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第2章──猜疑Ⅱ

猜疑Ⅱ




その男が龍門を訪ねて来たのは、お(ぼん)が過ぎて(しばら)く後のことだった──。

「龍門先生ですね?突然押しかけて申しわけありません。私は越知(おち)英資(えいすけ)と申すものです」紺色(こんいろ)のスーツを(まと)った感じの良い細身の青年は、恐縮(きょうしゅく)した様子でお辞儀(じぎ)をすると、時間を()しむように龍門を訪ねて来た目的を話した。


「お話は分かりました。二日後に(うかが)います」

「ありがとうございます。お待ちしております龍門先生」越知は龍門の(こころよ)い返事に対して丁寧に礼を言うと、何度も頭を下げながらその場を後にした。


その後すぐさま龍門は錫の部屋へ押しかけた。「錫大変だぞ!」

 「何?パパったら…年頃の女性の部屋にノックも無しにいきなり入ってくるなんて…」

 「すまんすまん…。それより大変なんだ!男が来てな…そいつの先生の道具が()かなくて、憑物にやられて頭が変になったそうだ…」

 「…?パパも変よ……。慌てないで落ち着いて話して…」

 「あぁ…」龍門は錫の部屋のベッドに座ると、大きなクッションに寝そべっている錫に話し始めた。

「たった今、除霊師だという青年がここにやって来たんだ」

 「除霊師…?」

 「同業者だ。越知と名乗るその青年はまだ駆け出しみたいだが、師匠(ししょう)が憑物にやられて大変なんだそうだ」

 「大変ってどう大変なの?」

 「まったく(しゃべ)れないそうだ…」

 「喋れないって……それだけじゃ分からないわ…」

 「パパにも分からん。とにかく明後日、その師匠に会いに行くからお前も一緒に来てくれ」

「え~、私も…?」錫は面倒臭そうにしていたが、そんな態度が一変する内容が龍門の口から飛び出した。

「それで越知がどうしてここを訪ねて来たかという理由だが…。師匠の使っていた連戦(れんせん)連勝(れんしょう)の道具が憑物に通用しなかったからだそうだ…。その道具というのが……晶晶白露だそうだ」

「ふぅ~~ん…………って、なんですってぇ──っ!」天地がひっくり返りそうになった錫は、大きな目をくりくりさせ、口を金魚のようにぱくぱくさせていた──。




     Ⅳ


龍門が越知のもとに訪れるのを明後日にしたのには理由があった。

実は越知が龍門を訪ねて来るほんの数十分前、以前聖霊したはずの明日香美鈴の様子がまたおかしくなったと、母親の紗樹から連絡を受けていた。龍門は明日一番に必ず行くと約束をしていたのだった。

越知からもなるべく早く師匠に会ってもらいたいと頼み込まれた龍門は、明日香美鈴のことを錫に任せようか──とも考えたが、まだまだ錫を一人で聖霊の現場に行かせるのは心配でならなかった。ちなみに龍門が心配しているのは、錫の安否(あんぴ)ではなく失敗だ。

錫からは〝そろそろ見習いの肩書きを外してくれ〟と何度か突っつかれたが、龍門はおっちょこちょいの錫を、まだ一人前の聖霊師と認められず、その度に却下(きゃっか)していた。そんなわけで、龍門は明日、明後日とも錫を引き連れて現場に足を運ぶことにしたのだった。


     ○


錫はたった今龍門から聞いた話を一人で抱えきれず、一時間後には喫茶『リンネ』に浩子を呼び出していた。

「晶晶白露がもう一あるなんてね…」

「しっ!──誰かが聞いてたらどうするのよ…」錫は慌ててピンと左の人差し指を立てて自分の口元に当てた。

「誰も聞いてないわよ…こんな話…」浩子が呆れながら反発した。

「この世には、まだまだ知らない世界があるのよ…。どこで誰が聞いてるか分からないのよ…むふふ」錫からぬ言葉が飛び出したので、浩子はくすっと笑ってテーブル越しに身を乗り出し、錫に負けない小声で尋ねた。

「それで誰が持ってるの?その晶晶白露…」

「私もまだ名前は知らないの…。越知なんとかっていう人の師匠が愛用しているらしいけど…。今まで晶晶白露を使って見事に除霊してきたそうだけど、今度ばかりは無敗(むはい)の晶晶白露も役に立たず敗北(はいぼく)したらしいの…。弟子の越知さんは、師匠から事あるごとに〝晶晶白露は香神虎先生から頂いたものだ〟と聞かされていたんだって…。それでうちを訪ねて来たらしいのよ」

「そういうことなのね。虎慈様が晶晶白露を授けるような相手なら…とりあえず信用できる人ではありそうね。それよりも晶晶白露がもう一本あったなんてね…」

「でっしょう!?驚かずにはいられないわよねぇ…。あっ、マスター…超チョコレートパフェもう一つ!」

「…スンの食欲にも驚かずにはいられないわ…ふふふ。…それで……()()()はどうするつもり?」最後の一口を美味しそうにほおばる錫に、浩子は真顔で尋ねた。錫は一瞬顔を曇らせたが、面倒臭そうに返事を返した。

