ショート 湯呑み
わざわざご足労いただきありがとうございます。オリエンテーションはさぞかし退屈……いえ、勉強になったことでしょう。
折角戻って来たんだし、新米冒険者さんに何か一つ話をしてくれ、ということでしたので。
ちょっと長いお話を休憩がてら。もちろん寝てもらっても構いませんよ。
では。
ある所にギルドで働きたいという少年がおりまして、非常に熱心で良い少年ではあったのですが、何分なにをやらせても上手くこなせない。
受付の仕事どころか書類の整理もままならず、ギルドマスターはどうしたものかと悩んでいた。試しに私室を掃除させたところ、愛用していた湯呑みを割ってしまったと、泣きながら少年が報告してきた。
お前、これがどれだけ貴重なものなのか知っているのか、手をかざすと勝手にお茶が湧いてくる、不思議な湯呑みだったんだぞ、と叱りつけると、少年は部屋を飛び出してしまった。
受付には、「湯呑みを探してまいります」と書き置きが。物を大事にしなさいと教えるつもりが大事になってしまった、と反省するギルドマスター……実は裏手にある道具屋の、在庫処分で買った何の変哲もない湯呑みだったんだそうで。
それを知らない少年は、薄暗い洞窟を通り抜け、山賊の砦を陥落させ、お宝の山を掻き分け探し、ついにはドラゴンを乗り継いで霊峰の、冬の寒さよりも凍える山頂へとたどり着いた。数々の冒険の中で、ここには偏屈な陶芸家が住んでいるという噂を聞きつけたからだ。
その陶芸家に事情を伝えると、そんな湯呑みは聞いたことがない、ゴーレムを拵えるのに使う為の命を込められる粘土ならあると言う。これで湯呑みを焼いたらギルドマスターにも許して貰えるんじゃないか、と考え付き、道中で拾い集めた財宝をそっくりそのまま陶芸家へと手渡した。
焼いてもらった湯呑みを一つ抱えて、ドラゴンを飛ばしてギルドハウスへと戻るなり、ギルドマスターへと湯呑みを差し出した。
数年ぶりに帰ってきた少年を見て、無事に帰って来てくれた事と湯呑みの件が冗談だった事を伝えると、そりゃ良かったと少年は大喜び。翌日から受付の業務に戻るように命令したそうだ。
次の日、朝早くに私室へ向かうと、申し訳なさそうな顔をした少年が立っている。どうしたのだと問いかけると、ギルドマスターが大事にしていたティーカップを割ってしまいました。やはり私には受付の仕事は向いていないようです。これは何処のティーカップですか、必ず探してまいります、と。
え?その少年はどうなったか、ですか。受付よりも冒険者の方が向いている、とギルドマスターが判断して、その後幾つかの功績を残したようですよ。
前衛職が向いてないならば、後衛職に変える事も出来ます。今後のトレーニング次第で方向性も見えてくるでしょう。適材適所という言葉を最後に、私の授業は以上とします。
席に着いていた新米たちがそれぞれ何の職にするかを相談し始めている。どのような冒険者となるのか、今から楽しみで仕方ない。
しかし慣れない事はするもんじゃないな、とティーカップに片手をかざし、紅茶の香りを楽しんだ。