第13話 犯人、だ・れ・に・し・よ・う・か・な…(2)
安藤直人。
それがこのやせた気の弱そうな男の名前らしい。
そういえば、僕は昨日の夜、被害者の携帯電話をもとに、電話帳に載っている人間に片っ端から電話をかけておいたんだった。
「こちらは警視庁の如月警部補です。明日、早急に警視庁本庁12階まで来てください。来なかったら、容疑者として、指名手配しますよ」
それだけの簡単な電話。
なんだ、僕もちゃんと仕事していたんじゃないか。
まあ、5、6件で飽きてやめたんだけど。
その一人が安藤というわけだね。
「とりあえず、この紙を書いて」
渡したのは僕のお手製の尋問表。
名前、住所、血液型、連絡先から、殺された女性(瀬戸みさきという名前だと分かった)との関係などを書き込むようになっている。
この表のポイントは最後。
そこには質問が並んでいる。
「1.あなたは被害者を殺しましたか。 (はい・いいえ)
2.日本では自首すると刑が軽くなります。ではあなたは被害者を殺しましたか。(はい・いいえ)
3.殺人事件では罪を認めて反省を示さないと死刑となることがあります。あなたは被害者を殺しましたか。(はい・いいえ)
4.罪を認めないと長期間拘留されて不利になることがあります。あなたは被害者を殺しましたか。(はい・いいえ)」
繰り返し、繰り返し、殺したことを認めるように誘導する文章がズラリ。
出来るだけ容疑者が自分の罪を認めやすいようにという僕なりの親切な配慮だね。
これだけ現実を教えてあげれば、容疑者も自白しやすいはず。
残念ながら、安藤が書いた質問表は、最後まで(いいえ)の返答。
僕の心配りがちっとも伝わらなかった。
強情だなあ。
仕方ない。
ここからは取り調べ能力がものを言う。
ちなみにプロ野球選手は相手投手のどんな球でも100パーセント、打ち返すつもりで打席に立つらしい。
ホームランを打つイメージをしっかり頭に入れておくからこそ、打ち返せるんだそうだ。
取り調べも同じだね。
犯人だと決めてかかって尋問すること。
これが取り調べのコツ。
この目の前の犯人を裁判所に送り込むことを詳細にイメージしてと。
「安藤直人さん。もう全部分かってるんだよ。アパートの一階で瀬戸さんを殺した。うまくやったつもりかもしれないけど、証拠だってちゃんとある。早く認めないと、裁判官の心象も悪くなるばかりだよ」
「ひえええええ。違います。殺すなんてとんでもない。僕とみさきさんはただの知り合いです。バイト先が同じだけです。殺すなんてとんでもない」
安藤は震え上がって、無実を訴えた。
うーん。
犯人としては迫力が足りないな。
もっとふてぶてしく「証拠はあるのか」とか開き直ってくれると、やりやすいんだけどな。
まあいいや。
「殺人犯はみんなそう言うよ。で、瀬戸みさきを殺した動機は?」
「だから殺してませんってば」
「真犯人はみんなそう言うんだよ。ホントに殺してないのなら、逆にふてくされて『ああ、俺が殺したよ。だからどうした?』って開き直るんだよ」
「ひえー!そんなぁ」
「さあ、言ってみよう。『ああ、俺が殺したよ。だからどうした?』だからね」
僕は興味津々の目で彼を見つめながら、先を促した。
考え込みながら、まだブツブツと小さくなにかつぶやいている安藤。
まだ決心がつかないらしい。
「まだかな?まだかな?もたもたしてると、君が犯人で確定するよ」
「わあっ!ちょっと待って!分かった。分かりましたから」
ようやく心を決めた安藤が、深呼吸してから言葉をしぼり出す。
「ああ、俺が殺したよ。だからどうした?」
震えた弱々しい声がちょっとマイナスポイントだけど、まあ許してあげよう。
「はい。よく出来ました。犯人決定!じゃあ、殺人を自白してくれたということで、ここから逮捕に切り替えますね」
「ちょっと待った!これはワナだ!悪質なワナだー!こう言えば、犯人とは思われないって言っていたじゃないか」
「違うね。真犯人ならこう言うんじゃないかな?って僕の個人的な考えをつぶやいただけだからね。それとは関係なしに、あくまで自白は君の意思で言ったことだからね」
「ひどい!ワナだ!冤罪だ!」
「じゃあ、次は殺害方法ね。①鉄アレイで殴り殺した②ロープで絞め殺した③ナイフで刺し殺した、どれが正解?」
「知らない!知るわけないでしょう。僕は殺していないんだから!」
「まあまあ。いいから、ひとつ選んでみよう。さあ、どれにする」
ちなみにどれを選んでも大正解。
立派な自白調書の出来あがりっと。
死体は三つの方法で殺しつくされていたからね。
「許してください!僕は何もしていないんです。殺してません」
あーあ。
とうとう泣きながら土下座を始めてしまった。
でもここまで気弱だと、殺人犯としてはちょっと弱いかな。
この男に人が殺せるとは思えない。安藤直人は犯人ではない。
残念だけど、犯人確定はあきらめるか。
「仕方ない。とりあえず真犯人と決めつけるのは待ってあげるよ。でも、予備の犯人としていつでもつかまれるように待機しておいてね。あとは事件解決のためにいつでも協力すること。いつまでも事件が解決しなかったら、君が犯人だからね」
「ひええっ!恐い、恐すぎる。助けてー!」
「じゃあ、今日はとりあえずもういいよ。また呼び出したら、いつでもくるんだよ」
僕が言い終わるや否や、安藤は一目散に逃げ出した。
速い!
脱兎のごとくとはまさしくこのことだね。
まあ、後ろ姿はかわいいウサギにはぜんぜん見えなかったけど。
「どうせ逃亡するなら、成田経由で海外目指すのがいいよ!パスポートで検索されて、その場で逮捕。心象も最悪で確実に犯人にできるからね」
遠ざかる彼に、後ろから大きな声で叫ぶ僕。
親切にも彼に逃亡の心得まで教えてあげたんだね。
うーん。僕もまだまだだな。
取調べでも犯人に出来なかった。
彼が犯人だと思い込むのが弱すぎたのかな。
僕って優しすぎるからね。
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