第41話 エリート刑事になったらモテモテでウハウハだって言ったやつ出て来い!(3)
みさきさんを殺したのは自分…そう告白した、てるみちゃんは悲し気に笑顔を見せた。
ええーーーーーーーーーーーーーっ!
そんなはずはない!
そんなことがあるわけない。
あるはずがないだろっ!
だって、てるみちゃんはあのてるみちゃんだ。
天使で、誰にも優しくて、かわいくて、笑顔で、一生懸命で、人のことばかり考えて、懐かしくて、たまにドジで、お茶目で、控えめで、よく気がついて、いやな顔ひとつしないで、我慢強くて、いつもおどおどキョロキョロしていて、おいしそうにお菓子を食べていて、時々寂しそうで、でも僕が見るとにっこり笑ってくれて…。
そのてるみちゃんは今にも泣き出しそうで、今にも泣き出しそうで、今にも泣き出しそうで…。
うそだー!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!
そんなことはありえない!
そんなはず絶対にない!
だって、てるみちゃんはてるみちゃんだ。
殺人?そんな言葉、てるみちゃんの存在する世界にはありえない!
「やっぱり聞き間違えたらしい。頭がおかしくなったのかな。殺伐とした話ばかりしていたからだね。ごめんね。きれいなパレードだね(←現実逃避中)」
信じない!
だってウソだから。
これは夢だ。夢なんだ。
夢の国に来ているからね。
当然、夢のような出来事の1つや2つ普通に起こるよね。
てるみちゃんは逆に驚いたように僕を見ていた。
「分かっていなかったの?犯人は矢崎さんに近づけて、みさきさんにも身近な女性。複雑なコンプレックスを持った女性。私のことじゃない。私が犯人だって分かっていたんでしょう?でも、優しい紫音にはそれが言えなかった」
違う!違う!
そんなことはありえない。
てるみちゃんが犯人だなんてありえない。
「……。ジョークだよね。これはきっと冗談だ。ドッキリ?無理だよ。てるみちゃんが犯人だなんて笑えない」
てるみちゃんは張り付いた笑顔のままで、静かに横に首を振った。
「だって、てるみちゃんが瀬戸みさきを殺すなんて。そんなはずがないよ。きっと勘違い。そうだ、てるみちゃんには、新宿で焼肉を食べていたというアリバイだってあるじゃないか」
「そのアリバイはもう崩れたって、たった今、紫音が教えてくれたよね」
そうだった。
殺されたのはあのアパートじゃない。
新宿で矢崎にみさきが殺せるのなら、てるみちゃんにだって殺せる。
ああ、僕のバカ。
こんな完璧なアリバイを見破ってしまった僕のバカ!
そうか、矢崎のアリバイを証明してくれたてるみちゃん。
あれは矢崎のアリバイを証明すると同時に、自分のアリバイを示したことになるのか。
だからわざわざ教えてくれた。
違う!違う!
どうしててるみちゃんが犯人という考えになってる?
てるみちゃんに人を殺せるわけがないだろ!
「てるみちゃんが犯人だなんてありえない。だって、てるみちゃんには瀬戸みさきを殺す理由がない」
「ううん。矢崎は私に別れを告げて、私の元を去っていった。そのあとすぐにみさきさんと矢崎のうわさが私の耳に入った。勝手だよね。矢崎のことは別にそこまで好きでもなかった。好きでもなかったくせに、自分の元を離れる矢崎が許せなかった。どうかしていたのかな。私は誰であれ、私を裏切る人間を許せなくなっていた」
淡々と自分の殺人を話すてるみちゃん。
ちがーう!
僕の知っているてるみちゃんに、人なんて殺せない!
1つ1つ反論、告白されて追い詰められた僕。
どうして?
どうしてこんな結末になるんだ?
他人のことばかりいつも心配していたてるみちゃん。
そんなてるみちゃんが殺人?
ありえない!
うそだ!!
何かの間違いだ!!!
そう、間違いに違いない…。
「違う!それでも違う!だって、てるみちゃんに人なんて殺せない。僕の知っているてるみちゃんに人なんて殺せない」
泣き声になっていた。
最後の抵抗。
論理のかけらもない感情論。
目からはとめどなく涙が溢れ出して、ほとんど絶叫するように叫んでいた。
てるみちゃんの表情が初めて崩れた。
無理に作った笑顔がゆがんで、はっきりと泣いている顔に変わった。
悲しい顔。
見せたことのない表情。
てるみちゃんはその場でしばらく泣いていた。
「きっともう、紫音の知っている私ではないんだ。あの頃の私ではないんだ」
消え入るような小さな声。
それでもてるみちゃんはもう一度僕の目を見て言った。
「それでも…それでももう一度紫音に会えてよかった。逮捕されるのが紫音でよかった」
いやだ!
そんなのいやだ!
それでも何かの間違いだ。
こんな結末、受け入れない。
絶対に間違いにしてやる。
だって、愛の力は絶対で永遠なんだから。
「てるみちゃんの勘違いだよ。きっと何か記憶が混乱しているんだね。てるみちゃんは殺人なんてしていない。あれは矢崎がやったんだよ」
そうだ!そう思い込もう。
これでみんなハッピー!
