片想いしてる女の子に毎日鬱陶しいくらい付きまとってみた結果、両想いだった。ただし、好きと言われた訳じゃない
「三咲紅葉です。二学期からだし、いつまでいるかも分からないけどみんなと仲良くなりたいのでよろしくお願いしまーす。仲良くしてくださーい」
転校する度に言っている、今やお決まりの常套句になった自己紹介を終えて頭を下げると拍手が起こった。
最後の悲痛の叫びらしき効果もあってかクラスメイトへの第一印象は中々だろう。
(この学校でも上手くやってけそうだ)
紅葉の親は昔から転勤族だ。
もう何度目かも数えたくもない六度目の転校は高校一年二学期からという出遅れた感満載のものになった。
そんなよそ者が仲良く出来るか心配していたが必要なかった。
教室を見渡すと既に受け入れモードに突入していて、質問をしたそうな人もチラホラと見受けられた。
幾つか質問された所で続きは休み時間に、と先生に言われ紅葉は席を教えられた。
好奇な視線を受けながら向かう。
用意されていた席に着くと隣の席に座る女の子に挨拶をした。
「よろしく」
彼女の視線が紅葉を捉え、紅葉もまた彼女を捉えた。
(スゲー美人)
自然とそんな感想を抱いていた。
端整な顔付きに雪のように白い肌。モデルみたいにスラッとしたスタイルの彼女は紅葉をジロリ、と似つかわしくない鋭い瞳で一瞥すると前を向いた。長い黒髪をふわりと跳ねさせながら。
完全に無視だった。
目が合ったにも関わらず、無視された。
(上手くやっていけるかなぁ……)
度重なる転校で前向きになった性格の紅葉でも流石に傷付いた。
しかし、紅葉の不安は杞憂に終わった。
転校生プラス話しやすい人間性はさぞ受け入れられた。
これまでの転校に関するエピソードを面白混じりで話せば笑みが生まれ、二日目には何事もなく一人のクラスメイトという立ち位置を得た。
「中川さんってどんな人なんだ?」
クラスのムードメーカーらしい存在に紅葉は隣の席の女の子――中川千鳥について聞いた。
「お、なになに転校生。一目惚れか?」
「スゲー美人だとは思うけど、違うよ」
紅葉は根に持っていた。無視されたこと。
だから、今日こそは声を聞いてやろうと朝から「おはよう」と挨拶したのに結果は変わらずだった。
目線だけ合って、無視された。
「それで、正解だぜ。実際、彼女に告白しようとして撃沈した男の数は既に十は越えてるからな」
「そんなにか。すごくモテるんだな」
「見た目が良いからな。けど、性格が残念なんだよ。告白の呼び出しには行かないし、その場で告られたら無視。それが、告白だけに限れば嫌なんだろうなってなるけど、常日頃からだから教室でも浮いてる」
ふーん、と興味の無さそうな態度で紅葉は千鳥を視線の端で捉えた。
友人達が談笑する中、千鳥は一人で読書していた。誰からも声を掛けられることもなく一人でただポツンと座っているだけ。
「ま、あんまり関わらない方が精神的に傷付かなくて済むよ」
そんな風に言われて紅葉は適当に笑って誤魔化した。
(無視は誰にでもするらしいから、特別俺が嫌われてる訳じゃないよな。うん、じゃあ話し掛けても良いよな)
幾度もの仲良くなった友人との別れは悲しいが紅葉の精神面を鍛えてもくれた。
紅葉は無視された程度では諦めなかった。
「次の授業で使う教科書まだ届いてないんだけど、中川さんに見せてもらってもいい?」
後生の頼みだ、という風に両手を合わせてお願いする。紅葉の隣は千鳥しかいないし忘れてきた訳ではない。緊急事態なのだ。
(これなら、困ってるクラスメイトを助けない訳にはいかないだろ)
しかし、紅葉の目論見は通じなかった。
こちらを向いた千鳥は短くだけ答えた。
「いや」
初めて聞いた声音は凛としていて澄んでいた。
耳通りも良く、ついうっとりしてしまう。
千鳥はそれ以上は何も言わずに教室を出ていってしまった。一冊の本を手にしたまま。
