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騎士見習いショコラ


幼い頃は楽しいと思えることがなかった。


お父様は何時も聖騎士の一族よりも優れた家系であると証明することしか頭になかったし、お兄様達はお兄様達で自分よりも優れた剣術の腕を持つ私のことを疎ましく思っていたため、彼らといるだけで緊張して気分が悪くなる。


そんな私に転機があったとすれば、聖騎士見習いの少年、フェイクールミー・ジェミニと出会ったことだろう。


彼と出会ったきっかけは現聖騎士ファンタジーク・ホーリー・リバルがとある孤児院で暮らす少年のことを自分の息子だと言い張り、実際に少年を引き取ったことが原因だった。


このことは王国内、特に王国上層部では非常に話題となった。

理由としては少年の年を考えると既にリバル夫人は他界していたとはいえ、聖騎士ともあろうものが、市井の人間と関係を持っていたからだ。


しかも、ファンタジークには既に子供がいたことも、その話に拍車をかけた。

ただ、ファンタジークは愛妻家として有名であり、娘たちのことも溺愛していたことからこの話は暫くすればそこまで大々的に話されることはなくなった。


中にはファンタジークが娘たちを聖騎士にしたくないがために、適当に筋の良い子どもを自分の息子と偽り、引き取ったのではないかと語るものもいた程だ。


実際、聖騎士見習いには件の少年がなり、娘たちは頑なに戦場に連れて行かなかったため、この説を信じる者は一定数いた。


私自身も正直、少年は娘たちの代わりとして用意した多少筋の良いだけの少年だと思っていた。


お父様に関しては嬉々としてこの話をファンタジークの不貞行為として王国の上層部の人間に広めていたけど………。


ただ、私も彼と出会いお父様が言っていたこともあながち間違っていないのかもしれないと思うようになった。


☆☆☆


「ショコラ。聖騎士の所の倅と会うことになった。格の違いを見せてやれ」

「はい、お父様」


お父様はここの所上機嫌だ。

理由は聖騎士の男に隠し子がいたことが発覚したからだろう。


………どうせ、娘を聖騎士にしたくないから適当に息子をでっち上げたんだろうけど、お父様からすればどうでもいい事なんでしょう。


お父様だって今の聖騎士が娘を溺愛しているのなんて百も承知の筈、何より、本当に聖騎士の隠し子だと思ってたら、「格の違いを見せろ」なんて言ってこないだろう。


だって、本来聖騎士の一族と私たち一般的な騎士の名家と呼ばれる人間には埋められない壁が存在する。


勿論、私たちだって騎士の名家と呼ばれるだけあって、他の一般兵士や騎士よりも優れた身体能力と剣の才を持って生まれてきている。


ただ、彼らはそんな私たちを遥かに凌駕する。


私たち名家の間では優れた剣士は矢を弾くことが出来ると言われている。

実際、私も一本程度なら弾ける自信がある。


大人になる頃には三本程度なら弾けるようになる自信もあるし、避けるのもありなら五、六本は凌げるようになっているだろう。


でも、結局はその程度、これが聖騎士であれば矢の雨の中をその剣戟で潜り抜けてくる。


更に彼らは、鋼鉄を紙のように切り裂き、走れば風よりも速い。何代か前の聖騎士は炎や雷を斬った何て逸話も残している。


だからこそ、聖騎士は国一番の騎士に与えられる称号ではなく、代々聖騎士を輩出してきたリバル家の当主に与えられる称号であり、リバル家が聖騎士の一族と呼ばれる由縁にもなっている。


