覚醒
まっくらな部屋の中、お布団に包まれながら、ひとりぼんやりと夕刻の海景を思い返していた。
海を挟んで目の前に広がる島影。青い海、穏やかな波、水色の空、射し込む夕陽。
あんなとこ、いつ行ったんだろ。そもそも、なんであの景色が気になってならないんだろ。あそこには船に乗って来た。船に乗って。どこから?
「この海の向こう、陽の沈む先に、あの方はいらっしゃいます」
わたしは海を前にしていた。水平線の向こうに陽が沈まんとしていた。海が金色に輝いていた。
ここは?
「本当に行かれるのですか」
「そのためにここまで来たのよ。ここからは船でなければ行けないんでしょう」
「無事にお着きになれるか、わかりませんよ」
「他に行く手立てはないんでしょう」
「もう一度、考え直していただけないでしょうか」
「あの人をひとりにしておくわけにはゆかない。それに、もうみやこにわたしの居場所はないわ」
あの人?
あの人って?
「伊予はみやこと違って鄙びたところ。お着きになっても、大変なことばかりですよ。それでも行かれるのですか」
「ええ、もう決めたの」
あの人のもとへ行く。どんなことがあっても。
あの人のもとへ。
「早く、早く」
低くなだらかな山並みが見える。わたしは野を駆けている。風が心地よい。
前を男の人が駆けている。あの人だ。後ろから誰かが追いかけてくる。
「お待ちください、お待ちください」
「こっちこっち」
繁みの奥に入る。大きな木がある。その木の下に、大きな穴。あの人に手を引かれて、その中へ。
「気をつけて。ゆっくりゆっくり」
穴はちょうど人がふたり入るほどの広さしかない。中でふたり体をよせて、息を殺す。
わたしたちを探す声が遠ざかってゆく。
やがて、人の声がしなくなった。聞こえるのは野分けの音と鳥のさえずりばかり。
「行った?」
あの人が顔を上げる。
「行ったな」
ふたり、目が合った。
くっくっく。
あははははは。
「静かね」
周囲は緑に覆われ、木漏れ日が柔らかな光を落としていた。
「今ごろ大騒ぎしてるぞ」
ふふふ。
「しばらくここにいよ」
あの人がいたずらっ子のような笑顔を見せた。少し汗ばんだ熱を直に感じる。
まっすぐに見つめ合う。優しいまなざし。気品に満ちた、凛々しい表情。近づいてくる。
「あなた」
はっと目が覚めた。
部屋は暗かった。空気が冷えていた。天井だけが見えていた。
お布団の中、左胸を下に横を向いた。
唇に指を当てた。
生々しい感触が残っているよう。やだ、なんて夢見てんだろ。
でも。
あの人は、誰?
胸の奥がざわざわする。
「衣通子」
ふいに背後で声がした。
ごろりと仰向けになると、兄が身体を起こしていた。
「起きてたの?」
「うん、おまえに話がある」
話? なに、かしこまって。
わたしも身体を起こした。
兄はおもむろに語りはじめた。
「ずっとずっと昔の話だ。わたしは船に乗せられて、この地にたどり着いた」
この地にたどり着いた? ずっとずっと昔?
「ちょっと待って、なんの話?」
「この世界に生まれる前の、いや、それよりずっとずっと昔の話だ」
まじまじと兄を見つめてしまう。
なにを、言ってるの?
「わたしは、争いに敗れて、捕らえられた。そして、この地に流された」
争いに、敗れて? 捕らえられた? 流された?
「そのわたしを、はるばる追いかけて来た者がいた」
追いかけて、きた?
「衣通子、おまえは船に乗ってやってきたことがあったと言った」
そう、わたしは船に乗って来た。
「どこから?」
どこから?
どこから、どこから
よくわからない。
でも、きっとさっき見た夢に出てきた、金の夕陽に照らされた、あの湊から。
「じゃあ、なんのためにおまえは船に乗って来た?」
なんのため?