「あーあ、行っちゃった」
椅子の背に背中を預け、紅葉は呟いた。
(もっと、愛想良くしたら良いのにな~。折角の美人なのに勿体無い。けど、初めて声も聞けたし、会話も出来た)
会話というにはあまりにも短い頼みと断りだけだったが。
次はどうやって話し掛けようかな。
そんなことを考えながら椅子をぶらぶらさせながら遊んでいる紅葉の机に丁寧にホッチキスで纏められた紙の束が置かれた。
「何これ?」
差した人影に顔を上げると千鳥の姿。
千鳥は何も言わずに自席に腰を下ろした。
口を固く閉ざしていて、答えてはくれなさそう。
「ほんと、何これ?」
紙の束を手にして、ペラペラ捲る。
数枚ほどの紙には沢山の文字が羅列されていた。
どうやら、教科書をコピーしてくれたらしい。
「教科書」
「え?」
「仲良くもない男の子と教科書一緒に見るとか恥ずかしいから無理。それで、我慢して」
よくよく見れば、千鳥の頬が僅かだが紅潮しているように見えた。……気のせいかもしれないが。
(え、高校生にもなってその程度で恥ずかしがるの? 純情なの?)
色々と困惑することがある。が、先ずは礼が先だろう。
「ありがとう!」
満面の笑みでそう言った紅葉に千鳥は肩を小さく震わせて顔を背けた。
「……っ。お礼を言われることではないわ」
細々とした声で絞り出したような反応。
今度は、黒髪から覗く千鳥の耳が赤くなっているのが見えた。
(可愛いな)
どうやら、彼女は悪い子ではないらしい。
紅葉は千鳥に興味を抱くと同時に惹かれていった。
それからというもの、紅葉は千鳥に何かと絡み始めた。
「中川さん、一緒にご飯食べよ」
「いや」
「うわー。中川さんの弁当手作り? スッゲー美味そうだね!」
「勝手に覗き込まないで」
お昼を誘っては断られ。
「教室の場所分からないんだけど、案内してよ中川さん」
「いや。案内板でも見れば分かるでしょ」
「そもそも、案内板の場所が分かんないんだけど」
「……どこに行きたいのよ」
「図書室」
「図書室なら、こうすれば辿り着けるわ」
案内を頼んではゲームの説明書みたいな先導書(千鳥お手製)を渡され、断られ。
「中川さん、一緒に帰ろ」
「いや。一人で帰って」
「分かった」
「じゃあ、どうしてついてくるのよ」
「帰り道一緒なんだって。奇遇だね」
一緒に帰ろうと誘えば、断られた。
それでも、紅葉は千鳥に付きまとうのをやめなかった。
最初の内は、千鳥も「いや」だと言って強く反発していたが構わずにグイグイくる紅葉に言うだけ無駄だと悟った。
何も言わないようになった変わりに鬱陶しいと表情で表すだけにした。
それも通じてはいないが。
そんなこんなで数ヵ月の月日が経った。
今日も今日とて、紅葉は千鳥に付きまとっていた。
千鳥が寄ったファーストフード店に紅葉も寄り、ポテトを小さな口に入れる千鳥の姿を頬杖をつきながらニコニコと眺める。
「私の顔を見てニヤニヤするはやめて」
「チマチマ食べるの可愛いなぁって」
「食べ方なんて人それぞれでしょ」
怒ったようにそっぽを向く千鳥。
羞恥からか怒りからか、頬が赤い。
「いつまで私に付きまとうつもり?」
「いつまでも」
「鬱陶しい」
キザったらしいセリフを言えば、冷たく一蹴される。
しかし、千鳥の口角はほんのり弧を描いている。ウケは良かったらしい。
最初の内は、千鳥と話したいだけだった。
恋とかよく分からないし、いついなくなるかも分からないから寂しいとか悲しい思いとかさせたくないから。
だけど、千鳥の遠回しの優しさに紅葉は不器用な彼女の姿をとても可愛らしく思えた。
だから、自分でも鬱陶しいことしてるな、と分かっていても千鳥にわざと迷惑を掛け続けている。
「ねえ、私だけ食事してるなんて気分が悪いわよ。何か買ってきてよ」
「恥ずかしい話、今月ピンチなんだよ」
