追放された侯爵令嬢は幸せになりました。
拝啓、ロスター・ホワイト辺境伯。
お元気でしょうか。私は元気です。
つきましては近況報告を兼ねた手紙を送らせていただきます。
覚えておられるでしょうか。
私があの父親に追放されたこと。全てを奪われ、辺境の村に追いやられたこと。
覚えていますよね。
何故なら貴女の村だったのですから。
私は優雅で気品のある生活を奪われ、自給自足を前提にしたような、貴女の村が初めは嫌いで仕方ありませんでした。
ですが村の方々は私のことを快く受け入れてくれたのです。
それは何故か。
初めは疑問に思いましたが、すぐにその理由は明らかになりましたよね。
この村では人種による格差、市民と貴族との間にある敷居がなかったからです。
そのため、元貴族でわがままばかり言っていた私のことを受け入れてくれたのです。
それから私はロスター様のおかげで、畑を耕すことの喜び、体を動かすことの楽しさ。汗をかくことの快感。
今まで狭い部屋の中では感じることの出来なかった、当たり前でない生活が当たり前のようにやって来て、私の閉じこもった心を無理矢理引き剥がしていただきました。
今でも感謝しています。
つきましてはロスター様。
実は嬉しい報告がございます。実は私、結婚することになりました。婚姻の相手はロスター様のお知り合い、ヘンゲル・ロスマンティ伯爵からの紹介で、テュメール・メルヘルン伯爵です。
「隣の国じゃないか。またどうして」
私は最初戸惑ってしまいました。
私のような侯爵令嬢の身分を追いやられた私が、どうしてメルヘルン伯爵の婚姻相手に選ばれたのか。
最初は側室かと思いましたが、どうやら本妻のようでした。
そこで私はメルヘルン伯爵に尋ねたのです。
「どうして私のような身分も持たない娘が、伯爵様の本妻に選ばれたのでしょうか」
「私は貴女の笑顔に惹かれたのです。あの日、私が偶然通りがかった他の貴族の領地にて、はつらつとした可憐な笑顔をひたむきに見せたあの笑顔。私はその日からその表情が離れなかったのです」
偶然の産物でした。
それに私は自分が好きなことをしていただけ。
そう答えたのですが、
「あの日から私も畑づくりに目覚めてしまってね。今では他の国にも負けない農産物の名家となったんだよ」
「まあ、新鮮なキュウリですこと」
「食べてみてくれるかな?」
「いただいても構わないのですか」
「いいとも。これは君のために育てていたものだからね」
私は伯爵が育てたと言うキュウリを食べてみました。
何とみずみずしいことでしょうか。
私はほっぺが落ちるような思いでした。
「大変美味しいです」
「ありがとう。実はこれは私が育てたものなんだ」
「えっ!?」
「どうかな? 今度は君と一緒に育てていきたいんだ」
愛の告白を受けました。
このようなこと、侯爵令嬢だった頃には体験したことがありませんでした。
どんなわがままを申しても、他人を蔑むようなことをしても許されていたのです。
しかしこの時ばかりは、私の心はロスター様よりも動いてしまいました。
「はい」
そう返事をしました。
どれだけ見窄らしく、どれだけ貶されてもいい。
私はこの一瞬が永遠に続けば良いとさえ思っていたのです。
「それで」
つきましては後日結婚式を執り行うことになりました。
そこでロスター様にも参加してほしいのです。
「そう言うことかい。そんなのもちろん……」
日付を見ました。
すると日付がちょうど学校の授業日と重なっているのではないですか。
「これは困りましたね」
「どうなさいましたか?」
サライナが顔を近づけます。
私は手紙の内容を見せると、手を合わせました。
「まあ素敵なことではありませんか」
「サライナも行くよね」
「もちろんです。あっ、でも……」
「そうなんだ、この日はね。なんとかなればいいんだけど」
私とサライナは困ってしまいました。
でも手紙の内容はとても素敵なものではありませんか。
追放された悪役令嬢が本当の恋に目覚める。
その秘訣は心からの笑顔なんて、ロマンチックな話ではありませんか。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
