Scene bore...
転生と言いましては一度亡くなった後、再度命を授かり人生を歩むわけでございます。しかしながら転生について受け入れられる人ばかりではないでしょう。いえ、読み手の皆様ではなく、転生する者のことにございます。
では、ある人物の場合はいかがでしょうか。
――私は何処だ。
――此処は誰だ。
目が覚めたとき、私は目覚めなかった。眼の見合わぬ己の顔は、最後に鏡で見たそれより、幾分か痩せて見える。耳は効かず、ものあれど触れず、何と言う気も起きない。ただ見るものばかりは明らかだった。虚無に虚空を漂いて、見取るは椿堂の涙頬。彼の日に覚えのある祖父との別れのものによく似ている。そんな風に数珠を見て、合わせる手と下げる頭を過ぎて、唱える口元をのぞいて居れば、祭りでせがんだ風船のほどにふわりふわりと、知らぬ体は天につられていった。
さて、こうして語るも記憶にあったのはついもごく此の程。と申しますのも、私は過去の端から今世に限って空に山川にと存じているわけではございません。こことは別の世界より受けた命、授かった心身をもって全うしたところ。後には極楽を願って病に身を沈めたのであります。
しかしながらこの世は奇なりて、潰えた意識に目を開けろとの声あり。早速視界に入れましたのは、一生を二度に渡り始める前に訪れた、魚が空を泳ぎ鳥が地中を飛びましても不可思議なく、されどそこには芥の一片も見受けられない暗闇でございます。暗闇と申しましては他意も比喩もなく、一寸先も手前の指先二十本の中どれも目には映らぬわけでありますが、たったひとつ人陰が真昼の成りをして見えるのであります。その男、前世を果てた先にて会いまして、一端のすべてについて手立てを講じました者にございます。男は頬と狐目をつり上げ、面白い、面白かったと手を打つのです。
私この振る舞いに心当たりがございます。以前この場に立ちましたとき、同じく立ち会いましたこの男、燕尾服装いて居りますは、烏の擬人にも見えたものであります。当初は呆けて居りました私も、右に人あらずゆえに前へとならって腰を上げました。すると男は三日月を真似て、ご愁傷様です、お悔やみ申し上げます、などと笑むのでございます。徒然の中、客人を待って居ました館の主の面をすげてつけたように思うものです。そのままに男が続けて、あなたはまだ若い、もう一度生きてみる気はありませんか、と誘うのであります。私とて生に対する執着は人ほどございます。ゆえに私は、はい、と答えたのです。ところが声が聞こえません。確かに出した自身の言葉が一音たりとも伝わないのであります。いやしかし男は頷きまして再び口を開き、では飲んでいただきたい条件がございます、と付け加えます。条件について問えば、当方を楽しませていただきたい、とのこと。当方が飽きて滞りましたそのときは、までもって残りの人生を終了とさせていただきます、と申すのです。何か高言を返そうにも、一度命を失い、身を任せて召されゆくはずであった人形であります。得られぬはずの道を与えられるという話ですから静かに了承するほかにございません。
そうありました後には、どうせならより愉快な世界で痛快な物語を、とのたまう男が踊りましては、魔のはびこる世界に尻を打って居りました。当然この世界を知るはずもありません。生まれ変わったとは申しましても、実際には別の世に他者の体を渡され、雑で無造作に落とされたところでございます。一人預けられた世界から見ても私の過去は在らず、突然増えたとのことでありますから、都合良く居り場所を設けられるとも思えません。こうなってしまっては他にやりようはなく、楽しませるための力なるものを振るって、ようやくこのときの人世を尽くしたのです。
今は目前に打音を鳴らす優男。どうやらお目にかかりし日より、最期まで飽きばかりさせることはなかったようにございます。これにて本当にしまいかと止まったはずの息を吐くのです。だがしかし心持ち違うのは眼前の男。私に近寄りて、ひどく糸をくくりつけた笑い顔で申すのは、次も期待して居ります、との命でありました。
三度降り立った命ある世界、その旅のお供に私はあるもの頂戴した。それが今まですべての記憶である。人が生きる上でいくらかの記憶は忘れてしまう。一番最初の人生は紛れもなく本来受けた生であり、二度目の人生の中で薄れていく感覚に恐怖を覚えていた。そのため私は記憶とそれを覚え続けるための身を要求したのである。代わりとして前世の力は半分ほどのみの引き継ぎとなり、面白味が必要だと少しばかり若くされた。結果としては良かったのだろう。完全に抜け落ちていた自身の、最初の、最期の姿を覚えられたのだから。
元の私は消えたのか。今の体は誰のものか。問うては答う者を探し、されど他に問う者もあらず。
知る者知らずか影に聴く。
――私は何処かと。
――此処は誰かと。




