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神々の対話

 あたしはいつもどおり、自転車に乗って家を出た。

 今は学年末の期末試験の真っ最中。今日は数学がある。昨夜は一時まで頑張った。

 でも、不安しかない。

 あたしの通う愛媛高校は異常だ。定期試験でも平気に授業の範囲を越えて出題される。

 なんで媛高なんかに入ったんだろ。そりゃ、世間的には聞こえがいいかもしれないけどさ。

 だいたい塾の先生に焚付けられたお母さんがわるいのよ。

 山積さんなら可能性があるから、ぜひチャレンジしましょうよ!

 なんて甘言にあっさり乗せられちゃうんだから。

 あーあ、あたしの優雅な高校生活はいったいどこに行っちゃったわけ? そりゃ、お勉強が大切なのはわかるけどさ。毎日毎日、あたしなんか及びもつかない秀才たちに囲まれて、授業についてゆくだけでも大わらわだわ。


 頭の中で悪態をつきながら、早春の朝の冷気を切り裂き、自転車を漕いでいると、松山城の天守閣が間近に見えてくる。北門前が道路工事で渋滞してたので、南側に回った。

 南堀端から堀を渡り、放送局の横を抜けると赤レンガ造りの壮麗な正門が目に入る。その奥に鎮座する石造りの、車寄せまでついたクラシックな校舎。全てが名門校の威厳を表しているかのよう。これに憧れたり、誇りを持つ人もたくさんいるみたいだけど、気圧される感じがして、あたしは好きじゃない。


 自転車を置いて、校舎に入ると、ある女子の姿が目に留まった。

 白い顔。赤みを刺した健康的な頬。肩で切り揃えられたつややかな黒い髪。

 試験が終われば必ず職員室前にでかでか貼り出される成績一覧表。そこで必ず一番右に載る名前。

 1年3組 三島透子

 この秀才揃いの愛媛高校で入試からずっとトップを維持してる子。

 どんな勉強やってんだろ? ていうか、どんな頭してんだろ?

 あの子だったら、あたしみたいな低レベルな悩みなんて理解できないんだろな。


 1年5組の教室に入る。

 もう半分ほどの生徒がいるけど、教室の中は冷え切っている。

 近頃の学校の校舎は冷暖房完備が当たり前だけど、媛高はそのあたり信じられないほどプアだ。

 過去には校舎建替えの話もあったようだけど、学校関係者だけでなく、地域の人たちまで巻き込んでの大論争になって、結局、歴史的だか文化的だかの価値を鑑みて、建替えが見送られた。その後は建替えの議論を出すことさえできない雰囲気になったらしく、その結果として、在校生は冬は乏しい暖房に身を凍らせ、夏はうだるような暑さの中、窓全開にして時折動く空気の流れに微かな涼を感じようとする有様。


 あたしは北面の廊下側の前から三番目の自席にカバンを置くと、芯まで冷えた体を暖めるべく、使い古した年代物の灯油ストーブのそばで暖を取る女子の一団に加わった。

 灯油ストーブの上には、安っぽい金色のやかんがちょこんと乗っている。まだ十分暖まっていないらしく、黒い蓋は静かなままだ。

「寒いねえ」

「寒いねえ」

 おはようの挨拶がわり。何人かが数学の問題についてあれこれ話している。そこに加わってもいいんだけど、今さらジタバタしてもなと思う。理解できてないことが発覚しても怖いし。


「ヅミー」

 声をかけられた方を向くと、黒縁メガネにウェーブのかかったロングヘアが、にこやかに小さく手を振っていた。木梨衣通子ちゃん。昨日、試験が終わってから、下校するまでちょっと話をした子だ。

「今日は大丈夫だよね」

 え? なにが? ぼんやりと衣通子ちゃんの顔を見ると、

「あれ? ヅミーって、数学、得意だったよね?」

 え? あたしが数学が得意?

「なに言ってるの? あたし、数学なんてボロボロだよ」

「そうなの? でも、この間の授業でなんだかすごい解き方してたよね」

 この間の授業? すごい解き方?


