第21章──平穏
平穏
Ⅰ
黒の国には暗澹とした静けさが戻っていた。人間界ではその罪を巧妙にごまかしてきたズル賢い人間たちも、魂となっては決して逃れることはできない。地獄と呼ばれている黒の国で、犯した罪を後悔しながらその報いを受けることになるのだ──。
堕羅の亡者とはいったい何であったのか?結局その答えも闇に包まれたままだ。だが奴らは間違いなく黒の国の亡者と区別され、堕羅に閉じ込められているのだ──。
堕羅の大門は、その門番である錫雅尊──即ち香神錫によって封印された──。
言い方は滑稽だが、黒の国の亡者たちは、もう堕羅の亡者に邪魔されることなく、存分に地獄の罰を受けられるだろう。
そんな中、錫には一つだけどうしても拭えない心配事があった────晶晶白露のことだ。
辰夜代は間違いなく堕羅に閉じ込めた。だが同時にそれは、晶晶白露も永遠に錫の手元には戻ってこないということを意味する。もはや錫にとって晶晶白露は自分の分身のような存在となっていただけに、これから先、聖霊師としての生業にどう影響するのかを考えただけで、言いようのない不安が錫の心を襲うのだった。
Ⅱ
一週間後────
龍門はすっかり元どおりに回復し、いつもどおりの生活に戻っていた。
「ウマい!…やっぱり鈴子特製チキンのガーリックステーキは最高だ!」フォークとナイフを使ってトリのモモ肉を大きめにカットすると、龍門は幸せそうにそれをほおばって舌鼓を打った。
その後、ご馳走に満足した龍門がリビングでのんびりくつろいでいると、突然信枝と浩子が遊びにやって来た。
「やぁ…信枝ちゃんじゃないか!こっちへおいでこっちへおいで…。いや~…実は一度会いたかったんだ…あのことでね…」龍門は信枝を見つけると、目を輝かせて信枝をリビングに誘った。
「あれ以来だね……。あの時はビックリしたよ…まさかあんな世界で会うなんて…。今も夢じゃないかと思うくらいだ…」
「あの…おじさん…なんの話ですか?」
「な、なんのって…ほら異国で会ったじゃないか…黒の国とかいう場所で…。家族に向こうの世界のことを話しても誰も信じようとしないんだ…」
「…?ごめんなさいおじさん…私…なんのことだか分からないわ…。おじさん本当に夢を見ていたんじゃないですか?」
「えぇっ………!?」龍門は信枝からストレートパンチを見舞ったように一気に落ちこんだ。
「だから言ったでしょパパ…。長い間眠っていたから、その間に夢を見ていたのよ」
「だけど…あんなリアルな夢を…。川手に襲われたのは本当の事だ。その後…いきなり命を抜かれたと思ったら女性と狛犬にどこかに連れていかれ、途中で兄鬼とかいう鬼に引き渡されたんだ。それから〝絶対に逃げ出すなよ〟と釘を刺されて牢獄に入れられたんだが、これが結構小綺麗にしていて住み心地は悪くなかった。兄鬼という見張り番の話だと、俺を連れ去った女性がそいつらの親方で、〝何があっても絶対この魂を外に出すな。もし逃がしたりしたら大変なことになる。お前だけじゃなく自分も責任を取って無になるしかない〟と脅していたようだ。後でわかることだが、そんな言い方をしたのはその親方の配慮で、俺を守るために見張りの鬼に危機感を持たせていたらしい。因みに牢の中を小綺麗にするよう配慮したのも親方だった。そんなこととは知らない俺は、なんとかして家に帰りたくて、知恵を絞ってちょっとマヌケな小鬼稚をまんまとハメて逃げ出した。それから鬼の目をかいくぐり、蛇やムカデを晶晶白露で……あっ、そうそう…あっちで使った晶晶白露はスゴいんだ!魂を玉に封じ込めちまうんだぞ──あんなにスゴいとは思わなかったなぁ…」
──「パパは今まで晶晶白露のスゴさをよく知らないで使っていたのね…」
「それから俺は祠を見つけて、その中に隠れていたら…………錫雅尊とかいう…」
──「そういうことだったのか…。パパが脱走したことを知った親方の浩子は、パパの安否が心配になって慌てて地獄まで捜しに行ったんだわ。だけど浩子から聞かされていた脅し話を、兄鬼と小鬼稚は想像とカン違いでパパを危険な化け物に仕立て上げてしまった。噂っていうのは尾ヒレも背ビレも付くから、いつの間にかパパはとんでもなく凶悪な化け物にされて、地獄中にその噂が蔓延したに違いない──あわてて特別警戒態勢を敷いたのがそれを裏付ける何よりの証拠。そんな緊迫した場所に浩子が入り込んだもんだから、たちまちお縄になってしまった。いしもその後を追いかけて行ったけど結果は同じだった…………全貌が見えたわね」
「…その錫雅尊っていうのが信用できる奴なのかどうか…最初は判断できなくてな。…でもどこか似てるんだ…。男のくせに…不思議なくらい娘の錫に…。それで俺は奴を信用することにしたんだ…」