「……言ったでしょ!私はごめんよ…。あの件には関わりたくないの…考えただけで虫酸(むしず)が走るんだってば…虫の幽霊だけに…」

「もう…冗談言ってる場合じゃないでしょ…。天甦霊主様の頼みなのよ…?」

「だけど…私をダマしたじゃない…」。「そ、それは…」

「ん……!?……ちょっと嫌な予感がしてきたわ…」。「嫌な予感って?」

「うん……今このタイミングで晶晶白露が効かない奴が現れるなんて偶然かしら…?自称神様の言ってる堕羅から出て来た奴らと、晶晶白露が効かない憑物とは同じ奴らだとか…?」

「充分可能性はあるわね」。「でしょ…?巻き込まれるのはゴメンだわ…」

「……もう手遅れかもしれないけどね」錫には浩子の口元が笑っているように見えた。

「なんだか今日の浩子はイジワル…」口を(とが)らせながら、おかわりの超チョコレートパフェの生クリームを豪快(ごうかい)にスプーンで(すく)うと、口いっぱいにほおばって浩子を(にら)んだ。

「そうじゃないけど、避けて通れないスンの宿命なのよ…」。「絶対ごめんだわよ……」

「じゃ、どうするの…?」。「これからいしを呼び出すわ!」

「い、いしを!?」。「だって自称神様が誰に相談してもいいって言ったもん」

「で、でも…。天甦霊主様のいうことは聞かないけど、いしは呼び出すって…都合が良すぎない?」

「いいのいいの…。浩子…今から付き合ってくれる?」。「えっ…どこに?」

「ついて来てくれたら分かるわよ!」錫はチョコパを猛スピードで口に運んだ──。



浩子を(なか)ば強引に連れて来た場所は、錫の家から一番近い神社だった。〝別格(べっかく)官幣社(かんぺいしゃ)〟と一際(ひときわ)目立つ大きな文字が(きざ)まれた石の鳥居を(くぐ)り、山に向かって(ゆる)やかな参道(さんどう)を歩いて行くと、やがて神社へと結ぶ石段が現れる。その石段を登りきって境内(けいだい)を見渡すと、阿吽(あうん)の口をした二匹の狛犬(こまいぬ)が互いに向かい合って神社を(まも)っている。

いしが白の国に帰ってから、錫は何度もここに足を運んだ──そして何度も涙を流した。

集鬼鈴(しゅうきりん)を出現させて鳴らしかけたこともあった。けれども〝忠義に満ちたいしの方が私なんかより、もっともっと(つら)いに違いない〟と自分に言い聞かせて泣く泣く帰った。

生きていしに会うことは(かな)わないだろうと(あきら)めていた錫だったが、今は非常事態だ。むやみやたらといしを呼び出すわけではないからお叱りはないはずだ。まして天甦霊主は〝誰に相談しても構わない〟と言ったのだ──それがいしでも構わないはずだ。浩子が指摘(してき)したように、天甦霊主が〝誰に相談しても構わない〟と言ったのは、堕羅の大門の番人探しを引き受けることを条件に許したことだろうが、それは解釈(かいしゃく)の違いでどうにでもなる。〝頼みを聞き入れるかどうかを誰に相談してもいい〟という意味に取れないこともない。

錫としてはいしを呼び出し、気になるもう一刀の晶晶白露のことを一緒に調べたら、堕羅の番人探しの件は〝いしと相談した結果、やっぱり無理です〟ときっぱりと断ろうと考えていた。

──「自称神様だって私をダマしているんだから、こっちもそれくらいのことは許されるわよ…」錫は心の内でそう思っていたのだった。


「ここでいしを呼び出すの?」浩子は錫に聞いた。

「うん!こんな機会はもうないかも…。やっといしに会えるわ!」錫は嬉しそうに顔を(ほころ)ばせながらチャクラを最大に開き、左の手のひらに霊気を集めた。

「スン……あなたいつの間に…?」浩子が驚くのも無理はない。暫く見ない間にスンのチャクラは半分以上開くようになっていた。

「あっ、この()()()のこと?毎日ロウソクで精神を鍛えていたらいつの間にかこんなに開くようになっちゃった。これぞまさしく〝継続は()()()()なり〟ってやつ…きゃはは」

「…………ふふっ。それだけ霊力が高ければ聖霊師としては一人前だわ」

「それがまだまだ見習いなのよぉ」錫は近所のおばちゃんのようなおちゃらけた仕草(しぐさ)で言った。

「お父様はスンの秘密を知らないものね…」。「知ったらパパはふて腐れて隠居(いんきょ)しちゃうわ……」

「そうね…ふふふっ…」たわいない話をしている間に、錫の左の手から集鬼鈴が迫り上ってきた。「いとも簡単に出せるようになったのね…」浩子は錫の成長ぶりにただ驚くばかりだ。