「毎度毎度、私に付き合うからじゃない……ほんとにバカなんだから」
呆れたようにため息を溢した千鳥はポテトが入った容器を向ける。
「……少しだけなら、一緒に詰まんでも良いわ」
「なら、さっささと帰りなさいよ、って言わない辺り優しいよな」
「う、うるさい。一人だけ食べてたら周りから食いしん坊だって思われるからよ」
実際、千鳥はこう見えて意外と食いしん坊なのだが本人的には自覚がないらしい。そこがまた、可愛らしいポイントだと紅葉は思っている。
「……どうして、口を開けているの?」
「どうせなら、千鳥が食べさせてよ。あーんって」
「ふざけないで。調子に乗らないで。付き合ってもないのにそんなこと出来るわけないでしょ。あと、名前で呼んでいい許可も出してない」
紅葉の最近の悩みは千鳥に好意が一切届いていないこと。
◇◇◇◇
「ごめん、今日も一緒に帰れないんだ」
「そもそも、約束なんてしてないわよ」
「それもそうだな。バイバイ、ちーちゃん」
「誰がちーちゃん……って、待ってよ」
いそいそと教室を出ていく紅葉の背中を横目で捉えながら千鳥は深いため息をついた。
(今日も一緒に帰れないなんて)
紅葉が千鳥と一緒に帰らないようになって二週間が経とうとしている。
いつも、鬱陶しいくらい勝手に隣に並んできた紅葉がいないのは胸にぽっかりと穴が空いたような気分だった。
(どうして、暗い気分になってるのよ。静かに帰れる優雅な時間じゃない)
首を横に振り、雑念を消し飛ばす。
勢いよく席を立ち、いざ帰ろう、とした千鳥の耳に衝撃的な言葉が入ってきた。
「紅葉が引っ越すって本当なのか?」
「らしいよ。休み時間、先生と話してるとこ見たって子もいたし」
教室で座りながら話す男子二人の方に自然と足が向き、鋭い瞳で見下ろしてしまう。
端整な顔付きのせいで近寄りがたい雰囲気の千鳥は恐れられてもいる。
「な、何か用かな?」
「……別に」
短く答えて、千鳥は教室を出ようとして。
ガン、と大きな音を立てながらドアにぶつかった。
恥ずかしくて顔が熱くなった。
(全然、眠れなかった……)
翌日、千鳥は疲れた表情で座っていた。
眉間に皺を寄せることで苛立っていると思われ、教室では機嫌が悪いのではと囁かれている。
そんな千鳥に恐れることなく、いつものように紅葉は声を掛けた。
「おはよう、ちーちゃん……って、顔色悪いけど大丈夫?」
「……大丈夫」
あなたのせいで寝不足なのよ、とは言えないし言いたくない。
普段と変わらない様子で振る舞う千鳥の白い手を紅葉が掴んだ。
自分より、大きくて熱い手に握られて男慣れしていない千鳥は頬を真っ赤にさせた。
「な、何を急に……変態――」
「はい、これ」
「えっ……?」
千鳥の手に何かが握らされた。
丸められた手の中にはあめ玉があった。
「疲れてる時には甘い物」
ニカッと笑った紅葉はクラスメイトに呼ばれて行ってしまった。
「……なんなのよ、もう」
胸が熱い。
口に含んだあめ玉はとても甘かった。
今日の千鳥はどこか様子が変だった。
授業中、意味もなく紅葉をチラ見して授業に集中出来ない。
(どうしたのよ、私……っ、気付かれた)
黒板とノートで視線を行き来させていた紅葉を見ていることがバレた。
紅葉が嬉しそうに手を小さく振る。
千鳥は恥ずかしくて急いで前を向いた。
結局、一日中授業には集中出来なかった。
放課後になり、帰宅の用意を済ませた紅葉が千鳥の方を向く。
紅葉が口を開く前だった。
(今日も一緒に帰れない)
そう思うと同時に千鳥の腕は伸びていて、紅葉の制服を弱々しく握っていた。
そして、大きく動揺した紅葉に千鳥は腕を小刻みに震わせながらぎこちなく言った。
「きょ、今日は一緒に帰りたい……いい?」
校舎を出て、二人肩を並べて歩く。
ずっと、上機嫌な紅葉に対して千鳥は顔を見れないでいた。
(わ、私ったらなんて大胆なことを……!)
