第10話 正しい殺人事件の捜査方法。捜査の基本は「他力本願(?)」(4)
「えー。本日は我々警察の聞き込みにおもいやり、イタッ!いえ、おもんばかりいただきましてありがとうございます。早速ですが…」
アパートの104号室。
背の高い独身の男性を前に僕が何をやっているかと言うと、もちろん聞き込みだ。
ただし、僕のすぐ右斜め後ろには、係長が体をくっつけるように控えていた。
手帳には係長の書いた聞き込み用の質問がぎっしり。
僕は一字一句間違えないようにそれを読む係だ。
ただし、間違えると、見えないところで係長の的確なボディーブローが、僕のわき腹に突き刺さる。
さっきの僕の悲鳴も、係長が「おもんばかり」と訂正しながら僕を殴ったせいだ。
ひどい!いじめだ!
「慮り」なんて読めるかっ!
だいたい聞き込みってこんな仕事だっけ?
「それでは昨日の夜、なにか気づいたことはありませんか?(棒読み)イタタタ!」
係長が「感情がこもってない!」とささやきながら、ボディーブロー!
地獄だ!死んじゃう!助けてー!
この世にこんなに恐ろしいお仕事があったなんて。
ライオンににらまれたウサギ並みにおびえながらも、聞き込み(?)は進んでいく。
残念ながら、先ほど聞いた以上の新しい情報は出てこなかった。
夜の1時ごろ皿の割れる音。2時過ぎに大きなトラック。
途中、2、3度つっかえて僕が悶絶する場面はあったものの、なんとか聞き込み(こんなの聞き込みじゃない)は終盤を迎えた。
「以上です。むしろなご協力、イタ!いえ、ねんごろなご協力ありがとうございました」
もう言わなくても分かるよね。
「懇ろ」は「ねんごろ」って読んで、思いやりと親切な態度のことを表すらしいよ(半分ヤケクソ)。
その場を飛び出した僕は、大きく深呼吸。
もういやだ!逃げ出したい!この現実から逃げ出して、フィクションの世界に飛び立ちたい!
そうだ!今日は月曜日じゃないか。
大好きなテレビドラマ「イケイケ刑事」の日だ。
かっこいい刑事がドンドン、バァンって派手に活躍して、さらには美女とあんなことやこんなことをしながら事件を解決する人気ドラマ。
あれこそが本来の刑事だ!事件だ!
さあ、家に帰って本物の捜査(?)を堪能するぞ!
「係長、今日はこの辺にして…」
「次は101号室だな。今日中にこのアパートの聞き込みは終わらせなければいけないな」
え?なにか聞こえたような?
もう夕方過ぎなのにありえない言葉が聞こえたような。
きっと気のせいだ。いや、断じて気のせい!絶対に気のせいだ。
「係長。もう遅いですし、今日は終わりということで」
「早く終わらせないと記憶もあいまいになるからな。今日中に聞き込み終わらせるぞ」
いや、それでも気のせいだ!
何も聞こえないぞ。
大切なのは「スルー力」。都合の悪いことは聞こえなかったことにするのも、大人には重要なスキルだからね。
そっとその場を去ろうと歩き始めた僕。
その首根っこを捕まえて、係長が残忍に微笑んだ。
「どこに行くつもりだ?次は101号室だぞ」
キャー!絶体絶命!
ところがそのとき、係長の携帯電話が鳴った。
係長は渋い顔をして話をしていたが、終わると僕に言った。
「私は本庁に戻らなければいけなくなった。後は頼んだ」
あっけなく最悪の事態は去った。
さすがの神様も、あまりにもかわいそうな今日の僕には同情せざるを得なかったのだろう。
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