表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カノルスの子  作者: ZOE
第1幕 カノルスの誓い
6/49

Act.6 銀狼の運命(2)

演劇の内容は、人間の親に捨てられ、銀狼の魔物に拾われた『シャオル』という青年の成長を描いた物語だった。


ある日、彼の家族である銀狼たちを魔物狩りを名乗る人間に殺されてしまう。住処を追われたシャオルは幼い妹狼の『ノア』を連れて安住の地を探す旅に出ることになる。


珍しい毛並みを持つ銀狼のノアをしつこくつけ狙う魔物狩りから逃げるため、世界中を巡る中でいろんな種族の登場人物たちと出会っていく。


しかし、旅の途中に仲間だと思っていた狼からの裏切りを経験し、兄妹はますます自分たち以外の存在への不信感を募らせていってしまう。


そんな中、親の仇である人間に頼らざるを得ない状況になり、苦悩と葛藤の末、冒険者をしている人間の女『サマラ』の世話になることになる。


彼女の快活で竹を割ったようなさっぱりした性格がよかったのか、ノアと彼女はすぐに打ち解けた。シャオルも生きるための知識を彼女から教わり、身を守る方法は力だけではないのだと知る。


彼女との出会いにより、シャオルの中で少しずつある意識が芽生えていった。


逃げるばかりだった生活はもう終わりだ。

理不尽に終わりを告げるのだ。

愛する妹と自分自身を守るため、彼は覚悟を決めた。


シャオルは、育て親の銀狼から与えられた力と人間に授けられた知恵を持って、魔物狩りを捕らえることに成功する。


法という檻の中に。


それは魔物狩りが得意とする力だけでは脱出することは出来ないものだ。くわえて、彼らが今までに行った犯行は決して軽いものなどではなく、数年で出てこられるようなものでもなかった。


そうして、兄妹はようやく安心して暮らせる場所を見つけることができたのだ。それは特定の場所や住処のことなどではない。

シャオルとノアは『サマナ』という居場所(かぞく)を得ることが出来たのだ。彼らはこれからどんなことがあっても、三人で力を合わせ、困難を乗り越えていくことだろう。


物語はそう締めくくって終わりを迎えた。




やがて、空間にかけられていた魔法が解ける。物語の世界から現実の世界へ……元の舞台と客席へと景色が戻っていく。


それほど長い時間でもなく、物語もよくあるシンプルなものだった。しかし、演劇を見終えたとき、久しぶりにあたたかい気持ちで胸がいっぱいになっていた。


隣からはリラの嗚咽が聞こえている。泣いているのだろう。握りしめているハンカチは涙や鼻水でびしょ濡れだ。俺は自分の懐からハンカチを取り出すと彼女に渡してやった。


荘厳なバックミュージックと共に、登場人物に扮していた演者たちが次々に再登場して、ステージを埋めていく。彼らに二人して割れんばかりの拍手を送った。


最後に一座の団長の名前がアナウンスされる。

登場したのは、舞台のはじまりに挨拶をしていた赤髪の青年『クロウ』だった。



「この度は、我が一座『道化師(クラウンズ)王冠(クラウン)』の舞台演劇をご観覧いただきありがとうございます。実はこの物語にはモデルとなった姉弟がいるのですが……その話はまた今度にするといたしましょう。今日は少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。…………それでは、またどこかで」


青年が一礼をすると、光を覆い隠すように頭上からゆっくりと幕が下り始める。

ほかの演者たちが笑顔で手を振ったり、個性的なアピールをする中で、クロウだけはどこか口許だけで微笑んでいるような……表情の読めない顔でじっと俺を見つめ続けていた。



もう少しで幕が彼を隠してしまう。

俺は考えるよりも先に座席から立ち上がっていた。


心の奥にある何かの強い感情に突き動かされるように座席の間にある踊り場へと転がり出る。幕から漏れる光を頼りに足元の階段を駆け下りた。


「……ル……アルズッ!!」


いま、この光を掴まなければ……!

掴めなければきっと、これが最後の機会になってしまう。不思議とそんな焦燥感に襲われた。


「ふ、フレッド様!? 危ないですよ!」


リラが張り上げる制止の声すら耳に入らない。

階段の多さに蹴つまづきそうになりながら『間に合え』と一心不乱に足を動かした。



なんとか幕が降りきる前にたどり着き、舞台の上のクロウを見上げると、彼は段下にいる俺を覗くようにしてしゃがみこんでいた。

その瞳が困ったような、しかし、優しく宥めるような色で俺を見つめていることに気がつき、喉が詰まったように言葉が出なくなってしまう。


「……」


彼の顔が隠される寸前、クロウが口を開く。


『ごめんな』


そう聞こえた気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