照れていた。おもいっきり照れていた。
頬に両手を当てれば熱くて手で扇いでもなかなか治まらない。
「いや~、嬉しいな。ちーちゃんの方から誘ってくれるなんて」
紅葉が無邪気にはしゃぐものだからより一層恥ずかしくなる。
(なんで、そんなに嬉しそうにするのよ。見てるこっちの方が恥ずかしくなるじゃない。そもそも、いつもどんな風に話してたんだっけ)
いつも、紅葉が一方的に話して千鳥は煩わしそうに相手をするだけ。
会話なんて覚えていなかった。
(それなのに、彼は――)
千鳥にとって紅葉は鬱陶しい人だ。
土足で領域に踏み込んできて、何度も断っても気にせずに話し掛けてくる。
クラスの誰も、コミュ障と恥ずかしがりやな性格のせいで塩対応をとっていれば話し掛けてくることもなくなったというのに。
適当な返事しかしないのに。
頼み事もちゃんと叶えてあげることも出来ないのに。
紅葉だけは、毎日毎日、鬱陶しいくらい話し掛けてきた。
(彼は鬱陶しい……けど、とても優しい)
千鳥は知っていた。
紅葉がこんな話をしていたことを――。
『なあ、なんで相手にされないのに中川さんに構うんだ?』
毎日、千鳥に話し掛ける紅葉を不思議に思ったのだろう。
廊下を歩いていた時に聞こえてきた。
(気になるのも当然よね。彼の方が変でみんなが普通なんだもの)
クラスで浮いている自覚はある。
周囲からどんな風に思われているのかも。
今更、傷付いたりはしないけど……聞いていたい話題でもない。そもそも、盗み聞きだし。
足早に廊下を去ろうとして千鳥はその場を動けなかった。
『なんでって、仲良くなりたいから』
紅葉はさぞ当然だという顔で答えた。
『物好きだな、お前も』
『物好きとかじゃなくて、決めてるんだよ。俺、昔から転校が多いからどうしても人との付き合いって短いんだ。じゃあ、その短い時間をどう過ごそうかって考えた時、折角沢山の出会いの機会があるんだしなるべく多くの人と仲良くなろうって』
『それで、中川さんとも?』
『ああ。目標は、クラス全員と友達になる、だからな』
曇りのない瞳で語る紅葉はとても眩しく見えた。同時に、千鳥の胸が正体不明の熱で満たされた。
『……バカみたい』
胸の前で手をギュット握りながら、空気に溶け込むように呟いた。
(そんなこと言ったって、どうせ彼もすぐに話し掛けてくることもなくなるんだと思ってた。こっちから、友達になろうって言える勇気なんてないし、酷い態度はとり続けていたし)
それでも、紅葉は千鳥を一人のクラスメイトとして接してくれた。
いつだって。今日だって。
「ねえ」と千鳥は足を止めて紅葉の制服を後ろから引っ張った。
きょとんとした紅葉が振り返る。
「……引っ越しするって本当なの?」
「え、なんで知ってるの?」
「本当なんだ……」
胸がずきり、と痛んだ。
息が苦しくなって、俯いてしまう。
(引っ越しするってことは転校だってするんだ……そしたら、こうやって一緒に帰ることもなくなって……)
紅葉がいなくなったことを想像すると自然と言葉が喉を通っていた。
「先生にしかまだ話してないのにどっから漏れたんだろう」
「……いや」
「え?」
「いつまでも私に付きまとうつもりなんでしょう。だったら、これまで通り、鬱陶しいくらい私に付きまってよ。転校なんかしないで遠くになんか行かないでよ」
てんやわんやになって千鳥は思いの丈を伝える。
もう自分でもよく分からなかった。
無茶苦茶なことは言ってしまうし、涙は溢れて止められないし。
感情が高ぶる千鳥に比べて紅葉は困った。
どうして千鳥がこんな風になっているのか原因が分からない。それどころか、泣きつかれてどうしようかと頬をかく。
「えーっと、転校ってなんのこと?」
「へっ……引っ越しするから転校して遠くに行っちゃうんじゃないの?」
「いや、引っ越しはするけど転校なんかしないよ?」
間抜けな声が千鳥から漏れた。
は? 目の前の彼は何を言っているの? 引っ越しはするけど転校はしない?
