第6話 係長との上手なコミュニケーション方法、本気で募集中!(3)
意気消沈。
それでも僕は勇気を奮い起こして次へと向かう。
前へ前へ!僕には係長とのコミュニケーションをゲットするという崇高な使命があるのだ。
今度は「し」。
今度の「し」は趣味の「し」だね。
これなら楽しい話になること間違いなし、ってちがーう!
分かってるぞ。
これはワナだ。
旅行の話と同様、「趣味の時間なんてあるわけないだろバカヤロウ」って鮮やかなカウンター食らって1ラウンドノックアウト負けでマットに沈むことくらい、僕にだって分かるぞ。
次!次!次は「き」。
ん?「き」?「き」ってなんだっけ?
雑談が弾むネタ「き」ってなんだっけ?
だめだ。思い出せない。
き、き、き、き…。だめだあ。「キリン」しか出てこないぞ。
キリンの雑談ってなんだ?
そうこうしているうちにも、車内の空気はずんずん重くなっていく。
やめてくれ!
沈黙で死んでしまう!
係長、今すぐその特殊能力を止めて…。
男には負けると分かっていても、戦わなければならないときがある。
そう、このままだと終わってしまう。
僕のために、そして係長のためにも、勇気を持って立ち向かわなければならないときがあるのだ。
深呼吸ひとつ。
車内のミラーを見た。
僕はまるで菩薩のような顔をしていた。
そうだ、僕は悟ったのだ。
いけ!いってしまえ!
僕は震える声を絞り出した。
「係長!キリンの首ってなんであんなに長いんですかね?」
ヒュゥゥゥゥゥゥ。
なにか言って!
恐いからなにか言って!
僕の思いはとうとう届かなかった。
係長は何も言わずに、ダッシュボードからガムテープを出してきて、厳重に僕の口をふさいだ。
「ムグッ!ムグゥゥゥ…」
どうしてこんなものがある?
しかも簡単に破れない丈夫な布製。
こうして文字通り、僕は精神的にも物理的にも窒息死寸前までいったのだった。
命の灯火が消えようとするその瞬間、僕は深い意識の中で、「き」が「記事」だったことを思い出した。
……
教訓:雑談ネタ「き」は「記事」の「き」です。決して「キリン」の「き」ではありません。よく覚えておきましょう。間違えると命にかかわります。
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