Act.9 皇室探偵と助手
「劇団のオーナーと苗字が同じなの? ……確かにオーナーの養子なら、まだ若い彼が団長の座につけたのも頷ける気もする」
「ううん、それはどうなんでしょう? 仮に養子だったとして、それだけの理由では古参の役者たちから反感を買いそうですが。……でも、私の記憶が正しければ、オーナーが子供好きな方なのは確かですよ。近所の子供や子役たちに囲まれていた印象がありますから」
リラは過去を懐かしむようにくすりと笑う。
「そうそう。道化師の王冠が旅劇団になる十年前までは、彼は団長も兼任してらっしゃったはずです」
となると、時系列としてはどうなるのだろうか。旅劇団として各地を巡る中でクロウを養子として迎え、彼へと団長の座を譲渡したのか。それとも、まだ国内に劇場を構えていたときにクロウと出会っていたのか。
「……オーナーはあくまで劇団の所有者だから、自分が育てた後継者に主導権を渡して表舞台にはあまり顔を出さないとかはあるかも」
「なるほど」
当時、六歳であった兄がどこへ姿を消していたのか。このオーナーがその裏を握っている可能性がある。今後調べるものの一つとして頭の隅に置いておくことにする。
「それにしても、十年前の劇団にたくさんいた子役の一人を覚えている一般人なんているのでしょうか? 国内を探すだけで十年経ってしまいそうです……」
「自分の足で聞き回るのは難しいかもね」
俺は懐から一冊の小さな本を取り出した。『アイテムキャビネット』という名前のとおり、アイテムを収納することができる本型の魔道具だ。生肉などの生鮮食品も腐ることなく、最大百件も収納可能である。冒険者もびっくりな優れものだ。
魔道具は、道具自体に魔力が練り込められているので、使用者の魔力を必要としない。利便性は高いが、その分値段も張る。
「最近開発されたクロス・コネクタって魔道具、リラに教えたっけ?」
「くろす……こねくた?」
『クロス・コネクタ』と検索して出てきたアイコンを押すと、空中に親指ほどの太さのペンが出現した。ボディのカラーはプラチナ。翼をモチーフとした緻密な彫り込みが施されている。彼女はふわふわと浮遊するそれをつついて首を傾げる。
「フレッド様……これは?」
「平らな場所ならどこでもいいんだけど、こうして一筆書きで四角形を描くだけで……」
言いながら、俺はローテーブルにペン先を押し付けた。キュッキュッと音を立てて描かれていくラインがチリチリと光を帯びている。
「ほら、精霊図書館に接続できるんだ」
やがて始点と終点が繋がれると、光のラインで囲まれた内側のガラス面が一瞬パァッと光を放ち、検索画面へと変化した。彼女はテーブルに身を乗り出して画面を覗き込む。
「精霊図書館 ……ああ、世界中の情報が集まってくると言われているアレですね!」
「そう、世界中の色んな人が情報を書き込めるアレだよ。俺も魔法使わなくなってから使い始めたんだけど、意外と奥深いよ」
「へえ〜」
「……リラ、興味なさすぎ」
「えへへ……小難しい本とか魔道具の説明書とか見ると、眠くなっちゃって」
「まあいいけど。ほら、もう一本あるからリラも調べて」
「はぁい」
しばらく『クロウ・バレード』に関連するページをスクロールしていると、次のようなことが分かってきた。
一つは『魔天ダンジョン エルドラド』の制覇に貢献した人物であるらしいという事実だ。その反面、あまり表に情報が出てこない謎の多い人物とも評されていた。それにしても、気のせいだろうか。彼の姿が撮られている写真はどれも写りが悪い。顔が隠れてしまっているものが多い気がした。
さらに深く情報の海に潜っていくと、予想していた通り彼が劇団『道化師の王冠』のオーナーである『ゾーイ・バレード』の養子であることが判明した。しかし、残念ながらそれ以上彼の生い立ちに迫る情報は見つからなかった。
「うーん……出生に関するめぼしい情報はなし、か」
「ムム……」
コンコンコン
ふと、優しい加減のノックが三つ鳴った。
「入ってもいいかしら?」
