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第35話 なんで善良な市民を悪党から守っただけの僕が、出世街道から外れるんだろう?(3)


「てるみちゃーん、久しぶり。会いたかったよ」


「紫音!私も会いたかったよ」


 あれから1週間ほど過ぎていた。

 てるみちゃんに会えない1週間はあまりにも長くて、自宅謹慎の僕は、家の中で悶絶しながら(比喩表現だと思うでしょ?ホントにてるみちゃんに会えなくて、胸が痛くて悶絶してたんだよ)過ごした。


 ようやく今日会えたここは警察病院。

 暴力団に誘拐されそうになったてるみちゃんは、一応ダメージがないかを検査するとともに、再び狙われることがないようここにかくまわれていたのだ。

 今日僕がここに来たのはてるみちゃんをしっかりガードするため…ではなく、僕もここにかくまわれるため。


 今日は警視庁のみなさんが例の暴力団を一斉逮捕に向かう日。

 暴走した彼らがてるみちゃんはもちろん、僕まで狙わないとは限らない。ということで、2人して郊外のここに隠れていることになったのだ。


「ん?そんなにジロジロ見てどうしたの?何かついてるかな?」


「いや…別に」


 カンのいい皆さんなら、僕が何をしようとしたのか分かったんじゃないかな。

 そう、シャーロックホームズばりの推理でてるみちゃんの最近の気持ちと行動を推理しようとしたんだね。

 もちろん、何も分からなかったけど。

 やっぱりあんなの作り話だ!


 一応、入院扱いのてるみちゃんはベッドに座っていた。

 そんなてるみちゃんに僕はお手製のおかゆを持ってきた。


「なにこれ?私は病人じゃないんだから、別にこんなのいいよ」


「ダメダメ。てるみちゃんは恐い人たちに誘拐されそうになったんだからね。外傷はなくとも心に傷を負っているかもしれない。PTSDとかトラウマになってエンゲージできなくなったら大変だからね。さあ、これを食べて元気を出して」


「うん?難しい横文字に隠れて、ひとつ場違いな言葉が入っているのは気のせい?」


 気のせい、気のせい。

 鋭いなあ。

 そういえばエンゲージって「婚約」って意味だっけ?


「知ってる?おかゆって生のお米に普段以上のたっぷりのお水を入れて、炊き上げるんだよ。ちなみに雑炊は炊き上がったご飯を出汁に入れて煮るんだ」


「へえ。でも病気じゃなくとも、こういうものってうれしいし、おいしいよね」


 うん、女の子って病気のときに作ってもらうご飯が好きなんだよね。


 ちなみに、×女の子と言わず友達すらいない僕は、そんなもの作ってもらったもらったことがないからまったく分からない。違った、違った。○一人でも生きていける強い僕は、おかゆも雑炊もいらない。

 伝え方って大切だよね。強がりじゃないやい。


 ところでこのおかゆ、警察病院のガスコンロで作っていたら、みんなに変な目で見られたぞ。

 まあ、それくらい平気だったけれどもね。

 人の目なんて気にしない強靭な心臓は、僕の長所だから。

 「鈍感力」って大事なんだよ。


「そうだ、これを持ってきたんだ。はい、プレゼント」


 僕が渡したのは大きなオオカミのぬいぐるみ。

 そう、あのときクレーンゲームで取れなかったやつだ。

 あれから何度も挑戦して、ようやく今日ゲット。


「ズルはしていないからね。ちゃんと自分の力で取ってきたからね」


「何も言っていないけど…。でもありがとう!うれしい」


 ただし、ゲットするのに1万円近くかかってしまったことはナイショ。


 でも、これでようやく僕は大きなオオカミの勇気を手に入れたのだ。

 臆病なチキンの心よさようなら。


「これで僕はいつでもオオカミになれるぞ、ガオー!」


「え?」


 違った、違った。

 独り言、独り言。


 テレビではワイドショーが暴力団の一斉逮捕を大げさに報道中。

 てるみちゃんを襲った連中は、都内でも大きな暴力団組織だった。


 係長を含め警視庁の刑事さんがいっせいに事務所を取り囲んで突入。

 次から次へと中の男たちが逮捕されて出てくる。

 事務所から証拠品がダンボールにて次から次へと運び出される。


 映像が警視庁からの説明と、記者からの質問に切り替わった。

 あの係長が警視庁の偉い人に並んで座っていた。

 現場の責任者という立場だろうか。

 相変わらずの恐い顔。

 警視庁のイメージが悪くなるだけだからやめておいたほうがいいんじゃないかな?