なんのため、なんのため
「あの海の向こう、陽の沈むところにあの方はいらっしゃいます」
あの人に会うため。
そうだ、
あの人に会うためにわたしは船に乗ったんだ。
「人に会うため。そう、どうしても会いたい人がいたの」
兄はしばらくわたしを見ていた。やがて、口を開いた。
「じゃあ、おまえが船に乗ってまでして、会いたかったのは、誰?」
誰? 誰?
誰だろう。
「なんと呼ばれる人だった?」
なんと呼ばれる?
なんと?
「軽皇子」
声が勝手に出ていた。
え? わたし、今、なんて言った?
「かるのみこ」
兄は寂しく笑った。
「かるのみこ、・・・かるのたいし、・・・はるか前世において、わたしはそう呼ばれていたことがある」
どくん。
心臓が大きく鳴った。
軽皇子、軽太子・・・
その名を反芻しながら、目の前に座る人の寂しい顔を見つめた。
どくん!
「あ、あ、あ、あ」
両手で口を覆ってしまう。
優しいまなざし、気品に満ちた凛々しい表情。
そうだ、あの人は軽皇子とも、軽太子とも呼ばれていた。
そして、今、この人はなんと言った?
はるか前世において、そう呼ばれていたことがある?
「その頃、おまえはこう呼ばれていたな」
静かな口調で告げたふたつの呼び名。
「かるの・・・」
「そとお・・・」
・・・
その響きに、閉ざされた記憶の扉が開かれてゆく。次々と、次々に。
渦を巻くように蘇ってくる数々の思い、面影、声色、感触。そしてそのときどきを彩る景色。
それは、わたしが木梨衣通子として生まれ落ちるずっとずっと以前の記憶。
この人が誰だったのか、わたしが誰だったのか。
そうだ、あなたは。そして、わたしは。
胸の奥から思いがせり上がってくる。
ときめき?
いいえ、そんなもんじゃない。もっともっと深い、一途な思い。
・・・
会いたかった。
ずっと、ずっと、会いたかった。
あなたに。
やっと、会えたのね。
もう、かれこれ千六百年も昔のことになるのね。
あなたは皇子で、わたしは皇女だった。
他にもたくさんのきょうだいがいたけれど、わたしたちは同じお母様から生まれた、全く同じ血をわけた兄妹だった。
なのに、幼い頃、あなたと会うことは、あまりなかったわね。
わたしはお母様といつも一緒で、あなたはずっとお父様のおそばにいらした。
ずいぶん大きくなってから、あなたはわたしの顔を見るなり「あのおまえが」なんて、間の抜けたことおっしゃったのよ。おかしかった。
あなたと過ごす時間は、本当に楽しかった。そばにいることがどんどん増えていった。
でも、わたしはあなたの本当の妹だったから、異性としてあなたを見ることはなかった。
だから、あなたが思いを伝えて下さったときは、ただの戯れだと思ったの。
けれど、それが本当とわかったとき、驚きしかなかった。信じられなかった。
あなたは先々、帝になられる身。
わたしはその同じ血をわけた身。
許される間でないことはわかりきったこと。
けれど、あなたの思いは哀しいほどに一途であられた。
どんなことになってもいいのね。
何度も何度も尋ねたわよね。
あなたは、わたしをおいて他にまさるものなどない、と言われた。
だから、わたしは覚悟を決めたの。
あなたの思いを受けることを。
どんな運命が訪れようとも、あなたに付き従うことを。
同じ血をわけた身でありながら、あなたと結ばれることを。
今もありありと覚えている。
あのときのことを。
あなたの息遣いも、あなたが見せた表情のひとつひとつも。
あなたの思いがまっすぐにわたしに向けられていることが、ふるえるほどに嬉しかった。
わたしもまた、あなたのことを、誰よりもなによりも思っていることがわかった。
あなたと同じ血をわけた身であることが恨めしくもあった。
そして、いずれ訪れる審判の日が、ただただ恐ろしかった。
そんないろいろなことから逃れたくて、あなたに強く強く抱きついた。
それからのことは、なにも思い出したくない。
血をわけた者どうしの結婚など、誰も許してくれるはずもなかった。
