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カノルスの子  作者: ZOE
第1幕 カノルスの誓い
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Act.7 病の少年とドウケシ

ついていく明かりに解されるように体の力が抜けてゆく。

下がったままの垂れ幕をぼーっと見ていると、リラが階段を跳ねるように降りてきた。


「アルフレッド様!」


彼女は眉を八の字に曲げて心配そうな表情で瞳を覗き込んでくる。彼女の瞳に映るのは情けない顔をした男の姿だ。俺はそこでようやく、普段の自分が絶対にしないような必死な姿を晒したことに気がついた。


堪らずカァッと顔が熱くなった顔を隠すように、俺はその場に座り込んだ。リラが慌てて傍に膝をつき背中を優しくさすってくれるが、情けないやら恥ずかしいやらでしばらく俺は顔をあげられそうもなかった。


「大丈夫ですか! お怪我は……?」


「怪我はしてない……」


「よかった……」


俺のいじけたような声を聞き、彼女はホッと安堵のため息をついた。


「もう、私、ほんとにびっくりしたんですからね!」


「ごめん……」


「暗い上に階段もあるのに、いきなり走り出すから……途中で倒れでもしたらどうしようと思いました……」


「全くじゃ。見てるこっちがヒヤヒヤしたぞ」


「うん……ごめん」


「ホントですよ。とにかく、もうあんな危ないことしないでくださいね」


「わかったよ……」


珍しく憤慨する彼女に、バツの悪い思いで謝りながら違和感に気づく。


「……はっ?」


会話にするりと交じりこんだ違和感の正体は、自分によく似た第三者の声だった。声のした方を向くと、腕を緩く組み、少し屈んだ格好でこちらを見下ろす人物がいる。小さく結った三つ編みを肩口に一つ遊ばせた赤髪の青年、クロウである。先程まで自分が必死に追いかけた存在がそこにいた。


「よう、お二人さん。さっきぶりじゃな」


彼はやっと気づいたとばかりに微笑むと、その場にドカッとあぐらをかいて座った。目を白黒させる俺たちを気にもとめず、まるで元より友人であったかのようにフランクに話しかけてくる。


「さっきっていうか……ほんの数分前まであんた、舞台の上に立ってたろ。……いつからそこにいたの?」


「ん? まあ、そんな細かいことはいいじゃろ」


その口調や雰囲気は、舞台上に立っていた彼よりもずっとくだけた様子だ。目の前にいるというのに、この男が何を考えているのか俺にはさっぱり分からなかった。


「改めて、俺は『クロウ・バレード』じゃ。あんたがリラちゃんのご友人のフレッドくんじゃな」


自分にさし出された手に戸惑いながら握手を交わす。


『リラの友人』という言葉から察するに、彼女は俺の事を赤髪(レッド)王国(ハール)の第二王子ではなく"ただのフレッド"として紹介したのだろう。


「……そういうことになるかな」


「よろしくな」


「よろしく……」


なんとなく助けを求めるような気持ちでリラに目をやると、彼女は唇を薄くあけたままぼーっとクロウを見つめていた。


(なんでこの場面で惚けてるんだ、リラ!)


「……」


ダメだ。今の彼女はとても頼れそうにない。


……しかしよく考えれば、この男には聞きたいことが山ほどあったのだ。自分から会いに行こうと思っていたのが、相手から来てくれたのはかえって好都合かもしれない。


「……さっきの舞台は、病気の俺のために急遽用意してくれたものだと彼女から聞いた。心遣いをありがとう」


「おう。 こちらこそ、見てくれてありがとうな! 演劇は楽しめたか?」


俺はどう話すべきか少し迷った。

正直に感想を述べるというのがなんだか気恥ずかしく思えたからだ。意を決して再び口を開く。


「ああ、すごい面白かった。あんなふうに演出する劇は初めて見た……夢中で見てたよ」


つたなく感想を述べると途端、彼の瞳がきらりと輝き、口元が少し緩んだ。とても人間らしい喜びの表情だった。


「へへ……そうか! 面白かったか。……それは何よりじゃ」


自分と同い年なのに劇団一座の団長という立場であると思えば、くだけた態度や話し方を使い分ける、どこか本性を掴みづらい人物。そう思っていたが、ふと綻んだ表情は年相応に見えた。不思議と親近感が湧いて、もっと彼から言葉を引き出せないかと喋りかける。


