第27話 完璧な作戦!名付けて「赤ずきんちゃんをオオカミさんの巣に呼んでくればいいじゃん」(3)
恋愛映画「僕は未来の君にずっと前から恋してた」。
王道のラブストーリー。
ただし、かわいい彼女は異なる世界から来た人で、またその世界へと帰っていかねばならない。
結局二人は大好きなままに、別れを迎えることになる。
「うん、面白かった。ちょっとラストが切ないけど、お話はよく出来ていたよね」
うなずくてるみちゃん。
でも僕は納得いかない。
「ちがーう!ラブストーリーはハッピーエンドが絶対!二人がラブラブで幸せにならない映画なんて意味がない。だって、みんな幸せになりたくて見にくるんだよ。その見本を見せなくてどうする?映画監督として失格!」
「そうかなあ。でもあのお話だと、最後は違う世界で生きるしかないよね」
「それこそ時空を捻じ曲げてでも、世界をつなげるべき。お話なんだから、何でも出来るはず。二人の愛の力でハッピーエンド。ずっと二人は幸せに暮らしましたが絶対に正解」
「それはそうなってほしいけれども…」
「そうならなければいけないの。僕は好きな人なら離れるなんてイヤだ。ずっとずっとその人をただ幸せにしたい。幸せになりたい」
なぜだかてるみちゃんはこっちを見てにっこり微笑んだ。
都心の複合施設。
てるみちゃんと僕は話題の映画を観賞後、その話で盛り上がっていた。
やっぱり女の子は恋愛映画好きだよね。
すでに夜。もう9時前。
安藤に頼み込んでみた「走れメロス」作戦も失敗。
結局矢崎の容疑は晴れぬまま、僕は続いててるみちゃんのもとへと向かったのだ。
プランはバッチリ。
映画を見て、それから食事も出来るバーで二人で過ごす。
きれいな夜景に時間を忘れていると終電がなくなってしまった。
えーっ?!
でも、大丈夫。この複合施設はホテルもちゃんとついていて泊まっていけるんだって。
大丈夫。何もしないよ。何も出来ないよ。僕はかわいい子羊だからね。
こうして部屋で二人きりの状況までもっていけたら、あとは羊の皮を脱ぎ捨ててオオカミに変身。ガオー!キャー!こうしてオオカミさんと赤ずきんちゃんはいちゃいちゃしながら末永く幸せに暮らしましたとさ。
名づけて「羊の皮をかぶったオオカミ」作戦。
誰だ、ホントはチキンのくせにとか言ったのは。
僕はオオカミなんだい。今日こそ化けの皮を脱ぎ捨てるんだ!ガオー!
「きれいな夜景ね」
てるみちゃんがほんのり頬を赤く染めている。
飲んでいるのはカルーアミルク。
そうそう。やっぱりカクテルが一番だよね。
甘くて飲みやすいからクイクイいけちゃう。
そのままのペースで楽園まで一気にゴー!
僕も今日はカシスソーダ。
同じようなカクテルでてるみちゃんのハイペースをアシスト。
前回は終電がネックになって、間違えてチキンに変身しちゃったからね。
今日は終電を気にしなくていいようにホテルもついてる場所を選んだよ。
僕は悟ってしまったのだ。
前回は環境が悪かったのだ。
赤ずきんちゃんをオオカミの部屋まで連れてくるというのは難しいからね。
最初からオオカミの巣にて事情聴取すればいいんだ。
そうすれば自然な流れでオオカミさんの部屋までご案内!完璧!
矢崎。君の犠牲は無駄にはしないよ。
僕たちは君の分まで幸せになるからね。
「紫音は本当に警察官になったんだね。でも、正義って難しいよね」
「そんなことないさ。だって正義は誰だって自分の中に持っているものなんだから。自分の心に正直に生きれば、それがその人の正義なんだよ」
必死に探したかっこいい言葉でポイントアップ!
本音と建前って大事だよね。
「そっか…。そういえば、紫音は昔から自由に生きていたよね」
「そうかなあ。僕こそ、あれからずいぶん変わったつもりでいたんだけれどな」
そう、あのときから2年がたっていた。
あのころ僕は彼女が気になっていて。
でも何も言えなくて。
彼女とは呼べない微妙な関係が続いたまま卒業がやってきて。
「そういえば、紫音は瀬戸みさきさんが殺された事件を捜査しているんだっけ。これは事情聴取?」
「まあ一応。でもそんなこと気にしなくていいよ。堅苦しくなくていい。僕にとってはただのデートだから」
胸を張って言える本音。
「でも、事件を担当してるんだよね。犯人は分かったの?」
「ああ。店のオーナーの矢崎が犯人ということで決まりそう…」
「決まりそう?煮え切らない言い方だね」
「うーん。証拠もあって、状況もそうなっている。でも、なぜだか違う気がするかなあ。必死で否定するところは犯人には見えない。それに『相手は言えないけれど、焼肉屋で人と会っていた』というアリバイもウソには思えない。ウソをつくのなら、もっといいウソがあるはず」
少し考えながら独り言のようにつぶやく僕。
その言葉を聴いて、てるみちゃんがびっくりしたように目を丸くしていた。
「それ…私だ」
「え?何が?」
「矢崎さんが『焼肉屋で人と会っていた』相手。それ、私なの」
「えっ?」
今度は僕がびっくりして目を丸くする番。
「本当に?矢崎は事件の日の夜、午前0時から1時まで新宿の焼肉屋さんにいたと言っている。その相手がてるみちゃん?」
「うん。確かにその日の夜、新宿の焼肉屋さんに行った」
えー?てるみちゃんと二人で焼肉?うらやましすぎるぞ。
やっぱり矢崎が犯人。
さっさと死刑になりやがれ。
「なるほど。やっぱり矢崎が真犯人だね」
「えっ?」
「え?」
違った、違った。
今はアリバイの確認だ。
矢崎を裁判に送り込むのはいつでも出来る。
「本当に、間違いなく事件の日に行ったの?別の日じゃない?」
「ううん。さすがに事件の日は衝撃だったから、よく覚えている。その直前だった」
「それなら、時間が違うとか。夜11時ごろには別れたとか」
「違う。夜中1時ごろまでいた」
それならアリバイが成立してしまう。
新宿から事件現場まで1時間弱。少なくとも30分はかかる。
「そんなはずはない。夜中1時に新宿にいたのなら、矢崎にみさきさんは殺せない」
「そうだね。それじゃあ、ダメなの?」
「いや、別にダメではないけど。少なくとも矢崎は犯人ではなくなる」
そうだ。これで矢崎の無実である証拠が出来た。
心置きなくてるみちゃんとのデートの日々が続けられるぞ。
でも…。でも…。
あれ?僕の中で胸が苦しいような、どす黒い感情がふくれあがっているぞ。
「あの…。その…」
「なに?どうしたの?」
てるみちゃんはなぜ矢崎と二人きりで焼肉に行っていたんだろう?
