについて反応した際に直ぐに潮の香りだと気づいていたので……」

「あ、ああ、本で読んでいたからな。スイートピーと現在の行軍の距離から考えてそうなんじゃいかって思ったんだよ……」

「………そうですか……」


それにしても落ち着き払っていたような気がするが……

普通なら念のためにも部下に確認をとっても良いような気がするのだけれど。

いや、私が気にしても仕方がない事だ。


実際にスイートピーに来てからはこの不思議な匂いが町中に充満しているわけだし、隊長にも言いたくないことはあるだろうからこれ以上気にしても仕方がないか。


私は自分の中にある疑問にそっと蓋をする。

気にならない訳ではないけれど、聞いてもはぐらかされるだけだろうし、これでも隊長との関係は上司と部下であると同時に一時的な協力者でしかない。


家族でも親友でも友人でも恋人でもない。


ならば、黙るしかないだろう。


「いや~、良く寝た良く寝た。おっと、隊長、遅くなってすいませんね~。

久々の遠征でちょっと疲れちまって寝てましたわ。」


そう言いながら入ってきたのは五番隊でも最古参の男であり、隊長が入隊するまでは

五番隊の次期隊長と目されていた男だった。

そして、その男の後ろから続々と騎士たちが入ってくる。


隊長はその様子を横目で見る。

特別怒っているようには見えない。


ただ、私からすれば貴族との話が終わればその情報共有が行われることは分かっているのだから、直ぐに行動を起こせるように待機すべきではないかと思わないでもない。


実際、五番隊の次期隊長と目されていた男は入隊前にお父様から仕事に実直な男だという話を聞いていた。


噂と実際に見るのではこうも違うものなのだろうか。


「いや、構わない。俺がスイートピー卿と話している間は休んでいて良いと言っていたからな。」

「いや~、流石。次期聖騎士殿は器が広い。食ってるものの違いですかね?

なんてったって聖騎士見習い殿はその日暮らしをしていた俺達とは違って毎日豪勢な食事を腹いっぱい食えるんですもんね?」

「ははは、そうかもな」


五番隊の次期隊長と目されていた男。

……流石にずっとこの呼び方するのもあれだな。

彼の名前はモブストロング・モメント


愛称はモブスらしい。


話はそれてしまったが、そんなモブストロングが隊長に食って掛かるのはある意味仕方ない部分もある。

なんせ彼からすれば隊長の座を横から掻っ攫われた訳だし、何よりも隊長が孤児院出身ということも知らされていない。


私たち名家からすれば当たり前に手に入る情報でも彼ら叩き上げの人間には教えられていない情報も多いのだ。


一応、聖騎士が市井の人間との間の子供であるということは有名であるため知っているだろうが、今までどのような生活をしていたかは知らないだろう。


そんな彼からすれば隊長が聖騎士の下で溺愛されながら秘蔵っ子として温い生活を送っていたと考えても不思議じゃない。


隊長も彼らが自分のことをそう思っているとを知っているからこそ、彼らの行為を大目に見ているのだろう。


まあ、そのせいで隊長のストレスはマッハで溜まっていそうなのが怖いけど。

ただでさえ、リバル家での生活が全く上手くいっていないのに……


私がそう思いながら、隊長を見るも隊長は以前、机上に振る舞っており、この場を納めるために『パンっと』手を叩く。


「みんな、さっきも言ったが情報を共有したい一端席に座ってくれ。」


隊長が再度真剣な顔で告げると、騎士たちも隊長の言葉に従い席に座ってくれる。


彼らも騎士として今までやってこれたのだ。

情報の大切さは勿論、任務で反抗的な態度を取った際のリスクなどに関しても良く知っているのだろう。


何より、私たちは国民の命を守る騎士だ。

多少、仲が険悪だろうとそれで命令違反を起こされては国の威信に関わってしまう。


だからこそ、他の騎士たちも素直に従ってくれるのだ。


「よし、では、盗賊に関する情報を共有する。

まず、規模に関しては大体十名ほど、

武装は刀剣類を使うものが二人、後は鉈や鍬、ピッチフォーク、農業用の鎌だそうだ。

遠距離武器としては投石を行い、矢による攻撃はないとのことだ。」

「……成程、あんま強そうではないですね。

今の話だと貴族様が保有する私設兵団で十分対応可能なように聞こえますね。」

「ああ、モメントの疑問は尤もだ。

ただ、問題となるのは刀剣類を持った二人だそうだ。」

「ほう、その二人には何かあるんですかい?」

「そいつらは緑と青のオッドアイを持つ非常に強力な戦士だそうだ」


その言葉には隊長と話していたモブストロングだけでなく、他の騎士団員、勿論私も動揺を隠せなかった。


「いやいや、偶々緑色だっただけでしょう?

