第33話 なんで善良な市民を悪党から守っただけの僕が、出世街道から外れるんだろう?(1)
「ほう。人がたくさんいる街中で、銃を2発もぶっ放したと」
「ええ。警察学校のときから射撃は得意でした。無関係な人には当てない自信がありました」
「しかも警告すらなしに、いきなり車の窓に打ち込んだと」
「ええ。向こうは僕に気づいていませんでした。何もしなければ、かわいい女の子が誘拐されるところだったんです。だから警告として撃ち込んだんです」
目の前にいるのは警視総監。
警視庁で1番偉い人だ。
ちなみに僕が前に警視庁のエレベーターに乗り遅れまいと靴を投げ込んで命中。
顔を真っ赤にして怒っていたちょっと太ったおじさんこそ、なんと警視総監だったようだ。
ということで、最初から敵意全開。
「貴様か。懲戒免職だ。必ずクビにしてやるぞ」
って息巻いているから、
「やだなあ。太っていて体も大きいくせに(はっきり言えばデブ)、人間は小さいなんて最悪ですよ。せめて度量も大きくないと。偉い人なら部下をかばって、自分がクビをかけるくらいの器が必要ですよね」
って教えてあげたら、ますます怒って険悪に。
おかしいなあ。
僕は善良な市民を悪党の手から守った、勇敢な刑事のはずなのに。
ほめられこそすれ怒られることないと思うんだけれどもな。
どうやら、銃を街中で撃ったのがいけなかったらしい。
えー。ドラマではどこでももっとバンバン撃ちまくって銃撃戦まで繰り広げているのに。
「でも結局、誰も傷つけることなく、負傷したのは悪人1人。それで誘拐を防げたのだから、結果オーライじゃないでしょうか」
「だから、一般人が負傷していたらどうするつもりだったんだ?流れ弾でも誰かに当たっていたら、クビですまないんだぞ」
だから射撃には自信があるので、ほかの誰かに当ててしまうことなんてない自信があったんだってば。
だめだ、これじゃあ話が堂々巡り。
らちがあかないや。
よし、話の方向性を変えよう。
どれだけ僕がてるみちゃんを守りたかったのかを分かってもらうぞ。
「警視総監。お言葉ですが、例えば警視総監に大事な人がいて、その人が誘拐されそうになったら…」
しまった。
大事な人ってこの人にはいそうにないよな。
奥さんなんてもちろん、彼女や女友達すら縁がなさそう。どうしよう?
「警視総監。もしも…仮にですよ。万が一、いえ億が一、ありえないことだとは思うんですけれども想像してほしいんです。もしも、警視総監に大事な彼女なり奥さんがいたとして、いえ、仮定の話ですよ。実際にはいるはずがないので、仮にですが…もしも彼女なり奥さんなりがいて…」
「貴様、どこまでバカにするつもりだ。私は結婚しているぞ」
ますます真っ赤になって怒鳴り返すおじさん…ではなくて、警視総監。
「えー!ウソだあ。こんな人と結婚してくれる人がいるんですか?どんな卑怯な手を使えば…」
殴りかかる勢いで胸倉をつかまれた。
えー?そんなはずがない。
この人と結婚しようという女の人がいるとは思えない。
なんだ?
どんなからくりがあるんだ?
妄想か?それとも二次元(アニメやゲームの「嫁」)か?
そうだ。それに違いない。
「警視総監。その奥さんってちゃんと現実の世界で触れますか?」
「当たり前だ。貴様はさらっと失礼なことを言ってるぞ」
「ああ、ディスプレイならちゃんと触れますよね」
二次元の「嫁」に決定!