酷いことばかりだった。
お父様がお隠れになると、あなたは罪を着せられ、捕えられて、この地、伊予に流された。
必ず必ず帰って来ると、あなたはおっしゃったけど。
女の身であるわたしにも、そんな日が来ないことはわかっていた。
もうあなたが帝になられることはない。あなたが都に戻ればいくさがはじまる。
「君がゆき 日長くなりぬ やまたづの 迎へを行かむ 待つには待たじ」
もう待ってなんかいられなかった。
ただただあなたに会いたかった。
あなたに触れたかった。
あなたの声が聞きたかった。
都を離れたことも、海に乗り出したこともなかったけれど、なにも怖くはなかった。
あなたが行くところに、わたしが行けないわけがない。
海の向こう、陽入る果てに、あなたがいて。
そこまで行けば、あなたに会える。
そう。
伊予。
月の満ち欠けを幾度見たかしら。
揺れる船に身を任せ、風待ち潮待ちの津でなすこともなくときを過ごし、ようやくあなたが流されたこの国の津にたどり着いた。
すぐに使いを送ったら、あなたは山を越えて会いに来て下さったわね。
あなたのあのときの顔は忘れられない。まるで幽霊でも見たかのような。
きっと知らせを受けても、信じておられなかったのでしょう。おかしかった。
あなたと会えて幸せだった。来た甲斐があった。
けれど。
この鄙びた土地に来てもなお、忍ばねば会うことさえままならないなんて。
我が身は老いてゆくばかり。
子を授かることもかなわない。
希望というものがどんどん見えなくなってゆく。
この世は、わたしたちの住むところじゃなかった。
結ばれたふたりが、生まれながらに尊い血でつながったふたりが、ただ生き永らえんがために、離れて暮らさねばならぬとは。
そんな意味なき時間をこの世で費やすくらいなら。
生まれ変わって、誰からも後ろ指を指されることなく、添い遂げよう。
それから。
何度、生まれ変わったかしら。
ずっと探していた。あなたを。
でも、
わたしたちはずっとすれ違い。
同じときに生まれることができない。
同じときでも、遥か遥か遠い場所だったり、あまりにも齢が離れすぎていたり、あまりに違う身分だったり。
あれから、もう千六百年もの年月が経っていたのね。
あなたに会えて、本当に。
本当に。
うれしいわ。
うれしい。
うれしい。
熱い思いを隠さず、見つめつづけていた。はるか昔に身も心も委ねた人を。
「やっぱり、おまえだったんたな」
しばらくして、目の前の人がそう言った。
なんと答えていいのかわからない。まっすぐに見つめたまま、込み上げてくるものを抑えるだけで精一杯だった。
あの人がわたしを見つめる。
それは千六百年の昔に幾度となく見せた表情。
妹としてではなく、ひとりの女として、わたしを見る表情。
その表情が滲んでくる。もうこらえることができなかった。
「あなた」
もたれるように抱きつく。
あなたは優しく、そして力強く、包み込んでくれる。
その温もりを感じながら、思いが嗚咽となって漏れてゆく。
なんという前世をもってわたしたちは生まれてきたのだろう。
はるか千六百年も昔の、荒々しくも生々しい、そしてあまりにピュアな思いが込み上げてくる。
「会いたかった。ずっとずっと会いたかった」
「あのとき、おまえがこの地にやって来たときの姿を、はっきりと覚えている」
「わたしも、はっきり覚えている」
「やっとの思いで、わたしの許にやってきた」
「どこへでもついて行くって、わたし、決めていたから」
「はるばる波濤を越えて」
「あなたがここにいらっしゃることがわかってたから」
抱き合ったまま、しばし時を過ごした。
どれほど経ったろう。
あなたは静かに言った。
「おまえに言っておかねばならないことがある」
言っておかねばならないこと?
顔を上げた。
あなたの顔を見た。
憂いを帯びた目が下を向いている。
しばらくして、あなたは言った。
「許してほしい」
え?
「わたしは、おまえに詫びなければならない」
詫びる? なにを?