珍しくはあっても全くいない訳じゃない。

それとも隊長殿は相手が聖騎士の血を引くものだとでも言いたいんですかい⁉」

「それはわからん。

だが、そのくらいの実力がないと説明がつかないのも事実だ。

そのため、聖騎士見習い、つまり、俺と同等かそれ以上が相手だと考えて行動する。

差しあたってショタッコーラ・ラヴコール、モブストロング・モメント、ウォル・ソリッド、アロ・ボウ、アサン・ミュートにはオッドアイを持つ盗賊を一人相手にして欲しい」

「「「「「はっ‼」」」」」


私たちは隊長の命令に騎士の礼を取り答える。


隊長の命令だからというのは勿論あるが、何より聖騎士見習い相当の実力者を相手にするにはこのメンバー以外不可能だろう。


まず、私に関しては一応ながら隊長相手に時間にして五分は持ちこたえることが出来る。

これでも五番隊では二番目の実力者だ。

次にモブストロング・モメントに関しては五番隊の三番目の実力者であり、経験値という点に関しては五番隊随一だ。

ウォル・ソリッドに関してはタワーシールドと片手剣を併用した硬い守りを主軸にした戦い方を得意としており、騎士団全体で比較しても彼より攻め辛い戦い方をする人間はそういないだろう。

アロ・ボウは剣の実力はからっきしながらその類まれなる弓の腕前を買われ、一兵卒から、王国騎士団にスカウトされた程の弓の名手。

アサン・ミュートは基本的に斥候を得意としているが、奇襲などによる戦闘も得意としており、意識が一人に集中しない多対一であればその実力を遺憾なく発揮してくれるだろう。


「それ以外のものは残りの盗賊たちが俺やモメントたちの戦いの横やりを入れられないように捕縛しておいてくれ。」

「「「「「「「「「「はっ‼」」」」」」」」」」


☆☆☆


太陽が昇り切った、時間にして正午ごろ、スイートピーから一台の牛車が王都の方角に歩みを進めていた。


周りを囲む護衛たちは皆、屈強な肉体をしており、装備に関しても金をかけていることが分かる。

彼らに守られながら、牛車を引いているのは黒髪の優男であり、その隣には金髪の女がいる。

親子だろうか?


恰好からして、相当裕福な家の出だろうが、自分たちで牛車を引いていることもそうだが、乗っている牛車がどう見ても荷車であったため、裕福ではあったとしても貴族の出ではなく、名のある商人といった所だろう。