こんなにかわいいてるみちゃんがあの矢崎と二人で自主的にご飯に行くはずがない。
そうだ、きっとてるみちゃんは弱みを握られていたのだ。
矢崎に脅されて、一緒に食事も、もしかしたらそれ以上のことも強要されていたのだ。
脅迫か。
矢崎ならやりかねない。
殺人すら起こしたと疑われているやつだ。間違いない。
そうか。だから今も矢崎に脅迫されて、アリバイを証明するよう言われているのかもしれない。
脅迫なら自分の立場を弱くするネタを握られているので、てるみちゃんからは相談しにくいよね。
こんな笑顔の下にそんな悩みを抱えていたなんて。
てるみちゃん。僕が救ってあげるからね。
「ねえ、てるみちゃん。何か悩んでいることない?こう見えても、僕も刑事だ。相談にのるよ」
「急にどうしたの?」
「いやいや。そんな笑顔の下で何か悩んでいることがあるはずだ。例えば誰かに弱みを握られているとか…」
てるみちゃんのきょとんとした顔もかわいい。
「弱みを握られていることなんてないけれど、でも悩みならあるかな…」
ほら、やっぱり!さすが僕!
「どんな悩みかな?」
「それは…」
てるみちゃんは少し下を向いて沈黙。
それから照れたように小声で言う。
「紫音にあった日から、ずっと胸が痛い。紫音のことばかり考えて、頭がボーっとする…」
キャー!
思わぬところからの、不意をつかれた一撃に、僕は危うくその場で吹っ飛んで床を転げまわりそうになった。
分かる、分かる!僕もてるみちゃんのことばかり考えて、胸が痛いよ。
「うん、分かる分かる。気がついたら熱湯を頭からぶっかけたりしちゃうんだよね」
「え?どうしてそんなことするの?」
分からない顔で素に戻ったてるみちゃん。
どうやらこれは警視庁の人限定の特徴みたいだ。
何の話だっけ?そうだ、てるみちゃんが矢崎に脅迫されている話だった。
「うれしいけど、それはちょっと置いておいて。ねえ、誰かに脅迫とかされたりしていない?」
「脅迫?心当たりないよ。何の話か分からない」
「そんなはずはない。例えば勤めている店のオーナーに弱みを握られて、おどされて困っていることない?」
あれ?本気で分からない顔をしているぞ。
「だって、てるみちゃんは矢崎に弱みを握られて、脅されてアリバイを証言しているんじゃないの?」
「違う、違う!本当にあの日、私は矢崎さんと焼肉屋にいたの。別に脅されて証言しているわけじゃない」
「どうして?だったら、どうしててるみちゃんは矢崎と2人きりで焼肉屋さんに行ったの?」
「それは…」
ちょっとうつむいて黙るてるみちゃん。やがて何かを決めたように話し始めた。
「調べたらどうせ分かってしまうことだと思うから、話してしまうね。矢崎さんと私は付き合っていたの」
「え?」
言葉が理解できない。というより、頭が理解することを拒否している?
てるみちゃんと矢崎が付き合っていた?
「やっぱり脅迫されて?」
「違う、違う!普通に付き合っていたの」
なぜ?
てるみちゃんはかわいい。矢崎はおじさん。
付き合うという言葉とつながらない。ああ、つなげたくない。
あ、また胸が痛い。
どうしようもなく胸が痛む。どうして?
聞きたいことが次から次へと出てきて、でも聞けない。
どうした、紫音?さっきまでのオオカミシュミレーションの威勢はどこへ?
「あの…その…」
言葉が出ない。
てるみちゃんはじっと僕の目を見つめながら、待っている。
「てるみちゃんは矢崎のことが好きだったの?好きなの?」
この言葉が出てくるまでずいぶんと時間がかかった。
今度はてるみちゃんの番。
やっぱりてるみちゃんが答えるのにも、ずいぶん時間がかかった。
「好き…だったのかな?よく分からない。自分では好きだったんだと思っていた。あ、でももう別れたからね」
少しほっとする自分と、それでもまだ嫉妬している自分。
もう一度自分の頭を整理するみたいに考えてから、てるみちゃんが再びつぶやいた。
「あのときは好きなんだと思っていた。でも、今なら分かる。別に好きでもなかった。ただ、なんでも自分のものにしないと気がすまなかった。今なら言える。私が本当に好きだったのは…」
てるみちゃんの透き通った瞳がまぶしかった。
少し酔ってほんのり赤くなった顔が美しかった。