そして、私のお父様はそんな聖騎士の一族に対抗心を燃やしていた。


☆☆☆


あれから数日が経ち、私とお父様、そして、聖騎士とその息子は王国騎士団訓練場で会うことになった。


「やあ、バディ。待たせたね」

「……ファンタジーク。ちゃんとリバディフィートと呼べ。」

「ははは、長いじゃないか。君も僕のことジークって呼んでくれていいんだぜ?」

「断る」


お父様と聖騎士が何時もの挨拶のようなやり取りを終えると、二人はそれぞれ相手の子供達、つまり聖騎士は私に、お父様は黒髪に翡翠色の瞳を持つ少年に視線を向ける。


「大きくなったね、ショコラちゃん。飴ちゃんいる?」

「お気持ちだけお受け取りします。」

「…おい、ショコラにちょっかいをかけるな。それで、そいつがお前の倅か?」


膝をおり、飴を進めてくる聖騎士に私は丁重に断りを入れると、お父様が聖騎士を人睨みした後、少年に視線を向ける。


……確かに、瞳の色は聖騎士の一族によくいる翡翠色の瞳だけど、剣の腕はどんなものなんだろう。


「ああ、フェイ、挨拶しなさい」

「………」


聖騎士はフェイと呼ばれた少年を見下ろす形で視線を向け挨拶を促すが、少年は口を堅く閉じて沈黙を貫く。

その様子に聖騎士はため息を吐いているけれど、私はその様子に驚いた。

だって、今代の聖騎士は子煩悩なことで有名だったのだ。


それが、自分の子供に対し、膝を折ろうともしないなんて………

男だからだろうか?


それとも………やはり、自分の子供ではないからか?


「別に気にしなくていい、貴様の息子に礼儀など求めておらんさ」

「そうか?すまないね」


沈黙を続ける少年に助け舟を出したのは何とお父様だった。


ま、実際は少年への配慮とかではないんだろうけど。


だって、お父様の口角、少年が沈黙を貫いてからめっちゃ上がってるし、概ね少年が聖騎士の言うことに従わなかったのが面白かったのか、自分の子供が礼儀正しいのに対し、相手の子供が礼儀のなっていないことに優越感を得ているのか。


「それよりも、そちらの子供とショコラで模擬戦をしてみないか?

