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再会

作者: 森 彗子

 私の母には俗に言う霊感がありました。その母本人から聞いた、とても興味深いエピソードをひとつ。


 舞台は北海道の道南で昭和五十年代です。母は私が保育園に通っていた頃、運転免許を取得しました。それまで母は兄と11か月差の双子姉妹(私と妹)の三人を、自転車で二度往復しながら保育園まで送迎し、生活のために化粧品の外交員のアルバイトをしていました。無事に本免許を取って、前もって購入していた赤いセダンの納車に行った帰りに、ふいに「行かなくちゃ」と思い立ったそうです。


 岩見沢市の隣町・三笠町に叔母が住んでいて、母は実の母親以上にその叔母のことを親っていました。叔母の住む町へと続く道路をひた走りながら、ふだんは父の運転する車の助手席からしか見たことがない風景を眺めて、しばらく山間のさびしい国道を進んでいきました。三笠町のかなり手前で、急に道を曲がろうと思ったのだそうです。その脇道は、これまでに一度も来たことがない集落へと向かう一本道でした。やがて舗装は途切れ、砂利道となりました。田園風景と森林の間にある農道のような寂しい田舎道を進んでいくと、突き当りに立派なお寺らしき建物が目に入りました。


 駐車場に車をとめ、きつねに抓まれたような気持ちでお寺の門をくぐった母は、読経中の声に誘われるように本堂へと向かいました。入口からしばらく中の様子を眺めていると、背後からお寺の関係者らしい方に「どちらさまですか?」と声をかけられました。


 母はしどろもどろながらも事情を説明しました。免許を取ったばかりで、納車された車に乗ったらここへと向かっていたこと。強い使命感のような気持ちで今ここに居ることを困惑しながら伝えたそうです。すると、読経を終えた住職がおもむろにこちらを向いて、正座したまま言いました。


「今日は無縁さんの一斉供養をしておりました。もしかすると、この中にあなたの知人が居るのかもしれません。どうぞこちらで名簿をご覧になってください」


 名簿には名前も住所もわからなかったり、身元引受人のいない孤独死をした人達が書き連ねられていました。上から慎重に名簿を見ていると、ありました。知っている名前が。


 十二年前。妻子を捨て、愛人である若い女性と結婚したはずの実の父親の名です。


 母はギョッとしながらも「父さんが私を呼んでいたんだ」と、すんなりと納得したそうです。


 母は骨の入った桐箱を受け取り、「無縁仏にならずに済んで良かった」とお寺の人々に喜ばれなががら見送られて帰宅しました。


 いつ死んだのか、なぜ死んだのかも知らされず、突然骨になって娘のところに帰ってきた父親。父親と別れてからの苦労を思うと文句のひとつやふたつ怒鳴りつけてやりたい気持ちはあれど、死人になった相手にもの言うのは気が引けたそうです。結局、母は不完全な父親を許したのだそうです。


 別れた妻は、すっかり見違えた夫をわざわざ連れ帰った娘を無言で受け入れ、先祖を祀る仏壇で一緒に供養することにしたそうです。


 終わり


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