「あのとき、おまえを政争に巻き込んでしまった」
そんなこと、あなたのせいじゃない。
「おまえは、並外れてうつくしい娘だった。振り返らぬ男など、一人としていなかった。おまえに求婚する者たちもひとりやふたりではなかった。帝もよき相手を見つけようとそれはそれは力を入れておられた」
多くの男がわたしの前に現れた。いずれも力のある家の者たちだった。
「しかし、その中には、野心だけで近づく者もいた。わたしは兄としておまえを守る義務があると思った。邪な考えを持つ者を遠ざけるため、おまえをそばに置くようにした」
そう、あの頃、しつこい人たちに疲れたわたしには、あなたのそばは唯一の気が休まる場所だった。
「帝は、わたしを次の帝にすると決めておられた。女たちが懸命にそんなわたしの気を惹こうとする。女たちだけではない。その後ろにいる親や兄弟も女を連れて近寄ってくる。気を許せるはずもなく、心を開くことのできる女など一人としていなかった」
でも、あなたは愚痴のひとつもこぼさず、いつもさわやかな笑顔を見せていた。
「疲れたわたしに、おまえは救いだった。うつくしい笑顔、やわらかな声、こまごました気遣い、そして機知に富んだ話。いつしか誰よりもおまえといるときが心安らぐようになっていた」
それはわたしも同じこと。あなたと過ごすひと時を心待ちするようになっていった。
「おまえと過ごすときが長くなれば、他の者たちに費やすときが減るのは自明のこと。不平不満があちこちから出るようになった。するとますます疎ましくなる。いつしかわたしは、なんでおまえが血をわけた妹なのかと思うようになった。しかし、それがおまえを不幸にした」
不幸?
「わたしは、弱かった。帝となれば、さまざまな者たちがそれぞれの思惑を持って近寄ってくるなど当然のこと。わたしは、おまえの優しさに逃げたのだ。それが地位を覆したい者たちに格好の材料を与えてしまった。わたし自身だけでなく、おまえまで巻き込んでしまった。許してほしい。わたしはあのとき、おまえを忘れるべきだった。おまえのことを本当に思っていたのなら・・・」
あなたはなにを言っているの?
胸をかきむしられる思いだった。
なぜ、そんなことで、あなたが謝る必要があるの?
なぜ、今更そんなことを言うの?
「もう他に望むものなどなにもなかった。おまえと平穏に生涯を送ることができるのなら。おまえのそのうつくしい笑顔を見ながら日々過ごすことができるのなら」
それは、わたしだって。あなたの思いを受けたときから、望むことなんて他にない。
「だが、わたしはおまえの人生を奪ってしまった。分別をわきまえず、わたしが弱かったばかりに。許してほしい。千六百年だ。千六百年もおまえの魂を彷徨わせてしまった」
それは、それは違う。
わたしたちは自分の思いに素直だっただけ。あなたとわたしは、いつも心を通わせていた。その思いを大切にしていた。そして、その思いを、つぎの命に託しただけ。それが千六百年になっただけのこと。
「これまで幾度も生まれ変わった。おまえとは出会うことができなかった。生まれ変わった当初は出会うことさえできれば、すべてが解決するんだと思っていた。だが」
だが?
「何度か生まれ変わりを繰り返すうち、いろいろな人生を送るうちに、わたしの振る舞いがおまえをどれだけ苦しめたのかを知った」
あなたの振る舞い?
