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第4章──晶晶白露Ⅱ

晶晶白露Ⅱ




乾丸(いぬいまる)真和(まさかず)は目の前の憑物に手を焼いていた。今まで除霊した憑物の中で(もっと)手強(てごわ)い霊だった。

ここのところ除霊という生業(なりわい)に疑問を(いだ)いていた乾丸にとって、この憑物は自分の限界(げんかい)を見せつけるためにやって来た地獄からの使者のように思えてならなかった。

「なんて恐ろしい霊だ…」そう(つぶや)いて意気(いき)阻喪(そそう)(おちい)っていた時、むさくるしい風貌(ふうぼう)(よそお)った中年の男が突然乾丸の除霊場を訪ねてきた。だがその外見(がいけん)裏腹(うらはら)に、身の内から湧き出る真紅(しんく)の霊気は比類(ひるい)()きものだった。

男は旅の途中だという──。〝この近くに()()()()()鍛冶屋(かじや)があるはずなのだが、道に迷ってしまったので教えてもらいたい、と近所で訪ねたら此処(ここ)を案内された。どうやら()()()()とを間違って教えられたようだ〟と高笑いしている。〝しかし──生業は違えど、あんたが()()()()()()加持(かじ)祈祷師(きとうし)だからこそ、近所の人が此処を教えたのだろう〟と男が()めると、乾丸は〝世間からは加持祈祷師に間違えられるが、自分は除霊師だ〟と答えた。

男は〝どうあろうが名前の通ったお人だろう…。これからも精進(しょうじん)してくだされ〟と乾丸を励まして出て行こうとした。この時乾丸は、〝この出会いは偶然ではない──これは天からの差し向けだ〟と直感し、初対面のこの男に除霊ができずに困っていると胸の内を(さら)け出した。男は〝自分はまだ看板も(かか)げていない未熟者(みじゅくもの)だ〟と謙遜(けんそん)とも取れる言い訳をしていたが、乾丸は〝こんなことを誰かれなしに話したりはしない。あなたの霊気が如何(いか)ほどのものか理解した上で助けを求めているのだ〟と伏して伝えた。

乾丸の必死の(うった)えに折れて、男はそれならばと両手に大きく()()んだ霊気を風呂敷(ふろしき)のように広げると、憑物をいとも簡単に追い出し、すっぽりと(おお)(かぶ)せてしまった。すると今度はそれが徐々(じょじょ)に小さくなり、やがて手のひらに(おさ)まるほどのガラス状の玉と化した。そのあまりに見事な(れい)(さば)きに乾丸は言葉を失ったのだった。

その夜、乾丸はこの男を自分の家に泊め、〝自分の霊力は、もはや(いただき)にある──これが限界だ〟と吐露(とろ)し、昼間の除霊は何なのかと尋ねた。

男は昼間見せた霊捌きは除霊ではなく聖霊だと話した。憑物を取り除く除霊と違い、聖霊は憑物を本来の(ぜん)(たましい)に戻してやり、さらにこの男は、その魂を帰るべき(ところ)に帰してやるというのだ。

乾丸は一晩悩んだ末、自分を弟子にしてくれと頼み込んだ。だが男の口から出た言葉は、乾丸を奈落(ならく)の底に突き落とさんばかりの(つら)い現実だった。

男はこう言った──〝君が苛酷(かこく)な修行を一生続けても聖霊はできない。たしかに私の(もと)で修行を積めば、今より霊力を得られるだろう…だがそれと聖霊とは別物だ。諦めなさい〟と──。

ならばどうしてあなたには聖霊ができるのかと尋ねると、〝これは宿命(しゅくめい)により(そな)わっている力──(すなわ)ち人の力に及ばざる運命(さだめ)。たとえ私の弟子になったとて、聖霊師になることはできないのだ〟と冷たく突き放された。


乾丸は強い霊力を人様のために役立てたいと、まだ十代の若さでこの生業に()いた。誰にも師事(しじ)せず、こつこつと憑物に困っている人を無心で助けてきた。何度も挫折(ざせつ)しそうになったが、そのたびに修行に励んで乗り越えてきた。おかげで上級霊でも除霊できる力を身に付けたとき、乾丸は除霊そのものに疑問を持ち始めた。〝除霊は憑物を追い払うだけ──いつまで経っても(いたち)ごっこだ〟加えて手強い憑物に遭遇(そうぐう)し、自分の霊力の限界を垣間見(かいまみ)た。

そこにふらりと現れた謎の男は乾丸にとって救いの神に思えた。自分では超えられない霊力の限界を、この男に師事すれば超えられると思ったのだ。

だが、その一縷(いちる)の望みもどうやら虚夢(きょむ)だったようだ。乾丸はついに諦めて、男の後ろ姿を悲しい目で見送った──。



大きな黒い(まなこ)波打(なみう)っている──今の錫にドライアイの心配はない。ほんの少しでも頭の角度を下げようものなら、地球の引力は錫の涙を一気に地面へ引き寄せてしまうはずだ。

「何だか乾丸先生ってとっても尊敬(そんけい)できる霊能力者…ぐずん…」

「それはもう……。何と言っても天登虎ノ門先生のお墨付(すみつ)きですから…」

「えっ!?おじい……虎ノ門先生の…?」錫はその先が気になって仕方なかった──。



     Ⅳ


「白の国に()いて、天甦霊主様のご命令は絶対です。ですから(したが)いましたが…やはり嫌悪感(けんおかん)(ぬぐ)えません…」

「……そう気に病むことはありません…。そのうちに褒美(ほうび)を与えましょう」

「天甦霊主様…ではその褒美……今頂けますか?」

「今?…えらく急ぐのですね…。まぁ、他ならぬそなたの頼みです…申してごらんなさい」

「ありがとうございます天甦霊主様。私が望む褒美とは……………」

「褒美とは…何です?そう()らされるとドキドキするではありませんか…」

「私が望む褒美とは──天甦霊主様に昔話を語って頂くことです」

「はい…?ドキドキしたわりには大した褒美ではありませんね…。どんな昔話がよいのですか?私とて一寸法師や桃太郎くらい語れますよ」智信枝栄はそれを聞いて、下を向いたまま口元だけ笑った。

「ではお言葉に甘えて…。褒美なので天甦霊主様も約束を(たが)えないでくださいね?」

「やけに用心深いですね…。私も神、約束を違えたりはしませんから申してみなさい」智信枝栄は下を向いたまま、さらに口元を(ゆが)めて笑った。

「ありがとうございます天甦霊主様。では話して聞かせてください………矢羽(やば)走彦(しりひこ)という霊神(れいじん)の昔話を…」

「……智信枝栄…そなたっ………(ずる)い…」


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