第3話 エリート刑事、如月紫音。警視庁捜査一課の中心で愛を叫ぶ(3)
僕はクールに机に積まれた資料の向こう側、パソコン画面に向かう。
「何をしてるんですか?」
機嫌を直した(?)かすみさんも覗き込んでくる。
「ああ、これ?始末書と反省文だよ。係長が性格悪いからさ、遅刻とか何かにつけて反省文を書かされるんだよね」
もちろん係長が席にいないことは確認済みだ。
「でも、もう大丈夫。天才な僕は、こんないじめに負けない。だって、すでに『反省文自動作成ソフト』作ったからね。ここに日付を入れて、理由の項目に『遅刻』と入れるでしょう。ほら、これでばっちり自動で反省文が出てくるんだよ。完璧!頭いい…」
あれ?
なぜだかかすみさんが顔を引きつらせて、後ずさりするように逃げていくぞ。
すぐ後ろから殺気!
ドスのきいた声が響いて、僕は飛び上がる。
「ほう?『反省文自動作成ソフト』だって?ずいぶん便利なもの使っているじゃないか。さぞかし心のこもった反省文が出来上がるんだろうな」
ギャー!鬼の係長の声だ!
どうして?
しばらく会議で戻って来ないはずなのに!
「やだなぁ、係長。僕なんかが無理に搾り出すより、よっぽど心のこもった反省文が出来るに決まってるじゃないです…イテッ!」
問答無用。
言い終わる前に食い気味で殴られた。
うまくフォローしたつもりなのに。
パワハラだ!DVだ!暴力はんたーい!
「係長!今やAIの時代ですよ!ワールドワイドでグローバルなITの時代、人工知能さえ駆使して業務の効率化を図るこの時代!パソコンスキルを使って業務を効率化することが果たしていけないことでしょうか?むしろほめられるべきです」
「うるさい!これっぽっちも反省していないお前のその心がけがクズだって言ってるんだ!」
何のためらいもなく「クズ」呼ばわりされた。
二人の視線がバチバチと火花を散らす。
そうだ!ここで引いたら負けだ!
ここは正義をつかさどる警視庁の中心的聖地なのだから。
「だいたいすぐに手を出すのもパワハラ、いや犯罪です。傷害罪です。警視庁の中心でこんな犯罪がまかりとおっているなんておかしい。みなさん、一緒に声を上げましょう!ここにいる全員が証人です」
僕は部屋中に響き渡る声で叫んだ。
そういえば「世界の中心で愛を叫ぶ」というベストセラーがあったよね。
世界の中心で愛を叫んだらベストセラーになるこのご時世。
警視庁の中心で正論を叫ぶ僕はきっと英雄になれるに違いない!
ほら、部屋中にいる警官たちが僕のために立ち上がって…。
僕のために立ち上がって…。
僕のために立ち上がって…。
あれ?おかしいぞ?
部屋にいる誰もがわざとらしくそっぽを向いて、こちらに目をあわせようともしない。
「みなさん!勇気を出して一緒に戦いましょう。暴力はんたーい!」
「言いたいことはそれだけか?」
係長が指をポキポキ鳴らしながら近づいてくる。
ギャー!暴力はんたーい!
バキッ!ズコッ!キュルキュル!ズドーン!
数分後、そこにいたのは勝ち誇った ×老害 ○ベテランと、文字通りボロ雑巾にされたけなげで純粋な新人だった。
畜生!
なぜだ?
なぜみんな立ち上がらないんだ?
何がいけなかったんだ?
世界の中心で愛を叫んだだけであんなに支持されるのに、警視庁の中心で正論を叫んだだけで、こんなにもひどい仕打ちを受けるなんて…。
悲しみにくれる僕を、遠くからかすみさんが心配そうな顔で見ていた。
ああ、かすみさん。
僕はこれぐらいで負けない!
僕たちの愛の絆はこれぐらいの試練でくじけないよね。
そうだ、愛だ!
世界の中心で叫んでベストセラーになったのは、それが愛だったからだ。
愛の力なのだ。
僕は警視庁の中心で正論を振りかざしてしまった。
だから負けたのだ。
愛だ!
警視庁の中心でも愛を叫べばベストセラーになれるに違いない!
愛の力は絶対なのだから。
僕は心配そうなかすみさんの瞳を見つめ返す。
それから精一杯の大声で叫んだ。
「好きだー!大好きだー、かすみさん!」
その瞬間、部屋中の警官が立ち上がって、僕をボコボコにした。
……
教訓:正論も愛も警視庁の中心で叫んではいけません。ちゃんと世界の中心を探しましょう。
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