護衛たちも良く見ると体は屈強であり、装備も充実しているが、周囲への警戒などを怠っており、他の護衛たちと喋っているのが分かる。


差し詰め、力自慢のみを集め、教育などはしていないのだろう。

はっきり言ってこいつらは鴨だ。

しかも、ねぎを背負っているタイプの鴨だ。


行商人をじっと観察していた男は舌なめずりをすると仲間たちに声をかける。


「おい、お前ら! 狩りの時間だ。」


周りにいた男たちはその言葉を聞くと同時に襲撃の為に鍬やピッチフォークなどそれぞれの獲物を持ち出す。


「お頭、今日の獲物はどんなもんですか?」

「でっけぇ牛車に屈強な護衛、それとなんといっても……」

「なんといっても?」

「極上な女だよ。あんな別嬪見たことねぇ。」


お頭と呼ばれた男は舌なめずりにしながら、牛車に乗っていた金髪の女のことを思い出す。

歳はまだまだ、若く未熟な木の実だが、見目は非常に整っており、程よく筋肉のついた健康的な引き締まったスタイル。

それでいて、胸などは推定ではあるが、年の割に実っており、将来が期待できる。

遠目からであることと、長袖にロングスカートを履いており、確認は出来ないが、剝いてみたらきっと玉肌のように美しいのだろう。


男は『じゅるり』と涎を拭いながら下卑た笑みを浮かべる。


ただでさえ、女がこういった山道に現れることは少ないのだ。これ程の上玉、襲わない理由はないだろう。


「兄貴、俺にも分けてくれよ?」

「当り前だろうハイナ」

「さっすが、兄貴」

「お、お頭?俺たちは」

「あん?まあ……俺とハイナの後であればいいぞ?」

「よっしゃー!流石頭だぜ」

「今から、テンション上がってきたな」

「おお、やったな」


男の言葉に男の子分どもは歓声を上げる。

頭と頭の弟の後とは言え、自分たちにも回ってくるのがそれだけ嬉しかったのだ。

盗賊という生き方は、農民などと比べると食事などに関して贅沢を出来るが、女性との接点が全くとっていい程なく、彼らは性欲を持て余していたのだ。


絵画や女性像に興奮できるものもいたが、中には襲撃した行商人の男や捕まえた野生動物に性欲をぶつける者もいた。


ただ、男や野生動物に性欲をぶつけたものは何らかの病にかかったようで感染を防ぐために頭たちの手で命を取られ、感染しないように火葬された。


それでも、盗賊団の総数は二十名近くおり、現在でも十分な力を持つ盗賊団である。

しかも、この盗賊団は一度、百人からなる貴族の私兵団を追い返している。


たったの二十人で百人からなる私兵団を追い返せたのには二つの理由がある。

一つは盗賊団が拠点を構えているアジトの立地だ。

彼らが拠点にしているアジトは山道、という程のものではないかも知れないが、道を一つ抜ければ、右も左も小さな丘のようななだらかな傾斜の森が広がっており、彼らを攻めるには視界が悪く歩きずらい、傾斜のついた森の中を盗賊たちの投石を掻い潜りなら進む必要がある。


火攻めに出来れば或いはあっけなく討伐できるかもしれないが、ここら一体を領地とする貴族が自分の領地を軽々しく火責めに出来るかと聞かれれば難しい問題だろう。

たかが、盗賊団相手にそこまで被害の大きい手段を用いてしまえば敵対する貴族に責める口実を与えることになるというのもあるが、場合によっては森の神の怒りにより土砂崩れなどの二次災害が発生することもある。

勿論、純粋に自分の領地の資源を失いたくないという理由もあるだろう。


そう言った貴族同士のしがらみ、利権、迷信などと言ったものが結果として盗賊たちを助けていた。


ただ、これはあくまでも理由の一つに過ぎない。

一番の問題は、ただ単純に強いのだ。

盗賊の頭とその弟が。


「お前ら、そう言うことだから、今回は石を投げるなよ。数合わせに俺たちについてこい。牛車の連中を囲むぞ。」

「了解っす」

「任せてください」

「やりますよ。俺ら」


だからこそ、このように簡単に立地の有利を捨ててしまう。

だが、それを責めるのは酷だろう。

彼らを今まで守ってきたのはその恵まれた立地よりも頭たちの実力の方が大きな割合を占めているのだから。


「今日は俺たちは留守番か」

「期待してるぞお前ら」

「頑張れよ~」


武器を持って外に出ていく者たちを残りの半分の者たちが見送る。

この盗賊団では狩りに出るのは半数で残りの半数は通常の狩りで得た動物たちを保存の効く干物にするほか、アジトの掃除や縫い物など、生活をする上で重要な家事全般をこなしていた。

勿論、これらは当番制である。


全戦力を投入せず、他のことにリソースを割くのもきっと、彼らの驕り、否、頭への絶対的な信頼から来ているのだろう。


ただ、彼らは知らなかった。

この国が誇る規格外が彼らのことを網に引っかかる獲物のように爛々と狙っていたことを。


☆☆☆

牛車が王都に向かう道を進んでいると道の右側、山というには傾斜が緩やかな森の中から、十人程度の少々みすぼらしい格好の男たちが姿を現した。


「おい、てめぇら、命が惜しけりゃ、荷物と……そこの女を置いてどっかいけ。」


下卑た笑みを向けられた金髪の少女は『ビクッ』と体を強張らせると男たちが出てきた道とは反対側に目を向ける。


差し詰め恐怖のあまり逃げ道を探していたのだろうが、残念、反対側も似たような森が続いている。


「おいおい、俺らを前に山賊風情が随分大口を叩くな~」


そんな絶体絶命の中、護衛の中の一人が馬に乗りながら盗賊の頭の前に出る。


「なんだ?お前は」

「あん、俺を知らねぇのか?