 ああ、嫌なことを思い出した。

 この学校は数学の授業でも生徒を当てて、全員の前で黒板に書かれた問題を解かせたりする。

 そのとき、あたしはヒイヒイ言いながら数式を組み立てた。なんとか回答したものの、先生からは「また、回りくどいことしたもんだな」と言われ、一発で答えの出る公式をスラスラ書かれ赤面した。

「木梨さん、いじめないでよ」

「いじめる? わたし、褒めてるんだけど」

「だって公式ひとつ覚えてたら、簡単に解ける問題だったんだよ。なのにあたし」

「数学は暗記科目じゃない」

 え?

「うちのお兄ちゃんがいつも言うの。なんでそうなるのか理解できてなくて、公式だけ覚えてわかったつもりになってたら、数学なんてモノにならないよって」

 思わず黒縁メガネの顔をまじまじと見てしまった。メガネ越しに目がキラキラしてる。

「ひとつひとつ丁寧に理屈立てて解いてたから、凄いなって、感心して見てたんだよ」

 あたしを励ましてくれてるの?

「木梨さん、あたし・・・」

「あ、それからさあ。その木梨さんって、もうやめてよ。わたし、衣通子って名前なんだから」

 チャイムが鳴った。また恐怖のショータイムが幕を開ける。

 でも、あたしは不思議な高揚感に包まれていた。


 媛高の試験には、問題の末尾に必ず一文字が括弧つきで記されてる。

「高」はオリジナル問題だけど、他は大学入試の過去問だ。

「北」、「杜」、「東」、「名」、「京」、「阪」、「九」、「橋」、「神」、「工」、「外」、「筑」、「広」、「茶」、「愛」、「早」、「慶」、「上」、「理」などがずらずら出てくる。「杜」は一字にできないために所在地に因んだもの、「セ」はセンター試験、「共」は共通テストからだろう。「セ」や「共」が並んでいると、何となくホッとするけど、「東」や「京」なんかがついてると、問題を見る前からげえっと思ってしまう。あたしにはきっと一生なんのご縁もないはずなのに。


 問題と回答用紙が配られた。チャイムの合図とともに、試験が始まる。紙を表にめくる音が一斉に響く。

 全部で十問。問題の末尾を見る。

「セ」、「東」、「早」、「法」、「神」、「慶」、「橋」、「阪」、「東」、「京」。

 なによ、これ? 全部、過去問じゃない。先生、手を抜いたな。

 教室のあちこちから、ため息の漏れる音が聞こえる。第一問の「セ」の問題を見る。これくらいは取っておかなきゃね。難易度に関わらず、配点は一問十点で同じだから。


 ところが。

 この「セ」はなかなか曲者だった。

 ああでもない、こうでもないと格闘しつつ、時計を見ると、十五分も経っている。でも、一向に解ける気がしない。顔がほてってくるのがわかる。この問題は諦めた。

 次の「東」を飛ばして、その次の「早」を見た。しばらく問題とにらめっこしてたけど、ここに時間をかけるのはムダと判断し、次の「法」に移った。が、ここもパス。「神」、パス。「慶」、これは点数を取らせてくれる問題だった。十点確保。その次の「橋」、これも点を取れる問題で十点追加。

 あと最低一問、点数を取っておかないと赤点になってしまう。しかし、「阪」だ「東」だ「京」だと、強力な文字が並んでいる。

「阪」、屈強の難問。

「東」、時間かければできなくないかもだけど、ここに時間かけるのリスクが大きい。

「京」、見当もつかない。こんなの、誰か解ける人いるの?

 残り時間は二十分を切ってる。解けた問題はまだ二問。このままだと、追試決定だよ。

 頭がクラクラしてきた。


 ふと、さっき見た三島透子のことを思い出した。

 あの子なら、この「京」の問題でもスラスラ解いちゃうのかな。

 どんな頭してんだろ。って、んなこと考えてる場合じゃない。

 絶対絶命のピンチだ。

 あたしに残されていることと言えば。

 もう神頼みくらいしかない。

 お願いいたします。なにかひらめきを、あたしにください!

 試験の真っ最中に両手合わせてる子なんて他にいないでしょうけど。滑稽なのはわかってるけど。もうできることは他にない。

 人事を尽くして天命を待つ。

 そんな言葉が頭に浮かんだ。

 人事、尽くしてないよね、きっと。いつも自分に負けてばっか。あたしの中の自分って、なんでこんな強いんだろ? どんな意思も決意もはね返してくれる。


 こつん。

 あれ?

