第9話 正しい殺人事件の捜査方法。捜査の基本は「他力本願(?)」(3)
隣の102号室。
出てきたのはごく普通の夫婦だった。
係長が目で促す。
僕はとっておきの笑顔で話しかけた。
「ああ、すみません。警察のものなんですが。ちょっとよろしいでしょうか?」
「はぁ…」
表情が硬い。当たり前か。
普通の人が警察を前にしたら緊張するよね。
よし、まずは緊張をほぐそう!
人間離れした(はっきり言えば化け物)係長にはまったく意味がなかった「雑談力を磨く本」。
ここでようやく役に立つぞ。
「ところで最近の記事で気になったものはなんですか?イタッ!」
係長が僕を押しのけて、僕はドアに激突。
聞き込みは係長がとってかわっていた。
「変なことを聞いてすみませんね。実は隣で事件があったんですが…」
ウソつき!
聞き込みも経験だから、まずお前がやってみろって言ったくせに。
「お隣さん。103号室の女の人なんですが、どういう人だったかご存知ですか?」
「いえ、実はほぼお会いしたことはないんですよね。もしかしたら、1~2回は顔を合わせたことがあるのかもしれないのですが」
「付き合いはなかったと」
「まったくありませんね。どんな人かも知りません」
係長が淡々と聞き込みを続ける。
「昨日の夜から今朝にかけてなくなったようなのですが、何か気づいたことはありませんか?」
「あ、それならあります。昨日の夜中。正確に言うともう今日の夜中になるのか。夜中の1時ごろ、派手に何かが割れる音が響いてました。それも1度だけではなく何度も何度も。お皿かなにかが割れるような音でした」
係長がうなずく。
お皿投げ合戦していた時刻は夜中の1時ごろだね。
「それはどれくらい続いていましたか?」
「10分ぐらい…でしょうか。その後は急に静かになって、それきりでした」
「他に気づいたことはありませんか?」
「あとは…。そのだいぶ後、2時過ぎくらいですかね。表に大きなトラックが止まっていたぐらいです。引越しかなにかのトラックみたいでした」
アパートのどこかの部屋で引越しでもあったのだろうか?
でも、真夜中2時過ぎというのは非常識に思える。
それからも係長はしばらく質問を続けていたが、それ以上新しい情報はなかった。
一息ついて、手帳をたたむと、係長が僕に目を向けた。
「ほら、最後にお前も聞いておきたいことはないか?」
急に話を向けられて僕はうろたえた。
夫婦も僕の方を見てきて、初めて視線が重なる。
今さらそんなことを言われても、もう全部聞いたあとじゃないか。
でも、就活マニュアルなんかでは「最後に質問を?」と言われたらやる気を見せるために、必ずなにか質問しましょうって書いてあったぞ。
聞きたいこと…聞きたいこと…と。
あ、あった!
僕が今知りたい大事なことがあるじゃないか。
「ところで、世界の中心ってどこにあるんですかね?」
言い終わるや否や、僕は光の速さで係長にドアから外へと突き飛ばされた。
あれ?
まだ答えを聞いてないぞ?
こうして僕のベストセラーへの道のりはまた一歩遠のいた。
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