刹那の剛剣のモブス様をよぉぉぉ‼」


男はそう名乗りを上げると剣を大降りに振るう。


(遅いな)


それを見た盗賊の頭はやはり、ただの力自慢の荒くれものかと鼻で嗤う。

以前見た、私兵団の剣の振りとは素人目からしても雲泥の差だと。


ただ、その見解は些か間違っていたと盗賊の頭は護衛の評価を上方修正した。

何故なら、護衛の男が剣を振りぬいてから頭も剣を抜いたとはいえ、男の剣は盗賊の頭の剣に割り込み、護衛の身を守ったからだ。


勿論、その代償に護衛の男は剣を弾き飛ばされ丸腰になってしまったが……。


「お、俺の剣が……。」


護衛の男はそう言うと、怯えたような眼を盗賊の頭に向ける。

ただ、残念なことに護衛の男は馬に乗っているため、後退りをすることで盗賊の頭から距離を取ることは出来ない。


だが、護衛の男は中々に修羅場を潜っていたのかもしれない。

その行動は早かった。


「い、いやだぁぁぁぁぁ! 死にたくないぃぃぃぃぃぃ」


護衛の男はそう言うと馬に鞭を打ち、行商人を置いて逃げて行った。

他の護衛たちも男が逃げると次々と情けない声をあげながら逃げていく。

盗賊の頭も一瞬追うか迷ったが、あくまでも自分たちの目的は積み荷と少女であることを思い出し、気を取り直す。


何より、護衛に見捨てられて絶望する少女の顔は中々にいいものだった。


「さて、護衛の奴らには逃げられちまったみたいだなぁ。

積み荷は何を積んでるんだ。アルコールの臭いと強い果実の匂い。

う~ん、酒か?

いや、ここまで強烈だと貴族の間で使われている香水ってやつの可能性もあるのか?

まあ、殺して奪えば関係ねぇか。

香水なら捨てればいいし、酒なら飲めばいい」

「いやっ!いやっ!に、兄さま、兄さまどうしょう」

「大丈夫だ。僕が守って見せる。ショコラは僕の後ろに隠れてろ。」

「あんっ?」


遠目では父と娘に見えたが、近くで見ると父だと思っていた男が思っていたよりも若いことが分かった。

恐らく、彼が来ている服や装飾品が彼を大人のように錯覚させたのだろう。

実際、彼が牛車から降りて、地面に立っている姿を見れば、靴がやたらと厚底なのが分かる。

他の商人に侮られないためか、もしくは盗賊除けの一環として大人のような服装をしていたのだろう。


「そういう兄弟愛の物語はいいから、ボク?今妹を置いて逃げたらさっきの護衛たちみたいに見逃してやってもいいぞ?」


盗賊の頭はそう言いながら、兄の方に語りかける。

勿論、内心では妹をもっと絶望させたいがため、逃げたとしても目の前で殺してやろうと考えてはいたが。


男は何秒で妹を置いて逃げるか、恐怖に屈服するかを『ニヤニヤ』とした表情で見ていたが、不意に不思議なものが視界を掠めた。


それは火矢だった。

盗賊の頭は意識外からの攻撃に惚けてしまう。


火矢など一体だれが放ってきたのか?

そもそも植物が比較的少ない道の真ん中だからと言って木に燃える移る可能性がある森の中で一体だれがこんな非常識な行動をとったのかと視線を矢が飛んできた方向に向ける。


するとそこには弓をこちらに向ける、逃げた筈の護衛の姿があった。

しかも、矢を撃った人間は護衛の一人に過ぎないが、他の護衛も剣や盾を手に持っており、臨戦態勢を整えている。


「てめぇら‼何のつもりだ」


盗賊の頭は護衛たちに対し怒声を上げる。

今ここで斬ってやろうか?


