第36話 犯人見つけた。如月紫音、かっこよく(?)犯人逮捕に向かう!(1)
久々に警視庁。
いつもの刑事課に現れた僕は、やはり注目の的だった。
来る人来る人じっとこっちを見て、くすくす笑いながら(被害妄想?)去っていく。
なんだ?
どんな情報が回っているんだ?
なぜだか白い目で見られている気がする。
「好きな人の前に格好いいところを見せるために、街中で銃撃戦を繰り広げたんだって」
「警察病院までおしかけていちゃついていたらしいよ」
うわさのひそひそ話が本人の僕の耳にまで入ってくる。
おい、ちょっとぐらい気を使えよ。
まあ、いいか。
まるっきりのウソでもないしね。
それに人に何を言われても動じない強靭な心には、自信ある方だしね。
でも、誰がそんな情報を流しているんだろう?
「そうそう。ついには女の子に無理やり襲いかかって妊娠させちゃって、子供をおろさせるために警察病院に連れて行ったんだって。人でなし。最低よねー」
かすみさんが得意の女子ネットワークで勝手な情報を流していた。
おい、やっぱりお前か。
お願いだからウソはやめて。
二係のみなさんとも少し話をした。
事件の話。
僕の処分に関する話。
どうやら僕の処分については、係長がずいぶんかばってくれたらしい。
「紫音を処分するなら、私も同罪です。一緒に処分してください」とまで言ってくれたそうだ。
まあ、二係の人に聞いた話だからね。
きっと僕に恩を売るため、係長が無理やり言わせたんだろう。
そうに違いない。
僕が係長の立場なら、間違いなくそうする。
ということで、その話は聞かなかったことに…(最低!)。
まだ少しざわざわした雰囲気が残る部屋。
例の暴力団の摘発の後処理もあって、みんな忙しそうに働いている。
ん?後ろから突然の殺気を感じる。
あわてていすから飛び跳ねるように立ち上がると、そこにいたのは高橋かすみさん。
「自宅謹慎、お疲れ様でした、係長代理。はい、熱いお茶入れました。どうぞ」
ああ、久しぶりの笑顔のかすみさんだ。
また頭からぶっかけられるんじゃないんだ?
機嫌直してくれたんだね。
ようやく僕の誠意が通じたのかな。
ありがとう。
それじゃあ早速いただくよ…って、そんなことあるわけないだろっ!
これはワナだ。
当然ワナだ。
ほら、柱の陰から僕の様子をじっと伺っているかすみさんがバッチリ見えてるし。
なんでそんなにわくわくした顔で僕がお茶を飲むのを見守っているのかな?
しかもお茶からほのかにアーモンドの香りがしているし(知ってた?猛毒の青酸カリってアーモンドの香りがするんだって。これ、豆知識ね)。
「係長、お疲れ様です。これ、かすみさんが入れてくれたお茶です。熱いうちにどうぞ」
「うむ」
あやしいお茶はすぐに係長に横流し。
「ぐおっ!」
何の疑いもなく口をつけた係長は、その瞬間、お茶を吹き出して、その場に倒れた。
やっぱりな。
これは毒入りだ。
怪しさしか感じなかったぞ。
「係長!どうしたんですか、係長!大変だ、かすみさんが入れたお茶を飲んだ瞬間に係長が倒れた…イタイ!」
「大変!如月係長代理が慣れないお茶なんて入れるから、係長が倒れたわ。そういえば係長代理があやしい毒薬を入れていたような気がする」
僕が最後まで言い終わる前に、機先を制して僕のせいにするかすみさん。
そのまま首をつかまれて部屋の外へと連れ出された僕は、2人でみっちり話し合い(という名の脅迫)。
結局、慣れないお茶を入れた僕が隠し味に間違って劇薬を入れてしまったという結論に落ち着いた。
なぜだか体中が痛くてまっすぐ歩けないよー(もちろんかすみさんに蹴りだの関節技だのくらったせい)。
こうして冤罪は作られていくんだね。
取調室で無実を訴える人々の気持ちが、今初めて分かったよ。
「組織ぐるみで覚せい剤の密売をしていたという証拠を、今集めているところだ。実際に覚せい剤を売買していた末端の人間は、確実に起訴できる。あとは上の人間が、それにかかわっていたことを示せるかどうか。まあ、これだけ大がかりにやったんだ。知らなかったとは言わせない。おそらく組織の人間のほとんどが逮捕、起訴されることになるだろうな」
話しているのは文字通り死の淵からよみがえった係長。
例の一斉摘発と、その後の捜査について僕に教えてくれた。
「もともと組を挙げて、覚せい剤の密売に手を染めているといううわさはあったそうだ。ただ、近頃の暴力団はうまく立ち回って尻尾をつかませない。我々もまったく情報が取れなかった」
「ところが最近になって、組織を通さずにクスリの売買をする人間が出てきたようだ。自分だけで商売したほうがもちろん金になる。組織に金を払わずにすむ」