情報の整理が終わらない内に、紅葉が教えてくれた。
「今度さ、また転勤が決まったらしいんだけどどこだと思う?」
「し、知らないわよ……」
「外国。日本を出てまでは流石についていけないよねー、って話。で、俺ももう高校生だし一人暮らしでも始めるかってことで引っ越すんだよ」
「つ、つまり、転校なんかしない……?」
声が震える。
やめて。頷かないで。頷かれると――。
「うん、もう二度と転校しないよ。離れたくない人がいるし」
「あああぁぁぁぁああああああっ!」
頭を抱えて、千鳥は大声で叫んだ。
盛大な勘違いだった。これは、恥ずかし過ぎる。穴があったら入りたい。化石になるまで二度と発掘しないでほしい。
持ち前のクールさが嘘のように取り乱す千鳥は茹でダコのように顔を真っ赤にさせていた。
「に、ニヤニヤするのはやめてよ……」
千鳥が落ち着くまで随分と掛かった。
通学路で叫ばれるのは色々と問題だったので二人は公園に移動して、ベンチに座っていた。
紅葉はニヤニヤが抑えられない。
「なんか、初めてちゃんと気持ち知れたなと思うと嬉しくて」
「こ、こうなるから普段は話さないようにしてるの……口下手だし、言わなくてもいいようなことまで言っちゃうから……私だって、本当はもっと普通に話したりしたいの」
人嫌いだとか、他人に興味がないだとか、クールなんだとか。
色々と囁かれていた千鳥の印象は全て虚像だった。
本当は、ただの残念な女の子なのである。
「だいたい、どうしてあなたが嬉しくなるのよ……」
残念さが露見して落ち込む千鳥が弱々しく問い掛ける。
紅葉は満面の笑みでとても嬉しそうにしていた。
「だって、俺だけ片想いしてるんじゃないんだって分かったから」
千鳥の頬が過去一番赤くなる。
勢いよく立って、紅葉に罵声を浴びせる。
「ばっ、バッカじゃないの! 変な勘違いはやめてよ!」
しかし、紅葉に効かないのは今に始まったことではない。
ニヤニヤと嬉しそうに笑っているだけ。
千鳥は唇を噛んで踵を返した。
「どこに行くの?」
「お腹空いたから帰る」
「じゃ、俺も」
「……ちょっと、どうして手を繋ぐのよ」
「なんとなく?」
「私達、恋人でもないのに」
「いや?」
「……今日だけ、特別」
千鳥は素直になれない自分が嫌になる。
「やった」
それでも、嬉しそうに手を繋ぐ紅葉の笑顔を見たら救われた気がした。
不器用ながらに大きな手を握り返す。
年頃の男子と手を繋ぐなんて初めてでよく分からなかった。
「今日はどこ寄るの?」
「……どこ寄りたい?」
「千鳥と一緒ならどこでも」
「だから、名前で呼んでいい許可なんて――まあ、良いけど」
ふっと柔らかい笑みが千鳥から溢れた。
紅葉は初めて見た微笑みに固まった。
「……何?」
「……いや、何も」
顔を逸らした紅葉の耳が赤くなっていた。
どうやら、照れたらしい。
いつもと違う反応を見せた紅葉に千鳥は可笑しくなって声を出して笑った。
いつか、気持ちを知られるだけでなく、言葉にして伝えたいな、と思った。