盗賊の頭は心の中でそう考え、護衛たちに斬りかかろうとするも、直ぐに現実に引き戻される。


「頭‼荷台が燃えています‼」


先ほどの火矢が射抜いたのは行商人の荷台だった。

やはり、中身は酒だろうか?

まあ、何であれ、アルコールの臭いがしたのでそれを引火させるのが目的だろう。


「てめぇら、速く火を消……。いや、こっから離れろ。今すぐだ‼」


盗賊の頭は命令を撤回し、部下たちに逃げるように告げる。

そして、その瞬間、荷台は爆発した。

しかも、アルコールによるものではない。


「これは、火薬⁉」


盗賊の頭は爆発と同時に跳ぶことで爆風に乗り、難を逃れながらそう呟く。


そして、部下たちは……。


「いてぇ、いてぇよ。」

「………」

「しっかりしろ!くそっ」


盗賊の頭の発言に即座に従ったもの、動けなかったもの、元々爆発が届かないほどに後ろに下がっていたもの。


この中で、即座に動けた者は怪我をしたまでも命に別状がなかったものと動くことが可能な程の怪我で済んだものに別れた。


そして、動けなかったものはその全員が体全体に大きな火傷を負っているものと即死したものに分けられた。


不幸中の幸いは自分の弟も爆風に乗って難を逃れたことだろう。


「くそっ、走れる奴らはアジトにいる奴らを連れてこい!全員で殺すぞ」


無事な部下たちは頭の弟ハイナを除き、頭の言葉に従いアジトに走りだそうとするが、そんな彼らに雨が降る。


矢の雨だ。


それは先ほどの護衛たちからのものではない。

何十という矢の雨は男たちが潜んでいる森の丁度、道を隔てた反対側から飛んできた。

恐らくは伏兵だろう。

そうでもなければ説明がつかない。


つまり、つまり


「俺らは誘き出されたってことか…。」


盗賊の頭がそう言っている間にもアジトに向かった部下たちの悲鳴が聞こえてくる。

あれでいったい何人がアジトに帰れたことか…。


しかし、そうなってくるとあの兄妹は何も聞かされずに犠牲になったということだろうか?


哀れなことではあるが、この世界は弱肉強食。

仕方ないだろう。


盗賊の頭は何も知らない兄妹に対し、多少の憐れみを抱くが、直ぐに忘れる。


忘れようとした。


「いや~、わかっていたとはいえ、少し緊張したな~」

「いえ、それよりも俵担ぎ、やめてもらっていいですか?」


そこには先ほどの兄妹がいた。

お互い怪我はなさそうだ。

違いと言えば妹が俵担ぎをされているくらいだろうか?


「な、何で生きて…。」

「別にお前と同じように爆風に乗っただけだぞ?」


兄の方は『きょとん』とした顔を浮かべながら首を傾げる。

別にたいしたことが無いように言う。

…そんな筈はない。

自分達兄弟ほどの実力があれば別だが、そうでもなければそんな芸当そう簡単に出来ない。

それとも奴も体を改造(いじら)されたのか?


確かに、瞳の色は自分たちと同じ緑色をしているが…。


「…ああ、確かにこいつを担いでいた分。お前らよりは大変だったかもな。」


そう言いながら兄は乱雑に妹を地面に落とす。

尻から落とした分、愛情は多少あるのだろう。


にしても、雑だが…。

いや、全てが盗賊の頭である自分を討伐するための罠だというのなら、兄妹というのも芝居なのだろう。


盗賊の頭は徐々に冷静になっていく頭でそう考える。


「それはそうと、俺らは向こうで殺り合わないか?」


兄、いや、少年はそう言うと、鋭い踏み込みで盗賊の頭の懐に入ると、頭の横っ腹を狙った前蹴りを放つ。


それに対し、盗賊の頭は腕を割り込ませて防ぐ。

だが、蹴りの衝撃によって吹き飛ばされる。

しかも、最低五十メートルはあるかという距離を。

…間違いない。

この男は自分たちと同じだ。


盗賊の頭はこんな体になってから初めて気を引き締めた。

気を抜いたらやられる。

そう直感したのだ。


☆☆☆


盗賊の頭は隊長が引き離した。

部下たちはアジトに帰った。

あちらは残りの騎士が片づけてくれるだろう。

にしても、領主から弓兵を借りれたのはやはり大きかった。

出なければこんな上手くはいかなかっただろう。


まあ、今回の作戦は私たちの演技もかなり重要な要素であったが。

特に弓兵に何時でも撃てるように後ろを振り返って合図を送ったのは我ながら名演技だったと思っている。

…まあ、モブスさんの演技には劣ると思うけど、

というか、モブスさん、名演技過ぎて一瞬演技を忘れて唖然としてしまった。

何故、彼はあんなにも上手いのだろうか?