「都会の路上で惨殺された男。あれも組織に黙って覚せい剤の売買をするようになった男だそうだ」
「もちろん、暴力団としては見過ごせない。自分たちに儲けが入ってこなくなるわけだからな。そこで見せしめのために殺した。自分たちの商売の邪魔をする人間がどうなるかを思い知らせて、見せしめにする必要があったんだ」
「だからあんなふうに壮絶な死体が都会の真ん中に転がっていたわけですね。商売の邪魔をするやつはこうなる、という警告のために」
僕が口を挟んだ。
「そうだ。これで自分たちを通さずに覚せい剤を売る人間を震え上がらせて、自分たちが独占する。今も昔も彼らの力は恐怖を植えつけることだからな」
「でも、そうすると矢崎が拷問されて殺されたことは、どう関係するんですか?」
「そのとき殺された男、三上というんだが、彼が勝手に覚せい剤を売買していることを組織に知らせたのが矢崎だったんだ。ちなみに矢崎は組織の人間とつながっていて、自分も覚せい剤の売買に手を染めていた」
「すると矢崎の密告で、その三上が殺されたと。それならどうして矢崎まで殺されたんですか?」
「矢崎は三上を密告する代わりに、自分は組織から足を洗いたい、覚せい剤の売人を辞めたいと言ったんだそうだ」
「組織を抜ける?そんなに簡単にいくものなんですかね?」
「もちろん、無理だ。覚せい剤売買の裏側まで知った人間をそのまま放すことなど危険極まりない。彼らはあの手この手で矢崎を引きとめようとした。でも矢崎の意志は固かった。矢崎は覚せい剤売買の顧客データまで手に入れて、組織を抜けると言い張った」
「つまりは組織を脅したと。なんて無茶なことを…」
自殺行為だ。
暴力団相手に脅迫。
当然、彼らは矢崎の口を封じようとする。
「ということは、矢崎を殺した連中。彼らが探していたのは、その顧客データだったんですね。だから矢崎の家が何かを探し回ったように荒らされていた。それで、彼らは結局そのデータを手に入れたんですか?」
「いや、見つけられなかったそうだ。今もまだ手に入れていない」
「それは本当に存在するんでしょうか?矢崎が脅しのために口先で言っていただけだった可能性も…」
「それはない。データの一部がプリントアウトされて送りつけられたらしい。そうでなければ、組織だって信用しないだろう」
そして矢崎は捕まった挙句、拷問されて殺された。
壮絶な矢崎の死。
それでも口を割らなかった顧客データのありか。
それはいったいどこにあるのか?
そして組織は矢崎の元恋人であるてるみちゃんまで拉致しようとした。
データを身近な人間に渡した可能性を考えたのだろう。
「でも、矢崎はどうして急に売人を辞めようと思ったんですかね?簡単にやめれるわけがない。文字通り命がけで、結局命を落とすことになったわけですが、そこまでして彼が辞めようと思った理由はなんですかね?いまさら真っ白なまともな人間に戻れるわけでもないのに」
「さあな。ふと、足を洗って真人間になりたくなったのかもしれないぞ」
そんなことがあるのだろうか?
いずれにしても、暴力団を敵に回してまで足を洗おうとしたのだから、ものすごい覚悟だ。
何が彼をそうさせたのか?
ところで、僕の事件。
瀬戸みさきが殺された事件はどうなっているんだろう?
「瀬戸みさきが殺された件については、彼らは何か言っていませんか?」
「それが何も知らないそうだ。瀬戸みさきなんて知らないと」
「本当ですか?何かを隠しているということはありませんか?」
「それはないだろう。これだけの事件を起こして殺しまで自白しているのに、いまさら瀬戸みさき殺しだけ隠す意味が分からない」
そのとおりだ。それに、瀬戸みさきが殺された事件。
あれはもっと計画的で知能犯的な犯行だ。
部屋に割れた皿、鉄アレイにロープにナイフで殺しつくされた死体。
荒っぽい組織の殺人とは趣が違う。
やっぱりこれは別の犯行なのだろうか。
そう考えるほうが自然だね。
そして気になることがもうひとつ。
組織の人間は、どうやって矢崎の情報を手に入れていたのか?
矢崎が逮捕を免れたちょうどあの日、彼らは矢崎の家で彼を殺した。
元恋人のてるみちゃんのことまで知っていた。
なぜそんな細かい情報が手に入れられたのか?
どこから情報が漏れたのか?
僕にはひとつ、考えがあった。
「係長、お話があるのですか」
本当は言わずに自分ひとりで処理しようと思っていた考え。
でも今回は係長に報告・連絡・相談しておくことにした。
報告・連絡・相談。略して「ホウレンソウ」って仕事が出来るかっこいい大人には大事なことらしいよ。