──「あっ、それでパパはあんなにあっさり信用を?…そうだったんだ!」
「…で、祠から出てきたら信枝ちゃんの姿があったもんだからビックリだったんだ──覚えてるだろ?三種混合のワクチン打ったとか…パスポート持ったとか……な?」
「おじさん申しわけないけど、なんのことか私には分かりません…」
「なんだなんだ……それじゃ、あれは本当に夢だったのか…?」
──「ごめんねパパ……人間界に戻って来たとき、信枝には固く口止めしておいたの…ややこしくなるからすべて夢の出来事にしておいてくれって。私と違って錫雅はぬかりないのよ…うふふふふふっ!」
Ⅲ
「あれから旦那さんはどうなんだい?」
「おかげですっかり元気になりました。弟子の越知も元どおりになりましたし…」
「そりゃ良かったじゃないか」
「それもこれもあの巫女さんのおかげです。是非とも今度うちの越知にも聖霊を教えてやってもらいたいですわ」
「はっはっはっはっ…あの時の錫の顔を見たろ!?鳩が豆鉄砲くらったみたいに驚いてたよ…はっはっは」
「もう、かわいそうに──姉さんが帽子とサングラスをかけてみろって言うから…」
「はっはっは…でもあれから大変だったよ──私とあんたの関係を詳しく聞かせろってね…。」
「でしょうね……錫さんか…。お世辞じゃなく、ホント…あの子はいい子ですね…」
「そうかい?ありがとうよ…。あの子は不思議な子でねぇ…。どうしてあんな恐がりな子が聖霊師なんていう生業を選んだのか驚きだよ。それにいつの間にか難解な謎も解いちまうだろ…?」
「実は私も錫さんに書いたメモ書きの意味が解らなかったのです。あれは天甦霊主が私に憑依して書かせたものですから…」
「そうだったのかい…。錫はみんなに支えられているんだね…。とてもあの子一人で問題を解決できたとは思えないからね…」
「だけど姉さん…私は錫さんから他の人には無い高徳な何かを感じます。きっと私たちとは違う別の何かを持って生まれてきたのでしょうね…」
「まぁ、それは当たってるけどね…。とにかくあの天然ぶりと霊能力とが〝ちぐはぐ〟で、なんとも可笑しくてね…ふふふっ。これからも力になってやっておくれよ」
「それはこっちの台詞です───未知の力を秘めた錫さんに是非とも力を貸してほしいくらいですよ」
「そういう静紅だって神様に見初められてすごいじゃないのさ…ふふふ」
「それが……どうしていきなり私に憑いたのか謎なんですよ…」
二人はそれからも時間を忘れて、喫茶店のコーヒーを飲みながら会話を楽しんだ。
Ⅳ
さらに一週間後────
「もう…まったくぅ…早く進みなさいよスン…。後から来た人がどんどん先に行っちゃってるじゃないの」
「だって……あそこにデッカイ鬼がいるもん…」
「あのねぇ…あんなの張りぼてでしょ……まったくあんたって子は…」
「ひろこぉ~…助けてよ…信枝がイジメるのぉ…」浩子はくすくす笑っているだけだ。
「はぁ…!?ちょっとスン…人聞きの悪い言い方しないでくれる。度胸を付けたいから、またお化け屋敷に連れて行けってせがんだのはスンでしょうが!」
「だってぇ~……」
「何が〝だってぇ~〟よ………まったくもう…」
──「私が向こうの世界で出会った鬼たちの方がずっと迫力があって恐かったわよ!錫雅様との約束だから誰にも話さないけどね…」信枝は胸の内でそう思った。
──「黒の国の鬼の方が優しくてずっとマシだったわよ!信枝には言いたくても言えないけど…」それが錫の胸の内だった。
「早く行きなさい──ほら…後ろからデッカイ大蛇が襲って来ようと…」
「えっ、大蛇!?イヤだぁ~……どうしてこんな恐ろしいところに来ちゃったんだろ?」
「あんたねぇ…」二人のやり取りを浩子はほのぼのと見守るのだった──。
「わたくしもちゃんと見守っておりますけん!」
「あたいだって!」
完
続編完結です──
当初は続編で聖霊少女錫は完結のつもりでした。
けれども、ふとある謎解きが自分の中で完成した時、三作目の構想に入りました。
その謎解きとは──それは三作目の配信が終わった時に載せることにします。
三作目に繋がることが決まったときから、多くの謎を残して二作目を終わらせることができました。
8月1日から三作目の配信を開始します。
それまで日にちがありますから、もう一度読み返してみてください。様々な謎が解けた後に読み返すと違った目線で楽しめますよwww
次作でまた錫と共に冒険を楽しんでいただければ幸いです。
続編をお読み頂きありがとうございました。