是非後で話を聞いてみたい。


ただ、今はそれどころではないか…。


「兄貴ッ。今行くぞ‼」

「させません。」


私は動きにくいちょっとお洒落な服を脱ぎ捨てる。

勿論、お洒落な服の中には鎧を着込み、剣を装備していた。


その剣で盗賊の頭目の弟に斬りかかる。


頭目の弟は私の剣を余裕を持って躱す。


「てめぇ、邪魔するなら、ぶち殺すぞ‼」

「出来るものならやってみてください。…まあ、あなたの敵は私一人ではないですけどね?」


私がそう言うと同時、護衛もとい騎士の人たちが逃げた方向から頭目の弟目掛けて矢が飛んでいく。


アロ・ボウの矢だ。

因みに荷台を焼いた火矢も彼のものだ。


「ちっ」


頭目の弟は剣でその矢を弾いてみせる。

ただ、こちらとしてもそんなことは織り込み済みだ。


頭目の弟が矢を弾いている間にもモブスさんたちはこちらに向かってきている。

そして、


「ふっ‼」


モブスさんは頭目の弟に剣を振るう。

それに対し、頭目の弟は余裕を持って自分の剣で防御する。


ただ、その間にウォルとアサンが右と左からそれぞれ仕掛ける。

頭目の弟はその連携攻撃に舌打ちをすると、力任せにモブスさんを吹き飛ばし、大きく剣を横に振るう。


その剣戟をウォルとアサンは自分たちの獲物で防ぐが、頭目の弟の馬鹿力に吹き飛ばされてしまう。


その隙をカバーするために私は前に出る。

更にアロも弓矢で頭目の弟の動きを制限する。


「くそ、邪魔だぁ」



頭目の弟の縦ぶりを剣を使い、受け流す。

その間にモブスさんは復帰したようで私のカバーに入ってくれる。


そして、私とモブスさんとアロが頭目の弟相手に粘っていると、ウォルが戦線に復帰し、私たちのカバーに入る。


「くそ、埒が明かねぇ」


頭目の弟は舌打ちをしながらも私たちの攻撃を捌いていく。


ただ、頭目の弟はウォルと私とアロとモブスさんに意識を持っていかれており、もう一人の存在を忘れている。

アサンがその隙を突き、背後から一撃入れようとする。

だが、


「そう言えばお前がいたな…」


頭目の弟は振り向かずにそう告げると片手でアサンの手を掴み、私たちにアサンを投げつけてくる。


それにより連携に多少の乱れが発生する。

勿論それでも援護可能な範疇だ。


ただ、頭目の弟は追撃をしてこなかった。

頭目の弟は剣を地面に叩きつけ、砂埃を起こす。


「これでてめぇらは連携できないよな~?」


…どうやら、これで私たちの連携を崩したつもりのようだ。


「…ウォル、左からくるぞ」


視界が悪い中、私たちに指示を出すのはアサンだ。

元々、アサンは直接的戦闘よりも奇襲などを得意とする分、こういった視界が悪い場所での戦闘は得意だ。


その彼を中心に私たちは連携を取る。


「くそっ、これでも崩せねぇか」


私たちが危なげなく頭目の弟の攻撃を防ぎきるのを見て頭目の弟は舌打ちをする。


「じゃあ、次は俺たちからだ‼」


モブスさんがそう声を上げると私たちは走り出す。

その中でもモブスさんは一番最初に頭目の弟に肉薄し剣を振るう。

縦ぶりの斬撃だ。


ただ、どれだけモブスさんが力を籠めようが、頭目の弟は簡単にその一撃を防いでしまう。


だが、ここでモブスさんは首を横に傾けた。


すると先ほどモブスさんの頭があった場所を矢が通り抜ける。

剣の反射で矢が飛んでくるのを察し避けたのだ。

恐らく、頭目の弟がアサンの奇襲に気づけたのも同じ理屈だろう。


「なっ‼」


頭目の弟は何とかその攻撃に対応するが、無理に対応したことで一瞬怯む。

その隙に私とウォル、アサンが攻撃を仕掛ける。