「集鬼鈴を出すくらいでそんなに驚かないでよ…。それより今からが本番よ」辺りに誰もいないことを確かめた錫は、集鬼鈴を持っていた左手を高く上げ、スナップを聞かせなが大きく振り下ろした。

〝シュウィーン……シュウィーン……〟──大少様々な大きさの鈴から鳴り響く音色は、頭の中を何十曲もの子守歌が同時に駆け巡るような不思議な(いや)しを誘うのだった。

やがて鈴の音は境内の空気を(なご)ませた後、もとの静寂(せいじゃく)さへと戻っていった。

「私……思わず浩子から抜け出してしまいそうだったわ……ふふっ」

「しっかりしてくださいよぉ…智信枝栄殿」錫はくすっと笑って集鬼鈴を〝ふっ〟と消し去ると、冷たく硬い石の狛犬を凝視(ぎょうし)した。沈黙のまま見つめている錫の目はもう(うる)んでいる。

やがて石の狛犬がダブり始めた──いしを初めて呼び出した時、錫は恐怖心を抱きながら見つめていたが、今回はまったく気持ちが違う。一刻も早くいしと会いたくて胸が(おど)った。

ダブった狛犬は、躍動感に満ちた(たくま)しい肉付きとフサフサとした(つや)のある毛を纏い始めた。

「いしが現れるわ……」〝ぎゅっ〟と握った錫のこぶしが汗ばんだ。やがてもそもそと動き始めた狛犬は(おもむろ)に前後の足を軽く折り曲げると、次の瞬間〝ぴょん〟と飛び跳ねて、錫と浩子の正面で行儀良くちょこんと座った。

「………綿…?」。「………綿…?」錫と浩子は目を点にして同時に名前を呼んだ。

「………あたいだと不満ですか?」

「あっ…い、いや…そうじゃないけど驚いただけ…」慌てて錫が言った。

「でもあたいにはがっかりした顔に見えましたけど…。特に錫雅様は…」きっぱり言われて錫は動揺(どうよう)を隠せない。

「綿は相変わらず歯に(きぬ)きせない物言いね…ふふ。で…いしはどうしたの?」浩子がさりげなく助け船を出した。

「あの(おす)は、白の国にはいません」

「えっ!?白の国にいないってどういうこと?」

「実はあの雄は、もう人間界に来ているんです」

「に、人間界に…!?」錫は口をポカンと開けて浩子を見た。

「なんでも天甦霊主様から用を(おお)せつかったらしいです…。あたいは天甦霊主様から、錫雅様があの雄を呼び出すことでもあれば、あなたが行って事情を説明してきなさいと言われたので、こうして代わりに来ました。好きで来たわけではないのですが、せっかく来たので(しばら)くこっちにいることにします…」

「ねえ、浩子…自称神様って………私がいしを呼び出すことを先読みしてた…?」浩子は〝こくこく〟と二度頷いた。「う~ん…恐るべし自称神様…」錫はブルッと(ふる)えた。

「ところで綿…いしがどんな用でこっちに来たのか聞いていないの?」浩子の問いに綿は知らないと答えた。

「スン、そんなに落ち込まないで…。きっと何か事情があるのよ…」。「…うん」

「いしのことだもの…会えるようになったら一番にスンのところに飛んで来るはずよ」。「……うん」

錫はいしに会えなかったことよりも、人間界に来ているいしが自分に会いに来てくれなかったことがショックだったようだ。

「さぁ、帰りましょ」。「……うん」

来る時の足取りの軽さはどこへやら──錫は浩子に手を引いてもらって何とか家に帰り着いた。錫を送り届けた浩子は〝あんまり考え込まないで〟と優しく錫を(はげ)まして帰って行った。

綿は何を思ったのか知らないが〝あたいも智信枝栄様について行きます〟と言って浩子にお(とも)して行った。

結局、錫としては形式だけでも堕羅の大門のことを相談するためにいしを呼び出そうと考えたが、目論見(もくろみ)どおりにはならなかった。それどころか、いしが人間界に来ているにもかかわらず、主人になんの一報も無いという(さび)しい現実を知らされ、益々(ますます)やる気が無くなった。


錫は天甦霊主が何かを(たくら)んでいるように思えてならなかった。一度(ひとたび)そう考え始めると、錫はある出来事を思い出してしまうのだった。

錫が無事拗隠の国を(だっ)して白の国に帰り着いた時、錫は天甦霊主に邪悪の根元だった矢羽(やば)走彦(しりひこ)の話を持ち出した。その時の天甦霊主は明らかに動揺(どうよう)しているようだったが、それでも矢羽走彦を知らないと言い張った。

──「どうも怪しい………自称神様って本当に信用できるのかな…?」

天甦霊主に対する猜疑(さいぎ)の心が錫に宿ると、何もかもが疑わしく思えてならなかった──。



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