次に聞こえたのは、鈴を転がしたように品のある女性の声。
リラはハッとしてソファから立ち上がり、身なりを整えた。
「どうぞ」
外向きに開いた扉から一人の女性が顔を覗かせた。
淡いコーラルオレンジの髪に、オールドローズカラーの刺繍ドレス。彼女のゆったりとした動きに合わせて、腰ほどまで伸びた毛先がふわりと揺れる。
「お久しぶりね、かわいいぼうや。元気にしてたかしら?」
彼女は『ローゼンマリー・エーデルシュタイン』
赤髪の王国の現王妃であり、俺と兄の実の母親である。
十年前の写真とほとんど変わらない見た目を維持し続ける彼女は、さながら、鑑賞用の花のようだと国民から評判だ。
「お久しぶりです、母上。ご機嫌麗しく……ちなみに、私はもうぼうやの歳ではありませんよ」
「うふふ。わかっているわ、私のかわいいアリー。もう立派な大人だものね」
まるで拗ねた子供をなだめるかのような口調だ。 俺は相変わらずマイペースな人だと苦笑いする。
「調べ物をしていたところでテーブルの上が少々散らかっていますが……よろしければ中へどうぞ」
彼女の後ろに立つ、ガタイのいい壮年の男にちらりと目をやりながら中へ入るよう誘う。
「あら、ありがとう」
人好きのする笑みを見せる母とは対照的に、男の眉間には深いシワがよせられておりどこか不機嫌そうだ。
城内で初めてみる顔だが、頑丈そうな体躯と使用人服を着ているところを見るに彼女のボディガードか何かなのだろう。彼のたくましい腕に吊り下げられた可愛らしい紙袋が不釣り合いに目立っている。
「お、おっ……おう、王妃様、恐れながら。……こ、ここ、このあとの、よ、よ、予定は……」
「ああ……そうでしたね」
彼女にぼそりと耳打ちする男の声は吃音気味であった。しかし、聞き慣れているのか彼女は気にしたふうもない。
「ごめんなさい……せっかくのお誘いだけど、残念だわ。あまり長居できないみたい」
「そうでしたか」
「でもいいの。今日のメインはあなたに届け物を渡すことですから。ヴィクトリアからあなたに『退屈だろうから』って」
「彼女から?」
ヴィクトリア・キャンベル。魔力欠乏症候群が発覚した十五歳まで通っていたミドルスクールのクラスメートだ。外交官の父を持つ彼女は裕福な家の娘で優秀な生徒だった。回復の目処が立たず、卒業式に出られないまま卒業を迎え、数ヶ月たった今もこうしてたまに贈り物をくれる。
「デヴィッド、例のものを」
「は、は、はい。ま、まっ、マリー様……」
男は、持っていた紙袋を彼女へ渡す。
機嫌がよさそうに笑う彼女をしりめに小包を覗く。
「お料理の上手な子ってステキよね」
「ジャスミンティーの香りがする……」
ふわりと紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。中身の見える包装紙から二色のクッキーがちらりと顔を覗かせている。
「わざわざ届けてくださってありがとうございます、母上。お返しを用意しますので、私のかわりに……」
「いいのよ。あとで直接お礼をいってくれればね」
「……ハハ、分かりました」
「それじゃあ、そろそろお暇するわ」
「ええ、道中お気をつけて」
母は大男を従えて颯爽と帰っていった。
彼女たちが去っていった扉を見ながら、俺はソファへと全体重を預けるように腰を下ろした。
「ふう……紅茶入れ直してくれるかな?」
リラはじっと突っ立ったまま、まるで俺の声が聞こえていないようだ。もう一度彼女の名前を呼ぶ。
「リラ?」
「あっ! ……はいっ、なんでしょう?」
あわあわとこちらへ振り向く彼女を不思議に思いつつ、紅茶のおかわりをお願いをする。
「悪いんだけど、紅茶を入れ直してもらえるかな? 冷めちゃったから……」
「分かりました。今お持ちしますね」
「頂いたクッキーを食べながら少し休憩にしよう。……その後は外に出かけるよ」
「はいっ……あれ? 今日、どこかへ出かける日でしたっけ?」
俺は口角をひきあげて悪い顔で笑う。
「聞きこみ調査をしに行くんだ。『クロウ・バレード』の本拠地にね」