Act.4 本物とニセモノ
「あなたのために用意した特別公演です。ぜひ、肩の力を抜いてお楽しみください」
青年が一礼をすると、頭上からゆっくりと幕が下りていく。
そのうち、頭から胴体、足元と順番に彼の姿が見えなくなっていった。
「あ……」
俺は指先ひとつ動かすことが出来なかった。
幕が降りきると、光が完全に遮断される。
世界は再び、一寸先も見えぬ闇へと姿を変えた。
しかし、それも束の間で部屋の各所から明かりがゆっくり灯っていった。そうなると、ようやくその場所の全貌が見えてくる。薄々勘づいていたが、ここは演劇やダンスなどを披露する舞台と客席のある部屋だったようだ。
「アルフレッド様、あの……大丈夫ですか?」
呆然とした状態の俺に気づいたリラが心配したように声をかけてきた。珍しくフルネームで名前を呼ばれ、ハッとして彼女の方へ顔を向けた。
そう言えば、そうだった。動揺のあまり忘れていたが、俺は彼女説教をくれてやらねばと思っていたのだ。もちろん、半ば強引にこの場所へ連れてきたことについてだ。
次期王位継承者に何かあっては俺や彼女だけの責任では済まなくなってしまうからだ。とはいえ、なんの警戒もせずにノコノコと着いてきた俺も俺である。
病気のせいで魔法が使えなくなっている癖に不用意な行動をとった自分に呆れ、思わずため息をついた。 俺はそんな頭の中をごまかすかのようにゆるく立ち上がってリラに向き合った。
「……俺はお前の方が心配だよ。勝手に俺を外に連れ出したりして。もう子供じゃないんだから、下手したらクビじゃすまなくなることくらい分かってるでしょ?」
「申し訳ございません……」
彼女は苦い顔をして口ごもってしまった。
「なんてね。なにも確認せずに着いてきた俺も悪かったし。これでおあいこってことにしよう。……ここに連れてきてくれたこと、感謝してる」
「フレッド様……」
「……これから演劇が見られるんでしょ? もっと見やすいところに行きたいな」
「はいっ……!」
俺は彼女に手を差し出した。
二人で真ん中ほどの座席まで歩くと並んで腰を下ろす。
始まるのを黙ったままじっと待っていると、同じように舞台を真っ直ぐに見据えた彼女が静かに語り出した。
「……今日、道化師の王冠の演劇を見に来て、舞台上に立つ彼を見つけてびっくりしたんです。あまりに彼がフレッド様にそっくりで……もしかしてって」
兄のアルズかもしれないと思ったんだろう。
ーー俺と同じように。
「だけど、私には本物かどうかは分からなかった……」
アルズ様を直接見たことがなかったから、そう続けると彼女は俺の方を向いて目を見つめてきた。
「でも……弟君のフレッド様なら、一目見て違いがわかるんじゃないかと思って……公演後の彼に話しかけたんです。『病気でここに来ることが出来ない友人』に顔がそっくりなのだと。彼にあなたを見せてあげたいって。……そしたら、彼……『クロウ』さんが特別公演を開こうって言ってくださって」
「クロウ……」
俺は反芻するように名前を繰り返した。
「クロウって名前なんだ……」
ブーーーーー
開演を意味するブザーが客席に鳴り響く。
俺は複雑な思いを抱えながら、舞台へと姿勢を戻した。