 顔を上げた。

 誰かに頭をはたかれたような気がした。

 なんだろ?

 いやいや、今は試験中だ。集中しなきゃ。時計を見た。やば、あと十五分もない。

 改めて問題を見た。見送った二問目の「東」の問題。

「!」

 意外にも、なんてことない問題だった。「東」の文字にいらぬ先入観を持ってしまった。

 回答の検算をして、大丈夫であることを確認すると、大きな息を吐いた。

 なんとか赤点だけは回避できそうだ。

 残り時間は十分くらいかな。低レベルだけど、この数学は追試回避で満足することにしよう。


 一番最後の「京」の問題をぼーっと眺めた。こんな問題、よく出したものだ。問題文をはじめから読んでみた。一度。二度。三度。残り時間は五分を切っている。

 ?

 なにかが見えた、ような気がした。

 あわてて解答用紙に鉛筆を走らせる。鉛筆がひとりでに動く感覚だった。

 なにかに取り憑かれたように数式が書かれてゆく。だから、答えは・・・。

 チャイムが鳴った。

「はい、そこまで!」

 先生が手を叩いて解答用紙の回収を命じる。あー、あともうちょいだったのに。


 その日の残りの試験はまずまずだった。

 昨日おさらいしたところがいくつも出題された。ヤマも張ってみるもんだと思った。

 でも、最後まで解けなかった数学の問題が変に気になった。それで、その日のすべての試験が終わってから、ひと気のなくなった教室にひとり残り、もう一度、問題文を見てみた。

 あれ?

 あたし、こんな難問になにをひらめいたんだろ。

 その内容さえ覚えていない。

 しばらくその問題文とにらめっこしたけど、深いため息をつく他なかった。

 試験はまだ二日残っている。明日の準備もしなきゃいけない。


 自転車置き場まで行くと、男子生徒がいた。

 うちの近所の子。

 小さい頃から顔はよく知っている。けれど、あまり喋ったことはない。

 その子はあたしの目を見据えて言った。

「久しぶりだな」

「そうね、あなたとは、もう二百年くらいになるかしら?」

 あたしが答えていた。思わず口に両手を当てた。

 え? あたし、今、なに言った?

 男の子が笑った。

「おいおい、本人わかってないぞ。降臨したのなら、もっとわかるようにしなきゃ、本人がかわいそうだ」

 本人って、あたしのこと? 降臨? この子、今、降臨って言った?

「急ぐことはない。降臨したからとて、今すぐなにかをしなければならないわけでもない」

 また、あたしの口から声が出ていた。え? え? 男の子がまた笑った。けれど、目は笑ってない。

「大きな邪が出た。もうすぐ、その片割れが出る」

「だから? 邪退治がわたしの役割ではない」

 まただ。男の子とひとりでに会話してる。なんの話かもわからずに。

「相変わらずだな。なんのための降臨なんやら。海の神さまのお考えは及びもつかない」

 海の神さま? 海の神さまって? 降臨? あたしに?

「八百万の神にはそれぞれ役割がある。誰も全能ではない。それがこの国の決まりのはず」

 また、あたしが言った。男の子はふっと笑って、自転車に跨った。

「いずれ世話になる時が来る。よろしく頼む」

 そう言い残して、その子は北門から出て行った。


 家に戻った。

 混乱していた。試験の真っ最中というのに。

 ふと、数学の試験のことを考えた。あの難問になにかをひらめく前。頭をはたかれたような気がした。

 あの時、海の神さまとやらが降臨したと言うの?

 とすれば、あのひらめきも、神さまの為せる技?