かわいそうに。毎晩ディスプレイに触って「嫁」気取りなんだね。
「違うわ!ちゃんと現実に嫁がいて、娘だっているわ」
「えー!」
「なぜそんなに驚く?失礼にもほどがあるぞ」
だって、どこをどうやってもこの人が作る「幸せな家庭」というものが想像できない。
まあいいや、それならこちらも話しやすい。
「ということなら、警視総監。警視総監に大事な人がいてもいなくても、僕は警視総監を即座に射殺したいです」
「なんで俺が殺される?」
違った、違った。
あまりに嫌いでつい本音が出てしまった。
「間違えました。警視総監の大事な人、例えば娘さんが誘拐されそうになって…まあ実際に娘さんがいるとしたらの話ですが…」
「だからいるって言っているだろう」
おかしいな。
話せば話すほどどんどん空気が険悪になっていくぞ。
「分かりました。その警視総監の大事な娘さんが誘拐されそうになったとしたら、警視総監は黙って見過ごせますか?いちいち警告しなければ銃は使えませんか?そうしている間にも娘さんは誘拐されてしまうんですよ」
「うむ…」
「僕には見過ごせません。善良な一般市民なら誰でも守るべきですが、特に自分の大事な人なら、僕は自分で守りたい。たとえあとでどんなに面倒なことになろうとも、僕は自信を持って銃だって撃ちます」
さすがに警視総監も返す言葉を失ったようだ。
とりあえず処分は保留。
ただし、しばらくは自宅謹慎ということになった。
「俺はお前が間違っていたとは思わない。もちろん、街中でバンバン銃を撃つことを認めているわけではないぞ。ただ、大事な人なら自分の手で守りたいというお前の気持ちは良く分かる。ときには銃を撃つ勇気というのも大事だ」
珍しく係長が僕の味方をしてくれているようだ。
「気にするな。撃てずに誘拐されていたら、もっと後悔していただろう。これでよかったんだと思うぞ。たとえ警察組織での出世は遠のいたとしても」
えー!これで出世が遠のくの?
僕のせっかくのエリート街道まっしぐら計画が…。
「でも、どうしてあの女の子が狙われたんだろうな?当然、今回の一連の事件と関係があるんだろうが…」
「もちろんです。てるみちゃんは矢崎の元恋人でした。矢崎を拷問してでも何かを手に入れようとしていた彼ら。それが見つからなかったとなれば、矢崎に近い人間を片っ端から調べて回ることは、普通にありえることでしょう」
「なるほど。矢崎の人間関係を調べて、近い人間をすべてマークしておく必要があるな。まあ、今回の騒ぎで、相手の面も割れている。防犯カメラにもばっちり相手の顔は映っていた。犯人はやはり暴力団でもう相手も特定されている。まかせておけ。落とし前はキッチリつけてやるから」
あれ?どうしたんだろう?
係長が頼もしく思える。
いい人に見えるぞ。
いつもの鬼の係長はどこへ?
二係の部屋へ戻っても、どうやら僕は注目の的だった。
いつものパンダ扱いが、生まれたてのパンダレベルにグレードアップ。
見る人見る人じっとこっちを見てくる。
「かっこいいな、色男。都会で暴力団相手にドラマばりの銃撃戦をやったんだって」
「来て1ヶ月で拳銃ぶっ放した新人なんて始めてみたよ。しかもキャリア。これで出世の道は断たれたな。もう俺たちと変わらないな」
やはり出世街道は消えうせたらしい。
えー、どうして?
どこで間違った?
机でふさぎこんでいる僕。
そこへいきなり頭から熱湯が降ってきた。
「アチッ!あつい、あつい!」
「あら、ごめんなさい。ついついいつもの癖で頭からかけちゃった」
いつもと変わらないのは高橋かすみさん。
とげとげしさは相変わらず。
むしろレベルアップしている。
手にしている武器もいつもの警棒からナイフにグレードアップ!
「キャー!やめてやめて。本気で首とか心臓とか急所を狙ってナイフを振りかざすのはやめて。そんな恐ろしい習慣いらないから」
「えー?街中でかわいい女の子を守るために銃撃戦を繰り広げた刑事さんだもんね。ナイフぐらいかわいいものよね」
「違う、違う!あれは悪党相手だから。同じ課の身内にすぐ後ろからナイフで刺されるのとはわけが違うから」
「そうなの?じゃあ今度はしれっとした顔で、みんなと同じようにお茶を入れてあげるね。ただし紫音のだけ青酸風味たっぷりで」
「うわー。ゆっくり味わう前に心臓止まりそうな風味だけれど、それ大丈夫かな?」
やはり話は課のみんなに、いやこの調子だと、たぶん警視庁中に広まっているような気がする。
まあいいか。
どうせしばらく自宅待機だしね。
ここにはしばらく来ないはずだし。
人のうわさも…何日だっけ?
よし、明日からはてるみちゃんとデート三昧だ。といきたいところだけれども、そうもいかない。
さすがに誘拐されかかったてるみちゃんは警察に保護されて、かくまわれている。
まあ、そうだよね。
デートに連れ出してそこで襲われたらまずいもんね。
あーあ、明日からどうしようかなあ?