ショコラにも早いうちに聖騎士の力の一端に触れてもらいたくてな。」

「成程、僕は全然いいよ。」

「おい、勝手に話進めんなよ」


お父様達の間で私たちの模擬戦が決定した所で少年が口を挟む。

その様子にお父様は聖騎士を非難するように見ると、聖騎士は今度はちゃんと膝を折り、少年に視線を合わせると言い聞かせるように説得し始める。


「いいかい、これは今後、聖騎士になる君にとっても益のある戦いだ。

なんせ彼女は同年代においては敵なしであり、由緒ある家柄の騎士見習いなんだ。」

「俺は別に聖騎士に何てなりたくない。」

「………はあ、わかった。なら、勝てたら君のいた孤児院に返してあげるよ」


これには私もお父様も驚いた。

今の発言では少年が私に勝てないと言っているようなものだ。


「ほう、それはつまり、お前の倅ではショコラには勝てないと考えているということか?」

「うん、勝てないね。絶対」

「ちっ」


お父様は聖騎士の反応が自分の考えてたものと違い、舌打ちをする。


いくら筋が良くても簡単に負けてやるつもりはないけれど、私も聖騎士がこんなにはっきりと断言してくるのには驚いた。

彼を息子に仕立て上げたいのなら私に勝てないと言うべきではないと思うんだけど………


ただ、少年の方は違ったようで孤児院に帰してやるという言葉と絶対に勝てないという聖騎士の言葉にやる気を出したようで訓練場の真ん中に立つと剣を私に向けてくる。


私もそれに倣い剣を構える。


「なら、私が審判をしよう」


私たちがやる気を出したのを察し、お父様は今回の模擬戦の審判を名乗り出た。


フェイと呼ばれた少年と私は示し合わせたようにお互いに十歩ほど距離を取る。


「ルールは相手の武装を解除させた場合か相手の急所に刃を届かせた方の勝ちだ。勿論寸止めでな。他に聞きたいことはあるか?」


私と少年は首を横に振るう。

お互いに疑問点は無いということだ。


「ないか、ならば………始め‼」


その言葉と共に少年がこちらに向かって駆け出しながら剣を振るう。


………正直その動きはお世辞にも経験者のものとは思えなかった。

体重移動などに意識を向けている様子はなく、特定の剣の構えもない。

本当に全力でこちらに駆け出している。


…ただ、速い。

恐ろしいほどに速い。


少年は私の下までたどり着くと、上段に構え、振り下ろす。

私はそれを右にスライドしながら、相手の剣を受け流す。

彼はどうやら剣を地面まで振りぬくつもりで振るっていたようで私の受け流しで完全に態勢を崩す。


ただ、その状態で横なぎに剣を振るってきたため、私は後ろに飛ぶことで相手の剣戟を凌ぐ。

その間に少年も態勢を整え、再度突貫してくる。


そして、思いっきり、横なぎに振るう。


私はその一撃を敢えて懐に入り、受ける。


いくらパワーがあっても剣の根元なら力が乗らないと考えたのだ。


ただ………どうやら少し甘かったらしい


「ッ」


私は多少ではあるが、少年の一撃で吹き飛ばされる。


「ここで決めさせてもらう」


少年はそう言いながら、吹き飛ばされた際に中腰になった私に剣を横なぎに振るう。


恐らく、横なぎなら私が防げないと考えたのだろう。


………甘く見ないで欲しい、腐っても名家。

素人に負けるわけにはいかない。


私は少年の薙ぎ払いに再度踏み込んで防ぐ。

当然ながら、先ほどと同じように吹き飛ばされてしまう


ただ、吹き飛ばされながら、私は少年の足に自分の足を引っかける。

これにより、少年は私が吹き飛ばされる運動エネルギーに巻き込まれバランスを崩す、私はその一瞬を逃さず、右足に体重を乗せ、左足で蹴ることで瞬間的に加速する。


ただ、少年はバランスを直ぐに整え、迎撃のために上段に構える。


やっぱり、中々に賢い少年のようだ。薙ぎ払いを行えば足を引っかけられるから、受け流されることを前提に縦に振るったのだろう。


だが、私もそれを待っていた。


私は再度受け流しを行う。


予想通り先ほどと比べ力を込めていなかったのか、あまり態勢は崩れない。


それでも、それでもなお


私の拳の方が少年の振り向きざまの剣戟よりも速い。


少年はただでさえ、態勢の良くない振り向きざまの一撃を放っていたのに、そこに私の拳がクリーンヒットしたことでバランスを崩し倒れる。


それに対し、私は拳を放ちながらも、バックステップで華麗に相手の攻撃範囲から逃れる。


後は、相手に詰め寄り、手首を蹴り、武装解除させるか、金的蹴りで戦意を奪っても良い。

流石に剣を首元に当てるなどの方法を取ろうとしても相手の速度的に逆に剣を弾かれる可能性もあるから却下だが、先の二通りの方法でまず間違いなく勝てるだろう。


私がそう考えていると、少年が剣を投げてきた。

勿論、その程度は危なげなく躱せる。


「そこまで‼勝者ショコラ」


少年の剣を避けた所でお父様が決着を告げる。


