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 リリアンナの言葉に大きく瞳を見開いたレウィーシアは一瞬言葉を詰まらせたが、次に大きく大きく息を吐き出した。


(わたくし)は……何もして居りませんわ」


「あら?そうなの?」


 リリアンナは小首を傾げながら可笑しそうに笑った。


「……ただ、最近お友達になれたら良いなと思う方がいらっしゃいまして、幾度かお茶会にお誘い致しました」


 お茶にたっぷりとミルクと砂糖を入れ、スプーンでカップの中をくるくるとかき混ぜる。


「その方は王太子殿下や宰相のご子息やクリナムとも親しくしておいでで、とても魅力的な方ですが、私主宰のお茶会の出席はことごとく断られてしまいましたの」

 

 公爵令嬢のレウィーシアのお茶会に誘われた下級貴族の令嬢が、理由も無く出席を断るなど非礼を通り越して公爵家を侮辱したも同然だ。


 甘いお茶を一口飲んで、レウィーシアもリリアンナに顔を寄せ秘密を打ち明けるように囁いた。


「今、学院ではお互いに大切な宝物を交換して友情を深めあうのが流行していますのよ。ですから、私の一番大切な宝物をプレゼントして、仲良くして欲しいとお願いしましたの」


「宝物?」


「えぇ、私の一番大切な宝物、王太子殿下から婚約の証として贈られた王家の紋章と王太子殿下の名前が彫られたネックレスとイヤリングです」


 今度はリリアンナが目を丸くする番だった。


「王家の紋章入りのネックレスとイヤリング……」


 リリアンナは堪え切れないという風に口を押さえると、パタパタと足を上下に動かした。


「あのね……あのね……ひょっとしたら、ひょっとしたら、レウィーシアちゃんは、贈り主の名前を書き忘れたりなんかしなかったわよね?」


 レウィーシアはわざとらしく目を見開く。


「そんな事は……あるかもしれませんわね?」


 二人は顔を見合せてクスクスと笑い合った。


 母は意図してか普段から子どもっぽい喋り方や態度をとっているが、決して侮れない人だと改めてレウィーシアは思う。

 

 王家の紋章と王太子の名前とその瞳の色と同じ空色の大きな宝玉がめ込まれた装飾品。普通の下級貴族の娘なら、恐れ多くて触れることさえ出来ないだろう。ところが、あの娘はあっさりと受け取ったのだ。はっきり言って、贈ったレウィーシア自身が驚いたくらいだ。


 そう、貴族の娘ならいくら似ているといっても王宮の侍従と公爵家の侍従の制服の違いに気が付くし、礼状や返礼の品を手配する為に必ず贈り主を確認するはずだ。


 しかし、あの娘はまるで最初から自分の物だったかのように受け取り、あまつさえその場で身に付けることすらしたそうだ。あの娘が何を考えていたのか知らないが、それまでにも王太子と恋仲であると吹聴していたので、おそらく贈り主は王太子だと思い込み正式にプロポーズをされたような気にでもなったのだろう。


 傲岸不遜ごうがんふそんな王太子、神経質で癇癪かんしゃく持ちの宰相の息子、生意気で女嫌いのクリナム。いずれもプライドと特権意識に支配されているような少年たちを、見事に手玉に取ってみせたのには正直感服していた。しかしそんな彼らが一人の少女を『共有』する事に合意する筈が無いことは、火を見るよりも明らかだったのには気付かなかったのだろうか。


 レウィーシアの贈り物があの四人の関係にどんな変化をもたらしたのかわからないが、結果はあの惨劇だ。


 温室の扉が開き、先ほどクリナムを運びだした執事見習いの青年が銀のお盆に手書きのメモを乗せて部屋に入ってきた。一旦バスターが受け取り、リリアンナに(うやうや)しく差し出す。


「あら、ウィルフったら明日のお昼迄には帰ってくるそうよ。まさか、馬車ではなく自分で馬を駈るつもりかしら?」


「奥様の為ならば、旦那様はそうなさるでしょう」


「うふふふ……ねぇ、レウィーシアちゃんはこれからどうしたいの?」


 リリアンナに尋ねられたレウィーシアは暫く考え込んだ。


 クリナムが直接あの娘に手に下すとは少々計算違いだった。暴走するなら、あの全ての女が自分にかしずくと信じ切っている傲慢でナルシストの王太子か、潔癖を拗らせ神経症を窺わせる宰相の息子かと思っていた。それとなく気取られないような煽り方を心がけてきたつもりだが、いささか慎重過ぎたのかもしれない。本当に人の心とは難しい……自分の思考の中に沈みかけたレウィーシアは背筋を伸ばし、リリアンナの瞳を真っ直ぐに見た。


「私は……何も要りません。このまま美しい物や美味しい物に囲まれて何事にもわずらわされず静かに暮らしたいだけですわ」


 リリアンナはうんうんと頷いた。


「そうよねー、高位の貴族の娘に産まれ育ったら、それだけで充分に勝ち組だし、別にガツガツする必要無いもんね。自分の娘がレウィーシア・デュナ・アフェンドラって名前を付けられた時は焦ったけど、あの時に強引にシナリオを変えておいて良かった」


「お母様?」


「何でもないわ。じゃあ、あの子たちは要らないわよね。王太子殿下は?」


「……婚約の品を()()()()ので、その責を取って婚約を辞退しようと思います」


「んー、それはウィルフが帰ってから相談しましょ」


「お父様に……」


 リリアンナは椅子から立ち上がり、小さく伸びをした。


「ええ、貴女のお父様は中々に有能なのよ?というか、身内の困り事を片付けるのが生き甲斐っていうか、常に誰かの世話をして認められてなきゃ生きていけないっていうか。だからレウィーシアちゃんもおねだりしてご覧なさい?」


「おねだり……ですか?」


 レウィーシアは父親に何かをねだった記憶が無かった。別に父が頼りないとか、レウィーシアに対して何かを惜しんだという事では無い。むしろレウィーシアが望む前に全てが与えられるのが当たり前だったからだ。


 リリアンナはそのまま温室から出て行こうとしたので、レウィーシアも後に続いた。


「陛下はウィルフとは反対にお馬鹿な女の子が好きな癖に、そのお馬鹿な女の子が自分のお世話フォローを完璧にしてくれると思ってる変な人だったけど、息子も同じだったみたいね」


 リリアンナは不意に立ち止まり、レウィーシアを振り返った。


「それよりも、ドレスの仕立て屋を呼ばなきゃ!どうしましょう?東極国風の身体の線を見せるドレスは私には似合わないけど、レウィーシアちゃんには似合いそうよね。同じ布地でデザイン違いなんてどうかしら?」


「お母様……」


 レウィーシアはリリアンナを見詰めた。


「……いつか、お母様のした()()()()も教えて下さいましね?」


「もちろんよ!ウィルフが帰って来るまで、たくさん女の子同士のお話をしましょ!!」


 リリアンナはレウィーシアの手を取り、零れるような笑みを浮かべた。

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