第42話 エリート刑事になったらモテモテでウハウハだって言ったやつ出て来い!(4)
「ごめんね。多分、私は弱かったんだ。ずっと自分に自信がなかったんだ」
てるみちゃんのか細い声が、冷たい空気に響いた。
どうして?
そんなにかわいくて、性格が良くて、気がきくのにどうして?
「自分は誰からも愛されない。誰にも気にとめられていないってずっと思っていた。自分は脇役。ずっと脇役」
そんなことない!
てるみちゃんはみんなに愛されていたんだよ。
ずっと主役だったんだよ。
「だからあのとき。部室の隅で手持ち無沙汰にちょこんと座っていた私に、初めて紫音が話しかけてくれたとき、うれしかったんだよ」
覚えている。
ウェルカムパーティーとかいうおしゃれな言葉ではイメージできない、汚い部室でのただの飲み会。
かわいらしく座っていたてるみちゃんは、そのときからお菓子を取り分けたり、紙コップを配ったりとせっせと人のために働いていた。
「だから、ごめんね。こんな結果になってごめんね。でも、幸せだったんだ。最後に紫音と過ごせた日々が最高に幸せだったんだ。だから、ありがとう。もういいよ。思い残すことなんて…ない…」
消え入るように小さくなるてるみちゃんの声。
幸せだった?
どうして過去形なの?
僕はまだまだ思い残すことばかりだぞ。
まだまだてるみちゃんと行きたい場所なんて、いっぱいある。
てるみちゃんとやりたいことも、たくさんある。
てるみちゃんと一緒にいたい。
ずっと一緒にいたい。
考えろ。
どうにかしててるみちゃんとの幸せが続く方法を考えるんだ。
何かある。
絶対にある。
だって、愛の力は絶対なんだから。
時空を捻じ曲げてでも、2人は幸せになるんだ。
それが恋愛の鉄則なんだから。
長い時間。
ずいぶんと考えた。
必死で方法を考えた。
それでも、出てこない。
ハッピーエンドはやってこない。
どうして?
なんて無力な自分…。
でも、僕にはひとつだけ、確実にてるみちゃんに言えることがあった。
「てるみちゃんはずっとみんなに愛されていたんだよ。誰からも愛されていたんだよ」
のどの奥から声を絞り出した。
自信を持って言えること。
あの頃だって今だって、てるみちゃんは愛されていた。
みんなから愛されていた。
誰からも愛されていた。
「あの頃、大学時代のサークルにはさわやかで格好いい男や、華やかできれいな女の子はたくさんいて。彼ら、彼女らのまわりはひときわにぎやかだった。でも、それがすべてじゃないんだよ。僕みたいに気後れして、隅にひとりでちょこんと座っている男もいっぱいいたんだ。そんな僕らもてるみちゃんはいつも気にかけてくれた」
「だから、僕のまわりではてるみちゃんは大人気。僕も含めててるみちゃんファンしかいなかったよ。確かにサークルの中心にいるメンバーではなかったかもしれない。でも、てるみちゃんは確かに僕らに愛されていたんだよ」
サークルのマドンナ的存在。
そんな華やかさはない。
でも地味でも、地味だからこそ愛される存在。
「それから矢崎。矢崎は確かに覚せい剤の売買に関わっていた。でも、彼はその組織を抜けようとしていたんだんだ。文字通り、命を懸けてまで、足を洗おうとしていた。なぜだろう?彼は本気でまじめに生きたいと願ったんだ」
言わずにいるつもりだった矢崎の気持ち。
でも、今は伝えずにはいられない。
言わないほうがいい?
いや、今ならもう覚悟が出来ている。
「おそらく、いや間違いなく、てるみちゃんが大切だったからだよ。矢崎はてるみちゃんと付き合って、本当に好きだった。だから、真人間になってまじめに暮らしたいと思った。それで組織から抜けることを決めたんだ」
「もちろん、そんなに簡単にいくはずがない。危険だ。最悪、殺されることもありうる。それは矢崎にも分かっていた。だからまずてるみちゃんに別れを告げて、遠ざけた。てるみちゃんを危険に巻き込むわけにはいかないから。そのうえで、組織と取引をして足を洗おうとしたんだね。結局は殺されてしまったわけだけれども」
「てるみちゃんに預けたUSBメモリ。あれは覚せい剤売買の顧客データなんだ。矢崎はそれをネタに組織と取引をしようとした。簡単に言えば、組織を脅した。そして、自分が足を洗うことを要求したんだ。もちろん、危険極まりないことだよ。命さえ落としかねない危ない賭けで、実際に殺されてしまった。でも、彼はそこまで危険なことをしてでも、本気でまじめに生きたいと願ったんだ。てるみちゃんと一緒に、まじめに生きたいと願ったんだ」
「矢崎が預けたUSBメモリ。大事な顧客データの入ったUSB。それを矢崎は一番大事な人に、てるみちゃんに預けた。もちろん、そんな大事なものを預けっぱなしにするはずがない。だから、矢崎はすべてが終わったら、再びてるみちゃんの元へと取りに行くつもりだったんだろうね。組織を抜け、すべて片付いたら、一緒にまじめに生きていきたいと思っていたんだと思うね」
「結局、矢崎は捕まって、拷問されたうえで殺された。それでもUSBメモリのありかは言わなかった。どれだけ拷問されても、てるみちゃんに渡したUSBメモリのことは白状しなかった。好きだったから。それだけてるみちゃんを守りたかったから…」
矢崎の気持ち。
そこまでの危険を冒してでも、組織を抜けようとした理由。
今なら僕には分かる。
「そんな…」
そう言ったきり、てるみちゃんはその場に立ち尽くしていた。