結婚式当日。
元貴族令嬢、ルディープはウェディングドレスに身を包み、ある人達の到着を心待ちにしていました。
「来てくださるでしょうか、ロスター様」
ロスター・ホワイト辺境伯。
その名を知らないものは、この界隈にはいないと言われている。
何故ならこの世界に女性でありながら初めて貴族の爵位を授与された偉大な人であり、ルディープ自身の価値観を根底から覆してくれた大切な方なのです。
「ルディープ」
「テュメール様。申し訳ございません」
「それはいいんだよ。それより、来てくれるかな?」
「どうでしょうか。ですがきっと来てくださるはずです」
ルディープは信じていました。
ロスター様が来てくださることを。
しかしその思いは虚しく、結婚式は始まってしまったのです。
式には数多くの貴族達が集められていました。
それに加えて、ホワイト領に住む人達も出席しています。
先は順調に進みました。
何事もなく。最後の誓いの言葉に差し掛かります。
牧師さんが新郎新婦の2人の前に立ち、
「2人は永遠の愛を誓いますか」
「「誓います」」
2人は揃って答えました。
その顔は満ち満ちており、明るい未来へ向けての門出としては十分すぎるものです。
それから2人は熱いキスを交わしました。
チュッ
その瞬間、
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!
盛大な拍手喝采の嵐が起きました。
それは会場を一瞬で包み込み、温かなメロディーが新郎新婦を纏います。
そんな時でした。
振り返ったルディープの視界の先。そこにいたのは、
「ロスター様!?」
「えっ!?」
そこにいたのはドレスを着たロスターとサライナの姿でした。
2人は入口近くの壁に背中を預け、緩やかに拍手を送ります。
「来てくださったのですね」
「よかったね、ルディープ」
「はい。テュメール!」
ルディープは嬉しい涙が溢れました。
それを咎めるでもなく、新郎のテュメール・メルヘルン伯爵。その寛大な心に包まれ、自然とルディープはテュメールに抱きついていました。
「おい、抱きついたぞ!」
「いい夫婦じゃねえか」
「お幸せに!」
まるで貴族の結婚式とは思えないどんちゃん騒ぎ。
しかしこれを望んでいた2人にとって、嬉しいとしか言いようがありませんでした。
「よかったですね、ロスター様」
「来てよかったよ」
ロスター達はここに来るまで最短で進んできた。
途中学校を抜け出して、サライナの魔法でようやく辿り着いたのです。
そのためドレスで隠している肌はボロボロでしたが、それすら忘れてしまうほどルディープ達の結婚式を見ることができて、嬉しいのです。
「ロスター様!」
「ん?」
ロスターはルディープに名前を呼ばれました。
すると人混みの中から、さらに一言。
「今までありがとうございました!私、やっと本当の幸せを手に入れることができました。これもロスター様のおかげです!絶対に、このご恩は必ず!」
「だそうですよ」
「ふん」
ロスターは何も言わず、鼻息を鳴らしました。
それからすぐに式場を後にします。
「もう帰るんですか?」
「うん。午後の授業があるからね」
「それはそうですけど、一言ぐらいは」
「いいんだよ」
ロスターは大人でした。
こんな状況で自分がかける言葉など何もない。
それがわかっていただけでなく、
「今の彼女はもう悪役令嬢なんかじゃない。ハッピーエンドを迎えた、最高の令嬢だよ」
そう評しました。
ロスターは口ではそう言いつつ、少し皮肉も込めたつもりでしたが、それを拭い払ってしまう程に優しい笑みを浮かべているのでした。
少しでも面白いと思っていただけたら嬉しいです。
下の方に☆☆☆☆☆があるので、気軽に☆マークをくれると嬉しいです。(面白かったら5つ、面白くなかったら1つと気軽で大丈夫です。☆が多ければ多いほど、個人的には創作意欲が燃えます!)
ブックマークやいいねなども気軽にしていただけると励みになります。
また次のお話も、読んでいただけると嬉しいです。