「ねえ」

 自分の中にいるかもしれない神さまに問うた。

「なんであたしなんかに降臨したの?」

 声に出して。

「こんな劣等生に降りてこなくても。もっと勉強できる子なんていくらでもいるだろうに」

 返事はない。

 もう、なにか言ってよ。こっちはなにもわからなくて困っているんだから。

 ・・・。

 なにもない。

 神さまが降臨したあたしは、この先どうなるんだろ? そんなことが頭に浮かんだけど、すぐにどうでもいいことだと思い直した。

 明日は引き続き試験だ。明後日も。

 あたしは神さまとコミュニケーションすることを諦めて机に向かった。

 明日は生物と地理。覚えることがいっぱい。ひたすら声に出して教科書を読み、読みながらノートに書き写して手と脳に教科書を刻んでゆく。子どものときからの勉強法。



 最終日。

 最後の現代国語の試験が終わると、ホームルームで担任の数学教師から「数学の答案返すから、名まえ呼ばれたら取りに来い」と言われた。

 この学校、なんでも成績順で、答案返却も成績順で呼ばれる。

 あたしは三問しか解けてないから、呼ばれるのは後の方に決まってる。

 お前はバカだと言われてるみたいなもの。嫌になる。

「木梨衣通子」

 いの一番に出た名まえに驚いた。教室全体から「おー」と声が上がった。黒縁メガネをかけたロングヘアが窓際の席から立ち上がった。

 木梨さんって、ホントに媛高生らしい。

 お勉強ひとすじって感じで地味だけど、意志の強さを感じる。

 あんなメガネかけなきゃ、もっと男の子にもモテるだろうに、そんなこと気にもしていないよう。

 自信あるんだろうな、自分に。

「二階堂紫音」

 次の子が呼ばれた。その次の子、その次、その次。まだ当分あたしの番は巡ってこないだろう。


「山積凛」

 ?

「山積、いないのか?」

「あ、あたし、ですか?」

 慌てて立つと、担任は「お前以外の山積がどこにいる? 呼ばれたら、さっさと取りに来い」と言った。何人かの男子が声を出して笑った。

 貰った答案用紙には60と大きく書かれ、花マルがつけられていた。

 席に戻るとき、木梨さんと目が合った。彼女は右手の親指を立てて、強い視線を送ってくれた。

 席に戻って答案用紙をもう一度見た。

 正解は三問しかない。だが、最後の「京」の問題は回答にまで至っていないにもかかわらず、花マルがつけられていた。他は白紙なのに。


 点数が不思議だったので、放課後、職員室まで担任を訪ねた。

「山積、あの問題をよくあそこまで展開したな」

 開口一番、先生はそう言って褒めてくれた。

「あの、あたし、三問しか解いてなくて、最後の問題も途中までしかできてないのに、なんで60点なんですか?」

 先生はきょとんとした表情をしてから、笑って「なんだ、点数下げてほしいのか」と言った。

 顔に血が上るのがわかった。

 いや、あの、そういうことじゃなく。いや、でも、そういうことになるか。

 あたしって、やっぱりバカだ。

 なんでわざわざ余計なこと言っちゃうんだろ。

 黙って立ち竦んでいると、先生は「あの最後の問題にチャレンジしてたんだろ」と言った。


 チャレンジ?

 うーん、チャレンジと言えば、チャレンジになるのかな。。。

 いや、でもやっぱり違う。

 赤点を免れ、余った時間を潰したかっただけだ。でも、そんなこと、ここで言っても始まらないし。また要らんこと言っちゃうかもしれないし。

「あの問題に手をつけたの、四人だけだ」

 押し黙って立つあたしに、先生はそう言って笑った。

「お前だろ、3組の三島だろ、8組の西条だろ、それに」

「あの、三島さんと西条君は最後まで解いたんですか」

「なんだ、山積、あのふたりが気になるのか?」

 ちがーう! そうじゃなくて! また頬が熱くなるのを感じた。

「あのふたりは最後まで答えを出してたよ。俺も教師やって二十年くらいになるけど、あの問題をあそこまで完璧に解くやつは何年かに一度しかない。そういう意味では今年は凄いわ」

 そうなんだ。


「でもさあ、山積。お前のあのアプローチは面白かった。三島と西条の考え方は一緒だったけど、お前のはかつてない回答だった。ああいう解き方してくる高校生がいるとは想定外だったから、実はちょっと感動してたんだ」

 え?

