第44話 それでも警視庁には、いつもと同じように時は流れる…(1)
「瀬戸みさきが殺された事件で、逢坂てるみが自首してきた。矢崎をめぐる感情のもつれが動機だそうだ」
人もまばらな朝の捜査課。
僕に話しているのは、おなじみの係長。
「殺人現場は新宿にある、逢坂てるみの自宅だったそうだ。新宿で殺して、郊外までトラックで運ぶ。もちろん、凶器の鉄アレイ、ロープ、ナイフはもとより、じゅうたんやテーブルまで。もちろん、みさきの死体とともにだ。まさか事件現場が移動していたとはな。てるみの自宅から血液反応もしっかり出ていて間違いない」
「午前1時、みさきのアパートにて皿を投げて大きな音を立てたのもすべてカモフラージュだったんだな。ちなみに皿投げは、外国留学中のてるみの友達が、たまたま日本に帰国していて、その彼女にお願いしてやってもらったそうだ。もちろん、詳しい事情、当然殺人なんて彼女は知らない。すでに留学先に戻っているので、事件のことすら知らないらしい」
「みさきの死体や部屋のものをすべて運んだのは、引越し業者。といっても、夜逃げ専門のグレーな業者だがな。すでに見つかって、供述を取っている。彼らも死体だなんて、知らなかったと言っている」
係長の説明にも、僕はうわのそら。
もうほとんど知っていることだしね。
それよりも僕は、目の前のディスプレイに夢中だった。
もうすぐ終了。
日付と僕の名前を入れて、プリントアウトと。出来た。
「係長!その瀬戸みさき殺しの報告書です。ちゃんとよーく読んでてるみちゃんの罪を最大限軽く、出来れば無罪にしてください!」
係長の目の前に僕が積んだ、200ページにもおよぶ報告書。
てるみちゃんがいかにかわいそうで、純粋で、悪気がなかったのか。
この事件は偶発的(?)で、悲劇的に起こってしまった仕方のないことなのかを、さまざまな角度から力説した僕の精一杯の大作。
もちろん、自動作成ソフトなんか使っていないからね。
いかにてるみちゃんに罪がないのかを論理的に(?)客観的に(?)情熱的に(!)論じた大作だ。
「だから、どうして刑事が容疑者の罪を軽くするのに、全力を尽くすんだ」
「今回は、今回だけは加害者のてるみちゃんに、特段の事情があったからです。あんなにけなげで純粋な女の子が殺人罪だなんて、かわいそう過ぎます。傷害致死、いや事故なんじゃないかな。たまたま鉄アレイを持っているときに転んで、持っていた鉄アレイが相手の頭に当たってしまったとか」
「そんな偶然があるか。それなら、そのあと首を締めて、さらにご丁寧にもナイフで刺してあったのはどう説明するんだよ」
「それも偶然かな。ちょうど持っていたロープが首に巻きついて、さらに落としたナイフが刺さってしまったとか?」
「バカ!そんな説明が裁判所で通るか」
「係長!か弱い女の子1人の人生がかかっているんです。我々は慎重にも慎重を重ねて、あらゆる可能性を疑って、捜査すべきです。鉄アレイを持って転んでしまった、お茶目な事故の可能性は否定できませんね。だったら、事故とすべきです。もしかしたら、鉄アレイを持っているときに、地震でも起こって転んでしまったのかも。それなら間違いなく事故ですね。ほかにも考えられる、ありとあらゆる可能性を報告書に示しておきました」
「そんな暇があったら、ほかに仕事しろよ!珍しく朝早くから来ていると思ったら、これだ」
「もちろん、バリバリ仕事もしますよ。さあ、係長。次の事件をください。エリート刑事、紫音がバリバリ解決してみせます」
「ほう…何があった?」
「僕は最速でエリート刑事の階段を上りつめて、かわいそうな犯罪者を救い出す仕組みを作るんです」
「どうして警察が犯罪者の敵じゃなくて、味方になる?そんな暇があったら、ひとりでも多く犯罪者を捕まえてこい!」
「ですから、事件をください。僕が片っ端から解決して、刑務所に放り込んでやります!」
僕は本気だ。
バシバシ犯人を検挙して、エリート街道まっしぐら。
早く偉くなって、てるみちゃんを救い出す仕組みを作るぞ!
「どうした?何があった?」
僕の言葉に目を丸くしている係長。
失礼な。
僕がただ仕事をやる気になっているだけなのに、どうしてそんなに驚くんだろう?
「まあ、この報告書は預かっておこう。やる気は本物みたいだしな」
僕の気迫に何かを感じたのか、係長はそれ以上何も言わなかった。