「ず、ずるだろ‼」


ただ、少年は私の勝利に納得が言っていないようで異を唱えてくる。

一体どこがずるかったのだろう。

不思議なことを言う少年だ。

お父様もそう思ったのだろう。


「ふむ、少年。ショコラの戦いのどこに不正があったんだ?」

「いや、拳! あいつ殴ってきたぞ。剣の戦いなのに」

「…フェイ、バディは別に剣の戦い何て言っていないよ。

それに、戦場で同じ獲物を持ってくれるなんて考えない方がいい」


大人二人から諭された少年はそのまま、顔を赤くして走り去ってしまう。


「はあ、すまないねバディ、ショコラちゃん、ちょっと言い聞かせて来るよ」

「いえ、私が追いましょう。子供同士の方が何かと上手くいくと思うので」


聖騎士の言葉に待ったをかけ、私は立候補する。

一つ、彼の話で気になっていたことがあったのだ。


「いいのかい? ショコラちゃん」

「ええ、任せてください。」


聖騎士の問いに返事をすると私は彼が走っていった方角に向かって歩く。


☆☆☆


王国騎士団は王国の中でも最高戦力であり、王国の華でもあるため、その訓練場は一応ながら貴族街に存在する。

勿論、貴族街とはいっても外れの外れ、基本的には貴族達が好まない立地の場所ではあるが、それでも貴族街ではあるため、市井の街並みを一望できる高台というのは存在する。


「こんな所にいましたか」


私は市井を一望できる高台で市井の街並み、いえ、もしかしたら、彼の育った孤児院を見ている少年に話しかける。


「…何しに来たんだよ。一体」

「聖騎士様があなたを探していましたよ?」

「絶対帰らない。俺はここを抜け出して孤児院に帰るんだ」

「……何故、あなたはそこまで孤児院に帰りたがるんですか?」


私はそれがずっと気になっていた。孤児院と言う場所については小耳に挟んだことがあるが、親に捨てられた子供や親のいない子供が行く場所であり、あまり、裕福な場所じゃないと聞いたことがある。

それこそ、食べるものに困ることも珍しくないとか。


それに比べればしがらみが多くても食べるものに困らない今の生活の方が良いだろう。

少年を見る限り、食べ物を与えられていないという訳でもないだろうし…

「…何でお前にそんなこと話さないといけないんだよ」

「そうですね、もっともです。ただ…。何故と言われたら、興味が湧いたとしか言えません。」

「はあ? 俺に?」

「ええ、ここの暮らしは衣食住に苦労しないでしょう? 元の場所と比べれば天国のような場所なのでは?と」


私がそう尋ねると、少年は少し黙った後、私の問いに答えてくれた。


「…ここはクソみたいな場所だよ。食い物は貰えるけど屋敷じゃ、いないものとして扱われて、その癖、剣術の稽古の時だけは呼び出される。それに、」

「それに?」

「………あっちにはリリがいるんだ。妹分のリリが、すっごい可愛い奴でいっつも俺の後ろをついて回るんだ。

あ!ただ、俺の後ろをついて回るってだけじゃないぜ?孤児院の仲間が泣いてたりすると慰めたりもしててさ。

小っちゃいのに他人のために動けるすっごい奴なんだ


他にも親みたいな存在のヴィル先生や孤児院の仲間たちで助け合って暮らしてたんだ。

ヴィル先生は元々すっごい医者で孤児院の仲間たちだけじゃなくて、街に住むみんなの怪我と病気をあっという間に治しちまうんだ。

しかも、その人が余裕を持って出せる金額しか提示しないんだぜ?

だから、街の人とかも食べ物とかを安く売ってくれたり、俺達孤児の子供たちに働き場所をくれるんだ。」


昔の……孤児院での暮らしについて話している時の少年は今日一番生き生きとしていた。

騎士の家で暮らした少年がそれでも恋焦がれる場所。


それならきっと、いえ、きっとというのは期待しすぎたかもしれないけど、それでも、もしかしたら、私にとっても良い場所かもしれない。

見たこともない場所に思いを馳せ、柄にもなくドキドキとする思いを抱え、少年と同じ方角に目を向ける。


「それは…是非行ってみたいですね。」

「だろ?俺がここを抜け出した暁には連れてってやるよ。」

「…なら、まずは力を付けないと。」

「力?」

「はい、今の私たちが何かを為そうとしても力がありません。ですから、地位とかお金とか武力とかが必要です。賢いあなたならわかるでしょう?」

「…そうか、力。…お前は力を貸してくれるのか?」

「ええ、私とあなたは協力者です。」


少年は私の言葉に頷くと市井に向けていた視線を私に向け、手を差し出す。


「俺はフェイクールミー・ジェミニ」

「私はショタッコーラ・ラヴコールです」


私も少年の手を握る。

この日から私の日常は少しだけ色づき始めた。


☆☆☆




今回はシリアス寄りですが、次回からは徐々にゆるい感じを出していきたいです。

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