しかも左右から同時攻撃だ。


それを、頭目の男はモブスさんの剣を受け流し、バランスを崩し、私とアサンがいた左側に蹴り飛ばす。


私たちは飛んでくるモブスさんを避け、攻撃を仕掛ける。


しかし、避けるという行動をとったことにより、ウォルの方が早く敵の間合いに入る。

そして、一人で攻撃を仕掛けるウォルに対し、剣を振るうと見せかけて体当たりを行う。

ウォルはそのフェイントによりもろに体当たりを受けてしまう。


それを見ていた私とアサンは防御に重きを置きつつ、牽制のための攻撃を仕掛ける。


相手はそれを簡単に弾いて攻撃を仕掛けてくるが、私たちもそれを受け流すことで躱す。


勿論、時には受け流しづらい横ぶりがとんでくるが、それは跳んで避ける。

しかも、跳んだ時に相手の刃に乗り、再度後ろに跳ぶこと隙を見せずに着地できる。


これは隊長との訓練で身に着けたものだ。

因みにアサンも何故か私と同じことが出来た。


彼も隊長との訓練で身に着けたのだろうか?


とにかく、そうしている間にモブスさんたちも態勢を立て直してくれる。


そして、モブスさんは再度頭目の弟に向けて剣を縦に振るう。

しかも、先ほどと同じように鍔迫り合いの最中に首を傾けるアロとの連携技だ。


しかし、


「二度も同じ攻撃を食らうか‼」


頭目の弟も首を傾け、余裕を持って矢を避ける。

ただ、今回の狙いはこれじゃない。


私は小さな体躯を活かし、モブスさんの股の下を潜り抜け、剣を振るい、頭目の弟の手首を斬ってみせる。


「な、なに⁉」


頭目の弟は意識外から手首を斬られた驚きと痛みに剣を手放してしまう。

一度目と同じ策を取ったのは矢が飛んでくる上に意識を集め、下に意識を向けさせないためだ。


「食らいやがれぇぇぇぇぇぇ‼」


モブスさんはその隙を逃さず、一気に剣に力を籠める。


「させるかぁぁぁ‼」


ただ、頭目の弟はその驚異的な反射速度と腕力でモブスさんの剣を白刃取りにする。

モブスさんの力を以てしても『びくり』ともしない。


モブスはそんな均衡状態の中、剣から手を離す。


そして、後ろに跳んだ。


私もそれに倣い、後ろに跳ぶ。


何故なら、雨が降るからだ。

矢の雨が。


数十にも及ぶ矢が頭目の弟目掛けて飛んでくる。


勿論、何本かはこちらにも飛んでくるが、それは私やウォル、アサンが弾いていく。


そして、肝心の頭目の弟はモブスさんの剣を両手で挟んでいたことで防ぐことが出来ず。


全てまともに受けていた。


元々、これがこれだけが狙いだった。


弓兵を連れてきた一番の理由もこれだ。


勿論、残党狩りの側面もあったが、意識外からの致死量のダメージこそが一番の狙いだ。

そのために、アサンによる奇襲や前方と左右からの同時攻撃、後ろから飛んでくる矢を剣の反射で避けるなどの奇策を取っていたのだ。


そうして、意識を削いで、削いで、ここぞというタイミングで致死量の攻撃を当てる。


所々、冷や冷やした部分もあったが、上手くいって良かった。


「へっ、二度目の攻撃はなんだって?」


モブスさんはどや顔で針鼠のようになっている頭目の弟に語り掛ける。

頭目の弟は何も言わずに挟んでいた剣を落とす。


そこで、モブスさんは大きく目を見開くと、体を伏せる。


『ヒュン』


そんな音が鳴ると同時に頭目の弟の両目に矢が刺さる。


「確実に命を絶つまで油断しては駄目ですよ?」


矢が飛んできた方向を向くとアロがにっこり笑っていた。




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