誰も傷つかないよね。
てるみちゃんは静かに首を振った。
もう無理だよ。
そう言っているようだった。
どうしよう?
考えろ!
力ずくでもハッピーエンドに持ち込む方法を考えるんだ。
そうだ。今こそ刑事の技術の見せ場だ。
殴ってでもてるみちゃんの記憶を変えて見せるぞ。
今回の殺人は矢崎の犯行。
それでハッピーエンドになるんだ。
「いーや!それでもてるみちゃんの勘違いだ!そうだ!ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね。僕が殴ってでも、てるみちゃんの記憶を変えてみせるから」
笑ったような、困ったようなてるみちゃんの顔。
僕はてるみちゃんを殴ろうとして…殴ろうとして…殴ろうとして、でも出来なかった。
だめだ。
僕にてるみちゃんを殴るなんて出来るはずない。
どうしよう?
どうすればいい?
てるみちゃんと目が合った。
てるみちゃんは静かに首を振った。
「無理だよ…。もう無理だよ、紫音。ごめんね。それからありがとう。お手数おかけしました。これでいいのかな。最後に刑事さんに逮捕される犯人の言葉…」
てるみちゃんは無理におどけてみせた。
最後の力で作り出した笑顔。
「もう一度言わせて。紫音に会えてよかった」
終わった。
どうして?
どうしてこうなった?
つらい。
つらすぎる。
刑事がこんなにもつらいお仕事だったなんて。
誰だよ?
エリート刑事になったらモテモテでウハウハだとか言ったやつは?
モテモテでウハウハどころか、目の前にいるたった1人の女の子すら幸せにできないじゃないか。
僕はたった1人の女の子にだけ、モテモテでウハウハでいられたら、それでよかったのに。
目の前にいるたった1人のてるみちゃんさえ幸せに出来れば、それでよかったのに。
「エリート刑事になったらモテモテでウハウハだとか言ったやつ出て来い!」
思わず叫んでいた。
「えっ?」
その言葉を聞いて、てるみちゃんが顔を上げた。驚いた表情。
「それ…私だ」
少しうれしそうなてるみちゃんの声。
「覚えてくれてたんだ。エリート刑事になったらモテモテでウハウハだよ、って紫音に言ったの、私だよ」
遠い記憶。
思い出した。
大学生の時のこと。
決してきれいとはいえない部室の片隅。
まだ化粧気ひとつない素朴なてるみちゃん。
2人して座って話した将来。
「紫音みたいな人が刑事さんだったらいいなあって思うよ」
「本当に?でも、刑事ってモテるかなあ」
「大丈夫。きっとエリート刑事になったらモテモテでウハウハだよ」
そうだ。
てるみちゃんだ!
あの時のてるみちゃんのせいで、僕は刑事を目指したんだ。
それなのに…。
それなのにてるみちゃんのせいで、僕の夢は消えようとしている。
「そうだ!てるみちゃんのせいだ。てるみちゃんの一言で僕は刑事になろうとして、公務員試験の勉強を始めて…」
全部てるみちゃんのせいだ。
てるみちゃんの一言で僕は刑事になったんだ。
それなのになんでこんなことに…。
「全部てるみちゃんのせいだ。てるみちゃんがエリート刑事になったらモテモテでウハウハだよ、なんて言うから、刑事になった僕は毎日係長のボディーブローに悶絶し、頭から熱湯をかけられて、ナイフに追い回される日々を送る羽目になっているんだ」
「ん?ボディーブロー?熱湯?それ、刑事に関係あるの?」
警視庁での過酷な僕の日常(?)は、てるみちゃんには伝わらないらしい。
「でもうれしい。こんなときに不謹慎かもしれないけれども、でもうれしい。紫音が私と話したことを覚えていてくれたのがうれしい」
てるみちゃんの笑顔。
その瞳からは次から次へとあふれ出る涙。
そうだ。
それだけじゃない。
あの頃2人で話したこと。
映画を見るなら恋愛映画。
ゲームセンターのクレーンゲームの話。
水族館、テーマパーク…。
全部てるみちゃんと話したことだ。
映画、ゲームセンター、水族館、テーマパーク。
僕が女の子とデートで行きたかった場所。
僕がてるみちゃんとデートで行きたかった場所。
「思い出したよ。映画もゲームセンターも水族館もテーマパークも…。全部あの頃てるみちゃんと話した話だ。あの頃てるみちゃんがしていた話だ」
「そうだよ。だからうれしかったんだ。紫音が私の話を覚えていたことが、なによりうれしかったんだよ。ううん、それだけじゃないよ。身長に血液型、誕生日。キャベツが好きなのにレタスは嫌い。ソフトクーリームは好きなんてことまで覚えていてくれて、本当にうれしかったんだよ」
僕たちはあの頃のように今でもいつまででも話せる。
ずっと一緒に話せる。
そう思っていたのに。
そう信じていたのに。
「ありがとう。紫音に会えてよかった。あ、また言っているね。でも、もうおしまい…」
てるみちゃんが目を伏せた。
おしまい?
いやだー!
いやだ!いやだ!
やっと会えたのに。ようやくまた一緒に話せるようになったのに。
本物の(?)クライマックス突入中!
終わりは近い!