「……実際、あそこまでのものを創るのには相当苦労したろ。銀狼なんて最初は本物なのかと思っちゃったよ。やっぱり獣人が演じているの?」


彼は二ッといたずらっぽい笑みを浮かべて答える。


「あれな。びっくりしたか? 確かにフレッドくんが言う通り、獣人に演じてもらうこともあるけどな。今回の銀狼は人間が演じてるんじゃよ」


「そうなんだ……すごいな。ちなみに最後に言ってたあれも気になった。確か、モデルになった姉弟がいるって?」


「ああ、そうじゃ。実際はお姉さんと弟くんの異種族姉弟でな。作品と同じで、お姉さんは獣に育てられた人間の女性なんじゃが、弟くんは獣人の子供なんじゃよ」


「へえ……」


この世界では異種族間の棲み分けというのか、それぞれの種族の王たちの話し合いによりテリトリーがきっちり分かたれている。人間たちの社会では獣人や魔族は生きにくいし、逆もまた然りだ。仕事や冒険者になれば全くいないわけではないが、あえて生活圏の違う生き物と生きようとするものは多くはない。


「彼らとは旅の道中に出会ってな。人間と獣人の組み合わせなんてなかなか見ないから目を引くもんで、しばらく気になって着いて回ったんじゃけど。最初なんかは人間への警戒心が強すぎて何度か殺されそうになったりしたんじゃ」


「そ、それは、なんと言うのか……迷惑だったんだろうな……」


「あはは、そうじゃったろうな!」


クロウは俺の反応を楽しむよう軽快に笑った。


「それで、あとはなにが聞きたい?」


そう聞かれて浮かんだのはたった一つだ。

一目、クロウを見た時からずっと気になって仕方なかったことだ。今がチャンスかもしれない。


「……聞いたら何でも答えてくれるのか?」


「もちろん。道化師に『二言』はないぞ」


「そうか。それなら……」






「お前…………アルズ、なんだろ?」


ピン、と空気が張り詰めたように感じた。

クロウを惚けたまま見つめていたリラさえ、ハッと息を飲んだ。


当の本人であるクロウというと、全く動じる様子はない。あえて心の内を読ませないようにしているのか分からないが、表情からはなんの感情も読み取ることができなかった。


長い沈黙に耐え、じっと返答を待つ。

ただ、長年確かに心に存在し続けている、しこりのようなものが取れるといい。そう思った。


「ふむ」





「それはパスじゃ。他の質問は?」


予想外な返答に二人して面食らう。目を丸くしてぱちくりとまばたきをするリラとは対称に俺は不満げに彼を睨んだ。


「……おいっ! 道化師に『二言』はないんじゃなかったのか!」


「ははっ、もちろん冗談じゃよ」


「な……」


言われ慣れない軽口に思わずヒクリとまぶたが震える。なにか文句でも言ってやらねば気が済まない、そう思って開いた口は、彼の一言により方向転換させられることとなる。


「『そうだ』と言ってやりたいところだけど……残念じゃ」


淡い期待を一瞬で摘み取られた。

ドクン! と自分の胸から心臓の音が聞こえるようだ。

その先は聞くな、聞きたくないと頭のどこかから聞こえる警戒音が次第に大きくなっていく。



「さっき言った通り、俺の名前はクロウ・バレード。……ご期待に添えず残念じゃが、お前さんの言うアルズって人と俺は『別人』じゃよ」



途端、まるで何かにギュウッと心臓を鷲掴みにされたような痛みが走る。まぶたの裏をなにかにぐちゃぐちゃに混ぜられて瞳に膜が張る。



「……なんでそんな……」


もう、まっすぐに前を向いていられなかった。

背中に添えられたリラの手から温かい体温を感じる。俺は眉間に皺を寄せて込み上げそうな何かをぐっと堪えることしかできなかった。





ボォーーン……

舞台の右手上部にかけてあるアンティークの時計から音が鳴る。クロウは反響するように低く響くそれを見上げると呟くように言った。


「……そろそろお開きの時間じゃな。……仲間を放ったらかしにしてここに来ちまったからな……そろそろ顔出しに行かないと。はあ〜……あいつら、自分はルーズなくせにそういうとこうるさいんじゃよなあ」


そう言うと髪の形が崩れるのもいとわず、くしゃりと自らの手で後ろ髪をかいて立ち上がる。


「そういやリラちゃんたちもそろそろ帰った方がいいんじゃねえか?」


リラは彼に視線をくれられると、慌てたように時計を凝視した。


「えっ……あ、ああっ!? 本当だ! もうこんな時間……!」


「俺たちはしばらく王都にいるつもりじゃからさ。いつ遊びに来てくれても構わんよ。……興味があれば、旅をしてたときの話も聞かせてやるんじゃよ」


「は、はい……ぜひ!」


リラが立ち上がるのに合わせて、俺も同じようにゆっくりと膝を伸ばした。


「また今度必ず、二人してお会いしに行きますね! 今日はほんとにありがとうございました!」


「おー! そいじゃ、気をつけて帰るんじゃよ」


彼は笑顔でこちらへ手を振ると、階段を駆け上がって二枚扉を開いて出ていく。バタンと大きな音を立てて扉が閉じるのを静かに見つめたまま、今度は追いかけることはしなかった。

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