「お前、数学のセンスあるよ。俺が保証する。そっちの方向に進んでもいいんじゃないか」

 ムリムリムリムリ。先生、テキトーなこと言わないでくださいよー。だいたい他の問題、からっきしだったんですから。そんなこと、うちのお母さんが聞いたら、またその気になっちゃうよ。

 逃げるように職員室を後にした。

 でも。

 お勉強で先生から褒められたのは、高校に入ってから初めてのことだった。

 胸の中の柔かいところが溶けてゆくような感覚がした。



 その夜。

 あたしはひとり部屋のベッドの上で仰向けに転がっていた。

「お前、数学のセンスあるよ」

 先生の言葉が頭から離れなかった。

 それがあたし自身の才能なのか、降臨したという海の神さまの為なのか。よくわからない。

 あら?

 世の中が静かになった、ような気がした。

 外に誰かが来た。なぜかそう感じた。そっと部屋を出た。

 リビングでお母さんが人形のように固まっていた。壁掛け時計を見ると秒針が動いてない。

 時間が止まっている。

 でも、なぜか不思議に思わなかった。

 神さまになったんだ、あたしは。

 ありえないことが不思議でない感覚。


 そろりと玄関の引き戸を開けた。

 扉の向こうにはひとりの少女が立っていた。

 白いセーターが夜の中にぼうっと浮かんでいた。

 その顔を見て、あたしはその意外な人物に驚くと共に、「久しいな、伊予のくに神」と声を出していた。

「本当にご無沙汰ね、瀬戸のうみ神さま」

 少女は口もとに笑みを浮かべて言った。

 瀬戸のうみ神! あたしに降りた海の神さまって、瀬戸内海の神さまのことなの?

「そうよ」

 目の前の少女はそう言って、にっこりと笑った。

「いしづちにも同じことを言われた」

 またあたしが発声していた。

「いしづちは喜んでいたでしょう」

「なんのために降りてきたのかわからないと小言が出た」

 伊予のくに神がころころと笑った。

「相変わらずね、あなたたちは」


 あたしは二柱の神さまの会話を不思議な感覚で聞いていた。目の前に立つ見慣れた顔の少女は、あたしと同じように神さまが降臨してきたのだろうか。

 感じた疑問を思い切って口に出してみた。

「・・・さん」

 くに神はあら?というかおをした。

「教えて。あなたも神さまが降りてきたの?」

 少女は「ええ、そうよ」と答えた。

「神さまが体の中にいるって、どんな感じ? あたしはとっても不思議な感じがするんだけど」

「それはわたしも同じよ。でも、試験中の神頼みにはびっくりだったけど」

 え? 顔が真っ赤になるのがわかった。

「ほんと、面白い」

 あたしがそう言った。

 え? 今、あたしは誰に言ったの?

 くに神がくすくす笑っている。

 あたし? あたしの中の神さまがあたしのことを言ったの? なんなの? 瀬戸のうみ神はあたしが面白いから、あたしに降りてきたって言うの?

「山積さん」

 少女が呼びかけた。

「あなたは本当に穏やかな人ね」

「穏やか?」

「ええ、瀬戸の海そっくり。波静かな内海のような」

 どう答えていいのかわからなかった。それって、褒めてるの?

「ねえ」

 少女が言った。

「今から大三島まで行かない?」

「こんな夜に?」

「神さまの時間は人の時間とは違うから」


 気がついたら、宙に浮かんでいた。

 白いセーターの手が伸びる。白く細長い指があたしの指に絡んでくる。

「行きましょ」

 くに神がぐっと引っ張った。ぶんっ!

 弥生のまだ肌寒い夜の空を、女子高生ふたりが飛んでゆく。街の灯がみるみる小さくなってゆく。

「きれい」

 思わず声が出た。白い息が夜空に消えた。

「わたしの国よ」

 少女がぼつりと言った。

「抱きしめたいくらい、わたしは好き」

 え? 少女の顔を見た。

 この子、こんなこと言うんだ。少女の頬は紅潮していた。

「あたしも、好きだよ。この国が好き」

 少女が最高の笑顔を見せた。

 ぶんっ!

 あたしたちは一気に加速して、北東に向かって飛んで行った。


 海は鏡のように静かだった。

 あたしたちは入り江の小さな岩の上に腰を下ろして、満天の星の下、ところどころ船の明かりが煌く漆黒の海を眺めていた。ふたりとも、なにも言わなかった。神さまも静かだった。

 永遠があるならば、きっとこんな景色なんだろう。ふたりは、二柱の神は、静かな海を眺めながら、いつまでも小さな岩の上に座っていた。


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