第12話 犯人、だ・れ・に・し・よ・う・か・な…(1)
そして翌日。
僕はまた霞ヶ関の歩道を全力で走っていた。
時刻は午前8時54分。
同じような光景を見たことあるって?デジャブ?
違うのだ。
今日はちゃんと1時間前には到着するつもりだったのだ。
目覚まし時計もかけて寝たのだ。
ただ、一度起きてふとんから出れずに力尽きてまた寝てしまっただけなのだ。
そう。
朝の眠さと、ふかふかのふとんが悪い!
僕はちっとも悪くない。
いちおう「昨日の聞き込みで夜遅くなった」という言い訳はある。
でも、今日の遅刻はまずい。
なぜなら…。
ギャー!
いつものように(?)エレベーターが僕を乗せずに行こうとしているぞ。待って!
僕はこれまたいつものように、手にした靴をエレベーターめがけて投げ込んだ。
大丈夫、今日はちゃんと人に当たらないように、上の方に投げつけたからね。
あ、そのままドアが閉まった。
待って、行かないで!
僕の靴だけのせたまま行かないで…。
非情にも靴を載せたエレベーターが再び戻ってきたとき、始業のチャイムが鳴り響いた。
さあ、どんな順番で言い訳するとダメージは最小限で抑えられるかな(すでにダメージを受ける前提なのがイヤだ!)。
体勢は低く。
抜き足、差し足、忍び足と。
なるべく目立たないように捜査二係へと近づいていく。
まるで泥棒にでもなった気分だ。
ダメージを受けないためには、相手の状況を的確に知る必要がある。
幸い、まだ見知った二係のみなさん以外には誰もいないようだ。
とうとうほふく前進。
慎重に、慎重に!
まだ誰も僕に気づいてはいないよな。
よし、あと一歩。
最後は一気に自分の席へ!
セーフ!
誰にも見つかってないからセーフだよね!
「遅刻してきたと思ったら、泥棒みたいにこっそりやって来て、最後はほふく前進までしていたようだけれど、何をしていたのか教えてもらおうか?」
バレてる!
全部バレてるし!
「何を言ってるんですか、係長?僕はずっとここに座っていたじゃありませんか。こっそり戻ってきたのも皆さんのお邪魔をしないように、静かにしただけです」
すました顔で、平然と答えることがポイントだね。
ただし、係長の顔を見る勇気はない!
残念ながら、係長のほうから怒り心頭の真っ赤な顔を僕のすぐ目の前に近づけて、にらみつけてきた。
「1時間前に来るどころか、また遅刻だ!」
「いや、昨日は聞き込みで、夜遅くまでかかってしまいましたし」
仕方ない。用意してきたとっておきの言い訳。
でも、見切り発車なんだけれどな。
「ほう。聞き込みで夜遅くなったと。では、その聞き込みの成果を聞かせてもらおうか」
やけにバカにしたような口調で、係長はニヤニヤしているぞ。
「いえ、まあたいして新しい情報はなかったんですけれどもね。夜1時の皿投げ合戦。2時の迷惑なお引越しトラック程度で…」
「なるほど。では、それが正しいかどうか二人で確かめようじゃないか。さあ、白井君、来てくれたまえ」
ん?白井君って誰だろう?
そのとき向こうから一人の制服を着た警官がやってくるのが見えた。
ああっ!あれは例のまじめな所轄君だ。
僕が昨日の夜、残りの聞き込みをすべてお願いしておいた彼だ。
「彼は所轄の白井君だ。ところで白井君。どうやら『特命だ』とか意味の分からないことを言って、昨日の夜、アパート全部の聞き込みを君に押し付けた人間のクズがいると言う話だったが…」
「いやだなぁ。係長。そんな最低な人間、いるわけないじゃないですか」
僕は一瞬で白井君というその所轄君の右斜め後ろをキープ!
目で合図を送る。
「ええ。ここにいる如月警部補に…イタイ!」
白井君。おしゃべりはいけないよ。
僕は警告の意味も含めて、係長直伝のボディーブローを所轄君にお見舞いしてあげた。
「違うよね。僕たちは話し合った結果、君がアパートの聞き込みを担当するということで合意したんだよね」
念のためにもう一発!
所轄君は涙を流しながら、うなずいている。
人間素直が一番だよ。
グエッ!イタイ!
いつの間にか係長が僕の右斜め後ろに回りこんでいた。
そこから渾身のボディーブロー。
本家本元の威力はやっぱり違う。
その場に崩れ落ちる僕。
「さて、どういうことなのか、説明してもらおうか」
「違うんです。これは誤解です。僕はどうしても事件解決のため、ほかにやることがあって…」
「ほかにやることってなんだ?」
言えない!
まさか、テレビで『イケイケ刑事』を見て本物の捜査はこういうものだと学んでいただなんて、言えない!
だから、今日は早く来ておく必要があったんだよな。
早めに来て、所轄君に聞き込みの結果をこっそり聞いておく。
その上で係長に報告。みんなハッピーで誰も傷つくことなく、世界の平和は保たれる…はずだったのに。
ああ、僕に二度寝させたおふとんが憎い!
「言いたいことはもうないな」
係長が指を鳴らしながら、残虐な顔をして僕に近づいてくる。
いやー!殺さないで!
みなさーん!今ここで、警視庁の中心で殺人事件が起ころうとしていますよー!
万策尽きたと思ったそのとき、不意に救世主が現れた。
「如月さんという方を訪ねるように言われたんですが…」
え?誰だ?
そこには見知らぬ男が立っていた。
か細い一人の男。誰だか知らないけど、そんなことはどうでもいい。
えらい!これで助かった。
「ああ、君だね。僕が如月警部補だ。さあ、行こうか」
あっという間に彼をつれて、部屋から外へと逃げ出した僕。
助かった。あやうく殺人事件の捜査員(僕)が係長に殺されるところだった。
とりあえず、彼と一緒に取調室へと逃げ込んだ僕。
ほっと一息。
よかった、よかった。
今ならカツ丼だって自腹でおごってあげたい気分だぞ。
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