「おまえと迎える朝は、なによりすばらしいひとときだった。目覚めると、おまえがそばにいる。優しい瞳でうつくしい微笑みを向けてくれる」
気だるいような甘いひととき。血族さえ信じられぬ世の癒やしになれるなら。あなたのどんなこわばりでも緩めてあげる。いつでもあなたを受け入れてあげる。最後のひと雫まで受け止めてあげる。
「しかし、そうやって迎える朝を責める者が現れるようになった。帝からもお言葉をいただいた」
朝、蔑むような目で見る人がいた。噂話を立てる人がいた。しつこく追及する人がいた。下卑た笑みを浮かべる人がいた。わたしから逃げるように立ち去る人がいた。忘れようとした記憶が蘇ってくる。まとわりつくような嫌な感触とともに。
「けれど、いけないと言われれば言われるほど、思いは募るばかり」
そう。あなたは毎晩のように訪ねてくるようになった。それは嬉しかったけれど。
「おまえはいつしか涙を見せるようになったな。どうしたのだと聞いても、いいえ、なにもありませんと繰り返すばかり」
あの頃、まわりから人がどんどんいなくなっていった。
「今なら容易に想像できる。皇太子だったわたしにさえ責める者が現れた。皇女のおまえはもっと責められただろう。それでもはじめのうちはまだよかった。わたしに向けられた言葉も、今思えば諫言であった。それが一年、二年、三年と過ぎてゆくと、非難と嘲笑に変わっていった。周囲の者たちのおまえに対する態度がどう変わっていったのか、今なら容易に想像できる」
わたしのことはいい。わたしのために、あなたが責められる。わたしという存在があなたを苦しめる。それが辛かった。あなたはいずれお妃をもらう。そうなれば、あなたのもとから離れることができる。あなたが責められることもなくなる。あなたを失う。でも、それはわたしが我慢すればいいだけのこと。
「結婚の話はいくつもあった。どの女を見ても、おまえと比べてしまう。おまえだったらと思ってしまう。帝になれば、正式におまえを妻として迎えよう。いつしかそう考えるようになった」
帝は、お父様は、決して若くなかった。けれど、その世は長く、お隠れになられたときには、あなたもわたしも相応の齢になっていた。あなたはお妃をもらうこともないまま、わたしをずっとそばに置いてくださった。お父様もお隠れになるまで、わたしたちをずっと許してくだされた。
「しかし、帝がお隠れになると、わたしは裏切りにあった。帝になるどころか、この伊予の地に流されることとなった。今思えば、当然の報いだ。わたしはあまりに分別をわきまえていなかった。思慮はもっとなかった。ために人心は乱れ、後々まで混乱を生んでしまった。弟たちが互いに殺しあったのも、もとはわたしに分別がなかったからだ。そこに大切な大切なおまえを巻き込んで、大変な苦しみを与えてしまった」
過ぎたことはもういい。過ぎたことは返らない。
「わたしを追って、おまえがこの地にやってきたとき、やっとの思いでこの地に現れたとき、これがあのおまえなのかと思った。その姿に己れの犯した罪の大きさに慄いた。最も身近で、最も大切だったおまえさえ幸せにしてやることができない。わたしには、帝の器などなかったのだ」
そんなこと、どうでもいい。あなたが不器用なのは、はじめからわかっていたこと。
「女がひとり、波濤を越えてきた。おまえが頼れる者は誰もいなくなったのかと思った。あれほど輝いていたおまえの全てを、愚かなわたしが奪ってしまった」
お願い、過ぎた話をもう繰り返さないで。
「次のいのちでおまえに償いたかった。生まれ変わった。けれど、おまえに会うことができない。何度も何度もすれ違いを繰り返した。やっと、やっと、今日会うことができた。しかし、またも同じ血をわけた存在として生まれ落ちた。いったいどれだけおまえを惑わせば」
お兄ちゃん、もうやめて! もうたくさん。
あなたがわたしを思ってくれる。わたしがあなたを思う。それで十分じゃない。
こうしてふたりが生まれ変わる道を選んだのはなんのため? いつの日か、結ばれるためでしょう。千六百年の昔、そう約束をしたはず。
これまで何度生まれ変わっても、ずっとずっとすれ違ってきた。でも、いつか巡り会える日が来ることを信じて、誰からも咎められることなく結ばれる日が来ることを信じて、繰り返し繰り返し生まれ変わってきたのでしょう。
立場なんてどうでもいい。
今度も駄目だったら、また次に賭ければいい。ふたりの気持ちが通じていれば、それでいい。それが全てのはず。何千年経っても、わたしは、わたしは、あなたを思う。だから、だから、あのとき。
ねえ、 あなたはわたしのことをどう思っているの。答えて。好きなら好きと言って。そう言ってさえくれたら、わたしは。。。
涙が止まらない。
あなたと同じ血をわけた関係でさえなければ、なにも悩むことのない話。
なぜ千六百年の星霜を越えてなお、あのときと同じ苦しみを繰り返さなければならないの。
誰がこんな酷い仕打ちをするの。