 容疑はとりあえず銃刀法違反と誘拐未遂。

 それから覚せい剤取締法違反。

 ただし、殺人容疑の重要参考人としても捜査するとのことだった。

 もちろん、都会の見せしめの惨殺事件、矢崎の拷問惨殺の事件のことだね。


「ところで、渋谷のゲームセンター外、大勢の一般人がいる中で刑事が銃を発砲したとのことですが」


 記者の質問が飛ぶ。

 あ、僕のことだ。


「ええ。これから事情聴取して明らかにしますが、今回の事件に関連して、一般女性が複数の男にさらわれそうになりました。それを阻止するため、刑事が銃を発砲したということです」


「ほかの一般人に当たる危険はなかったんでしょうか?」


「もちろん、可能性はゼロとは言えません。でも、発砲しなければ、間違いなく女性は連れ去られていたでしょう。今回の容疑者、我々は都会の真ん中で惨殺死体が放置されていた殺人事件や高級住宅街で男が拷問されて殺された事件とも関係があると確信しています。つまり、平気で人を殺す相手です。ですから、女性を守るためには正当な発砲だったと思っています」


 それ以上の質問は出なかった。


「いい上司だね」


 てるみちゃんが真顔で感心している。

 ちがーう!だまされているんだ。


 係長はもっと恐くて、平気で暴力を振るって、理不尽で。

 猫をかぶってるんだ。

 いや、猫じゃすまない。

 トラをかぶってるんだ。

 ライオンをかぶってるんだ。

 そうか。係長こそ羊の皮をかぶったオオカミだ。

 僕も見習いたいぞ、ガオー!


 ん?何の話だっけ?

 ワイドショーは気がつけばスタジオに戻って、コメンテーターという人たちが勝手なことを話し始めていた。

 おおむね警察に好意的で、僕の発砲に対する非難はほとんどない。


「でも、ごめんなさい。あのとき私のせいで紫音に銃を使わせて。そのせいで迷惑をかけたとしたら申し訳なくて」


「大丈夫、大丈夫。だって、あのときのドラマばりの銃撃戦、僕は心から楽しかったんだ。これこそ刑事だって」


「気を使ってくれてる?」


「そんなことないよ。それにあのとき何も出来なくててるみちゃんがさらわれていたら、僕は自分を許せなかった。ほら、これが正義っていうやつだよ。自分の心に正しいことをするのが正義」


 あれ?本音か建前か自分でもよく分からない。

 けれども、てるみちゃんが潤んだ瞳で僕を見ているような気がするぞ。


 じっと僕の目を見るてるみちゃん。

 あまーい空気。

 これだ!僕が求めていたものはこれだ!


 そのままそっとてるみちゃんの体を両腕で引き寄せる。

 そのまま動かないてるみちゃん。

 動けない僕。

 長い長い時間が過ぎて。

 やっと離れたてるみちゃんは僕の方を見て、照れたように笑った。

 かわいい。


 よし、大きなオオカミの心を手に入れた僕はガオー!

 ん?さすがに警察病院で赤ずきんちゃんに襲い掛かるのはまずいよな。

 くうー。ここまで来て一時撤退かあ。


「てるみちゃん。またすぐ会おうね」


 興奮した心と(ピー)をおさえ、手を振りながら去っていく僕。

 てるみちゃんは、僕が見えなくなるまでまっすぐに僕の方を見ながら、ずっとずっと見送ってくれた。


 少しは二人の関係も進展したよね。

 僕の気のせいじゃないよね。


 さあ、明日からはまたお仕事に復帰。

 逮捕劇も終わったから、自宅謹慎も解けるのだ。


 この事件はまだ完全には終わっていない。

 僕にはまだやることがある。




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