第11話 正しい殺人事件の捜査方法。捜査の基本は「他力本願(?)」(5)
「では、今日はおしまいということで」
喜びはかみ殺して、精一杯のさわやかな作り笑顔で、係長を送り出そうとする僕。
でも、係長から真顔で返ってきた言葉は、信じられないものだった。
「何を言っている。残りの聞き込みは、全部お前一人でやるんだよ!」
いやだー!いやすぎる。
こんな時間から全部聞き込みしていたら、今日中には帰れない。
だいたい「イケイケ刑事」の裏でこんな地味で不毛な捜査なんてやってられるか?
どうやったら回避できる?
そうだ、理詰めだ。
論理的に係長を説得するぞ。
「係長。物理学の基本法則をご存知でしょうか?電磁力でも万有引力でも、距離が離れると、とたんに働く力は弱くなるんですよ。距離が2倍になると力は4分の1に、距離が4倍なら力は16分の1になるんです」
「何が言いたい?」
「いえ、僕は科学の真理を思い出しただけです。すぐ隣の家からの聞き込みと、さらに離れた家からの聞き込み。どちらがたくさん情報を得られるかな…と」
核心をうまくぼかすようにして、相手に考えさせるのが説得のコツだね。
ふむふむ。
うまくのせられて、係長が考え始めたぞ。
「なるほど、距離を10倍に広げても、100分の1の情報は得られるということだな。だったら、アパートだけでは足りない。近隣1区画すべての聞き込みをすべきか」
ちがーう!
近隣1区画って、徹夜したって、今日中には絶対に終わらないだろ!
「今日中にアパートの住民すべてに聞き込みを行う。近隣1区画、すべての聞き込みを行う。どちらが効率よく事件を解決できるかな。お前はどう思う?」
「アパート!アパート!それで十分です!」
ほとんど絶叫するように答える僕。
「そうだな。後は任せた」
ポンと肩をたたいて、去っていく係長。
あれ?理詰めで説得されたのは僕の方?
ちがーう!あんなの屁理屈だ。力技だ!
でもどうしよう?
今からアパート全部の聞き込みとかやってられないぞ。
イケイケ刑事も見なきゃいけないのに。
一生懸命聞き込みしたけど、たまたま全員留守だったとか言い張るか?
そのとき、あの所轄の若い刑事君が目に入った。
そうだ!彼がいるじゃないか。
「所轄君。ちょっと話があるんだ。うん、悪いようにはしないから…」
僕は自分史上最高の親しみやすい笑顔を作って、彼に近づいていった。
……
教訓:「聞き込み」に大事なのは、ボディーブローにびくともしない強靭な腹筋力と漢字を読む力です。誰だ、相手の気持ちを考える思いやりが大事とか言ってたのは。
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